72、聖女事変ですか?
このサバイバル編の後はいよいよクライマックス!
……になればいいなぁ。
「魔物……」
「せ、聖女様?どうされましたの?」
ピチュア達を見て呟くアイナ嬢とその後ろで不安そうに声をかけたミリアンナ嬢を見る。ピチュア達も目の前に立ちふさがるアイナ嬢が聖女であると気づいたのか、震えて私の手のひらから肩の辺りに我先にと向かっていっている。ミフィリアもピチュア達に肩を譲って私の頭の上に移動していた。降りればいいのに。
「それは魔物でしょうエリザベス様。浄化します、離れてください」
「どうして?この子達は人に危害はくわえないし、私に懐いているわ。浄化するほどではないと思うのだけど」
「魔物は全て浄化すべきです」
一応体裁を保って微笑みながら顔を強ばらせるアイナ嬢と話すが、話が噛み合わない。
あと、チラチラ目に入るピチュアがゲルのような体を震わせててなんか気持ち悪いからやめて。
「……そろそろ帰る時間でしたよね?ピチュア達を返しますわ」
「ですが浄化を!」
「よろしいでしょう?」
「……どうして」
小川に近寄ってすぐにピチュアを帰すと、納得していないであろうアイナ嬢に向き直った。アイナ嬢が今にも泣き出しそうな、悲しそうな顔をしながら私を見て口を開くその瞬間……
『ハイハーイ!そろそろ帰る時間だよ?良い子の諸君はこの報せが聞こえたら手を挙げるように』
「……これって」
「リズ、手を挙げたら転移魔法がかかるみたいだ。さっきマーフェディアが転移するところを確認したよ」
レオン様が手を挙げながら私に向かってもう片方の手を差し出した。いつの間に呼び捨てになったんだろう。男子の友情とやらはなかなかに奥深くて複雑なんだろうか?まぁ、仮にも婚約者の多すぎる交友関係なんて私に関係ないけれど。
……こんなこと言ったらいけないよね?家の執事長と王妃教育の先生に縛り上げられるようなことを思った気がする。怖っ。
悟られないように手を挙げながら足元が光り出したレオン様に手を重ねようと伸ばすと、直前で挙げかけた腕を引っ張られて数歩後ろによろけた。目を見張るレオン様がちょうど目の前で消えて、ハッと息を飲む。振り向くとアイナ嬢が私の腕を掴んでいた。
「聖女様……?いったい、何を?」
「私は貴女を……助けたかっただけなのにっ!」
ボロボロと涙を流しながら、強い力で私の細腕を縋るように握りしめるアイナ嬢がそう叫んだ。私とアイナ嬢しかいなくなったこの森の中で、私は彼女に泣きながら「助けたかった」と叫ばれたのだ。混乱する思考の中、抵抗するなんて考えつかず、ただ目を見開いて聖女様を見つめている。
この既視感にまみれたヒロインの泣き顔は、確かゲーム中盤以降の『エリザベスのイジメに耐えきれなくなって校舎裏で泣くヒロイン』のスチルではなかろうか。そしてこの後、ルートの攻略キャラが慰めに来てくれる。そこで攻略キャラがエリザベスへの憎しみを膨らませて断罪イベントへと本格的に動き出す、そんなイベントだったはずだった。
「どうして…………レオン様は転移してしまって、ここには私と貴女しかいないのよ……?」




