黒髪美人を迎えよう
「ごめん!」
いきなり謝罪から入ってきたのは一人の女性の声だった。
カエデがこの町を出て二日ほど。汎用作業機械の充電状況に問題がないので、問題が無いのだろう、と勝手に想像している。ホントに何かあったら、キューブから連絡の一つもあるだろうし。
「ごめん! 誰かおらぬか!」
おっと、いろいろ考えていたら(おそらく)お客様を待たせてしまった。
「あ、はい! すみません、今行きます!」
入り口の外に向けて叫ぶと、慌ててドアのところに向かう。いっそのこと、自動ドアにしたら良くね?
「お待たせして申し訳ございません。」
頭を下げてからドアを開くと、思わず息を飲んでしまった。
そこに立っていたのは年のころは二十歳くらいの女性だった。詩的に表現をするのなら夜の闇を紡いだような漆黒の髪と瞳。あたしよりも長い髪は絵に描いたようなサラサラストレートで、前髪ぱっつんだが良く似合っている。どうやって表現すればいいのか分からないが、とにかく美人さんであった。
着ているのはアジアの方の民族衣装である「キモノ」みたいな感じだ。バスローブみたいな形状の布を腰のあたりで太い帯で巻いたような服だ。色は黒を基調とし、金や銀の糸で刺繍しているのかな?
そして腰には少し湾曲した木刀のようなものを差している。
「い、いらっしゃいませ。」
「ん?」
その美麗な女性はあたしの顔をマジマジと見ると、いきなり顔を近づけてきた。
なに?!
切れ長の目の睫毛の長さまで分かるくらいの近距離で見つめられ、思わず後ずさるが、彼女はすぐさま間合いを詰めてくる。
あ、あたしには心に決めた人が……いないが、なんかこう、彼女の雰囲気がヤバい。
「お主か……」
ポツリと呟く声。
ガバッ。
って、いきなり抱きしめられた。
いきなり何?! いや、あたしにはそんな趣味はない! というか、えー 結構着やせするタイプかもー?
「ひゃぁっ!!」
色んな事を考えた結果、変な悲鳴が出てしまった。その声に反応してジェルが外に飛び出してくるが、悪意も害意も見られない彼女の抱擁に一瞬動きが止まった後、天気を見るように空を眺めて、また店内に戻ろうとする。
おいこら待てぇ!
この人が痛柔気持ちよく絞め殺すような刺客だったらどうするのよ!
と、謎の美女の抱擁は、半笑いで戻ってきたジェルを疑問に思ったアイラが様子を見に来るまで続いた。
「かたじけない。」
リーナちゃんの入れたハーブティで口を湿らせた美女があたし達を見回す。
「先ほどは申し訳ない。」
翻訳魔法がどういう仕様なのかは知らないが、カエデの訛りもそうだし、彼女の妙に古風な言い方って、本当にそういう風に喋っているんだろうか? イメージ補正があるんだとしたら高性能すぎるが。
「拙者、余りの喜びと感謝の思いの強さに自分を抑えることが出来なかった故の所業。お詫びのしようもない。」
立ち上がると、あたしに向かって深々と頭を下げる。
「いや、あたしには何のことか……」
この人とは初対面だ。悪いが、これだけの目の覚めるような美人を忘れるはずがないし、元々の世界でも珍しい服装だと思う。こっちだとそうでもないんだろうか?
ジェルの方を見ても、小さく首を振るだけなので何もわからないらしい。役立たずめ。
(あれ? この人、どこかで……?)
ルビィの知り合いだとすると、更にややこしくなりそうだが。そこで黒髪の美女があたしとリーナちゃんとジェルを等分に見て、首を傾げる。
「お主ら三人から、同じ匂いがする。どういうことだ?」
何が何やらでこちらが聞きたい。あたし達三人の共通点って言ったところで、こことは違う世界からやってきたくらいで……
あれ? まだ言葉にできないけど、あたし達三人、それにもう二人追加して、こちらの世界に来てから「会った」「人」がいるような気がしてきた。
ただ結果にたどり着かなかったのは「それはありえない」と思い込んでいたからだったのだろう。
「そういえば自己紹介が遅れたな。拙者の名前は『人間』には発音できぬものなので、語ることができないのを先に謝罪いたす。」
あ、なんかすげー嫌な予感がしてきた。それも想像以上の。
「今はこのように人の姿をとっているが、我が真の姿は黒き竜だ。
人の召喚士に無理やり使役された腐敗した竜。それが我の姿であったのだ。」
(やっぱり……)
とりあえずピンとこない正体とは裏腹に、脳裏に響いたルビィの声が妙に大人びてたのがとても気になった。
「拙者は一度、人の手によって滅ぼされたのだ。身体を失った竜は魔力が流転して、いずれ蘇るのだ。
しかし、ある召喚士がその亡骸に不死の呪いをかけ、拙者はその輪廻から切り離され、使役され続ける存在となってしまった。」
ゲームに例えるなら、アンデッドドラゴン、ってことか。
「その強さが仇となり、半身を失ってすら死ぬこと能わず。他の生物を喰らいて生き続けるのは苦痛以外の何物でもなかったのだ。」
……う~ん、猛牛パンチでグギッと比べると急にスケールが大きくなったような気がする。
「それがお主らのおかげで、この身は完全に粉砕され、呪いも砕け散り、再びこのように生を受けたのだ。」
とはいえ、本来の竜としての力を取り戻すには何十年単位の時間がかかるそうだが、って誰がいつそんなことしたっけ?
(あのね、たぶん、ルビィが喚んだラシェルの乗ってきた船のことだと思う。)
そういえばグリフォンがなんかとぶつかった、って言ってたっけ。それが彼女だったってこと?
「にわかには信じられないが……」
ジェルが考えるように顎に手を当てる。
「かといって否定する材料がない。
……勝手に調べて申し訳ないが、あなたの熱分布は人間とは違うようですな。」
「そのネツブンプとやらが分からないが、拙者のこの姿は一種の幻術だからな。」
「あの、それでご用向きは……?」
恐る恐るアイラが店主として尋ねる。一般人としてはおとぎ話のような話を聞いて、実感がわかないが、それでも目の前の女性が普通の存在でないことは分かったようだ。
「うむ。拙者、ご恩返しをしようと思ったのだが、何せ今はこの身一つ。金子の一つも身に帯びておらず、返せるものがない。」
そこでグルリと店内を見回す。
「どうやらここは何かしらの食事処と見た。拙者に何ができるか分からぬが、ここで働いてご恩を返せないだろうか。」
また立ち上がって、アイラに深々と頭を下げる。
「はぁ。」
どこか魂が抜けかけた顔をしたアイラ。
あたし達に視線を向けた後、諦めたように首を振ったのち、切なげに承諾の意を返したのであった。
……なんかごめんなさい。
お読みいただきありがとうございます。




