カエデの暗黒馬車珍道中(その10)
次の回で王都のカエデ編は終了でしょうか。
なんか自分の考えてない方向に話が行きそうになってる……(汗)
それなりにあちこち回ってみたが、大した収穫はなかった。時間も遅くなったので、その日は一度宿屋に戻り休むことにした。
そして翌日。午前中はまた王都内を回ったが、やはり大した成果はなかった。そうなると、思い当たるところは一つしかなかった。
「まいどぉ。」
「性懲りもなく来たかい、この狐娘は。」
カエデが訪れたのは王都コンラッドにある商会の一つだ。丸っぽい耳をつけた老婆がさも憎々し気な声と顔でカエデを迎える。
彼女――狸の獣人であるグラディンは口ではそう言っているが、カエデを見る目は厳しいながらも優しい。
「狸婆さんがおるからなぁ。」
「けっ、口だけは達者になって。
……で、あの破廉恥な服は止めたんかい?」
「言い方はアレやけど、そうやな。なぁんか、やっぱウチには向かんかったわ。」
「そうかい。」
グラディンは顔には出さなかったが、どこかホッとしたような息を吐く。
「で、この婆と世間話じゃないだろ。ここか? 奥か?」
「奥やね。」
「ほぉ。」
即座に答えたカエデに目を細める。
「少しは偉くなったもんだね。このワシと『話』をしようなんて。」
パンパン、と手を叩くと、店員の一人が出てきたので、一言二言告げる。店員は何も疑問を挟まずに深々と頭を下げたところでグラディンがカエデを振り返った。
「来な、狐娘。この婆にどんな面白い話を聞かせてくれるんだね?」
さっきまでの口やかましい婆さんから、大商会の元締めの顔へと変わった。
「そんなに面白いもんやないけどな。」
奥の部屋に通されたカエデは、改めてグラディンと対面する。彼女はこのグラディン商会の創始者であり元締めである。まだ商人見習いだったカエデが何かの偶然で知り合って、それ以来の付き合いである。商売では全然手加減してくれないが、相談に乗ったり愚痴を聞いたりと口は悪いが何かと世話を焼いてくれる。
「これや。」
カバンの中から、サンプルの立方体の「石」を取り出す。淡いピンクで、さほど硬いわけではなく、透明度も低く、まだらに模様が入っている。
「……あんまり見たことない石だな。宝飾品にはならんし、せいぜい置物くらいか?
価値は高くないな。」
「せやな。単なる石やったらな。」
ここぞとばかりにカエデがニヤリと笑みを浮かべる。どうやらこれは「当たり」らしい。
「いや、待てよ。聞いたことがあるが、これが本当にそれか?」
触ったときに欠けた破片をマジマジと見た後に、グラディンがペロリとそれを舐めた。
「しょっぱ! 岩塩か!」
「ちっ、狸婆さんにはお見通しかいな。」
口調は悔しそうだが、顔はそうでもない。
そこにはある種の信頼感が見て取れた。
「久しぶりにちょっと驚いたね。
こんなに驚いたのは、どこかの狐娘が破廉恥な格好をしたとき以来だね。」
「あれはもう止めたんや。堪忍なぁ。」
色仕掛けに挑戦していた頃のスリット率の高い服のことを持ち出されて頭を抱える。つい最近までやっていたとはいえ、思い返せばなんと恥ずかしいことをしていたことやら。
「……で、これをどうしたんだい?
それとも『どれくらいあるんだ?』って聞いた方がいいかい?」
「せやな……」
彼女相手に駆け引きをするつもりはない。カエデに対しては誠実な取引をしてくれるからだ。とはいえ、もう少しサプライズをしたい気もある。
「大体これくらい大きさで、」
手で大きさを示すと、グラディンの目が細められる。思ったよりも大きかったようだ。
「十枚以上あんな。」
細められた目が大きく見開かれる。
「聞いてはいかんのは分かるが、どこでそんな物を手に入れた。疚しい方法ではないと信じてはおるがな。」
「う~ん……」
どう説明していいのか分からない、というか、どう言ったら信用してもらえるかが難しい。実際に目にしたカエデですら、信じられない部分が未だにある。
「香辛料が欲しいから、その対価として預かってきたんやけどな。」
「香辛料?」
「ウチがハンブロンから来た、っちゅうのは知っとるやろ? そこでな、旨いもん作るんには香辛料や調味料が全然足りん、って奇特なモンがおってな。」
グラディンはカエデの目を見つめた後、大きくため息をついた。
「ウソはついておらんようだな。
じゃがツッコミどころが満載だ。……まぁ良い。こうなったらワシも腰を据えて聞いてやるわ。悪いようにはせん。最近のこと、みんな聞かせとくれ。」
部屋の外に合図を送ると、侍女がお茶のお代わりを持ってくる。
「どうやら本当にこの婆を楽しませてくれる話を持ってきたようだな。」
ウキウキした顔のグラディンを前に、カエデはハンブロンで会った変わり者たちの話を始めるのであった。
「狐娘に吟遊詩人の才能があるとは思わなんだな。」
「そう思うやろ。
ウチもそうやったらええんやけどな。」
「……確かにロックバッファローの素材が出たのも間違いないし、ハンブロンの砂糖の件もワシの耳に入っておる。」
砂糖を登録したのはまだ昨日の話だが、もうすでに耳に入っているようだ。
「相変わらずの地獄耳やな。」
「褒めたって何も出ん。
……地獄耳ついでに、なんか外が騒がしくないか?」
「確かにそやな。」
外で誰かが騒いでいるような声がわずかに聞こえる。
「奥」の部屋だけあって、二人がいる部屋には窓がない。特にカエデが妙に嫌な予感がして、二人は部屋を出て、窓から外を見た。
王都コンラッドは夕闇が降り始めていた。
その暗くなって星が見えてきた空に、魔法なのだろうか、どこかの町の光景が映し出されていた。
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