カエデの暗黒馬車珍道中(その7)
オラにもっと力を!(他力本願)
まず王都コンラッドに入ったカエデがしたのは、今日の宿の手配だった。王都に来た際の定宿は決まっているので、そちらに馬車を向ける。
王都はほぼ円形をしていて、王城を中心に放射状に八方向に道路が伸びている。その道路は大型の馬車もすれ違えるほどの幅を持ち、特に北と南の大門に向かう道路は幅が広くなっている。更に王城を中心に同心円状に壁が築かれ、街の守りと住人の住み分けの役割がある。一番外周部がいわゆる平民が住む区画で、中心に行けば行くほど貴族などの位の高い人の居住区となる。
この辺では獣人の数自体が少なく、あからさまな差別は無いが、少なくとも獣人の貴族というのは聞いたことが無い。元になる動物により性格に差はあるが、そもそも政治とか貴族に向いてない、という一面もある。別の見方をすると、単にアウトドア派が多いのだ。
「やっぱ王都は落ち着かんなぁ。」
都市計画というか流通のことを考えてか、大きな道路はほぼすべて石畳で舗装されており、家も石造りの物が多く、街の外に比べるとやはり緑が少ない。これがもう少し中心に向かえば、庭園を持った家とかもあるのだろうが、外側の平民街ではそんな贅沢な家なんてなかなか無い。
同じく獣人の気質として、土や緑の匂いがしないと落ち着かないところもある。なので、都市部よりも田舎の方に住んでいることが多い、と言われている。
「お~ ここは相変わらず賑わっとんな。」
一軒の酒場兼宿屋の前で馬車を止めると、馬車に気づいたのか、店中から誰か飛び出してきて、暗黒馬車に気づいてギクリと足を止める。
が、見覚えのある馬と狐耳に気づいて、笑顔を浮かべる。
「カエデちゃんかい! またまぁ、ケッタイな馬車乗ってきてー」
出てきたこの宿屋――「森の蜂蜜亭」の女将が破顔した。熊を思わせる巨体を揺らしてカラカラと笑うが、それもそのはずで、その頭の上には丸っこい獣の耳がのっていた。彼女は熊の獣人である。
「それがな、この胡散臭い馬車が、メッチャ快適やねん。」
これはアカンでぇ、と苦笑交じりに説明すると、女将は更に愉快そうに笑う。
「アッハッハ。アンタがそこまで言うなんて、相当なもんやね。
まぁ、こんなところで挨拶もなんだし。今回は何日いるんだい?」
「せやな……」
王都に来た目的である「砂糖を特産品として登録」は今日明日で終わるだろう。ただ面倒な頼まれごとがいくつかあるので、もう少し滞在したい。それに都会が肌に合わないとはいえ、せっかく来たのにもったいない、という気持ちもある。
「二三日くらいはおるな。
……それより、凄い話があるんや。」
急に声を潜めたカエデに女将もつられて顔をよせる。
「詳しい話は入ってからな。」
この「森の蜂蜜亭」も含め、ある程度の規模の宿屋には馬屋や車庫が付属しているので、暗黒馬車も馬も安心である。
身の回りの物だけ手にしたカエデが「森の蜂蜜亭」に入る。もう昼を過ぎていたので、やや客はまばらだ。この宿は熊の獣人夫婦が営んでいるので、客も自然と獣人が多くなる。
「あんたぁ! カエデちゃん来たから、なんか出してあげてぇ!」
女将の声に、オープンキッチンタイプの厨房の奥で女将よりももっと大きい熊耳の頭が揺れる。おそらく頷いたのだろう。
「あ~ ちょっとええか?」
カエデが厨房に顔を出す。
「?」
顔なじみである無口な宿屋の主人が、大きな図体を折り曲げるように首を傾げる。
「ちょっとコレ、見てくれへんか。」
と、料理のレシピの載ったプラスチックペーパーの束を渡す。
「?」
最初、熊の主人はプラスチックペーパーの薄さや手触りを不思議がっていたが、書いてある文字に目を落とすと、身体の大きさには似合わない小ぶりで円らな目をカッと見開いた。
「! !! !!!!」
いつの間にかに両手で紙を握りしめ、食い入るように中身を読んでいる。
「! !! !!!!」
熊の主人の変わりように、女将が主人とカエデを交互に見る。
「カエデちゃん。うちのはどうしたの?」
「いや、遠いところから来た旅人に新しい料理のレシピをもろたんやが……」
「ああ、それは……」
女将も苦笑い。
「厄介なことをしてくれたねぇ。」
これじゃしばらくは使い物にならんわ、と女将が表に準備中の看板を出しに行く。
少しは興奮が収まったのか、じっくり眺めだした熊の主人。時折更に奥に行っては食材の在庫を確認したり、腕を組んで考え込んだりと何とも忙しい。
「…………」
カエデをちょいちょいと大きな手で呼ぶと、トントンとそろえたレシピを返して、うんうんと頷いた。
「もうええんか?」
うんうん。
「ほな期待しとるで。」
うんうん。
ぐい、と腕を曲げて力こぶを作るような仕草を見せる。
「大切な物じゃないの?」
「それがな、これくれたんが、メッチャお人好しでな。みなに広めて欲しいってな。」
「へぇ。奇特な人もいるもんね。
旦那もやる気だから、ちょっとおまけしとくわね。」
「えっへっへ。おおきに。」
なんだかんだ言っても、おまけが嬉しいカエデであった。
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