1話 最初の代償
シナリオ形式ですがよろしくお願いします
○一太の部屋 △朝
立花一太(男)(21)、室内の扉を開けキッチンからリビングに入りあたりを見渡す。
リビングにはゴミが散乱しており、衣服や食器などあらゆるものが床に落ちている。
一太(誰が言ったかは忘れた、けどどうしてか記憶の片隅にずっと残っていた言葉、確か哲学者か数学者だったか、とにかく教科書に載るぐらい凄い人が残したその言葉を、なぜかあの時ふと意味もなく思い出した)
一太、掃き出し窓の閉じたカーテンを見つめる。
○一太の自宅アパート △夕方
~2018年7月2日 17時10分~
一太、アパートの階段を上り廊下を伝って自宅の部屋に向かう。
一太、部屋の前に止まりポケットから自宅の鍵を取り出す。
鍵に付いているキーホルダーの番号札には〈305〉と記されている
一太、鍵をドアノブのカギ穴に差し込む
ガチャ
ドアが開く
一太ナレーション「ドアを開けたその瞬間、僕はすぐに異変に気付いた。」
一太、部屋に入る。
室内は真っ暗。
一太ナレ「昼間にも関わらず室内が異様に暗い、いや夜中だとしてもおかしい、この部屋は例え夜に電気を消してもベランダの前に立ってる街灯の光が室内に差し込んでここまで暗くはならない」
一太、玄関で靴を脱ぎ奥のリビングに進む
リビングに設置されている掃き出し窓のカーテンが閉まっている
一太ナレ「部屋に入って数秒、薄々その異変の正体に勘付いた」
一太、カーテンを開ける
本来ベランダに面しているはずの掃き出し窓が、壁になっており壁一面には数十枚の絵馬が掛けられている。
(※壁一面には数十本の釘がびっしり刺さっており一本の釘に一枚ずつ絵馬が掛けられている)
一太「窓が消えている・・それに」
一太、壁に掛けられている一枚の絵馬を手に取る
絵馬には〈天波千里ともう一度連絡を取り合うほどの仲に戻れますように〉と書かれている
一太「これは一体・・・」
部屋の番人「ようこそ」
一太、後ろを振り返る
スーツ姿で能面をつけた男が立っている
一太「うわああ!」
一太、腰を抜かして尻もちをつく
一太ナレ「そう、この時突然脳裏によぎった言葉、その言葉をなぜかそいつが口にした。」
部屋の番人「一つの道を選ぶということは他の道をすべて失うことを意味する」
一太「へ?」
部屋の番人「改めて言おう、ようこそチョイスルームへ」
○バスの中 △朝
~9時間前~
一太、停車しているバスの後部座席窓側に座りスマホをいじっている。
一太(今の時代、情報が溢れすぎている)
スマホの画面には
〈就活しんどい!しかも課題も残ってるし超ハードスケジュール!とりあえず勉強を言い訳にカフェで一時間まったりしておこ~〉
とSNSの投稿文が映っている。
一太(おかげで元カノが今どこで何をしているのか、知りたくもない情報さえわかっちまう)
SNSの投稿者の欄には〈チサト〉と表示されている。
一太、ため息をつきバスの窓からバス停に並んでいる人の行列を眺める。
一太(これじゃあ忘れたいものも忘れられな・・・あっ!あいつ)
一太が眺めている行列を川崎智一(男)(22)が通り過ぎていく。
智一、バスに乗り後部座席に座っている一太と目が合う。
智一「おっ、やっぱりいた」
智一、一太の隣の席に座る
智一「いや~俺も一限目は捨てようと思ったけどやっぱ色々計算したらこの授業に懸けるしかねえと気付いてよ、まっ単位が少ないもの同士助け合おうぜ」
一太「お、おうそうだな・・・ってそうじゃなくて!お前が昨日鍵返さなかったせいで俺はずっとネカフェにいたんだぞ!」
智一「ああ、そうだった悪りい悪りい」
智一、カバンから鍵を取り出し一太に渡す。
一太「ったく!」
一太、智一から鍵を受け取る
鍵に付いているキーホルダーの番号札には〈305〉と記されている
一太「お前が俺の家で休ませろってしつこいからせっかく部屋貸してやったのに、カギ閉めたままいなくなるわ、ラインは既読スルーするわ、おかげで寝不足だよこっちは」
一太、あくびをする
智一「しょうがねえじゃん、内定先の先輩と大事な約束思い出したんだからよ」
一太「大体、部屋を貸すのは10時から15時までの約束だったし、途中から部屋を出る場合はあらかじめ12時までに連絡するよう時間指定までしておいて」
智一「それより、これ見ろよ」
智一、スマホの画面を一太の顔に近づける。
一太「話変えんなよ、それにそろそろバスが出発する時間の8時25分」
一太、腕時計を見る
一太「バスが走ってる最中にスマホ見てしまったらバス酔いで吐く可能性が」
智一「相変わらず細けえな、字は読まなくていいから写真だけでも見てみろよ」
一太「ん?この顔」
一太、スマホの画面に映っているニュース記事に掲載された顔写真を見る
一太とそっくりな男の顔が映っており
〈来栖草一容疑者 逮捕〉
と書かれている。
智一「今日の朝、テレビつけたらお前にそっくりなこの顔がニュースに流れてビックリしてよ、俺のほうこそライン送ったんだぞ、お前が就職決まらない腹いせに通り魔起こしたんじゃねーかと心配してよ!はっはっは」
一太「通り魔?」
智一「ああ、何人も刺殺したらしい、多分サイコパスって奴だな」
一太「サイコパス・・・」
一太、小声でつぶやく
バスが発車して車内が揺れる。
智一「おわっ、急に発車したな」
一太、片手で口を押える
一太「う、うう」
智一「え?もう酔ったの?」
一太、バスの窓を開ける
一太「うぉえっ!」
一太、バスの窓から嘔吐する
○大学構内 屋外の通路 △朝
ロリータファッションの格好をした草野カナサ(女)(21)、傘をさして大勢の学生が行き来する人混みの中を歩いていく
カナサの周囲を歩いている学生たちは、物珍しそうな顔でカナサに視線を向ける。
数人組の学生たち、カナサとすれ違いざまにひそひそと会話をして嘲笑する。
カナサ、傘を閉じて屋内のキャンパスに入る
○大学構内 講義室 △朝
ギィー
カナサ、扉を開けて講義室に入る。
席に座っている大勢の学生たちがカナサに視線を集める。
室内がひそひそ話でざわめく
教授「おいおいギリギリアウトだぞ、見逃してやるから早く席に就けー」
カナサ、黙ったまま後ろから三番目の列の座席に座る。
智一「ほらあいつだよ、この前オレが話した超不気味な女」
一太と智一、一番奥の後列席からカナサに目線を向ける。
一太「なんだありゃ、コスプレ?」
智一「ロリータファッションつーの?ああいう格好で毎日一人で授業受けててよ、めっちゃ怖くね?」
一太「初めて見たな俺」
智一「しかも噂では、単位もめちゃくちゃ取っているのに必要ない授業も全部出ているんだと、そこがまた気味悪りいんだよな」
一太「へえ、まっ別にいいんじゃねーの?真面目なことは、就活にも有利だろうし」
智一「説明会もあの格好で参加してんのかな」
一太「というかどこで働くのか気になる」
智一「そういえば、お前第5志望の会社も面接落ちたんだって?」
一太「え、誰から聞いたんだよ」
智一「普通に佑介からだけど」
一太「あいつ、言うなつったのに」
智一「まあそんな恥ずかしがることでもないだろ、まだ時間はたっぷりあるんだし」
一太「全然ねえよ、お前らと違って俺は単位と内定、それに論文も全然進んでいないからな」
智一「それもそうか、でもまさか一番授業受けてた真面目なお前が、こんなに内定遅れるとはなあ」
一太「悪かったな!」
智一「そ、そんなムキになんなよ」
ガサッ!
カナサが座っている座席の机からノートや書類が滑り落ちる。
一太、カナサの方へ顔を向ける
カナサの前に座っている女子学生も一度振り返るが、再び前を向く
カナサ、床に膝をついて散らばった書類やノートをかき集める。
一太(誰か手伝っても良さそうなもんなのに、よっぽど避けられてるんだな)
カナサ、集めた書類を手にして立ち上がり、後ろを振り向く。
一太とカナサ、目線が合い数秒見つめあう
一太(え!?)
カナサ、前を向き椅子に座る
一太(なんだ今の?明らかに俺を意識して見ていたような)
教授「え~、であるからして・・」
教授、淡々と本を読み上げる
○大学構内 屋外の通路 △昼
一太、数枚の企業パンフレットを手にして、目を通しながら歩いている。
一太(智一の言う通り、まさか自分でもこんなに内定が遅れるなんて思わなかった、どうでもいい場面では色々考えすぎて優柔不断なくせに、肝心なところではいつも軽率な行動をとって選択肢を間違えるんだよなあ)
一太、一枚のパンフレットに目を止める
表紙には株式会社スーパープラネットと書かれ、横には大手家電メーカーのマークが描かれている
一太(俺が最初に落ちた会社の下請けか)
○面接会場(回想)
スーツ姿の一太、パイプ椅子に座り3人の面接官と向かい合っている。
面接官「それでは、あなたが世の中で一番凄いと思う職業は何ですか」
一太「も、もちろん弊社のような生活を豊かにする家電を製造、販売し日本の経済を支える企業だと考え」
面接官「世の中でですよ?本当にそう思ってます?」
一太「え、そ、その様々な職業に従事する方の考えを考慮して相対的に評価するのなら」
面接官「いえ、あなたの考えをお聞かせください」
一太「そ、それは・・・」
○大学構内 屋外の通路 △昼
一太、歩きながらパンフレットを見つめる
一太(あの時の質問、何て答えれば正解だったんだ?)
一太、屋外に設置されている自販機の前に立ち止まる。
一太の視界には、カップ麺(魚介スープ味)とカップ麺(カレー味)のメニューが映る。
一太(魚介スープ味!ここ最近、いやもう去年あたりからずっと食べれなかったお気に入りのカップ麺、何度もこの自販機の前を通ってはなぜか俺が見るたびに売り切れで半ば諦めかけていたが・・・けどどうする?今日に限ってめちゃくちゃカレー味が食いたい気分だ、魚介スープ味を諦めてしまったがゆえに脳がシフトチェンジして今は完全に口がカレー味を欲している!)
一太、目を閉じる
一太(いや、この機を逃したら今度はいつ魚介スープ味を味わえるか分からない、ここは目先の欲望ではなく希少価値の高いメニューを選択しなければ)
一太、パンフレットをわきに抱えたまま、財布を取り出して開ける
財布には一万円札しか入っていない
一太「くっ、こんな時に」
一太(大丈夫だ、焦る必要はない売店で両替すればいいだけの話)
一太、小走りで売店へ向かう
一太、新品のボールペンを手にして売店から自販機へ戻ってくる
一太(ふう、まさか売店があんなに混んでいたとは、5分近くレジに並んで待たされたな、けど苦労した甲斐あって今日は久しぶりにあの味を楽しめる、ふふふ)
一太、自販機のメニューを見る。
カップ麺(魚介スープ味)のメニューボタンには売り切れと表示されている
一太(お、抑えろ、怒りを抑えるんだ、その気になれば買う方法はいくらでもある、本当に食べたいならネット通販で購入すればいい!とりあえず今はこのイライラを払しょくするんだ)
一太、深呼吸する
一太「ふう、よし!」
一太(全然問題ない売り切れたもんはしょうがない気持ちを切り替えよう)
一太、自販機に小銭を入れカップ麺(カレー味)のメニューボタンを押し、取り出し口から出てきた商品を手に取る
智一「よお、昼めしカップラーメンだけでいいのか?」
智一、一太の後ろから声をかける
一太「え?ああ、まあ」
智一「もったいないなあお前、そのカレー味のカップ麺なら売店で50円も安く売っているのに」
一太「・・・・並ぶのが面倒くさかったんだよ」
○遊園地の広場 △昼
大勢の人で賑わっている中、クマの着ぐるみが子供達に風船を配っている。
女の子、赤い風船をもらい歩いた矢先手から風船を放してしまう
赤い風船はみるみるうちに空へ飛んでいく
女の子「う、うう」
女の子、泣きそうになる
着ぐるみが傍に寄って今度は青い風船を渡す
女の子「わあ、ありがとう!」
女の子、走り出して去っていく
○遊園地の休憩室 △昼
天波千里(女)(21)、頭部を外した着ぐるみを着てベンチに座りうちわで顔を仰ぐ
バイトの先輩(女)「だいじょうぶ~?すごい暑そうだけど」
バイトの先輩、休憩室に入り千里の横に座る
千里「いえ、今日は全然ましなほうですよ」
バイトの先輩「そう、というか今大事な時期なのにバイトなんかしてていいの?まだ就活中でしょ?」
千里「一応バイトは今週いっぱいまでですけど、卒業するまでには出来るだけお金貯めておこうと思って」
バイトの先輩「若いのに偉いわね~」
千里「いや~えへへ」
千里のカバンから携帯のバイブがなる
千里「すみません、ちょっと電話いいですか」
バイトの先輩「ええ大丈夫だけど」
千里、スマホをカバンから取り出して電話に出る
千里「あ~、田中君?」
千里、電話で話しながら休憩室を出る
○大学の図書館 △夕
一太、本棚に並んでいる本を見渡しながら静かな図書館を歩いている
一太(多分人間にはそれぞれ一日で活動できる容量というかエネルギー量みたいなものが決まっているんだ。そんで俺はその容量が他の人と比べて圧倒的に少ない、バイタリティーがないっつーか頭にしても体力にしてもすぐに限界がきちまう、そのくせ人が楽しそうに何かやっているのを見みるとすぐ憧れて身の丈に合わない行動をとってしまうからたちが悪い)
一太、本棚から一冊の本を手に取る
一太(入学したての頃も軽音とフットサル二つのサークルに入りバイトも居酒屋と登録制の派遣二つを掛け持ちしてたのに、案の定全部が中途半端になり今や残っているのは登録制のバイトだけ、大学だってそうだ、無理してワンランク上の身の丈に合わない学校を選んだばっかりに受かったのはいいものの結局今になって留年しそうになり就活もうまくいってない)
一太、本を開いて数ページめくり目を通した後、本を本棚に戻す。
一太「身の丈に合わない行動か・・」
一太、スマホを取り出してデータに入っている写真を見る
スマホには一太と千里が二人で映っている写真が表示される
一太(今考えれば、千里と付き合ってたことも身の丈に合わない恋愛だったな、あんなにモテる可愛い子と付き合えたなんて奇跡だったけど、その分別れたダメージもでかい)
智一「おお、こんなところにいた!」
智一、一太の背後から肩をたたく
智一「お前やべえぞ、情報基礎の課題今日までなのに出してねーだろ」
一太「え!?あれって明日までじゃ」
智一「いや、それはこの前の授業受けた場合の話で、お前は今日までになってるぞ、しかも提出期限は今日の17時50分まで」
一太「えっじゃあ」
一太、腕時計を確かめる
時計の針は16時35分を回っている
智一「ああ、早く家に帰って課題取りにいかないと、この授業の単位取れなくなるぞ」
一太「くそ!」
一太、走り出して図書館を出る
○バス停 △夕
バスが停まり、バスの中から一太が駆け足で出てくる。
一太、前を歩いている人たちを追い抜き、走りながら腕時計を確認する
時計は16時50分を回っている
一太のズボンから携帯電話が鳴る
一太、足を止め電話に出る
一太「はい」
〈電話口から〉高校時代の友人「よお、久しぶり元気?」
一太「そっちこそ懐かしいな、どうした急に?」
高校時代の友人「突然なんだけどさ、今俺と田中と千里の三人で川街駅あたりにいるんだけど、お前も誘おうかなと思って」
一太「え!?」
高校時代の友人「いや~俺も最初は気まずいかなと思ったんだけど、お前まだ千里に未練あるようだし俺なりに気を使ってさ、千里は6時までいるらしいんだけど折角だからこれを口実に会ってみたら?」
一太「いや、でも今から俺は大切な用事が・・」
一太の後ろを歩いている人たちが、立ち止まっている一太に追いつき前を通り過ぎていく
高校時代の友人「どうする?嫌なら別にいいけど」
一太「そ、その千里とは絶対18時に分かれる予定なのか?俺は逆に18時以降、いや17時50分ぐらいなら会えるんだけど、ちょっとそれまで待つことは出来ないかな」
高校時代の友人「ああ分かった、じゃあちょっとその辺千里に聞いてみるからまた連絡するよ」
一太「ありがとう助かるよ」
一太、電話を切りゆっくりと歩きだす
一太(まさか、今日千里に会えるとは)
一太、腕時計を見る
一太(千里からもらったこの時計、未だにしているの見たら引いちゃうかもな)
腕時計の針は16時55分を回っている
○一太の自宅アパート付近の住宅街 △夕
閑静な街中をのんびり歩いている人たちをしり目に一太が走り抜けていく
一太「はあ、はあ、はあ」
一太、立ち止まり膝に手をつく
一太(久しぶりに走ったらこんなに疲れるなんて)
一太、へとへとになりながら歩き出しスマホを取り出してチェックする
一太「連絡はまだ来てないか」
一太、スマホを片手で操作する
一太(こういうときはツイッターでも調べれば、ある程度予想はつくはず)
一太、SNSで千里の情報を調べ、千里が数時間前に発信した投稿文などを確かめる
〈バイトで疲れたからか最寄りの駅まで歩くのもしんどい(泣)(2時間前投稿)〉
一太「最寄りの駅は確か的山駅だったな」
〈バイトきつかったけど終わった後は充実感(3時間前投稿)〉
一太「ああ、着ぐるみのバイトか、たしか豊川遊園地の」
〈説明会いこうと思ったけどやっぱり今日はキャンセル!(7時間前投稿)〉
一太「そういえばアパレル関係の仕事に就きたいって言ってたような・・」
一太(くっ、千里の情報をついついチェックしてる内にいつの間にか俺は千里の通っている学校、バイト先、交友関係、どの辺に住んでいるのかまで大体のことが分かるようになってしまった)
一太「これじゃあ、まるでストーカー・・うん?」
SNSで千里の新しい投稿文が発信されスマホの画面に表示される
〈川街駅で久しぶりにカナちゃんに遭遇!(今)〉
投稿文には駅前で千里とロリータファッションの格好をした草野カナサが一緒に映っている写真もアップされている。
一太「確か今日授業で見たあの女・・知り合いだったのか?」
チャリンチャリン!
一太の前から自転車が通りぶつかりそうになる
一太「うわっ!」
一太、とっさに自転車を交わすも転んでしまい、スマホを地面に落としてしまう
一太「しまった!!」
一太、慌てて地面に落ちたスマホを拾う
スマホの画面は割れている
一太「くそ!」
一太、必死にスマホを操作しようとするも画面は暗転したまま一向に反応しない
一太(くっ、これじゃあ連絡がつかない!まだどこで待ち合わせするかも決めてないのに、せっかく千里に会えるチャンスが・・チクショウ、どうにかしないと、せめて連絡さえできれば)
○一太の部屋 △夕
~2018年7月2日 17時10分~
一太、真っ暗な室内で床に尻もちをついたまま、手にしている絵馬を見つめる
絵馬には〈天波千里ともう一度連絡を取り合うほどの仲に戻れますように〉と書かれている
一太の前には部屋の番人が立っている
一太「はあ、はあ、あんた一体、はあ、チョ、チョイスルーム?」
部屋の番人「後ろの絵馬もちゃんと確認するんだ、目を凝らして」
一太、後ろを振り返り壁に掛けられている数十枚の絵馬を見渡す。
絵馬は30枚ほどあるが、文字が書かれた絵馬は5枚。
〈睡眠がたっぷりとれますように〉
〈バスに乗っても酔わなくなりますように〉
〈カップ麺(魚介スープ味)が食べられますように〉
〈情報基礎ⅰの単位が取れますように〉
〈壊れたスマホを修理できますように(無料で)〉
一太「こ、これは」
一太、絵馬を見つめたまま立ち上がり額から汗を流す
部屋の番人「けど、もう君はその絵馬を選んでしまった」
部屋の番人、一太が手にしている絵馬を指さし一太に近づく
一太「ひいっ!」
一太、後ろに下がる
部屋の番人「いちいち驚かれちゃあらちが明かない、とりあえずレクチャーしておくから落ち着いてよく聞け」
一太「へ!?」
部屋の番人「まず、君が持っているその絵馬、裏には携帯電話が貼ってある」
一太、絵馬を裏返す
絵馬の裏には古いタイプのPHSの携帯電話がガムテープで両端を固定され絵馬に張り付けられている
一太「こ、これは」
部屋の番人「手にしている絵馬の願いを叶えたいなら絵馬に書いてある文字を一字一句間違わずにその携帯に入力してメールを送るんだ、アドレスも裏に書かれている」
一太「ちょ、ちょっと待ってくれ説明が足りなすぎる、いったい何がどうなってる!?俺には何が何だか」
部屋の番人「今日は特別に大サービス、私がお手本として携帯に入力しておこう」
部屋の番人、手を伸ばして一太から絵馬を取り上げる
一太「あっ」
部屋の番人、絵馬の裏に貼られているPHSの携帯を取り出し、指で器用にボタンを操作して、絵馬に書かれている字の通り〈天波千里ともう一度連絡を取り合うほどの仲に戻れますように〉とPHSの小さな画面に入力する。
宛先には、絵馬の裏に書かれているアドレス
〈heyano.bannin.305@choiceroom.co.yk〉を入力する
部屋の番人「あとは、メールボタンを押して送信するだけだが、メールを送信するか決めるのは君自身、嫌ならこの絵馬も携帯電話も捨てて構わない」
一太「こ、これはドッキリか?何かのイタズラか?」
部屋の番人「絵馬の有効期限は一日、今日の日付が変わればその絵馬と携帯電話の効力は失う」
一太「は、話を、話を聞いてくれ」
部屋の番人「この部屋を一度出ればしばらくは元通りの部屋に戻り私もいなくなる。しかし君がその鍵を持っている以上再びチョイスルームにアクセスすることは可能だ」
部屋の番人、携帯電話と絵馬をリビングのテーブルに置く
部屋の番人「それでは私の役目はここまで」
部屋の番人、一太に背を向けて歩き出す。
一太「ちょっと待ってくれ!」
部屋の番人、振り返る
一太「ほ、本当に願いはかなうのか?」
部屋の番人「もちろん、ではまた会おう」
部屋の番人、再び前を歩き出して玄関のドアを開ける。
部屋の番人「ああそうだ言い忘れた、願いをかなえたら必ずその代償はある、そして叶えた願いが大きければ大きいほどそれに伴い代償も大きくなることを忘れるな」
一太「え?ど、どういうことだ!?」
バタン!
玄関のドアが閉まり、部屋の番人は外へ消える
一太「待ってくれ!」
一太、慌てて走り出し、玄関のドアを開けて部屋から飛び出す。
一太、アパートの廊下を左右見渡すも、部屋の番人の姿はどこにもない
一太、部屋に戻り室内を確認する。
一太「な!?」
部屋はいつも通りの明るさに戻っており、ベランダに面している掃き出し窓もある
一太、腕時計を確認する
時計の針は17時10分のまま
一太「へ、部屋に着いた時と同じ時刻。あれから一分も経っていない、そんな馬鹿な」
一太、床に膝をついて頭を抱える
一太「クソ!こんな時にもう頭がめちゃくちゃだ」
一太(はっそうか!これは夢だ!もしくは幻覚か何か、そうじゃなきゃ説明がつかない!)
一太、テーブルに置かれているPHSの携帯電話と絵馬が目に入る
一太(夢じゃ、・・・ないのか)
一太、PHSを手に取る
一太ナレーション「今思えば、この時の俺はなぜか異様なほど落ち着きを取り戻して冷静になっていた。まるでさっきの出来事をいつもの日常の一つであるかのようにすんなりと受け入れ今自分がすべきことを真剣に考えていた。そして何かに突き動かされるように部屋を出た。」
一太、PHSのメールボタンを押す
PHSの画面には〈送信完了〉の文字が表示される
○山ノ川駅前 △夕
高校生や主婦、サラリーマンなどあらゆる層の人たちが改札口を出入りし、小さい駅ながら活気づいている
一太、早足で改札口に向かう
一太(今から17時25分に来る山方面の電車に乗って、次の駅で降り17時35分のバスに乗って学校に向かえばまだギリギリ間に合う)
一太、改札前で足を止める
一太(けど、さっきあの男が言ったことが本当だったら)
一太、PHSの携帯電話を取り出して見つめる
一太(もし、もし本当にあの絵馬の願い事が叶うのなら今から川方面の電車に乗って18時までに川街駅に着けば千里に会えるかもしれない)
一太、改札にある時刻表を見る。
一太(だが次来る電車を逃せば、確実に課題提出は間に合わない。そうなればますます卒業は危うくなってしまう、あの男が言っていた代償っていうのはそういうことか?っていうかそもそも本当にあの男の言うことを信用していいのか?)
一太、腕時計を確かめる
一太「考える時間もない!」
一太、定期券を改札にかざし駅のホームに入る。
○山ノ川駅 ホーム △夕
線路を隔てて向かい合う二つのホームには、それぞれ大勢の人達がベンチに座っている。
一太、二つのホームを繋ぐ構内踏切の前で立ち止まっている。
一太の前にある向かい側のホームには〈川街駅→〉と表示された看板が立っている
一太(電車が来るまであと2分、落ち着け、落ち着いてよく考えるんだ、この踏切を渡って川方面の電車に乗り千里と会うべきか、今からこのホームに来る山方面の電車に乗って学校へ向かうべきか、どっちの方が俺にとってメリットが大きいか、冷静になって見極めるんだ、まずは一から順を追って考えればわかるはず、え~とまずこの山ノ川駅は山手線と川街駅の中間に位置して、上り線を山方面、下り線を川方面と呼ばれ、・・ってそうじゃない!そんなことはどうでもいい)
一太、向かい側のホームを見る
ベンチに座っている人達が立ち上がり白線の内側へ並び始める
一太、腕時計を確かめる
腕時計の針は17時24分を指し、指針はカチカチと進んでいく
一太(くそ!どうする!?もう迷っている時間はない、山方面の電車に乗るべきか、川方面の電車に乗るべきか、単位か、千里か)
カンカンカンカン
踏切のランプが点滅し遮断機がゆっくり降りていく
一太(山か、川か)
一太、もう一度向かい側のホームを見る
向かい側のホームにはロリータファッションの格好をして口に黒いマスクをつけた女が立っている。
一太「あいつ、千里と一緒にいた!」
一太、とっさに踏切に飛び出し、走り出す
一太が踏切の真ん中あたりを過ぎた時点で遮断機はほぼ降りかけの位置
一太(やばい!このままじゃ)
突然一太の目に映る全ての人、モノ、景色がスローモーションのようなゆっくりとした動きになる
一太ナレ「ずっと考えていた、なぜ人は簡単に選択肢を選ぶことが出来るのか、一寸先の未来は誰にもわからないはずなのになぜ皆は躊躇なく前へ進むことが出来る?選択肢を間違いたくない俺は考えていることを言い訳にずっと同じ場所で止まっていた。本当は前に進むのが怖いだけなのに・・・だからいつも周りからおいていかれそうになって、後ろから付いていこうと必死だった。だけどこの瞬間、まるで俺が選択するのを待ってくれているかのように時間がゆっくりと動いた。そしてこの魔法の時間に終わりを告げる合図のような声が遠くから聞こえた」
女の子「世の中で一番凄い人は誰だと思う?」
~フラッシュバック 始~
10歳の一太と同じ歳ほどの女の子が電車の座席に座っている。
一太「一番凄い人?そんなの総理大臣に決まっているよ、日本で一番偉いんだから」
女の子「違うよ」
一太「え?じゃあ誰さ」
女の子「一番凄い人はねえ、一番偉い人なんかじゃなくて多分一番遠くへ行ける人だと思うんだ」
一太「遠くへ?」
女の子「そう遠くへ、誰だと思う?」
一太「誰だろう」
女の子「答えはねえ、宇宙飛行士だよ」
~フラッシュバック 終~
一太の目に映るスローモーションの風景が元通りの速さに戻る
一太、踏切を渡りきって、立ち止まり膝に手を就ける
一太「はあ、はあ」
カンカンカンカン
遮断機が下りて踏切が閉まる。
一太、後ろを振り返り、さっき自分がいた踏切の向こう側を見る
そこにはロリータファッションの格好をした草野カナサが立っている。
カナサは片手にカップ麺(魚介スープ味)を持っている。
一太とカナサ、見つめあう
カナサ「山?」
一太「・・・川」
ガタンガタン、ギイーン、ガタンガタン
電車が踏切を通過して、一太とカナサの視線を遮る
電車が通り過ぎた後、踏切の向こう側のカナサは消えていた。
○電車の中 △夕
のどかな田園の中を電車が走っている
一太ナレ「この道を選んでしまった後悔からか喪失感からか無意識にただ呆然と電車に乗った俺は気が付いたら、降りるべき川街駅もとうに過ぎて、どこに向かっているのかも分からない見知らぬ遠い場所まで来ていた」
一太、空いている電車の座席に座り窓から景色を眺めている
一太(川方面の電車に乗ったのはいいものの、結局二つの選択肢どちらも捨ててしまう結果になるとは。散々迷った挙句一つも得られずに失敗するいつものパターンだ)
一太、腕時計を確かめる
腕時計の時刻は18時になっている
○マンションの屋上(回想)
10歳の一太と女の子が景色を眺めている
女の子「一太は宇宙飛行士が向いていると思うんだけどなあ」
一太「そんなの無理だよ、僕には」
女の子「一太は考えすぎるんだよ、学校とかみんなと一緒にいるときはいつもウジウジ色々考えてつまんなそうな顔してるもん、でもこうやってみんなから離れて遠い場所に来たらさ、すっごい楽しそうじゃん。だから一太はきっとみんなから離れてもっと遠くへ行くべきなんだよ」
一太「だけどさすがに宇宙にいくのは怖いなあ、一人だと心細いし」
女の子「じゃあ二人でなら?」
一太「え?」
○電車の中 △夕
一太、座席に座り電車の窓から遠くの空を見つめる
一太「遠くへか・・」
一太が眺めている空に、どこからか赤い風船が飛んできて空中を漂う
一太「風船・・・」
ビシュー
電車が駅に停車し、一太が見ている窓の景色が変わる。
ヴィーン
一太の目の前の自動ドアが開き、千里が乗車してくる。
一太「ち、千里!」
千里「えっ、・・・いっちゃん!?」
○一太の部屋 △夜
室内はテレビの音が響き渡っている
一太、ベッドに寝そべっている
一太(結局あれから、意気投合した俺と千里は一緒に軽い食事をして久しぶりに話すことが出来た。どうやら千里は大学の友達と会う予定だったらしいけど、俺が今まで会うのをためらっていたことが馬鹿らしく思えるほどあっさりと関係を修復できた。今まで胸の奥に引っかかっていた疑問も大体は解決できた気がする。今彼氏はいるのか、就活はどうするのか、別れてから今まで会っていなかった空白の期間何があったのかお互いの情報を確かめるように色々と話した、そして次会う約束もした。つまりあの絵馬の通り連絡を取り合う仲に戻ることが出来たってわけだ)
一太「本当にこの絵馬の効果なのか?」
一太、絵馬を手にして見つめる
一太(でもまだ大きな疑問が残っている。あのロリータファッションをした女のこと、名前は確か)
○カフェのテラス席(回想) △夕
人通りの多い歩道に面しているカフェのテラス席で一太と千里が食事をしている
一太「草野カナサ?」
千里「そうだけど、それがどうしたの?」
一太「一応同じ大学なんだけど、知り合いなのかと思ってさ、今日ツイッターで一緒に映っている写真アップしてたから」
千里「私のツイート見てるんだ」
一太「え?あっ、いやまあたまたまだけど・・・」
千里「・・・・」
一太(やべっ、なんか変な空気になった)
一太「あの・・さ、それで今日不思議なこと体験して、その草野カナサって人山ノ川駅で見たんだけど、その時間が、写真がツイッターにアップされてから10分後ぐらいで、その・・つまりあの写真が本当なら10分前まで川街駅にいたはずなのに移動に30分はかかる山ノ川駅にどうして」
バン!
千里、叩くようにテーブルに両手を置き、立ち上がる
千里「もう行こっか!」
千里、満面の笑みを浮かべる
○一太の部屋 △夜
ベッドで横たわる一太
一太(あの時の反応、明らかに様子がおかしかった、触れて欲しくないことを聞かれたからか、それとも単にツイッター見られてることで気を悪くしたのか、どっちか分からないけどどっちにせよ何か隠しているかのような、明日その草野カナサってやつに直接聞けばわかるかもしれない、けどこういうのはやっぱ無意味に詮索しないほうがいいのか?でもやっぱり気になる・・・)
一太、ベッドで寝そべりながら頭を抱える
一太(そういえば!)
一太、ベッドから起き上がる
一太「あの昔の携帯電話、電車に置き忘れた・・でもまあいいかどうせもう使わないし」
一太、再びベッドに横たわる
○一太の部屋 △朝
一太、ベッドから起き上がり腕時計を確かめる
一太「やべっ、遅刻だ」
一太、急いで身支度をする
一太「スマホも早く修理しないとな」
一太、壊れたスマホを手に取り急いで部屋を出る
室内のテレビは点けっぱなしのまま
○大学構内 屋外の通路 △朝
傘を差したロリータファッションのカナサ、多くの学生が行き来する人混みの中を歩いている
カナサの周囲を歩いている学生たちは、物珍しそうな顔でカナサに視線を向ける。
カナサ、傘を閉じて屋内のキャンパスに入ろうとする
一太「ごめん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
一太、カナサの背後から声をかける
カナサ、一太の方へ振り替える
一太「昨日、天波千里と会っていたよね?そのことで色々知りたいんだけど」
カナサ「う、うう、ううう」
カナサ、目から涙がこぼれる
一太「え?え?」
カナサ「ふぇぇん、ふぇぇぁあん」
カナサ、号泣する
周囲を歩いている学生たちがざわめく
学生A「なにあれ?」
学生B「怖いんだけど?」
学生C「痴話げんか?」
一太「ちょっ、ちょっと、え?どういうこと?辞めてくれよ、みんな見てるから」
一太、慌てふためくもカナサは一向に泣き止まない
○一太の部屋 △朝
リビングにある点けっぱなしのテレビからニュース映像が流れる。
ニュースには通り魔殺人事件の犯人、来栖草一の顔写真が映っている
ニュースキャスター「えー先日逮捕された来栖容疑者は犯行動機を『色々考えすぎて人生に疲れた、選択を失敗して世の中が嫌になった』と供述しており」
○とある場所の屋上 △朝
ロリータファッションの姿で黒マスクをしている女がガラケーの携帯電話をいじっている。
謎の女「ふふふ」
携帯電話の画面には
〈最初の代償は〉
と書かれたメール文が表示されている
謎の女、携帯のボタンを押してさらに字を書き加え送信ボタンを押す
携帯電話の画面には
〈送信完了しました〉
と表示される
○電車の中 △朝
座席に置かれているPHSの携帯電話からメールの受信音が鳴る。
PHSの画面には〈最初の代償は〝友人を一人失う”に決定しました〉
と表示される