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最強の調教師  作者: むろみ紺
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出会いと期待

 ここはのどかな田舎の集落。

周りは山々に囲まれ、山から湧き出る水や地下から汲み上げた井戸の水を使い自給自足の生活を送っている。

電気やガスなどのインフラは整ってはいないが、空気も綺麗で何より静かだ。

 お世辞にも裕福な暮らしとは言えないが、私はここの生活が気に入っている。

毎日畑の手入れと水汲みに薪割り、山に入って野草や木の実を採ったり、時々山を越えて街に行き山で採れた野草や獣の肉を売って金に替えて、村では手に入らない洋服用の布や調味料を買っている。

 そんなこんなで日々の生活をして行くために毎日精一杯働いてなんとか生活をしている状態だ。

大変ではあるけれど、どこか充実していて清々しい気持ちになれる。

刺激は無いが、安定した静かな暮らしを送れることが幸せなことだと生まれてこの方16年間そう信じて生きてきた。

"その時"が来るまでは―



 その日、私はいつものように山に入り野草や木の実を採っていた。

すると、草むらの影からガサガサと物音が聞こえてきた。

「あの辺りは獣用の罠を仕掛けていたはず…」

私は背中に背負っていた野草を入れる籠を(心許無いが…)盾の代わりにして恐る恐る草むらを掻き分けて、そっと近づいてみた。

そこには獣用の罠に足を挟まれ、動けなくなり弱っている生き物がいた。

大きな嘴、長い脚、つぶらな瞳で羽の生えた大型の鳥?がか細い声で鳴いていた。

羽は生えているが体の割には小さく空を飛ぶほどの能力はなさそうだ。走る事に特化した鳥なのか?

ともかく、こちらに危害を加えられるほどの力は残ってなさそうだったので、こちらの籠シールドを解除することにした。

「ここら辺じゃ見ない生き物だなぁ…」

私は少し警戒をしつつも、この大きな鳥さんの罠を外した。

罠に挟まれた足の怪我以外、特に大きな怪我もなく骨折もして無さそうだ。

「とりあえず、怪我してるから手当しなくちゃ」

そう思い、野草の入った籠から傷に効く野草を取り出して石で潰して傷口に塗り、持っていた布を細く割いて包帯がわりに足に巻きつけた。

「とりあえず応急処置は出来たけど、このまま山の中に置き去りにしたら他の大型動物の餌になってしまうかも…」

そんなことを考えながら鳥さんを見ていると、何だかちょっとだけ情が湧いてきしまった。

しかしながら、我が家はペットを飼うほど金銭的な余裕は無い。

連れて帰れば最悪の場合、我が家の食卓に上がる事になりかねない…それだけは絶対に避けたい。

 かれこれ小1時間この鳥さんと時間を共有しているうちに、すっかり可愛く思えてしまっているから困ったもんだ。

そろそろ帰らないと両親が心配するから、とりあえず鳥さんをこっそり山の麓まで連れて来てしまった。

「とりあえず、安全な場所に隠さなきゃ」

山の麓の西側に竹の林があり、その奥にずっと使われていない道具小屋がある。

私も小さい頃秘密基地としてよく遊んだ場所だ。

かなり老朽化していてボロボロではあるが多少の雨風もしのげるし、誰もこんなところにわざわざ立ち寄る人もいないから見つかりにくくて丁度いい。

「きっと鳥さんお腹空いてるよね。でも何食べるんだろう…?」

 まず、水は必要だろう。問題は主食は何かだが…

肉食動物特有の獣臭さがあまりしないところから見ると多分草食動物だろう。

水と草と木の実をいくつか置いておく事にしよう。

あと、寝床替わりに小屋の周りに落ちていた葉っぱも敷いておこう。

 今日はとりあえず鳥さんにはここで一晩過ごしてもらってまた明日早くに様子を見に行こう。

「家に連れて帰れなくてごめんね。また明日様子見に来るから、それまでここで大人しくしててね。」

そう鳥さんに告げると、まるで私の言っていることが伝わったかのように「キュ」と小さく鳴いた。

私は鳥さんの撫でながらひと時の別れを惜しむかのように家路につく事にした。




 夕日が沈みかけ辺りが橙色から碧色へと変わるグラデーションの空を横目に家路についた。

「ただいまー」

そう言いながら、ろうそくの明かりがゆらゆらと灯る我が家の扉を開けた。

「おかえりリイサ。今日は収穫あったかい?」

母が台所で料理をしながら振り返った。

「今日は薬草と…」

と、言いかけて思い出した。

薬草は鳥さんに使ったから残ってないんだった…!

私は慌てて

「や、薬草はなかったけど木の実と食べられそうな野草と蔓草を採ってきたよ。残念ながら獣は掛かってなかったから、また罠を仕掛けてきたよ。」

うっかり母に聞かれる前に罠の話題を出してしまった…

怪しまれないかと少しドキドキしたが

「そうかい。まぁ、獣はなかなか掛からないから仕方ないね。」

どうやら怪しまれずに済んだみたいだ。

「明日はもう少し早くから山に行ってくるよ。

弓を持っていけば小動物や野鳥なら獲れるかもしれないし。」

これで明日の朝早くに家を出る口実ができた。

鳥さんのお世話する時間も作れるし。

「あまり無理するんじゃないよ?少しだけどイノシシの干し肉もあるから。」

「大丈夫!それにこれから冬に向けてお肉も蓄えておきたいしね。」

今は秋の始まり。

動物たちも冬眠のためにたくさん食べ物を食べて肉に脂が乗ってくる時期。

この時期の肉は格別に美味いのだ。

そんなことを考えていたら、やけにお腹が減ってきた。 「いやー、ようやく水車の修理が済んだよ。」

そう言いながら父が帰ってきた。

「おかえりー。」

母と私は父に答えた。

「ご苦労様。これで明日から米の脱穀ができるようになるね。」

と、母は言った。

「思いの外、早く修理が終わってよかったよ。これで遅れてた分の脱穀が出来そうだ。

春になったら王都に納めなくちゃならないからな。」

この国では春になったら王都に税として金貨10枚、もしくは同等の米や麦の作物を納めることになっている。

金貨10枚は大人1人が1年間贅沢せずに人並みの生活ができるくらいの価値がある。

うちは3人家族だから金貨30枚分の税がかかる。

なので今が大事な蓄え時なのだ。

「それより早くご飯にしよう。今日は何だかお腹がぺこぺこだよー。」

私はもうすっかり空腹の限界だ。

「そうね。ご飯にしましょう。」

そう言いながら出来上がった料理をテーブルに並べながら父と私もテーブルについた。

 何気ない、いつもと変わらない日常のようで密かに特別な出来事があった事はまだ両親には黙っておこう。

また明日からの変わらない日常と少しだけ特別な日々が始まる事に少しだけ心躍らせながら今日という日を終えることとなる。




 朝日が昇り始めた早朝、私は目が覚めた。

まだ薄暗さが残る朝は少しだけ空気がひんやりとして、大きく息を吸い込むと身体中に空気が染み渡るような感覚になり頭の中がはっきりとする。

 私は一階に降りて洗面所で顔を洗い、昨日の夕食の残りのパンをかじりながら家を出る準備をしていた。

 今日は昨日の鳥さんのお世話をしつつ獣の肉を狙おうと思っている。だから今日は弓矢も持って山に行こう。

 支度を済ませて鳥さんを匿っている山の麓の竹林の小屋に向かった。まだ早朝ということもあり、山の方に向かう人には会わなかった。まぁ、その方が私にとって好都合だ。

 家から30分ほど歩いたところ竹林がある。

「鳥さん、ご飯食べてるかなぁ。」

竹林の中を進んで行き小屋に着いた。

耳をすましてみるとカサカサと微かに動く音が聞こえてきた。

「よかった。ちゃんと生きてるみたいだ。」

私は鳥さんを驚かさないようにそっと小屋のドアを開けて中を覗いてみた。

鳥さんは葉っぱの上に脚をお腹の下に折りたたむようにして座っていた。

すぐに私に気づいてこちらを見て小さく鳴いた。

「昨日はついていられなくてごめんね。今日はちょっと長く一緒にいられるからね。」

そう言いながら鳥さんの喉元を優しく撫でると気持ちよさそうに穏やかな表情を見せた。

 小屋の中を見渡すと、昨日バケツに汲んできた水が半分ほど減っているのと木の実を食べた跡があった。

「良かった。少しだけどご飯食べれたんだね。」

私は小屋の中を掃除して改めて水と木の実を用意して置いておいた。

そして肝心の足の傷の具合だが…

「すっかり血も止まって落ち着いたみたいだね。また新しく薬を塗って包帯を巻いておこうか。」

今日は家から傷薬と包帯を準備してきた。

「早く怪我が治って元気に歩き回れるようになるといいね!」

そう言うと鳥さんは嬉しそうに頭を私の体にすりすりと擦り寄ってきた。

「それじゃあ私は山に行って狩りをしてくるから、また夕方に見にくるから待っててね。」

私は小屋を後にして山への道を歩き出した。




 今日の山の中は、いつもより少しだけ霧がかかり視界がぼんやりとしていて、狩りをするにはいい状況だとは言えない。

でも私ももうすぐ16になる。

この国では16歳から成人としてめでたく大人の仲間入りを果たすのだ。

私にとっては15も16も大して変わらないといった心境だが、大人として扱われるのならせめて自分の食い扶持くらいは自分で何とかしたい。

そんなことも相まって、私の心の奥で密かに狩りに対する熱量がいつもより高かった。

 太陽も登りこれで少しは視界も良くなるだろうと期待したが、山の中に茂る木々によって太陽の光が遮られいまだに視界は良くない。

こういう時に下手に動き回ったりすると、獲物に逃げられるどころか逆に大型動物に襲われてしまう事になりかねない。

小さい頃から父に連れられて山に入っているから慣れてはいるが、決して油断はできない。

私は弓を片手に物音を立てずに移動しつつ、周囲の物音や気配にも注意を払いながら更に山奥へと進んでいった。

いつ、どこから、何が出てくるのかわからない緊張感の中、私は弓とつがえた矢を強く握った。

その緊張が頂点に達した時、後方から地面に落ちた小枝を踏んだ様な小さな音が聞こえ、咄嗟に弓矢を構えて後ろを振り返った。

しかしその瞬間に高まった緊張が一気に緩んでしまった。

「鳥さん!?」

そこには竹林の小屋で待機しているはずの鳥さんの姿があった。

そういえば狩りの事で頭がいっぱいになっていたせいで、外から小屋の戸を塞いで来るのを忘れていた…。

しかし、ここに来るまで全く気配に気づかなかったなんて、この鳥さんが尾行の天才なのか、私が狩人としてのスキル不足なのか…この場合どちらかというと後者なんだろうけど、とりあえず鳥さんを連れて山道を長時間歩くなんて、治りかけの足が悪化したら大変だから一旦山を下りて今度こそしっかりと待機してもらって、改めて狩りに出直すとしよう。

そう思い鳥さんを連れて山を降りようとした時、背後から何かがすごい速さで迫ってくる気配がした。

私の直感が危険を知らせるように、背後の何かを確認すよりも先に鳥さんを庇いつつ咄嗟に右側に体を避けてかわした。

だが背中に背負っている籠に強い衝撃が当たり、籠が壊れる音と同時に私の体も一緒に前方に吹き飛ばされるように倒れ込んでしまった。

これはマズイ…この時期にこれだけの力がある大型の動物がいるなら『アレ』しかいない。

嫌な予感をしながら振り向くと、そこには嫌な予感が見事に的中した動物が二本足で立ち塞がっていた。

「やっぱり、熊か…」

二本足で立ち上がる姿は153センチの私の身長を優に超えている。

さすがに熊相手に弓矢なんて大したダメージを与えられない。

この時期の熊は冬眠前で食べ物探しで気が立っているから、まともに相手にするべきではなない。

ここは弓矢で多少気を逸らしたところで一気に山を駆け下りて、逃げるしか無い。

「とりあえず、目や足回りを狙って動きを鈍らせよう…!」

弓に矢をつがえようと腰につけた矢筒に手を伸ばすと、20本は持ってきたはずの矢が3本しか残っていなかったのだ。

「さっき倒れ込んだ衝撃で無くしたのか…!」

たった3本であいつを足止めなんてできるだろうか。

でもやらなきゃこっちがやられる!

失敗は許されない…!

恐怖で膝が震え、指先が冷たくなってきた。

私の鼓動が早くなっていくのを感じながら、弓を握り1本目の矢をつがえようとしていると、熊も四つん這いになりこちらに睨みをきかせている。

またこっちに突進してくるに違いない。

私も鋭く熊を睨みつけゆっくりと弓を引こうとした瞬間、私の服の背中を強く引っ張られた。

「え?」

そう思った時には地面から私の足は浮いて上に投げ飛ばされた。

「え?え?」

私は訳が分からず混乱していると、気づけば鳥さんの背中に乗っていたのだ。

「キュエ〜!!」

そう鳥さんが大きな声で鳴くと、私を背中に乗せたまま凄いスピードで走り出した。

山の中の木々を器用に避けながら、でもスピードは落ちる事なく走った。

私もなんとかバランスを取りながら鳥さんを乗りこなしていた。

今までに感じたことの無い、身体中にいっぱいに風を感じるこの感覚…なんて言葉にしたらいいんだろう。

怖い様な楽しい様な、でも何故か不安はなかった。

このままどこか遠いところへ連れ行ってくれるんじゃ無いかと思える様な高揚感があった。

私は一瞬どこか別の世界に行きかけて、すぐに現実に引き戻された。

なぜならすぐ後ろをあの熊がすごい勢いで追いかけてきているからだ。

「このままの逃げ切るのはさすがに厳しいだろうな…」

鳥さんも僅かにだが怪我をしている足を庇っている様な、重心が少し傾いた走り方をしている事に気づいた。

「やっぱり、このままやるしか無いか」

騎馬ならぬ騎鳥状態で矢を射た事は無いが出来ない事はないだろう。

私は弓に矢をつがえて呼吸を整え、後ろを向き後方を走る熊の目を狙って弓を引いた。

時間にしてわずか数秒の出来事、だけど私にはもっと長い時間に感じられた。

狙いを定めた矢はまっすぐに熊の右目に刺さった。

矢が刺さったと同時に熊が雄叫びをあげて足を止めた。

「よし!」

これなら行ける!

このまま前足と後ろ足を一本ずつ狙えば、もう走って追いかけてくる事はないだろう。

「鳥さん!今度は熊の横に回って狙おう!」

「キュッ!」

まるで私の言うことが通じたみたいに、鳥さんは声を上げて走る方向をかえた。

ある程度熊から距離を保ちつつ、矢が届く範囲で木々を避けながら走り抜けて行く。

まるで前にも同じことをやっていたのでは無いかと思うほどに、山中での動きがスムーズだ。

いや、今はどうでもいいことか。

私はまた呼吸を整え、2本目の矢をつがえ弓を構えた。

ギリギリまで引いた弓から放たれた矢は、風を切る音と共に木々の隙間を縫う様に、力強く熊の左前足に刺さった。

「やった!次で決めるよ!」

熊もまだしぶとくこちらを警戒して、矢が刺さった体で隙あらばこちらに襲い掛かろうと臨戦態勢に入っている。

「これが最後の一本…!」

ついに3本目の矢をつがえ、目一杯弓を引いて熊の後ろ足を目掛けて矢を放った。

が、その瞬間強い突風が吹いて熊の右後ろ足をかすめて地面に刺さった。

そして矢を放ったとほぼ同時に、私も突風でバランスを崩し鳥さんの背中から勢いよく地面へと落下した。

その瞬間を待っていたかのように、熊が私目掛けて突進してきた。

私は痛みに耐えながら体を起こし、腰につけていた小刀を取り出して構えた。

こんなものが熊に通じるとは思わないが、何もしないでこのまま熊のご飯になるのだけは絶対に嫌だ。

出来る限りの抵抗をして少しでも生き延びる確率を上げるんだ。

覚悟を決めて小刀を強く握り締め、向かってくる熊に振り下ろそうとしたその時だ―

横から何かが勢いよく、熊の顔面にに向かって強い衝撃を与えた。

しかも、あの大きな熊がゴロゴロと転げるくらいの威力だ。

「へ…?」

私は目の前で起こった出来事に、何が何だか分からなくて呆然としていると『それ』はまるで誇らしげに、私の目の前で仁王立ちをしてみせた。

「と、鳥さん!?」

そう、先ほどの強烈な一撃は鳥さんのキックによるものだったのだ。

この可愛らしい見た目からは、想像もつかないくらいのエグい攻撃力の高さに若干引いてしまったが、鳥さんの一撃がなければこんなことを考えている自分も、今ここにはいなかったのだから鳥さんに感謝すべきだろう。

だが、まだ戦いは終わってはいなかった。

強烈な蹴りで吹っ飛ばされた熊がまだ生きていたのだ。

少しよろけながらも体勢を立て直し、またこちらへ突進しようとしている。

「鳥さん危ない―!!」

と言いかけた私を遮るかのように、向かってくる熊に対して容赦無く蹴りを浴びせている。

しかも今度は嘴で熊の毛をむしりまくっている。

自分に敵意を向けてくる者に対して、容赦のない攻撃はまさに鬼の所業だ。

私の目の前で繰り広げられる、この二匹の大型動物による大乱闘は、鳥さんの一方的な攻撃により数十秒のうちに鳥さんの勝利で幕を閉じた。





 今、私と鳥さんはオレンジ色の夕陽を照らされながら一緒に家に帰っているところだ。

今日は竹林には置いていかずに連れて帰る事にした。

きっと両親も事情を説明すれば分かってくれるはずだ。

そうそう、あの山での激闘を終えた私たちのその後だが―

熊は微かに息はあるが完全に気を失っており、そのまま放って置いても命が尽きるのをただ待つだけという状態だったので、せっかくの生命なのだから無駄にしてはいけないと思い、熊の後ろ足に縄を固く結び近くの丈夫そうな木に逆さ吊りにして血抜きをし、解体して食用肉として家に持ち帰る事にした。

ただ、あまりの大きさに私1人で持ち帰ることは難しかった為、蔓草で編んだ即席の籠を鳥さんの背中にくくりつけ、一緒に運んでもらう事にしたのだ。

そうこうしているうちに、我が家に着いた。

「ただいまー。」

そう言いながら扉を開けた。

「おかえり…って何その格好は?!泥だらけじゃない!それにこんなに大量の肉どうしたの?」

あまりの情報量の多さに矢継ぎ早に質問を投げかける母に、苦笑いをした。

「あー…話せば長くなるんだけど、その前に他にもまだ肉があるから運ぶの手伝ってくれる?」

そう言って母を外に連れ出すと、更に母を驚かせた。

「何なのこのデカい生き物は?!しかも泥だらけで汚ないじゃない!どこで拾ってきたの?近付いても大丈夫なの?襲って来たりしないわよね?」

また更に質問が増えた。

「大丈夫だから。とりあえずお肉運ぶの手伝って。」

まあまあと母をなだめながら肉を運び、母に風呂の準備を頼み、その間に家の裏の川で鳥さんを綺麗に洗った。

とりあえず鳥さんは家の横にある農作業の道具をしまっておく納屋に居てもらうとして、私も泥だらけの体を綺麗にするためにお風呂に入るとしよう、詳しい話はそれからだ。

 私がまったりと風呂に入って汚れと疲れを洗い流し、さっぱりとした気分で出てきたちょうどその時、まだ陽が完全に落ちる前のいつもより早い時間に父が帰ってきた。

まるで何か見計らったかの様な絶妙なタイミングで少し驚いたが、今日に限ってはそれも神様が引き合わせてくれたと言っても良いくらいの都合の良さだ。

改めて父と母と私の3人でテーブルに着き、昨日あった出来事から順に今日の出来事を出来る限り冷静に、そしていかに鳥さんの存在が大きな役割を果たしたかを私は熱弁した。

実際に父にも鳥さんと対面させて危険がない事を分かってもらって、その上で私は父と母に言った。

「この鳥さん、うちで飼いたい!」

小さい頃からどんな小さな動物でも、可愛い動物でも生き物を飼うことを許されなかった。

どうしても!とせがんでも首を縦に振ることわなかった両親だったが

「分かった、この子を今日からうちで面倒見る事にしよう。」

そう言ったのだ。

「…本当に?いいの?」

もっと反対されると思った。

あまりにも意外な答えで拍子抜けしてしまった。

「大切な娘の命の恩人を、そのまま危ない山に帰すわけにもいかないからな。」

そう言うと父と母は優しく微笑んだ。

「こんなに無茶して、身体中アザだらけじゃない。これからは山へ行ってもこんな危ない真似はしないでね。」

そう言って母が私をそっと抱きしめた。

「大丈夫。これからは鳥さんも一緒に連れていくから。心配かけてごめんなさい。」

両親が私を大切に想ってくれているという事の嬉しさと、心配をかけてしまったことへの罪悪感でちょっとだけ胸の中が苦しくなるのを感じた。

「しかしいつの間にかリイサもこんな大物を仕留められる様になるなんてな!」

そう言って父が私の頭をクシャクシャと撫でた。

「それじゃあ、明日は新しい家族の家を作るとするか!」

「うん!私も一緒に作る!」

「そういえば、この子名前まだ聞いてなかったけど…」

母に言われて、そういえば名前をつけていなかった事にハッとした。

「この子の名前は…チョコにする!」

「チョコ?なんんだか美味しそうな名前ね。」

母はクスクスと笑ったが、私にとっては特別な意味のある名前だ。

 チョコはもちろん、チョコレートのことだ。

私が10歳くらいの時に、一度だけクリスマスの時に王都の市場に父と一緒に出掛けた事があった。

村で作った木の実のジャムや薬草を売りに行ったついでにフラッと立ち寄っただけだったが、夕暮れ時ということもあり至る所にランプや電気で光る綺麗な色のついたガラス玉がたくさん飾られて、まるで真昼の様な明るさと、たくさんの人たちの楽しそうな笑顔がいっぱいで子供ながらにとてもドキドキしたのを覚えている。

その時、市場のお店のおじさんが「今日は特別な日だから」と言って私に綺麗な紙に包まれた一口サイズのチョコレートをくれたのだ。

普段は高くてなかなか買えないもので、私もこの時までチョコレートを食べたことは無かった。

初めて食べたチョコレートは、口いっぱいに広がる甘さとトロッと滑らかに溶けていく不思議な感覚で、市場のキラキラした灯りも相まってか一瞬にして別の世界にでも行ってしまったかの様な非日常のワクワク感が身体中を包んでいる様だったことはずっと忘れられなかった。

チョコの背中に乗った時、その時の特別なワクワク感に似たものを感じたからだ。

だから、この子との出会いは私の中の何かを変えてしまうような、特別なものなんじゃ無いかと思っている。

そんな事を考えながら、父と母と私はテーブルを囲んでいる。

いつもの様にご飯を食べ、片付けをして、寝る準備をしてベッドに入る。

何気ないいつもの1日がまた終わろうとしている。

でも、明日からは何かが変わる様な気がしている。

そして私はゆっくりと眠りにつこうとしている、この新しい出会いに少しだけ期待をしながら。




 



























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