連携と反発
「シジャ様、建物の包囲が完了致しました」
既に大勢の兵士が王朝有数の貴族であるチェ一族が保有する山荘を囲んでいた。
「正面と裏の部隊に突入準備を指示せよ」
「はっ」
全部隊のリーダーに告げると、二人の伝令役がそれぞれ駆ける。
「一体何事か!?これはシジャ殿、これだけ多くの兵を率いて何をしている?」
山荘の正面口から華美な服装の男が出てきた。
「チェ殿、我々は王を迎えに来ただけです」
シジャはその男に丁寧に応える。
その男は貴族階級序列第三位のチェ・スンマン。シジャと同じ位だった。
「王だと?一体何のことだ?シジャ殿」
「シャハール王がここにいるのは既に判明している」
「言っている意味がわからぬ!我は知らんぞ」
「では、ここにおられぬと?」
「知らん!」
「いる、いないで答えて頂きたい。シャハール王はここにおられるか?」
「いる訳がない!」
シジャはチェの返事に口角を上げる。
「だが、ここで引き下がる訳にはいかない。突入!」
「シジャ殿、覚悟せよ。我の領内に無断で立ち入った上、我の別荘に土足で上がる、その覚悟を」
「当然だ」
今更だった。シジャは部隊を編成する、その時に覚悟を決めていた。
その後、シャハール王は敷地内奥にある、来客をもてなす際に使われる建物で発見された。シャハールには目立った外傷は無く、手足の拘束もされていなかった。その後、軟禁されていた事が判明する。
同時に貴族階級序列第三位、チェ・スンマンは拘束された。
アラック国王の滞在中に国王拉致という事象が発生したため、裁判がアラック国王に公開される事が決まった。直後にアラック国王が民衆にも傍聴させる提案をして、認められた。
裁判では、特定の貴族らによる国王の権限への不正介入が焦点となり、チェ・スンマンに関する不正介入について事実認定された。同時にその事実は傍聴していた民衆へ知らされた。判決では、国王の権限に関する不正介入を防ぐ為の提言がなされ、貴族は表立って国王へ命令する事が出来なくなった。
一ヶ月後、シャハール王は民に宣言した。
「我ら王家と貴族は、今後五年以内に民の主導による議会を創設する事を宣言する。この地の歴代、そして我がシャハール王朝は、民への搾取によって、富を、特権を蓄える事しか出来ていなかった。貧困に喘いだ者もいるだろう、病や飢餓で死した者もいるだろう。我らは今後五年以内に、搾取した富、特権を民に分配し、皆が生きる上で十分な収入と、他者を害さない範囲での権利を守れるよう、守られるよう、我らは努力していく」
そして、付け加える。
「我が王朝、今後のウォンヤン半島が目指すべき将来の国家を建設する為、目標とすべき国との国交を、この日、結ぶこととなった。ニホン国である」
「国中の全ての民が選ぶ代表らによる議会、貧困を救済する制度、民の生活を豊かにする仕組みそのものが働いている国である。そして、ニホン国との国交を結んでもうすぐ一年になるアラック王国では既に、全ての民が医術の恩恵を得られるようになっている。都も我が王朝とは比べ物にならぬ程なのだそうだ」
「生きる為に、十分な糧、十分な水、適切な医術、我々には今、それが必要だ!」
「我々は、それさえあれば幸福に生きられるのだ!」
「皆、新しい世界に進もうぞ!」
宮廷広場では民の歓声と、「自由をこの手に!」と掛け声が繰り返された。
中央大陸、アレフブラハム帝国、首都ユルド。
列強国による、戦略兵器の配備地域、保有数制限及び、植民地統治に関する事案を扱う国際会議。名称、ユルド会議。
「続いて、議長国による議題に移ります」
議長が告げる。
「この度は、東方大陸及び、アラック大陸について報告したい事がある」
この国際会議の大使として、エルソローグ伯爵が出席していた。
「アレフの植民軍が野蛮人相手に敗走した話かね?」
「「……はははっ」」
笑い声が会場全体に響く。
「それで?言い訳…はかわいそうか……言い分を聞こうかね?」
「どちらも似たようなものですがね」
「投影機の準備を」
アレフブラハム帝国の担当官が代わりに説明する。
「これは大層な」
「言い分に、証拠を示したいのかな?」
フィルムを用いた撮影、それを投影する機材は列強水準でも高価なモノであり、それを使うアレフブラハム帝国は、技術的にも、経済的にも突出している事を示していた。
そして、複数のワイバーンが同時に空中で炎上、墜落する画像。
「これは、アラック大陸上空で撮影しました」
次に、海上を航行する全通甲板を有する最先端の揚陸艦と巡洋艦級、駆逐艦級で構成された艦隊が、最新の動画像で映る。音声はない。
すると突然、最前の駆逐艦が炎上した。その次の瞬間、四隻の駆逐艦、巡洋艦が大きく揺れた。続いて八隻、今度は最先端の揚陸艦が激しく爆炎を上げる。
「な……」
「一体何が!?」
そして、上空を飛行する哨戒騎が激しい黒煙に包まれ、墜落していく。
「これはアラック大陸海岸からおおよそ二十キロの海上で撮影されました」
「何が!」
「アラックで一体!?」
最後に動画像のコマを抽出した、画像を拡大して映す。
「この白い柱?」
「あれは煙?煙を吐いているのか?」
投影機が消灯し、一時会議場が暗闇に包まれ、暗幕が開かれる。
「あの、白い円筒型の兵器は、ミサイルと言い、ニホン国が開発、製造、運用しています」
「ニホン?」
「ニホン国はアラック大陸から南東に数百キロの列島に位置します」
「東方の蛮地であの様なモノが……」
「一見、花火の応用にも見えるが」
「ミサイルは、実際に観測された飛距離は二十キロ以上、速度八百、攻撃目標を追跡する機能があり、発射されると最後、海上、空中関係なく確実に命中します」
「射程二十キロだと!列車砲でも二桁もないのだぞ!それが確実に命中だと?」
「そこまで高速で飛行できるものか?」
「追跡などどういう事だ!?」
「我々が派遣した部隊はこのミサイルにより、アラック側の艦船、航空装備に一度も遭遇する事なく、ほぼ壊滅しました」
「一度も……」
「昨今のニホン国の活動ですが、アラック王国にて新たな国王を擁立し、傀儡を立てています。近頃、東方大陸のウォンヤン半島との接触が確認されています」
「東方大陸への橋頭堡に半島を」
「平穏でしたたかな戦略ですが、確実に前進させています」
「それで、アレフ側は我々に何を求めるのだ?」
「我々のこの地から、東方大陸、アラック大陸を隔てた、極東の蛮地など」
エルソローグ伯爵が答える。
「ニホン国は、アラック王国が引き起こした問題により派遣した、我が帝国の正当な懲罰部隊をほぼ壊滅させ、アラック王国を取り込んでしまった」
「そして今、東方大陸への橋頭堡を手にしたのだ。我々の植民地へ、蛮族の触手が伸ばしてくるだろう。ここに、植民地防衛の共同部隊、創設を提案する」
「今までも植民地防衛の共同部隊創設は提案してきたが、管轄する植民地の境界が定まっておらず、一致できなかった。だが今回、東方大陸における植民地の境界が定まった。今こそ、この提案は相応しいと思う」
アレフブラハム帝国における東方大陸に保有する植民地面積は列強最大だった。同時に他の列強との境界を巡る紛争を繰り返していた。だが今回、帝国は列強の国々に対日本への連携を促す為、大きく譲歩し、解決するに至った。
「既に検討を終えている。我が国は是非参加したい」
「賛同する」
「財務局から植民地統治の出費を削減するよう、何度も勧告が出ているから、丁度良かった」
中央大陸にある、植民地を持つ国々では統治に掛かる費用が膨張し、制御不能に陥っていた。その為、費用削減は現在、共通の課題となっていた。
「では、対ニホン戦略について大体の方針を纏め、事務レベルで詰めるとしよう」




