3終ー3話 闇夜の2匹
「なんで、メルティさんを一人で行かせたんですか!!」
思わず私は、ルーナに詰め寄っていた。
「そ、ソレーヌさん落ち着いて……」
周辺の探索から一度戻ってきていたロランが、私を制止しようとする。
「……犯人の指示だそうです。一人で来いって」
ルーナが、真剣な目で私に反論する。
「だとしても……」
「スカイとタイムが、こっそり後を付けています。
場所も分かっていますし」
「だとしても……だとしてもです!
メルティさんはまだEクラスの新人なんですよ!
『ゴブリン』になんて……ましてや元人間の!『魔法使い』のジョブ経験も持つ格上の相手ですよ!」
「そうかもしれません……でも……」
ルーナは、私の手を優しく握り、諭すように言う。
「それでも、あの子だって冒険者なんです。
あの子の眼、すっごく真剣で、決意に満ちた目をしてました。
以前とは全然別人の顔をしてました。
だから……あの子を信じて大丈夫。そう思うんです」
「………………ッ!!」
これ以上、私は何も言えなかった。
「やあ、皆お揃いで何してるんだい?」
急に、呑気な男の声が聞こえて来た。
振り返ると、ジェイクだった。
「あ、ギルドマスターさん……」
「いやあ、憲兵隊やら魔術師ギルドやらに挨拶回りしてたら遅くなったよ。
……何か、あったのかい?」
私達は、オウル亭の食堂に集まる。
周囲の散策をしていた面子も戻り、一堂に会する。
「なるほど、ね……状況は分かった」
ジェイクが言う。
「それにしても……旧エンヴィオ邸、か。前にどこかで聞いたな」
「……以前、逮捕された貴族の屋敷ですね。
確か、『魔物の密売容疑』で……」
私は答える。
「ああ、そうだったね。……もう一人いたよな、同じ容疑で逮捕されて、その後同じように自殺した男が」
「商人のグローガーですね。『蒼の巨人』の首謀者だった……」
「そうそう、そうだそうだ。
……にしても、皮肉だね。『魔物密売』の容疑で死んだ男の屋敷を、モンスター職の彼女が指定するのか……」
いずれも彼がこの街に来る前の事件のはずだが、良く調べてある。
ジェイクの発言は、確かに引っかかるものがる。だが……
「ギルマス。
今はまず、ザジちゃんとメルティさんの行方に集中しましょう」
「……そうだね」
「ザジは、その旧エンヴィオ邸ってところにいるんですか?」
宿のおかみが、私達に尋ねる。
「……そうとは限らないですね。一度ここにメルティちゃんを誘導して、さらに別の場所に移動させる可能性があります」
私は答える。
「犯人は、メルティ君一人で来いと指示を出してはいるが……まあ、こちらがもっと人を寄越すことは想定済みかもしれないね。
あちこち場所を動かして、こっちを撹乱させる可能性もある。
ところで……スカイ君とタイム君だっけ。その2人の尾行の腕はどうなんだい?」
ジェイクがルーナに尋ねる。
「まあ私がこんな格好ですから、2人にはよく隠密を任せています。
特にタイムは、闇魔法を使えますから、深夜の隠密行動は得意です。
「そうか。ならまあ、任せてもいいのかな。
だけど、出来ればこちらからもメルティ君の正確な位置を知りたいねえ」
「…………あ」
そうだ。思い出した。
「メルティさんの居場所、分かります。
彼女のジョブマニュアルにかけてある『位置探索』の魔法が、まだ有効なはずです。
ギルドに戻れば調べられます」
そうだった。23番への出発前に、念のためにと付呪していたものだ。
「ああ、あれか……なるほどね。
じゃあ、ギルドに戻ってみようか」
ジェイクの発言に、私は頷く。
私達はギルドに戻ることになった。
ルーナとドーラも私達と同行。ロラン組は、万が一の時のためにオウル亭に残す。
「一応、通話機能のある魔道具を置いていきます。
何かあったらこちらで連絡を取り合いましょう。
セシルさん、念のため、貴方もこちらに来ていただけますか?」
セシルが頷く。
「あと、ファルマさん……貴方もギルドへ。
シャンティさんの事、詳しく教えてください」
「……わかり、ました」
ファルマの様子を見る限り、この男はシャンティの計画について何も知らないようではある。
が、一応同パーティーのメンバーだし、完全にシロとはまだ言い切れない。
シロだったとした場合、それはそれで精神状態が心配だ。
念のため、目の届く範囲にいてもらった方がいいかもしれない。
「ところで……肝心の、シャンティ君の実力のほうはどうなんだい?」
ギルドに戻りながら、ジェイクが私達に聞く。
「第8支部のミファーさんの情報によると、向こうでは魔法使いとして活動していたそうですが……」
私も詳しい話は知らないので、ファルマに話を振る。
「アイツは……暗黒魔法を得意にしてました。それ以外では火の魔法も……火事で攻撃魔法は使えなく……なりましたけど……。
あとは、補助魔法も得意でした。サンドの使い魔にその魔法で援護してくれて。特に……」
ファルマは何かに気づいたのか、その続きが言えなくなった。
「なるほど。暗黒魔法って確か、扱うだけでかなりの素質とレベルを要求されるはずだけど……
ファルマ君はDクラスだろ? シャンティ君もそうなのかい?」
ファルマにこれ以上話を聞くのは無理だろ思ったのだろうか。私に質問する。
「クラスはDですが、以前のギルド会員証は失効していて、第8支部に再登録した際、Dクラスからやり直す事になったそうです」
「という事は、以前はC以上だったという事か……。
成程ね。攻撃魔法は使えないらしいけど、補助魔法は依然として使える。
それに『ゴブリン』の能力値が加わるわけか。
魔法使いとしての能力はジョブチェンジで半減するとはいえ、要は魔法を使えるゴブリンって事か……。
……なるべく、メルティ君と戦闘にならない事を祈るしかないね。
モンスター職の事はよく分からないけど、フルスペックの状態のゴブリンには流石に分が悪いだろうね」
「……そう、ですね……」
私は、ジェイクに相槌を打つしかできない。
イルハスとロランに、出来るだけメルティを鍛えておくようにとお願いはしておいた。
僅か4日間ではあったが、それなりに経験を積んできてもらっているはずだとは思う。
それでも、シャンティとの差はとてつもなく大きい。
本当に、何事も無く帰ってきてくれるのだろうか……。
私達はギルドへ戻る。
ギルドに戻ると、こんな時間にもかかわらず、クエスト掲示板前に何人かがいた。
「マリナ、どう?」
「はい。酒場にいた皆さんのほとんどが、緊急依頼に目を通してくださいました。
数組は既に捜索に当たってくれています」
「あ、ありがとうございます!」
セシルが礼を言う。
「マリナ、オウル亭で幾つか追加情報があったわ。捜索隊に遠隔通話魔法が使える人がいたら伝えてくれる?」
「あ、はい!」
「あと、会議室で作戦会議をするわ。手が空いたら、マリナも参加して」
「わかりました!」
昼間のゴブリン襲撃が終わったばかりのこの街。
がしかし、本持ち……シャンティの狙いは、これからが本番のようだ。
**********************************
私は一人、夜の街を歩く。
昼間あったというゴブリン御襲撃の痕が、そこらじゅうに痛々しく残っている。
東地区へ行く橋が幾つか壊されていた。
私は遠回りをしながら、シャンティさんが待つ館を目指す。
夜の一人歩きはしてはいけないと、子供の頃から言われていた。
正直、今でもとても怖い。
そのあたりの暗闇から、誰か悪い大人やモンスターが出てくるんじゃないかなって思ってしまう。
誰かに後を付けられてるような、そんな気がして仕方が無い。
でも、怖がっちゃ駄目だ。
ザジちゃんを助ける為なんだ。
ルーナさんは、一人で行くという私を止めずに行かせてくれた。
私だって、冒険者だ。
まだ新人だけど、こう言う時に動けなくちゃ、冒険者なんて名乗れない。
だから……
ザジちゃんは、私が助けてみせる!
「ここが『旧エンヴィオ邸』、だよね……」
私は、東地区の商人街のお屋敷の前に到着する。
ルーナさんの話では、以前犯罪を犯して逮捕され、獄中で自殺した商人さんのお屋敷だそうだ。
事件以降、その商人さんの会社は破産し、今は無人の館になっている。
手に持つ蛍石のライトで、そのお屋敷を照らす。お屋敷の明かりはひとつもついていない。
無人の館のはずの鉄格子の門が、ちょっとだけ空いている。
入れ、という事なんだろう。
**********************************
《私》は、ザジをゆすって起こす。
「ザジちゃん、ねえ、起きて」
ここに来る前から今まで、ザジは眠っていた。
ゴブリン騒動が発生する直前、私は宿屋でこの子に声をかけた。
「ザジちゃん、一緒に遊ぼっか!」
「うん!」
普段から遊んでいた私の事を疑いもせず、ザジは嬉しそうに返事する。
両親と姉たちの隙を見て、私はザジを外に連れ出すことに成功した。
「おねーさん、なにしてあそ……ぶ……」
私はザジに『睡眠魔法』をかける。
その辺の雑魚モンスターが使うような代物じゃない、もっと強力な魔法だ。
これでザジはしばらく目を覚まさない。
私はザジを背負い、こっそりと宿から離れる。
部屋の荷物を全てマジックポケットに入れて。
メルティの部屋に魔物文字で書いたメモを残して。
もう、この宿には戻ることは無いだろう。
いい宿だった。
こんな流れ者の私にも、とても親切にしてくれた。
その恩を、私は仇で返すことになる……。
私は寝ているザジをおんぶしながら、街を歩く。
「すみません、ここはまだ通れないんです」
途中、橋の上の憲兵が私に声をかける。
話を聞くと、まだ少数のゴブリンが残っている可能性があるという事らしい。
「どうしてもダメですか?
この子、熱を出してしまって……早く家に帰さないと……」
私はこの子の母親のふりをしてそう話すと、憲兵は仕方ない、そういう事情でしたら……と言い、何とか通してくれた。
旧エンヴィオ邸。
最近見つけた、ジョブチェンジの祭壇が遺されている廃墟だ。
私は中に入り、ザジを降ろし、周りが静かになるまで待つ。
日が沈み、人通りがほとんど無くなった頃。
私は睡眠魔法を一度解除し、まだ眠っているザジをゆすって起こす。
一度、自分が置かれている状況を理解してもらうために。
「ふぁ……あれ、ここどこ……?」
寝ぼけ眼のザジに、私は声をかける。
「ここはね、私のお友達のおうちだよ」
「そうなんだ……ママは……?」
「ママは……隣の部屋にいるよ。
もうすぐ呼ぶと思うから、ここでもう少し遊んでよっか」
「……うん…………」
私は、ジョブチェンジの祭壇の後ろ側に、ザジを連れていく。
事前の操作は、全て終わらせてある。
後は最後のボタンを押すだけ。
「ザジちゃん、ねえ、ここを押してくれるかな」
その気になれば念導力魔法で自分1人だけでも出来る操作なのだが、今回はあえてザジに押させる。
「なんで?」
「うーんと、お手伝いしてほしいの」
「おてつだい?おてつだいできるよ!」
全く、こういう所は幼子らしい。
ああ、あの子もそうだったな……。
ザジが、ジョブチェンジの承認ボタンを押す。
すると、祭壇がまばゆい光を放ち出す。
こういう旧型は、ジョブチェンジする時、仰々しいこういう光を放つ。演出のつもりだろうか。
光の量を抑える設定もできるのだが、今回はあえてそうしておいた。
「おねーさん、さっきの光なに……」
ザジの表情が固まる。
さっきまで私がいた場所に、今はゴブリンが立っているのだ。怯えないはずがない。ザジが後ずさりする。
ここで騒がれたくはない。
さっさとまた眠らせて……。
「シャンティ……おねーさん……?」
私の姿を見て、そう言った……のだろうか。
いや、まさかな。人間の私とゴブリンの私と、同一人物だと分かるはずがない。
これ以上騒がれる前に、さっさと黙らせてしまおう。
再び『睡眠魔法』を使って。
今回は、さっきよりも強く、深い眠りにつくように。
これで最低でも朝まで起きないだろう。魔法を解かない限り。
「す、すみません……誰かいますか……?」
やや遠慮がちな、少女の声がする。
メルティだ。もう近くまで来ていたのか。
さっきの光で居場所が分かったんだな。
「よく来たな」
私はグルグルと言うゴブリンの声で、そう話す。
「!!
ゴブリン……ザジちゃん!!」
メルティが、私と、私の傍で眠るザジを見つけた。
「私の言葉が分かるかい?」
ゴブリンの声で、メルティに問いかかる。
「はい」
メルティはそう返事した。
「ザジちゃんは、無事ですか?」
「今は睡眠魔法で眠っているだけだ」
「あなたは……本当に、シャンティさんなんですか?」
「……そうだ」
なるほど、もうその事まで知っているのか。だったら話が早い。
「こっちの要望を聞いてくれれば、ザジは大人しく返す。いいな」
「……はい」
「じゃあまずは、この祭壇でスライムの姿になってもらおうか」
「……分かりました。でも、そちらに行く必要はありません」
メルティはそう言うと、ローブを脱ぎ、自分の体をドロドロの液状に変えた。
あの森で出会った、あの時の姿に。
「へぇ……。
スライムのまま、人間に化けて生活しているのか。便利だな……」
「……次は、何をしたらいいですか」
「よし……じゃあ、この館の地下まで一緒に来てもらおうか。
全て済んだら、その時にザジを解放してあげるよ」
私はゴブリンの姿のままザジを背負う。
そして、目の前の祭壇を蹴りつけた。
祭壇は倒れ、水晶玉は粉々に砕ける。
「これでもう、人間には戻れないよ。
私も……それにアンタも」
「………………」
私はザジを背負いながら、屋敷の奥へと進む。
メルティも、私の後を付けてくる。
特に怪しい動きはない。
まるでスライムそのもののように下半身を這わせて付いてくる。
さあ、行こうじゃないか……。




