3C-1話 緑の頸木座の神殿
《私》がその神殿を訪れる事になったのは、運命のいたずらというより他に無かった。
《私》はその日、相棒と、当時組んだばかりの仲間の冒険者たちと共に、とあるクエストを行っていた。
冒険者仲間と言っても、私と、当時の私の相棒以外は、ギルドに登録をしていない、所謂モグリの冒険者3名だった。
ギルドに正規依頼として受理されないような、怪しげな依頼を受けて金銭を得ている、そっちの筋に足を突っ込んでいる連中だった。
そんな冒険者と共に出たクエストも、真っ当なクエストとは言えないものだった。
とある貴族から直接《私》に依頼されたもの。
しかし、私と相棒は受けた。詳しい内容も理由も覚えていない。
もう5年も前の事なのだ。
確かに怪しげな依頼ではあったが、まあ今となってはどうでもいい事。
問題は、そのクエストを終え、帰路のとある山道で起こった事だった。
この道をもう少し進めば王都地区、そんな地区の境界に近い山道だった。
そこで私達は、モンスターに襲われた。
真っ当な冒険者パーティーならば、5人一致団結すればなんとか倒せる相手だった。
がしかし、連中は逃亡してしまった。あろうことか、私と相棒を置いて。
今思うともしかしたら、向こうは最初からそのつもりでパーティーを組んだのかもしれない。
私達はモンスターの前に取り残されてしまった。
たった2人では太刀打ちできない。
私達は逃げ出すしか無かった。
逃げて逃げて、たどり着いたのは、山間の洞窟の中だった。
その洞窟は、地図に書き記されていない、未発見の洞窟だった。
命からがら逃げだした結果、どうやらそこに迷い込んでしまったらしい。
どうせ仮に入口から出たとしても、元の道に戻れるとは限らない。
そもそも出口を魔物達に塞がれてしまっているんだ。私達は、洞窟の奥に進むしか無かった。
この手の洞窟なら、進めばどこか別の出口にたどり着けるかもしれないという、一縷の望みに掛けて。
死を覚悟した、達観の道のりだった。
長い長い洞窟を、洞窟内の魔物を倒し、あるいは隠れ、逃げながら、ひたすら進む。
私と相棒は、洞窟の先で、光を見た。
私達はそこへ向かって駆けていく。
やはりもうひとつ、洞窟の出口があったのだ。
洞窟を出た私達は驚いた。
眼前に建物があった。
その建物は、古代の神殿跡のような建物だった。
朽ちてはいたが、美しい、緑色の神殿だった。
私達はその神殿内に潜入する。
既に回復アイテムも、お互いのMPも尽きていた。
だが、この神殿内にもしかしたら、起死回生の回復アイテムがあるかもしれない。
立ち止まっても現状は変わらない。既に死への絶望感は麻痺していた。どうせ死ぬなら、中を見てからそこで死のう。
私達は、神殿の内部を目指す。
その神殿内は、ゴブリンの巣窟だった。
ゴブリンと言っても強さは大したことは無い。ソード持ちと、弓持ち連中ばかりだった。
数はおよそ30。
たった2人で正面から全部と戦うのは厳しいが、こそこそ隠れながら進めば、見つからずに奥へ進める。
私達はゴブリンに見つかることなく、神殿の最奥らしき部屋の前まで到達することが出来た。
部屋の前には大きな扉があった。
そこは施錠されていた。ゴブリンがここを開けた形跡はない。
私は、シーフ時代に習得した鍵開けスキルで、その扉を開けて中に入った。
「すごい……綺麗……」
相棒は、その最奥の部屋の様子に驚いている。その声は、とてもよく響いた。
床面積はとても広く、天井もとても高い。
両脇には大きな石像が計6体。鬼のような形の石像だった。
細部を見渡す。
壁一面に壁画が描かれている。
小鬼のような、地を歩く妖精のような生き物が、多数描かれていた。
ある者は、両脇に籠の付いた棒を肩に担いでいる。
ある者は、牛らしき生き物2匹を棒で繋ぎ、後ろに繋いだ荷台で何かを引きずらせている。
小鬼たちは皆ひとつの方角へ何かを運んでいる。
運ぶ先は、王のような、悪魔のような生物のいる場所。王へ貢物を届けているかのような場面だった。
王の背後には十数個の星が描かれ、そのうちのひとつを小鬼に差し出している。貢物への褒美だろうか。
遥か古代に描かれた、何かの物語の壁画だった。
私と相棒は、その物語の意味も分からないまま、その不思議な迫力に息を呑んだ。
私達は、その部屋の奥に視線を移す。
そこに何かがあった。
それは祭壇のように見えた。
その手前に、頑丈な宝箱。古代の模様をあしらった、厳かな宝箱だった。
私はその宝箱をチェックする。
罠は無い。
鍵はかかっているが、ピッキングで開けられる。
エリクサー……いや、この際ポーション1個でもいい。何か現状を打開するアイテムが入っていることを祈って。
鍵を開けると、そこに入っていたのは本だった。
小さな、手帳サイズの1冊の本。
大きな宝箱の中に、ぽつんと1冊だけ、その小さな本が入れられていた。
「これ……ジョブマニュアル?」
相棒がそうつぶやく。
確かに、私達が持っている物によく似ている本だった。
しかし明らかに異なる部分もある。
その緑色の表紙には、何やら未知の文字のようなものが書かれている。
手に取って、中を読む。
やはり、その文字は一文字たりとも読むことが出来ない。
「なんだ、ハズレかぁ……」
相棒が残念そうにつぶやく。
まあなかなかレアな代物。街で売れば、それなりの金額にはなるだろう。
だが、街どころか、ここから生きて出られるかどうかも怪しい私達にとっては、ハズレ以外の何物でもなかった。
私達はもう少し、周囲を散策する。
このタイプの神殿なら、もしかしたら外に脱出できるワープ装置のようなものがあるかもしれない。
最低でも神殿外に、あわよくば街までワープ出来るものならありがたいのだが……。
私が神殿の祭壇のあたりに近づくと、その祭壇は何やら光を帯び始めた。
そして、私が手に持っている、先程の謎の手帳が光り出す。
「ひょっとして、ジョブチェンジできるんじゃないの?」
相棒がからかったように私にそう話しかける。
確かにその祭壇は、冒険者ギルドに鎮座されている物体によく似ていた。
現代のものと形状は違うが、この祭壇、ジョブチェンジ用のものなのかもしれない。
まあ確かに、この現状だと死んでしまうだけだ。
このジョブが何なのかは分からない。真っ当なジョブなのかどうかも分からない。
だったらまあ、このジョブに賭けてみるのも悪くないかもしれない。
もしかしたら、起死回生の特殊技能やスキルなんかを覚えるかもしれない。
そうでなくとも、『MPの尽きた魔法職』の今よりはそれなりにマシかもしれない。
MPを使わない前衛系に運良くジョブチェンジ出来れば、まあある程度戦えるかもしれない。
「ほいじゃ、ジョブチェンジしてみよっか」
相棒がそう答え、祭壇の裏側に移動する。
いつもギルドの職員がやっていた操作を、見様見真似で思い出しながら、適当にぽちぽち触る。
壊すなよと私は相棒に伝えながら、操作の完了を待つ。
「えっと……これでいいのかな。よっと」
相棒が最後のボタンを押したその瞬間。
祭壇は、突然強い光を放ち始めた。
私達は、その光で目がくらむ。
「うう~ん……いったい何があった……?」
相棒の声。相棒も同じ状況のようだった。
光が徐々に消え、私達は視界を取り戻す。
いったい何だったのかと、私は相棒に問おうとする。
しかし、相棒は、こちらを見て、怖い顔をして固まる。
そして……
「ゴブリン……」
そう、つぶやいた。
私は後ろを振り返る。さっきの光で、手前の部屋にいたゴブリンが気付いたんじゃないのかと思った。
しかし振り返っても、誰もいない。
なんだ何もいないじゃないかと思いながら、相棒のほうを向きなおす。
しかし……
相棒はナイフを手に構え、私に斬りかかってきた……。
何故だ……?
どうして相棒は、私を襲ってくるんだ……?
考えてみても分からない。
さっきの光、幻覚魔法の効果でもあったのか……?
やめろ! 私だ!!
そう叫ぶ。
しかし、その声は相棒に届かない。
何故か私の叫びは、声にならない。
声を出しても、唸り声のようなものがこだまするだけ。
相棒は、鬼の形相で私に斬りかかってくる。
やめろ、やめてくれ……やめ……止めろおっ!!
私は何が起こったのかまるで分からないまま、混乱したままそのナイフを避ける……。
気が付いた時。
相棒は、倒れていた。
相棒の胸には、私の護身用のナイフが突き刺さっている。
死ん……でいる……?
私は、相棒の名を呼びながら、相棒の体を揺さぶる。
しっかりしろ、大丈夫か!?
どうした、何があった!?
私がそう叫んでも、やはりガウガウという獣のような声がこだまするだけ。
そして私は気が付いた。
相棒の体を揺さぶるその手と腕が、緑色に変色してることに。
恐る恐る、自分の手をまじまじと見る。
緑色に変色した手。
ごつごつとした、長い爪を持つ指。
自分の手とは、似ても似つかないものだった。
恐る恐る、自分の体を見渡す。
相棒に斬りつけられた場所から、血が出ている。
しかし赤い色ではない。まるで魔物のような、青い血だった。
手で顔を触れてみる。
隆起した鼻。
大きな牙の生えた、裂けた口。
横に長く伸びた耳。
震える手で、アイテム袋に手を入れる。
ひび割れた手鏡を取り出す。
鏡に映っていた顔は、自分のものでは無かった。
鏡に映っていたのは、魔物。
ゴブリンだった。
何が起こったのか。
なぜ、あの時相棒は、ゴブリンだとつぶやいたのか。
なぜ、私に斬りかかってきたのか。
なぜ、今こうして物言わぬ躯となっているのか。
私は嫌な予想を、振り払うことが出来ない。
私は祭壇のほうに近づく。
祭壇の水晶玉は、粉々に割れていた。先程の取っ組み合いの際にぶつかってしまったのだろうか。
破片の残る祭壇から、その手帳を取り出す。
その手帳の謎の文字が、今は何故か読める。
私は手帳を開き、その内容に目を通す。
【ジョブ名『ゴブリン』。モンスター職のひとつ。ゴブリンと同等の能力を使うことができる】
何が起こったのか、私は全てを理解した。信じがたい事ばかりだったが。
私は、ゴブリンになった。
このジョブマニュアルのせいで。
相棒は、あの時の光で私を見失った。
再び視力が戻った時、目の前にいたのは、ゴブリンとなった私の姿。
混乱した相棒は、私を本物のゴブリンと思い込み、攻撃を開始した。
そして取っ組み合いになり、その結果、私は、相棒を…………。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
私は叫ぶ。
出る声はやはり人間のものでは無い。
魔物の……ゴブリンの声。
なぜ、なぜこうなった。
私が何をしたというのだ。
確かに、非正規の仕事は請け負った。
しかし、それだけだ。
何故私が、魔物にならなければならないのだ。
何故私が、大切な相棒を殺さなければならないのだ。
これが私の運命だというのか。
どうして、どうして、どうして……!!!
私の咆哮を聞いて、ゴブリンが部屋に集まってくる。
私は、今や自分と同じ姿をしたそいつらに、ナイフを向け構える。
せめて、一太刀でも浴びせなければ気が済まない。
するとゴブリンは、私に声をかけて来た。
「お前、誰だ?」
ガウガウという、いつものゴブリンの鳴き声。
しかし何故か、それが言葉になって聞き取れる。
「この部屋開けられたのか。
……なんだそいつは。人間か? 忍び込んでいたのか?」
そう話したのは、別のゴブリンだった。
人間の時はやはりガウガウとしか聞こえない音が、今はさっきとは別人の言葉として聞き取れる。
「勇気あるやつだな。人間相手に一人で戦ったのか」
「お前がその人間を倒したんなら、まずお前がソイツの持ちモン持って行っていいぜ。いらないモノは俺達にくれよ」
次々に、ゴブリン達が私に話し始める。
「なんだお前、喋らねえのか?」
「誰だか知らねえが、お仲間なら歓迎するぜ」
「はぐれ者か? なら俺達の村に来るか?」
私を仲間だと思っているゴブリン達が、私にそう話しかける。
いや、実際……私はもう、コイツ等の同類なんだろう。
私はどうやら、生きてここから出られそうだ。
ゴブリンの仲間になった事によって。
私は考えていた。
どうすればよかったのだろう。
まずは落ち着いて、現状を把握すべきだった。
ゴブリンになった事をもっと早く理解し、落ちつくべきだった。
その事を相棒に伝えれば、相棒は死ぬことは無かっただろう。言葉は通じなくなったが、ジョブマニュアルを見せたら理解してくれたはずだ。
その後、仲間と思い込んでいるゴブリンと共に脱出する。
相棒の事は、捕虜にした人間だと説明しておけばいいだろう。
そして隙を見て、相棒と共にゴブリンの群れから脱出し、街に戻って、ジョブを辞めて人間に戻れば……。
……いや。
もう、あの時ああしておけばよかった、たらればの話に過ぎない。
現実は、こうだ。
相棒は、『私が殺した』。
どうやらこれは、夢ではない。
悪夢のような、いや、悪夢よりもタチが悪い現実だ。
あの祭壇は、どうやら壊れてしまったようだ。
私が人間に戻る方法は、ここにはもうない。
私は人間に戻るまで、ゴブリンとして生きなければならない。
それまでどうにか頑張って、ゴブリンとして生きる。
そして隙を見て、人間に戻って……。
戻る?
人間に?
相棒を殺しておいて、今更おめおめと人間に戻る?
そんな事が許される?
「……はは」
不意に、笑いが込み上げてきた。
魔物の姿で相棒を殺した。
まるで魔物そのものではないか。
私は、人間か?
あの時、あのジョブマニュアルを手に取った際、いつものように相棒に渡そうとは思わなかったのか?
自分で使わず、相棒に預け、いつも通り収納魔法を使ってもらって、普通に換金するため保管してもらえばよかったんじゃないか?
自分がこうなったのは、見つけたレアアイテムを、独占したいと思ったからじゃないのか?
こうなってしまったのは、私の報いなんじゃないのか?
「ははは、はははは……」
そうだ。私のせいだ。
私が欲張ったからだ。
もし私が欲張らなかったら、最低でも私は人間のまま、相棒と一緒に死ぬことが出来たはずだ。
しかし私の欲のせいで、私は相棒を殺し、私はゴブリンに堕ちた。
そうじゃない?
じゃあ否定してくれ、誰か否定してくれ。
相棒を生き返らせてくれ。私を人間に戻してくれ。神がいるならそうしてくれ。私を救って見せてくれ!!
「ははははは、ああっはははははははははははははははははははは!!!!」
私は高らかに笑った。
周りのゴブリンが、どうしたのかと私を見ている。
いいだろう。
ゴブリンとして生きろと言うのなら、そうしてやる。
人間の村を見かけたら襲おうか?
人間に仇なせというのなら、そうしてやろうか?
いいだろう。人間を見たら殺そう。
そうだな、まずは私達を見捨てて逃げたアイツ等だ。見つけたら率先して殺そう。
私はゴブリン。
緑色の肌の醜いゴブリン。
心の中も醜いゴブリンだ。
「ははははははははは、ははははははははは、あーっはははははははははははは!!!!」
これは5年前の事。
《私》がゴブリンになった、その日の事だ。




