セントラル・ツリー
藍よりも青い空は暗く濃い。
その中を流れ星が次々と現れては消え逝く。
空に星が落ち着く事は無い。
グリグリと重い四肢を少しづつ滑らせて、動く。
百本ある手足が、その移動で震える。
地面すれすれに滑らす様に置いた顎が、地面を削り取って行く。
その僅かな滋味を、時間をかけて身体の奥に運ぶのだ。
食べているのは、金属と宝石の塊。
ゴロゴロガツガツとあちこちこちから、食事の音が聞こえる。
だが、誰とも話す事もなく、起きてる時は這いつくばって、地面を削るのだ。
ブヨブヨの身体は、ここの重力の檻の中でも生きられる唯一の姿だ。
不恰好で身体に張り付いている手足も、ブヨブヨとしながらも、少しづつ前に進んで行くのを、後押ししてくれる。
腹や身体の捻りでも、僅かながら、先に進む。
喰って、寝る。
起きて、喰らう。
眠りの時間も、腹の中は移動する岩石の重さで、地面に張り付いていて、重い。
そんな身体の上で、流れ星の燃える空が何処までも続いている。
ブヨブヨの身体の下は、削り取られた侵食の跡が、後ろに道を作っているが、交差する事はあっても、跡を追う者も、続く者もいない。
口から流れるヨダレが、岩を溶かす。
その重い岩を、どうにか吸い込むと、喉も腹も重みで、益々地面に近くなる。
重いのは、この星では、全て、何もかもだ。
その重さに潰されることの無い様に、ブヨブヨの身体は進化し、ヨダレも又、唯一の食べ物を溶かして身体の中に運んでくれるのだった。
くすんだ灰色の身体は、ここの信じられない重力の中で、生きて動いているのだ。
足元の鉱物は、所々発光していて、こんな色も命も無い様な世界を薄っすらと照らしていた。
そんな重い重い星が、何千と集まって、もっと暗い穴の様な場所に引き込まれて行っているのを、ブヨブヨ達は知らない。
見上げる事も辺りを見渡す事も出来ないほどの重力がここを支配している。
耐えきれなくなった山が崩れ、崖から転げ落ちて行く度に、窪地に岩が積み重なって行くのだ。
削り取られた跡が風化し、生き物の存在自体さえ、隠そうとしているようだった。
目の前の岩を削る。
その先を、見る事も無い。
静かな世界に、ズリズリと身体を擦る音が、時々するだけで、荒れ狂う風も叩きつける雨も彼らの上を、柔らかな羽の様に通り過ぎていくのだった。
風が荒れ狂っても、飛ぶ物は無い。
全ては地面に打ち付けられた杭の様な物なのだ。
雨で変わる地形も存在しない。
流れる小石も流される木の枝も無いからだ。
ずっしりと重い雨が集まって流れようにも、1度地面に捕まれば、流れない池が出来上がるだけだった。
海は畝らず、どんよりと濁り、暗い空を暗く写している。
水に囚われた、ブヨブヨ達は災難だが、そのまま喰いながら、進むだけだ。
腹に溜まった重い岩石やら宝石やらの中に、水が入るだけの話だった。
彼らの星はどんどん重くなって行った。
水が悲鳴をあげながら、空に戻り、雲をこしらえるために、引き寄せる重力と闘っていたとしても、食べて進むだけだ。
遠くで、雷が落ちる。
ほんのわずか、地面を這いながらそれを聴く。
手が前に、ほんの少し伸びる。
星は、時と共に、その重さを増し、彼らを潰しにかかるが、ブヨブヨ達は、堪えるのだった。
やがてその重い星は、すぐ側に重い星の仲間を感じる。
お互いに引き合い、潰し合いをしだしてのだ。
その先には、光も吸い込まれる、暗黒の穴が待っている。
星々のせめぎ合いを嘲笑うように、それはノッペリとした口を内側に窄めながら、星を吞み込み出したのだった。
呑み込まれながら、砕ける星々の中で、あの重い重い星は壊れなかった。
暗闇に閉ざされ、あちこちで、星が砕ける閃光さえ、穴の底に呑まれていく中、ブヨブヨ達は小さく小さく縮みながらも、ブヨブヨの身体で重い星の上を這っていた。
遠くで、雷の音がする。
それは砕けた星の断末魔だった。
ブヨブヨ達の重い星も、口を窄ませた穴に、ギリギリと締め付けられていた。
砕けた星が光りながら、あちこちに降り注ごうとするが、全ては穴のその奥の底に向かって、吸い込まれて行くのだった。
呑み込まれたのは、2つの銀河と勝手気ままな彗星の幾つか。
やがて、捻れた力が穴の反対側から噴き出し始める。
それは芽を出し、根を広げ、穴をその根でグルリと締め付ける。
悶えるように、穴は砕ける星の音を吸い込む。
重い重い穴が、ギリギリと締め付けられ出していた。
千本の脚の蜘蛛が、獲物を絡め取り抱えているかの様だ。
そして、ほんのりと、暗い宇宙で光を生み出し始めていた。
穴の中身を吸い上げて、その沢山の根から芽吹いた小さな双葉は、上に上にと伸び始める。
木の根が穴を包み切った時でさえ、ブヨブヨ達とその星は、奥歯に引っかかったか胡麻みたいに、縮みながらも同じ毎日を過ごしていた。
やがて、芽は、木に、そして大木となり、枝々を広げ始める。
穴を包み込んだ根と、そこから伸びる幹、広げた枝、全てが輝きを放っていた。
穴に閉じ込められていた、全ての物が、木の中を駆ける上がる。
それらがぶつかり発光し、煌く木は、幹を太くしていった。
脈打つ光が、枝先から、宇宙に伸びて行く。
木は、日に日に大きくなり、闇を蹴散らし、穴を喰らう。
そして燃える実が、実るのだ。
金細工の様な葉陰の下に、丸い実がなる。
それぞれ、種をその身に抱えているのが、真ん中の光の強さでわかるのだ。
ブヨブヨ達の星もあるのだろうか。
絶え間なく生まれる果実は、煌きと命の炎を空に広げる。
そして、その日が来る。
あれ程の木が痩せ細り、黒く細く、闇の中に溶け出す。
丸々と太った実は、次々と離れ、それぞれの旅を始める。
空間にはポッカリと穴が空いてる様だ。
何も無い、藍色が霞んでいる。
そのまんなかに、縮んだあの星があった。
広がり拡散していく果実の太陽。
その芯に埋まっているもの。
種は、霧を纏い、闇で着飾る。
そこから遥か遠く。
徐々に引き寄せられていく、数多の星々。
耐え切れずに、砕けちる星。
その粉々の一欠片さえ、逃がしはしない。
重い、星。
光の木と果実の思い出が、縮んだ星に重なる。
捕らわれ、締めらつけられ、縮み、解き放されるのだ。
煌く木と果実の記憶を残して。
藍より暗い青が、宇宙を染めている。
今はこ、ここまで。