第3話
あれ、本編と余りにも違い過ぎる、というツッコミの嵐が起こりそうですが、本編では、ユーグが第一次世界大戦で戦死したのに対し、この世界では、今でもユーグは生きていることから、色々な違いが起きており、その表れです。
例えば、料亭「北白川」が、料亭「村山」になっているのも、その一環です。
この辺りは、最終話でフォローします。
(後、1話の予定が、2話になりました。)
「いらっしゃい」
料亭「村山」の大女将、村山キクは、岸総司と篠田千恵子が連れ立って、訪ねて来たのを出迎えていた。
「幸恵姉さんが着る私の結婚式の際の黒留袖が出来た、と聞いて、事前に私達に見せてもらおう、と思ってきました」
篠田千恵子が言うと、キクは微笑みながら言った。
「丁度、よかったわ。幸恵なら、その着付けに四苦八苦しているところよ。手伝ってあげて」
幾ら異母姉弟とはいえ、女性の着替えを見るのは気が引ける。
総司は、一人、別室で着付けが終わるのを待つことになった。
「お待たせ。どうかしら」
幸恵は、黒留袖を着て、総司の下に現れた。
後には、千恵子が付いてきている。
キク譲りの美貌を誇る幸恵に、黒留袖は似合っていた。
総司は、幸恵の黒留袖を素直にほめた。
その後、異母姉弟3人は、車座になって、色々と話し合うことにした。
「お父さんから連絡があった。やっぱり千恵子姉さんの結婚式には来れないって」
総司が、幸恵に報告した。
「やっぱり、ダメだったのね」
幸恵は、肩を落とした。
「幸恵姉さんの結婚式にも参列しなかったから、私の結婚式にも参列しないと思ってはいたけどね」
千恵子も寂しげに言った。
「お父さんは、本当に日本に帰るつもりは無いのかな」
総司は、半分、独り言を言った。
「帰れないのでしょうね。色々な意味で」
長姉の幸恵は、既に達観したような口ぶりだった。
「帰れないって」
千恵子は、幸恵に問いかけた。
「お父さんの体は、一つしかないってことよ」
幸恵は、少し遠くを見ながら言った。
「お父さんとジャンヌさんとの間には、12人もの子がいる。ジャンヌさんや、ジャンヌさんとの間の子を、お父さんは日本に連れてこられないでしょう」
幸恵は、半分、独り言を言った。
総司や千恵子は、その言葉に黙って肯いた。
「だから、お父さんは、日本に帰れない。他にも理由があるわ」
総司や千恵子は、黙って首を傾げた。
「帰ってきたら、忠子母さんとりつ母さんが、喧嘩を始めるのが目に見えているもの」
幸恵は、更に半分、独り言を言った。
総司や千恵子は、幸恵の言葉に肯かざるを得なかった。
幸恵の母、村山キクと父は、お互いに割り切った関係だった。
だからこそ、キクは幸恵を産んだ後、別の男性と結婚し、幸恵からすれば、異父妹2人を産んでいる。
それ故、父からの幸恵の養育費の受け取りさえ、暫く、キクは難色を示した程だった。
とはいえ、料亭「村山」の経営が軌道に乗るまで、幸恵やキク達の家族の生活は苦しく、父からの養育費は、幸恵やキク達の家族の生活費の助けになることから、結局、キクは養育費を受け取っている。
今となっては、父にとっても、キクにとっても、昔、関係を持ったが、今は子ども以外に縁がない男女という関係に過ぎなかった。
だが、総司の母、岸忠子と、千恵子の母、篠田りつにとっては違った。
ジャンヌという共通の敵がいるから、手を組んで、父の帰国を促しているが、父が帰国した場合、どちらと父が暮らすかで、喧嘩が始まるのは必須だった。
総司も千恵子も(更に言うなら、幸恵とキクも)、覆水盆に返らず、20年以上も別居生活を送っていて、今更、父と同居して、共白髪の人生を送ろう、というのは、忠子にとっても、りつにとっても無理だろうと考えているのだが、忠子もりつも、自分の愛をもってすれば、それが可能なのだ、と信じている。
恋は盲目というが、20年以上も、そう信じていられては、子どもといえど引かざるを得ない。
更に言うなら、父にとっては、尚更だろう。
千恵子と総司は、そう考えざるを得なかった。
「話を変えるけど、良かったわね。宮内省の許可が無事に下りて。お父さんが嘘を書いたお陰ね」
幸恵は、意味深な笑みを、二人に向けた。
千恵子と総司は、苦笑いをした。
千恵子と、土方伯爵家の後継者、土方勇とは、相思相愛の仲になり、結婚を考えるようになっていた。
だが、千恵子は、所詮は庶子である。
将来の伯爵夫人になるのに、庶子では相応しくない、と宮内省は難色を示していた。
(華族の当主、後継者の結婚には、宮内省の許可が必要である。)
だが、その話を聞いたユーグ・ダヴーが、篠田りつとは、内縁関係にあり、事実上の夫婦であった、という上申書を書いたことから、宮内省は、単なる愛人関係から産まれた庶子ではなく、内縁関係から産まれた子なら、事実上は嫡出子と言える、ということで、許可を出したのだった。
ちなみに、この件については、嫡母である岸忠子は、かなり不満を漏らしたが、嫡母なら庶子の幸せを願うべきだ、という周囲の説得に、最終的には説得されている。
だが、完全には納得できないらしく、総司には不満を零していた。
「それから、お父さんの写真が届いたわ。これを懐に隠して、結婚式に出席する予定よ。何しろ、新婦の実父だから」
幸恵は、更に言葉を紡ぎ、千恵子と総司は肯いた。
3人の父、ユーグ・ダヴーからは、折に触れて、3人の子の実母に対して、現在の自分の写真が届くのだが、忠子も、りつも、自分の懐に隠してしまっている。
忠子やりつの小理屈では、父である以上、帰国して顔を見せるべき、写真を送ってくる等、不誠実極まりない、ということである。
そういった理由で、総司や千恵子は、父のユーグの写真を、忠子やりつから見せてもらったことはない。
だが、キクは違い、幸恵にすぐに父、ユーグの写真を見せて、渡していた。
父子が写真ででも触れ合い無いのはおかしい、という理由からだった。
そのため、総司や千恵子は、幸恵を介して、ユーグの写真を見ており、結婚式の際の幸恵の行動も、忠子やりつが何と言おうと、幸恵をかばうつもりだった。
「それにしても、お父さんは老けたなあ」
総司は呟き、千恵子も肯いた。
父、ユーグは、40歳を完全に過ぎてしまい、髪に白髪が混じるようになっている。
なのに、忠子やりつが、総司や千恵子に見せる写真では、未だに父は20代前半の若かりし姿のままだ。
子ども達は、忠子やりつは、父は、未だに20代の姿のままだと思い込んでいるのでは、という疑惑を内心では抱いている。
自分達から父をさらったジャンヌを嫌悪する余り、それから20年余りの歳月が経ったのを認めたくないのでは、未だに父とジャンヌが仲良く同棲しているのを嘘だ、と思い込みたいのでは、と子ども達は、忠子とりつの内心を推測していた。
「ところで、老けたとはいえ、お父さんは、直接、会った際には、一発、いや、数発は殴らない、と自分の気が済まないな」
写真を見ていた総司は、いきなり、物騒なことを言った。
横では、千恵子が頷きながら、言葉を継いだ。
「勇さんに頼んだわ。私が殴ったのでは効かないから、あなたが数発、殴ってとね」
「物騒なことを言うわね。気持ちは分かるけどね」
最年長の幸恵が、二人を口先では宥めたが、本音では二人に同調しているのは丸わかりだった。
何しろ、3人共、20歳を過ぎた身で、ある程度、男女の仲は分かるようになっている。
だから、父がジャンヌの下へ走ったのは、冷静に考えれば分からなくもない、それだけ、ジャンヌに惚れ込んでしまったのだ。
とはいえ、父が養育費はきちんと払ったといっても、父が自分達と一切、顔を合わせていないということに変わりはない。
子どもとして、父と共に育ちたかった、と思うのは人情として当然だった。
「ともかく、千恵子の結婚を考えましょう」
幸恵の言葉に、総司と千恵子は肯いた。
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