二つの仮面 【月夜譚No.99】
王子には、知られざる秘密がある。王子を愛してやまない国民は勿論のこと、仕える側用人や兵、両親にあたる王、王妃ですら感知していないことだ。
幼い頃より蝶よ花よと、それは大切に育てられてきた、たった一人の王子。兄弟のいない彼には、生まれたその瞬間から次期の王位の座は約束されたも同然だった。
切れ長の目は父に、微笑むと現れる靨は母に似ていると、周囲からよく言われた。王子としての振る舞いを逸した際には当然叱られたが、それ以外は基本的に褒められることしかされなかった。
それはある意味、つまらない日々であった。当たり前のように、自分の前に敷かれた道。そこを逸れることは許されない、自由に見せかけた、窮屈な生活。
王子は本当の自由を手に入れたかった。そこにつけ込んだ魔の手は、もう既に滅んだと誰もが思っていたモノだった。
煌びやかなマントを脱ぎ捨て、端の擦り切れた質素な布に身を包む。太陽のような金髪は深く被った帽子の下に追い遣り、王子は下町の小路に入り込んだ。
切れ長の目は冷たく、静かに上げた口角には靨が暗く沈む。
夜がやってくる。解き放たれた〝もう一人の王子〟は、もう誰にも止められない。