武装メイドの独白
「・・・もう朝ですか・・・。」
窓から朝日が燦燦と差し込む中、ムクリと武装メイドが起き上がる。陽光に浮かび上がる姿は、一糸纏わぬ裸体で、魅力的な肢体の全てを曝け出していた。武装メイドの傍らでは、こちらも一切衣類を身につけていない女傭兵がスヤスヤと寝入っている。
冷酷非情な女傭兵も寝顔は可愛らしくまるで穢れを知らぬ幼子のようだ―あるいは武装メイドと寄り添っている時だけに見せる姿かもしれない。
はぁと武装メイドは溜息をつく。武装メイドを取り巻く状況ははっきり言って異常だ。女傭兵と武装メイドは昨夜褥を共にしており、状況を打破できないことから武装メイドも積極的に体を重ねている。
それでもこの二人は恋人ではなく―女傭兵は別としても―、元来敵同士である。襲撃されたものと襲撃したもの、それが武装メイドと女傭兵の間柄だ。
武装メイドの立場は歴とした捕虜であり、普通なら拷問されていなければおかしい。最悪は嬲り殺しだ。なのに武装メイドはバストイレ付きの個室が与えられ、3食不自由することもない。
暖かなベッドで心地よく眠ることができ、外部との通信こそ許されていないがテレビさえ与えられている。
ちっとも捕虜らしくない。
それでも虜囚であるため窓には鉄格子がはまり、ドアも脱走を防ぐため頑丈な鋼鉄製。頭上に視線を飛ばせば、360度四方をカバーする監視カメラの機械の目と出会う。
同衾した際の映像が電子の海に流出していないかが気がかりだが、女傭兵が強烈な殺気を放ちながら部下に絶対にしないよう固く禁じたと言ったため、そこは信用できる。
捕虜を拘束するにふさわしい設備だが、独房にしては快適すぎる。
捕虜とした相手を厚遇し、体を交わす等異様な対応に思えるが、傭兵の行動とすれば不自然ではない。傭兵とは所詮武装したならず者に近い存在であり、気にいった女性捕虜を愛人として扱うのはおかしいことではない。
それが男性か女性か、異性か同性かの差があるだけだ。事実武装メイドは、女傭兵との一対一の戦いの果てに体を辱められている。
同性愛者の女傭兵が好みの捕虜を侍らせているだけならば、さほど異様な光景ではない。
異常すぎると武装メイドに思わせているわけは、女傭兵が本当に自身を恋慕しているためだ。最初に女傭兵が辱めを働いたのも、武装メイドの忠義から好きな人と精神的な繋がりが得られないだろうとの思いから肉体的に触れ合いたかったからだという。
申し訳なさそうに女傭兵が前後の事情を挟みつつ謝罪しており、その様子は演技ではない様だった。俄かには信じがたいが女傭兵は武装メイドを本気で愛しているのだろう。
単に容姿を気にいったために捕虜に肉体関係を強要するのはまだ正常な行いだ。だが、捕虜に真剣に恋愛感情を抱き、その感情から住環境を整え、体を深く結ぶのはどう見ても異常だ。
武装メイドは今歪な環境に身を置いていた。無論そんな環境にいることは、武装メイドにとって本意ではない。
歯をギリっときつく噛みしめながら、ふざけるなと武装メイドは叫ぶ。女傭兵は武装メイドが忠誠を捧げる主人を狙う敵であり、体を弄んだ仇敵だ。
好きな相手と肉体的に繋がりたいというエゴから体を弄ばれた恨みと屈辱は消えていない。
だから女傭兵は憎むべき敵だ。本来憎悪して然るべき敵なのだ。なのに武装メイドは憎しみを抱き続けることが困難だと感じていた。
気持ちよさそうに寝入る女傭兵の寝顔をチラッと見てみる。その顔は思わず身惚れそうになるほど純粋無垢で、好きな人とともに過ごせる幸福に満ちていた。
正直、こんなものを見てしまうと毒気が抜けてしまう。それに武装メイドが憎み続けられない訳は他にもある。
「あなたが冷酷な傭兵の姿でいてくれたらよかった・・・。あなたが体だけが目当てなら憎んでいられた・・・。」
相手が残忍な傭兵や凶悪な強姦魔としての姿を見せていたならば、武装メイドも憎悪していただろう。
実際には、女傭兵は最初誤ったアプローチをとっただけで真摯に愛情をこちらに向けていることをヒシヒシと武装メイドは感じとっている。
開放こそしないものの快適に過ごせる様女傭兵は最大限取り計らってくれるし、この部屋に遊びに来る女傭兵の姿は心から嬉しそうだ。
表情こそ無表情なものの、武装メイドと一緒に過ごすだけで楽しそうであり、心を弾ませているのがわかる。肉体の深い部分で繋がる以外にも、女傭兵は真剣に武装メイドを好いていた。
そんな姿を見せられては、憎しみなど霧散霧消してしまいそうになる。あまつさえ自らを拘束している敵にこちらもほのかな思いを—。
そこまで思考が至った時、武装メイドはかぶりをふる。雑念を消し去る様にブンブンと激しくだ。
「私はご主人様に仕えるメイド。我が心を捧げるのは、ご主人様ただ一人。この魔族の女なんかに絶対に心を許しはしません。ほのかな気持ちなんて、ストックホルム症候群の類に過ぎません。」
武装メイドは強い口調で恋愛感情など抱いていないと否定する。特に恋愛感情など人質になったことによる生存率を上げるためのまやかしだと強烈な語気で吐き捨てる。
まるでうちにある感情に蓋をする様に。
女傭兵は未だにスヤスヤとまどろんでいる。恐らく武装メイドしか見ることのできない寝顔をもっとみていたいという欲求がこみあげてくる。いつまでもみていたいと思わせる破壊的な魅力がある寝顔なのだから。
だが、心を鬼にして女傭兵を起こすことにする。女傭兵は優秀な傭兵隊の指揮官であり、その職務は戦闘指揮のみではない。部下に仕事を分担させているとはいえ、経理や補給なども女傭兵が取り仕切っている仕事だ。
基本的に女傭兵が武装メイドのもとに訪れるのは、仕事を終わらせてからや休日であることが多いが、それでも女傭兵にしかできない仕事のため急に部下が訪れる可能性がある。食事の配膳自体はドアについた専用の差し入れ口から行われるが、急用がある場合は入室することが許されている。
監視カメラには遥かに恥ずかしい姿を捉えられている訳だが、それでも直に裸を見られたくはなかった。それなら武装メイドだけ私服に着替えればいいはずだが、何故だか女傭兵の裸も見られたくはなかった。
だから彼女を起こす。
女傭兵を起こすために武装メイドは、がっしりとした相手の肩を掴み、顔を近づけていく。それこそ唇が触れ合いそうなほどに。
やはり女傭兵の顔は客観的に見て可愛い。寝顔だけではなく顔全体の造形がうっとりするほど綺麗だ。戦場を駆け巡ってきたにもかかわらず、髪も驚くほどさらさらして綺麗だ。
そんなふうに思いながら、肩を揺すって相手を起こそうとする。やがて女傭兵はねぼこまなこで目覚める—「なに! 反政府ゲリラの奇襲! 即席爆破装置! 迫撃砲で攻撃されたの!」と物騒なことを叫びながら。こちらの頸動脈を絞めようとする手をはたき落とし、落ち着きなさいと叫ぶとすぐに正気に戻った。
寝ぼけたとはいえ、攻撃したことに申し訳なさそうな顔をしている。しゅんとした顔。
ああ起きている女傭兵も綺麗だが、寝顔は見れないのは残念だと武装メイドは思う。
そんなことを思うともう女傭兵の元からもとに戻れないのではという不安が胸を過ぎる。そんなことはないと思いたいが、否定できないのが辛い。
武装メイドは、一般の陸軍兵士や海兵隊員以上に高度な戦闘技術や各種知識を叩き込まれた人間だ。本当に現状が嫌ならば、舌を噛み切るまたは身近なものを使って自殺することも思できるのに、それをしていない。
敵地から単独で脱出するなど映画のように上手くいくものではないが、脱走を試みていない。
客観的に言って好意を否定できる材料はない。武装メイドらいつのまにか女傭兵に心を奪われそうで、それが怖かった。