狐さんを見送ろう
昼食も終え、残りの荷物を積んでいく。
「何やこれ。」
ピンク色の石材を次々と馬車に積まれていく。箱型汎用作業機械くらいの正方形で、厚さ五センチくらいかな?
ちなみに「雄牛の角亭」では重宝している。
「だから何やこれ。その顔は知ってる顔やろ? ええい、ネタは上がっとるんや! とっとと吐いて楽になりぃ!」
パンパンとピンクの石材を叩く。
あ、ちょうどいいや。
「手、舐めてみて。」
「手ぇ?」
自分の手を見たカエデが、手のひらについたわずかなカケラに気づく。それまでまん丸になっていた目がキュッと細くなる。まさに「狐目」ってところだ。恐る恐るではなく、確信をもって手に残ったカケラを舐めとる。答えは明確だ。
「塩や……!」
耳と尻尾がピン! と立つ。
そこで積まれた「石材」の量に気づいて、こちらを振り返る。
「……ホンマに何やこれは。」
「ええと、岩塩という塩の結晶なんですがね。あんまり見たことないです?」
どこに行ってたのか不明だが、ひょいと 現れたジェルが颯爽とセリフを奪っていった。
「岩塩…… これがか。」
「おそらくカエデさんが想像しているのは塩湖とかの地上で見られる方でしょう。
これは地中から採れる岩塩です。」
「へぇ……」
驚きから回復すると、感心した声になったカエデが、マジマジと岩塩を眺める。
「これはどちらかと言えばイレギュラーな物なので、あんまり期待しないでください。」
この町は海から遠く離れている。塩は当然ながら海水から作る。岩塩は…… ああ、ちょっと待って。前にジェルに聞いたことがある。岩塩も結局は海水で、地殻変動とかで海水が閉じ込められたのが乾燥して岩塩になる、と。じゃあ、この辺も太古の昔は海だったってことかな?
「その辺はまだ調査中なので、ご勘弁を。」
あれ? そういやぁ、前にも同じ事言ってなかったっけ? あの時は強襲突撃装甲車とだけど。
……すごい先の話だけど、ジェルですら想像できなかった「真実」にたどり着くなんて、当然ながら今のあたし達には知る由もなかった。
なんて一度言ってみたかっただけなんだけどね。
「そんなわけで、」
ジェルの前置きに心の中でどんなわけだよ、とこっそりツッコんでおく。
「この塩は欲しいものがあるので、その代金として、その手練手管を駆使して、上手いことぼったくって下さい。」
「人聞き悪いなぁ。で、なんや欲しいもんは。性奴隷か? ご禁制の薬か? それとも暗殺者との伝手か?」
ニヤニヤしながらカエデが言ってくるが、ジェルは相変わらずの微表情である。
「どちらが人聞きが悪いのか。
それにその程度なら別に困っていないので結構ですよ。」
「え……?」
冗談で言ったらしいが、ジェルにその辺のネタは通用しないぞ。なんたってマジでやりそうな顔してるし。
「急にラシェルをチョップしたくなりました。ええ、とても爽やかな笑顔で。」
「その欲望はきっと危険。ヒトが解放しちゃいけないものよ。」
「そうですか。それは残念。」
諦めるの早っ。
「そんなわけで、」
だからどんなわけよ。
「こちらが欲しいのは…… いや、これはあなたにも益のある話ですよ。」
「まどろっこしいなぁ。男やったらしゃっきり言わんかい!」
「香辛料ですね。」
それまでの微妙にネチネチした口調から、しゃっきり口調に変えると、その変化の速さに逆にカエデの方が戸惑う。
「塩は高価とはいえ、そこまで高いものでもないですからね。やはり量と、後は物珍しさですよね。」
「そ、そやな。」
「その点、この岩塩は純度も高く、これだけ硬いと使い道もそれなりにあるかと。」
彫刻に使ったり、火の上に直接おいて岩盤の上で調理ってぇのもあったわね。そのまま置いておいて、削りながら使うパフォーマンスもありかも。
「とりあえず、胡椒は欲しいところですね。あと、これを参照して似たようなものがあれば是非。」
と、プラスティックペーパーの束を渡す。そこには写真付きで香辛料の説明が書かれてあった。
「分かってると思いますが、これを人前で出すのはご勘弁願いたい。できれば移動中に頭に叩き込んでください。」
「今更驚くのも飽きたが、これまたよぉできとるなぁ。ウチも知らんモンばかりや。」
「後は適当に見繕ってくれれば。
無事買えましたら、うちのリーナが美味しい料理にしてくれます。」
「それは楽しみや。」
馬車への積み込みも終わり、キューブも三体搭載して、カエデとモミジの馬車が町の入り口に向かう。店を空けることは(安全のことも考えて)出来ないので、見送りはあたし達と黒猫だ。
「ほな、行ってくるで。お土産楽しみにな。
……これが最後にならんとええな。」
ないない。
あたしとジェル、そしてルビィまでが気持ちが一つになっていた。
カエデの太々しさと、キューブの能力があったら、未開の地でも行かない限りは大丈夫だろう。ただ、逆に言うと、隣の町に行くだけでも命がけなのかもしれない。
「まぁ、湿っぽいのもアレやけど、生暖かい目で見られるんもなぁ。」
「いいじゃん。ジェルといたらいっつもこんなもんよ。」
「人聞きの悪い。」
このやり取りですっかり気が抜けたらしいカエデが苦笑いを浮かべてから、すっと真面目な顔になる。
「自分らの思うほど、外はゆるかないで。」
「うん。」
「ほな、行くわ。」
手をヒラヒラさせながら、こちらをも振り向かず、馬車が遠くなっていく。
あたしとジェルとスコッチがその後姿をずっと見送った。
「なんか…… 黒い馬車だったな。」
門の所にいたバモンさんの言葉がすべてを台無しにしてしまった。やっぱりアレはダメだったか。
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