三者会談
東方大陸ウォンヤン半島、東ウォンヤン港
日本から派遣された艦船は、東ウォンヤン港沖合に停泊していた。
停泊している輸送艦『おおすみ』からLCAC、エアクッション型揚陸艇が発艦し、砂浜に上陸する。
「砂浜に直接上陸するのか!」
「というより、砂浜を移動してないか?」
「あれは自動車か?中央大陸で見たことはあるが、鋼の板もガラスも無かった。もっと歯車が剥き出しの……カラクリの様な」
その自動車は日本製高級セダンだった。名目上、公用車の払い下げとしている。
「これはハーマン国王、よくぞシャハールに参られた。長い船旅でお疲れだろう、お身体を休められると良い。会談は明日からだが、大方は大使と事務方で取り纏めている」
シャハール王朝、貴族階級序列第三位である、シジャ・ファンが出迎える。
「これはシジャ殿、王はどうしている?」
「少々、精神をすり減らしておられる。それもハーマン国王をお目にされれば、持ち直されるだろうと思われますが」
「なら早い方がいい。内々で場を設けて欲しい」
「では、そのように」
シャハール王朝、宮廷某所。
その場所は隠されていた。それはシャハール王に対しても例外では無かった。
貴族が王朝統治機構へ接触、介入する為の地下組織。
「ソウ帝国経由の情報通りだった」
「ニホンの軍艦で、アラック王国国王がシャハールに来た意味とは」
彼らは日本の思惑に警戒していた。
「あの軍艦、全鋼鉄艦の上、島ほどの巨艦。何かへ圧力をかける目的か」
そして、護衛艦についてはあまり警戒していない。
「攻撃するなら既に……」
「ニホンとアラックが主導する、共同体構想。大陸の足がかりに王朝を……」
「明日から王朝とアラック双方の国王会談が入っている。部外者を排除しての会談だが、唯一アラック側から相談役一人を入れてだ」
「そのアラックの相談役、既にニホン側の人間と判っている」
「国交を結んで半年で、アラック王国では国王の世代交代が起きている」
「シャハール王が何か……」
「あの王がか?権限は我々が握っているのだ。王命すら効力を持たない」
「我々の作成した法案を国王の名の下で承認するしかできない」
「前に来た時より酷い」
宮廷へ向かう車内で、オズは呟いた。
「奴隷の数が多いな。痩せ細ってしまっている」
「昔はまだ、これよりはマシだった……」
彼らの纏う布は、ボロ切れで、雑巾の様な土色だった。
彼らの中には子どもも多く、腰布の姿でいた。
「道も汚い。泥と排泄物と何か腐った、鼻に刺さる臭いだ」
「車内はまだ、息が吸える」
「……」
外にいる彼らはここでずっと、荷を引き、積み降ろし、泥掃きをしていた。
宮廷、応接間
ここにはシャハール王、ハーマン国王、粟田アラック国王相談役がいた。
到着したその日の夜、臨時で三者会談を行った。
「オズメット、シャハールまでの長い船旅、ご苦労だった」
「シャハールよ、随分とここの雰囲気が変わったな?」
「我はもはや名ばかりの王、何もできんよ」
シャハールは自身を卑下する。
「すっかり腑抜けたのだな、貴様。庶民は相当飢えているらしいが?」
オズはシャハールに問う。
「貴族が重税を課したのだ。庶民の学問処も閉じてからもう暫く経つ。身分差はますます広がっているだろう」
「自ら開いた学問処を、自らの王命で潰したのか」
「既に権限を無くしている。貴族の命令を王命と装って知らせる、法案の交付のみが残った数少ない仕事だ」
「どうにかしないのか?」
「貴族らにはソウ帝国から金が入っている。我の命令など聞くはずもない」
「アラックにもあったぞ。国王も貴族も腐っていたが……」
「まあそれはいい」
シャハールは話題を強引に変える。
「ところで、その方は?貴様の相談役と聞いているが」
「ああ、ニホンの出身で、学問に失敗した若者だ。今は我の相談役をしてくれている。この者、意外と優秀で、下の役人にも柔和に接することができるのだ。欠点があるとすれば、下の役人との酒の集まりに入らないことか。なかなか友をつくらんのだ」
粟田はオズの肩を叩く。
「オズ、勝手に人の個人情報をペラペラ喋るな!」
シャハールは驚き、笑った。
「はっはっは、これは命知らずの相談役だな。いや、貴様が丸くなったのか?」
「うるさいぞ!」
「ニホンといえばあの巨大な軍艦、それに貴様と相談役殿が乗って来た自動車か、あれらには驚いた」
「アラックにもニホンの自動車が増えてきている。道路から水道から、ニホンの協力で生活がすっかり変わった」
「優れた技術を持つ国なのだな」
「というより、相談役の方が俺より扱いが上ってどう言う事だ?」
シャハールとオズの遣り取りに粟田は吹き出す。
「当然だろ。相談役殿なのだからな」
「食えない奴になったな、お前。何を考えている」
オズはシャハールを睨む。
「アラックは、政治が民の生活に向き始めたのだな」
「何を言っている。政治は民のためにある。当然だろう」
オズは首を傾げた。
「それは普通ではない。政治はあくまで統治機構なのだ。王族や貴族がいかに効率的により多くの税を回収するか、民が国家に歯向かわぬよういかにより良い処罰を作るか、より多くの税を回収する為には統治機構に投資すべきか」
「変わったのはアラックと言うか?」
「王族や貴族を自己とすれば、自己本位の思想と言える。その対の思想は突き詰めれば個それぞれにそれぞれの自由な思想を認める事だ」
「なぜそうだと言える?」
「皮肉な事だが、王朝の貴族を観察して気付いたのだ。奴らの集団を総体と仮定すれば、貴族は各々の思想を持ち、会議で意見を集約し、目的を集約させている。要は、会議に参加できる者が違えば良いのだ」
「民主主義か……ニホンの」
オズは粟田の説明を思い出した。
「何?」
「ニホンは、地域毎にその地域に住む民が代表を選び、その代表らが議会を構成し、国民の意見を集約している。ニホンでは民主主義と言うそうだ」
「それは興味深い。だが貴様は全く興味がない様だ」
オズは取るに足らないという態度を示す。
「感情に流され、扇動に流され、自己の欲望に流される民が代表を、国の行く末を決められると?俺は全くそう思わない」
それがオズの本心だった。
「だが、王族も貴族も同じだろう。それに、王が治める国は、王か王族が倒れれば国が終わる。だが、民たちが動かす国は代表が倒れようと生き残る」
「代表が愚かであれば同じだ」
「代表を民が下ろせれば良い。教訓を法とすれば、後世にも残るだろう。だが、国が終われば、教訓など忘れる。その国は王が倒れても終わらぬ。教訓の積み重ねこそが大きな力になるのだ」
「時が必要だ。今より多くの血が流れ、混乱が起きるだろう」
「掛ければいい。苦労の末に得た教訓は苦労の度合いが大きいほど民に深く刻まれる」
「他国の扇動に流されるかもしれん」
「経験すればいい。国家が経験した事全てが、民の教訓となるだろう」
「……」
シャハールの確信の堅固さに言葉を失う。
「次はもっと強くなるだろう」
「そうか。この話はもういいか?王国の使いから事前に通告していた、共同体構想なのだが」
「我はニホンに関心がある。話に乗るにはいいが、貴様の役割次第だ」
「そういえばそうだった。確かに、手足の無い貴様だけでは難しそうだ」
オズとシャハールは目で合意を確認した。
「我の側の貴族と兵を動かせる」
「身の周りを固めろ。日程はこれで相談する」
オズが粟田に目配せすると、アルミケースから衛星通信モジュールに繋いだスマートフォンを取り出す。
「どうぞ」
「何だ?これは……」
シャハールは興味深そうにスマートフォンを凝視する。
「スマートフォンと言う。列強の新しいの通信装置を知っているか?」
「音声式無線双方向連絡装置だったか?」
「あれの未来だ。画面を触ると、次に通信可能な時刻、それまでの時間が表示される」
「おお、字が現れたぞ」
「言っとくが、本来なら色が加わって、宮廷音楽も聞けるのだ」
「何!」
「これは充電……電池では分からんな……魔力の様なものの消費を抑えている。画面も白と黒で、画面も暗い」
「魔力?魔道具なのか?」
「いや、違うが似た様なものだ。これで連絡を取る。この装置、本来三日が限度だが、これは数週間使える」
「そうか、これで連絡を取るのだな」
「ああ」
粟田とオズが部屋を出た後、シャハールは衛星通信モジュールを追加した、その分厚いスマートフォンを観察していた。




