狐さんを迎えよう(その1)
「邪魔するで~」
ある日、妙な方言というか、訛りの混じった女性の声が聞こえてきた。
……うぉ!
驚いたらいけないんだろうけど、変な声が出るのはギリギリで抑えられた。
(狐の獣人さんだね。)
あたしの代わりに、頭の中でルビィが解説してくれたように、その二十歳くらいの女性の頭の上には三角の耳が乗っかっていた。
「お~ これがかの噂の『雄牛の角亭』か。炎を使わない灯りに、暑さ寒さも関係ない不思議な風の道具……」
天井の照明と、壁に埋め込まれたエアコンをマジマジと見る狐耳の女性。
「それに聞いたこともないような凄い料理が食べれるそうやな!」
……ハイテンションだ。逆にこっちのテンションがダダ落ちしてしまう。
あっちこっち振り返るたびに、ぶっとい茶色の尻尾がブンブン揺れる。ついでに別のところがブルンブルンと揺れる。
ちくせう。
(スタイルいいねー)
無邪気な声があたしのテンションを更に沈ませる。
しかも何か邪な考えがあるのか、そのスタイルを誇示するようにスリットを駆使した服を着ている。胸元もズバッ、太もものあたりにもスッと切れている。
それだけじゃなく、顔だちも可愛いと美人のハイブリッドで、表情もコロコロ変わって人の目を惹きつけることだろう。
う~ん、何とも敗北感。
「なんや、ウチの美しさを見てくれる色男はおらへんのかい。」
「おや。」
あたしの向かいに座っていたジェルがさすがに気になったのか、読んでいたタブレット(板状端末)から顔を上げた。
「ウチみたいな美人がおるんに、ガン見せんなんておかしいちゃうか?」
「はぁ。」
気のない返事をしてから、あたしの方を見て、首を傾げる。
「そうなんですか?」
「あたしに聞くな。」
ジェルは女性心理に疎いが、この狐の獣人さんの考えはあたしにも分からん。あたしにはそんな趣味はないし、ジェルもそういうのにあんまり興味はない。
その割にはあたしにセクハラまがいの言動が多いのよねぇ。現に今も、軽くあたしを上から下までジロジロ眺めて、狐の獣人さんをチラッと見て、微妙な表情を浮かべる。
「似合わなそうですな。」
分かってるわぁ!
ああいうのは、もっとボッキュッバンって人が着て初めて成立するのよ! リーナちゃんならいけるかな? 精神的に着れるかどうか別にして。
「お待たせして申し訳ございません。いらっしゃいませ、お客様。」
店内での戯言を聞きつけたリーナちゃんが慌ててパタパタ入ってくる。お盆にお冷を載せたまま、狐の獣人さんを席に案内する。
「お食事ですか? 宿泊ですか? お風呂もございますが。」
「ちょい待ちぃ。」
席について水の入ったカップを持った彼女が、注文を聞こうとしたリーナちゃんを腕を掴む。
「これは水やな? これで金取るんか?」
「はい……?」
リーナちゃんが不思議そうにコテンと首を傾げる。
「水でお金とれるんだ……」
「取らんのか?! ホンマに取らんのか!」
凄い喰いつきようだけど、もしかしたら綺麗な水ってそれだけで貴重?
「というか、なんやこの店は。いきなり水出すんか。って、氷やんか! なんやこの店は! 誰が来る店なんや!」
なるほど、氷はもっと貴重ですか。
(そうだねー 氷なんか雪山から取ってくるか、魔法で作るしかないからね。)
「とりあえず、今いるお客さんはあなただけですな。」
「……そやな。」
ツッコミが入って落ち着いたのか、ストンと椅子に座りなおす。狐の尻尾の処理がどうなってるのかちょっと気になったが。
改めて氷水が入った木のカップを持ち上げて、臭いを嗅いだり、揺らしてカラカラ音を立てたりしてる。で、意を決したように水を飲んだ。
「うまい! なんちゅう美味しい水や……」
そりゃ汚染もされてない水を、わざわざ浄水器を通して硬度を調整し、キンキンに冷やしているのだ。不味いわけがない。
「お、お代わりもろてもいいんか?」
「はい、お待ちください。」
カップを手に厨房に戻り、また水を入れて帰ってくる。
「……早いな。」
「どうぞ。あと食事は何か取られますか?」
「そうやなぁ…… なんかおススメあるかいな?」
「試作品のメニューがございまして、それでもよろしければ。」
「ええでええで。それ頼みますわ。」
水のおかげか機嫌がよくなった狐の獣人さんがそうたのむと、はい、とリーナちゃんが厨房に戻ろうとして、あたしたちのそばまで来る。
「ラシェルさんも博士もお昼はそれでよろしいですか?」
「オッケー。」
「ん。」
「はい、かしこまりました。」
いつの間にかにそんな時間になってたようだ。また午前中を無駄に過ごしてしまったような気がする。
耳を澄ますと、厨房の方からリーナちゃんの料理を見学しているらしいアイラの声と、何かを焼いている音が僅かに聞こえる。
ん~ 肉の匂いかな?
ここが山の中のせいか、魚介類がまずない。リーナちゃんの腕で飽きが来ないように頑張ってはくれてるが、どうしても肉が多くなってしまう。特に冷凍倉庫に眠っている巨大牛の肉が全然減らない。野菜が普通に手に入るので、まだマシではあるが。ダラダラまではしてないが、積極的に身体を動かしてないからちょっと心配になってしまう。
「なんや…… この店はウチをどれだけ驚かせれば気が済むんや。」
狐の獣人さんが尻尾をそわそわさせて、リーナちゃんの料理の完成を待っている。水だけでアレだけ騒いだんだ。料理まで食べたらどうなってしまうのやら。
厨房からの物音が否が応でも期待感を高めてくる。
「お待たせいたしました。」
ワゴンが厨房の奥から現れると、ピンと狐の耳が立ち上がった。
さぁ、リーナちゃんの料理に驚くがいいわ。ふはははははっ! って、なんかジェルみたいで自己嫌悪かも。
新キャラの気配がする……!
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