カエデの暗黒馬車珍道中(その1)
この珍道中は数回続きます
本編からはサクが登場する前の、カエデがハンブロンの町を出たころの話になります。
「アカン……」
爽やかな日差しの中、一台の漆黒の馬車が駆け抜ける。その御者台で狐の獣人であるカエデがボソリと呟く。
「これはアカン……」
どこか悲壮な響きを含み、カエデがため息をつく。
「この暗黒馬車、ごっつぅ快適やんか。」
まず車体が軽い。頑丈、というか荷物を載せても歪みが出ない。車軸を使わないで、四輪が独立して回り、それぞれにこの世界には存在しないサスペンションが搭載されていて、移動時の揺れを軽減する。さらに回生ブレーキで下り坂では発電し、上り坂では電動アシストを行う。
黒い塗料は水に強く、熱も遮断して光から発電を行う。発電した電気は専用の箱型汎用作業機械に充電され、馬車の様々な機能に使われると同時に、護衛用のキューブの活動用のエネルギーとなる。
時折すれ違ったり、追い越したりした馬車や徒歩での旅人がギョッとしていたような気もしたが、その辺に目をつぶれば、旅は快適だった。
車内や御者台の温度を一定に保ち、暗くなれば照明が夜道を照らす。さすがに御者はカエデ一人しかいないし、馬も休ませないといけないので、一日中走り続けられるわけではない。それでも王都までは五~六日という行程だが、一日くらい短縮できるかも知れない。
「今日はこないなもんかな?」
中に表示されている時計(見方は教わった)を見て野宿する場所を探す。水場があればそれに越したことはない。人が生きていくためにはそれなりの量の水が必要である。衛生的に生活するならもっと水が必要である。
「……お。」
カエデの狐耳がわずかな水音を捉えた。それも揺れと一緒に音も軽減しているから聞こえたのかも知れない。水源を探そうとあちこちを見回そうとして、馬車のライトの一つが街道から外れた一角に向けて光を投げかけている。御者台でカエデが肩を落とした。
「なんや、自分らすでにお見通しだったんか。便利すぎるなぁ。
モミジ、あっち頼むで。」
ブルルン。
馬車を曳くモミジが街道を外れて、程々開けた場所まで移動して止まる。
「さて、」
カエデが野営の準備をしようと思った瞬間、搭載している三体のキューブが降りると、馬車から色々部材を引っ張り出して、簡易的な食卓と椅子が完成する。
「アカン、便利すぎる…… ウチを堕落させたいんか。」
それが終わると、布を抱えた(?)のと、板や棒を抱えた(?)のが、水際に何やら組み立て始める。出来たのは四角い空間を布で囲ったものだ。ラシェルたちの世界の人間が見れば、おおよその用途がすぐ分かるが、初めて見るカエデには訳が分からない。
「なんや…… 中に人が入れるようやな。ん? この上から出てるのは『雄牛の角亭』で見たなぁ。
ちょい待ちぃ。これもしかせんでもシャワーって奴かいな!」
こりゃアカンこりゃアカン、とブツブツ言いながら着替えやタオルを用意すると、用意されてあった籠に放り込んで、カーテンの中に入る。
カーテンの隙間から脱いだ服を入れた籠が押し出されると、中から水音が聞こえてきた。
アカンやろー! って絶叫が最初聞こえたが、その後は気持ちよさそうな鼻歌がカーテンの奥から聞こえてくる。が、聞いてるのはせいぜい三体のキューブくらいのものである。
鼻歌が止まったのを察したキューブの一体が着替えの入った籠にタオルを載せて、カーテンの隙間の位置に設置する。伸びた濡れた手が籠を掴むと、カーテンの中に引きずり込まれ、しばらくすると濡れた髪がそれなりに色っぽいカエデが出てくる。まぁ、見ているのはこれまた三体のキューブくらいだが。
「外で水浴びまでできるとわな。」
近くを流れていた小川から水を汲み上げてシャワーにしているが、この世界じゃなくても外を流れる水が必ずしも安全とは限らない。
無論、そんなことを自称宇宙一の科学者が考慮しないはずもなく、浄化した上にちゃんとシャワーに使える程度の温度まで温めてあるので、一日の汗も爽やかに流せる。
椅子に腰かけてカエデが一息ついていると、キューブが衝立を片付けながら、飲料水用の樽にシャワーからの水を注ぎこむ。
「水を綺麗にしているわけか……」
そういえばさっきのシャワーも、自ら変な臭いは何一つしなかった。
必要に迫れれば直接飲むこともあるが、やはり生水なので、本来は煮沸した方が安全だし、そもそも澄んでないことも珍しくない。
外での移動には水の確保が必須である。水を浄化する魔法や魔法の道具もあるが、誰しもが使えるわけではない。
(ただまぁ真似はでけへんのやろうな。)
釘を刺されていたとはいえ、一瞬売ることも考えていたカエデだったが、こんな快適な旅の道具を手放す気は完全に失せていた。
変な考えさえ起こさなければ、この環境はずっとカエデの物として使えることだろう。
「悪魔の発明やな……」
たった半日でもう手放せなくなりそうだ。さらに馬車の改良により、馬の負担も軽くなったのがありがたい。
「きっとまだまだ驚かせるんやろうな。」
昼食はリーナが用意してくれたサンドイッチだったので、特に準備をすることもなく移動しながら食べることができた。これから夕飯を用意しなければならない。
「どないなビックリ道具が出てくるんかいな。」
ウキウキしながら、荷物とは別にある旅用の貯蔵庫の中を覗き込んだ。
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