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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

好奇心

作者: やまおか

 その死体はとある廃墟で発見された。以前は病院だった建物であった。市の中心から山の方へ向かった郊外にあり、周囲の人家も疎らである。

 周囲はのび放題の草が広がっているだけで、いまだに取り壊されずに残っている。

 

 発見したのは、友人と連れ立って探検にやってきた小学生たちであった。

 死体が発見された当時、新聞やニュースで大きく取り上げられ世間を騒がせた。被害者は若い女性で死体の損壊が激しく、現場に残されていた持ち物や歯型などから身元を割り出したらしい。


 被害者の受けた仕打ちを公開するとあまりにも社会への影響が大きいと判断し、警察は被害者がどうやって殺され、どのような状態で発見されたかをほとんど公にしなかった。世間には薬で眠らされた後切断されたということだけを広めるにとどめていた。

 発見者の子供は、自分たちが見たもののせいでカウンセリングを受けているという。

 

 ネットの大手掲示板では事件の内容についての推測で盛り上がった。新たな情報が与えられないまま推測は次第に妄想に変化し、いつしか廃病院の建物に殺された女性の幽霊が出るなどという怪談までできあがり、オカルト好きの間では心霊スポットのひとつとして数えられるようになった。

 

 事件から九年後、ネットの掲示板にひとつの書き込みがあった。

 自身を事件の発見者であった小学生と名乗り、現場である廃病院の場所から、死体の状態まで事件の詳細を語っていた。

 その書き込みはすぐに消されてしまったが、伝染するように人々の間を伝わっていく……。

 

「……というわけなんだよ。これから向かう廃病院のウワサっていうのは」

 

 自動車の運転席でハンドルを握るボクは、隣の助手席に座る女子に臨場感たっぷりの口調で事件のあらましを語って聞かせていた。

 

 大学の同じゼミに所属する彼女、前野夜霧(まえのよぎり)は世間話をするように「そうなんだ」と相槌を打つだけで、どうやらボクの迫真の演技は通用しなかったらしい。

 

 はじめて前野という女子を知ったのは大学に入学してから一ヶ月もしないころだった。

 彼女は同年代の学友が居る中で目立った存在であった。

 ストレートの黒髪を背中まで流し、さらに靴の先まで黒いものしか身につけなかった。そのせいか、彼女の立つ場所だけがぽっかりと空いた穴のように見えてくる。

 唯一見える顔の肌だけがいままで見た誰よりも白くまるで陶器のようで、その整った顔立ちもあいまって、彼女を見たものは人形のようだと口にする。

 

 彼女のもつその独特で異様とさえいえる雰囲気に初めて会った者は気圧されるが、物好きな人間はどこにでもいる。ボクもそのうちの一人であった。

 彼女は声をかけてきた人間を拒絶することはなく、絶えず微笑をうかべながら静かに学友たちと会話し、時には冗談も口にして笑いをとるユーモアを見せることもあった。

 

 だけど、それは無意識的なもので条件反射のような会話に感じられた。彼女にとってはずっと黙り込んでいたのに、いつのまにか周囲が笑っているように見ているんじゃないかと思えてくる。

 一人で居るときの彼女はいつでも無表情で、むしろその顔が彼女に一番しっくりとくるようであった。

 

 そんな彼女を見た感想は昆虫っぽいなということだった。何を考えているか、どこに目を向けているのかがまったくわからない。

 

 

 大学入学から3年を迎えた頃、研究ゼミで彼女と一緒になった。

 ゼミの中でも彼女はひっそりと微笑んでいるだけだったが、だれもがその存在を無視できないでいた。

 

 あるとき、ゼミの中で前野のことが話題にあがった。

 

「前野さんって、怒ったり慌てたりしているところ見たことないよね」

 

 そんな言葉から、それじゃあいっちょう驚かせてやろうかという流れができあがった。

 やることは単純だった。心霊スポットに連れて行き、そこで幽霊に扮した友人が驚かせるというものだった。

 問題は彼女を連れ出す役だったのだが、抜擢されたのはボクであった。

 理由は単純、車をもっているからというだけ。それと、今回の行き先である廃病院について教えたのがボクであったからだ。

 

 しかし、頼まれたもののどうやって声をかけようかと悩んだ。

 

「今度、ゼミで肝試しをするんだけど一緒にどうかな? 場所は近くにあるっていう廃病院だから、そんなに時間はかからないはずだよ」

 

 結局、上手い誘い文句を思いつかずストレートに投げかけると、見に行ってみたいという了承の言葉をもらうことができた。

 

 肝試し当日、打ち合わせ通り他のやつらは遅れてくるということを前野さんに伝えて、ボクが運転する車に乗せて廃病院へと向かった。

 時刻は夜七時、ヘッドライトの明りが道を照らしている。

 到着するまでの下準備として、前野さんの恐怖心を煽っておくことも忘れない。

 

「目撃者の小学生が見つけたとき、被害者は床の上に並べられていたらしいよ」

 

「並べられていた?」

 

「そう、バラバラにされた体のパーツを10cm間隔できっちりと部屋の床に敷き詰められていたらしいよ。まるで人体を標本として観察するみたいにね」

 

「きっと犯人は几帳面だったのね……。それにしても金山君は語り口調が臨場感があって話し方が上手ね。こういう怪談の類が好きなのかしら?」

 

「まあ、ほどほどにね」

 

 隣に座る彼女はちっとも怖くなさそうな口調で笑っている。


 道中、先に廃病院に到着した連中が準備をする時間をとるためにコンビニへと車を止めた。ボクは缶コーヒーを、彼女はペットボトル入りの水を購入する。


 車に戻ると彼女はすぐには飲もうとせずに飲み口が未開封であることを確認してから、そっと口をつけていた。

 神経質ともいえる行動だったが、普段から彼女は潔癖症のきらいがあることを知っていたから、特に気にすることもなかった。

 

 錆びたフェンスに囲まれた先には、冷たいコンクリートの建物が暗闇のなかでぼんやりと見えていた。

 既に車が一台とまっていて、暗い中慎重にその隣へととめた。

 

「もしかして他の人が先にきていたのかしら?」

 

「うん、そうみたい。メールでも先にいってるって送られてきたよ」

 

 どうやって先に着いたのかと首をかしげる彼女に、途中でコンビニに寄ったときにでも追い抜かれたんじゃないかというと、それもそうねと納得したようだった。

 

「それじゃあ、ボクらも追いかけようか」

 

 用意していた懐中電灯を前野さんに渡し、ボク自身も明りを手に持って車を降りた。

 開閉扉となっている金網をそっと押すと抵抗もなく開き、敷地内へと足を踏み入れていった。

 

 かつて駐車場だった広い平面には、二つの光点だけが動いている。

 駐車場を横切っていくと、月を背負った巨大な白いコンクリートの塊がぼんやりと見えてきた。

 

 入口へと向かうとガラス戸だった扉は、スカスカの鉄枠だけを残して口を大きく開いていた。

 

 ロビーの奥には受付らしきカウンターが見えるが当然中には誰も立っておらず、無断で中を進んでいく。

 ベンチだった残骸の間をすり抜けて進み、清潔さを示す白い壁にはカラースプレーの落書きの跡が残っていた。

 

 壁にかかった案内板を見ていると、前野さんがこっちだよと電灯の明りで行き先を照らす。

 

 暗闇の中につづく廊下に二つ分の足音が反響している。

 脅かす側のはずだったのだが、暗闇の圧迫感に怖気づきそうになる。

 隣を歩く前野さんの様子はというと、興味深そうにあたりに視線を動かしているだけだった。

 

 ほこりのつもった床を踏むじゃりじゃりとした感触に不快感を感じながら、廊下の突き当たりまでやってきた。

 手術室。そこが被害者の発見された場所らしい。

 二重になったドアをぬけると広い空間に出た。電灯の明りが暗闇を丸く切り取っていく。

 

「ここが目的地かしら?」

 

 前野さんは黒く汚れた洗面台の前を通り抜け、部屋の中央に固定された革張りのベッドに近づいた。


 おそらくこれが手術台なのだろう。そして、被害者はこの上で麻酔なしの手術を受けたらしい。


 それは最初黒く見えていたのだけれど、黒の中に元の色だったであろうベージュ色が隠れていた。部屋の中を懐中電灯で照らしていく内に床や天井まで同じ色をしていることに気がつく。

 手術台に近いほど、その色は濃い。

 

 口を押さえ後ずさりながら、床一面に広がるかつて人間だった肉片の幻を垣間見た気がした。

 

「ねえ、金山君」

 

 唐突に耳のそばで声がきこえ、ビクリと肩を震わせる。

 

「な、なに……?」

 

「そういえば、先に来ているはずの他の人はどうしたのかしら?」

 

 暗闇を背景に濡れ羽色の髪が、周囲の風景に同化してみえる。こんなときでも彼女は微笑みを絶やさない。

その瞳の色は光を飲み込む深く底なしの闇のようであった。

 

 そういえば、いまだにその姿を見ていない。打ち合わせではこの手術室で驚かせるという手はずであった。

 

「それに、この血の跡なのだけれどなんだか新しいような気がするわね……」

 

 彼女が手術台をその指先でなでると、白い肌がぬめりを帯びた紅に染まる。

 

 そこに、ギィという軋む音が入口から聞こえた。

 

 体を硬直させながら扉を凝視していると、まず手が見えた。

 扉のすき間から突き入れられたその手は青白い。

 続いて腕、体と姿を露わにしていく。

 

 女、だろうか……。

 背筋を丸めうつむくその顔は垂れ下がった黒髪で覆われていた。

 

 異様な雰囲気の中、口からは浅い息がもれ出る。

 

 この手術室からの逃げ道はやつによって塞がれている。

 どうやって逃げようかと横目で前野さんを見ると、彼女はどこか残念そうな顔をしていた。

 

 どうしてと思ったところで、唐突に強い光が部屋を照らした。

 まぶしさにまぶたを閉じると、部屋の扉を開けてゼミの連中がぞろぞろと入ってきた。

 友人の一人がデジカメを手に持ちながら、不満そうに口を尖らしていた。

 

「あーあ、前野さん全然怖がってくれなかったな。というか、金山、なんでお前がビビってんだよ」

 

「しょうがないだろ、いまのはわかってても普通に怖いって」

 

 幽霊役は演劇部に所属する人間を引っ張ってきたらしい。彼女は凝り性らしく、手術台の血のりから衣装まで揃えるという力の入れようだった。

 

 その後、全員で病院の中を巡りながら、あちこちカメラを向けて心霊写真が取れないかと騒いでから撤収していった。

 カメラのメモリにはボクが怖がっていたときの写真がバッチリ残っていて、後で送ってやるなどとからかわれた。

 

 肝試し二次会などと称して飲み屋にいくことになったのだが、用事があるという前野さんを彼女の家まで送り届けることになった。

 車を回してくるために先に乗り込むと、助手席のドアポケットに彼女の飲みかけのペットボトルが残されていた。どうやら、最初から彼女はボクの車にもう一度乗るつもりだったらしい。

 

 帰りの車中では今日の肝試しについてを話題にした。

 

「それにしても、前野さん全然怖がってなかったね。もしかして、最初からばれてたの?」

 

「実は廃病院のウワサについては知っていて、幽霊の服装と髪の色が被害者のものと違っていたのよ。もしも、金髪だったら驚いていたかもしれないわね」

 

 そういえば、被害者の女性は金髪だったなといまさら思い出した。

 

 あんな状況でよく見ていたものだと呆れ半分に感心していると『観察は得意だから』と答える。

 ボクが彼女のことを昆虫じみていると思う理由は、彼女が人間を観察対象としてみているように感じているからかもしれないのだろう。

 

「あとね、私ってよく変なものを見つけることが多いって話したじゃない。そのせいで慣れてるのかもしれないわね」

 

 昔から彼女は死に縁があるらしい。

 海水浴に行って海岸を歩いていれば水でふやけて膨張した水死体を見つけたり、家族でハイキングにいけば林の中で白骨死体をみつけたりといった具合だそうだ。交通事故は今年に入って既に5件は目撃したといっている。

 前野さんは偶然だというが、本当だろうか……。

 どこかで彼女は死を自ら引き寄せているようにすら感じる。

 

 彼女が一人で住んでいるというアパートの前に到着し、車から降りようとする彼女に声をかけた。

 

「そういえば、掲示板の情報で被害者の髪の色なんて書いてあったっけ?」

 

 新聞やニュースで公開されたのは、まだ色を染める前の黒い頃の写真であった。そのせいで彼女の髪の色について失念していた。

 

「そうだったかしら? 昔見た覚えがあったけれどどこで見たかは忘れてしまったわ」

 

 事件についてのウワサを調べる間ネットで見つけた彼女の写真はすべて黒髪であった……。

 

 

 彼女を見送った後、ゼミの連中が待っている飲み屋へと向かった。

 その数時間後、酔いつぶれた友人を送り届けているために車のハンドルを握っていた。いつものことながら、酒を飲めないドライバーというのは損をする。

 しかし、今日は前野さんと二人っきりで話す機会を得ることができたのは、ドライバーの役得といえるかもしれない。

 

 次に彼女と二人きりになったら聞いてみよう。

 

―――キミはどっちなんだい?

 

 そうすれば、あの掲示板にかかれていた以上の内容が聞けるかもしれない。

 

 犯人なのか目撃者なのか……、どちらにしろ楽しみだ。

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