野暮用2
視点;三人称
遠くからある建物を監視していた人影。
建物から物音が聞こえなくなってからも少し待ってから、ゆっくりと動き出す。
周囲の気配を察しながら、少しでも身を隠せる影を見つけたら入り込むように移動する。星明り程度しかない夜とはいえ、念には念を入れて油断はしない。
目的の建物にたどり着いても、壁にしばらく張り付き、一呼吸。
誰もいない。
魔素の乱れもないので、魔法的な方法での監視も存在しない。
それ以前に自分の隠形の技術に自信があった。この夜の闇の中で見られる可能性はほぼゼロだ。ただ、その「ほぼ」を完全にするために、自らの気配を殺す。
(つまらない仕事だ。)
与えられた任務は、ある宿屋への火付けであった。失敗しても構わない、といういたくプライドを傷つけられる内容ではあった。
それならそこら辺のチンピラや三下にやらせればいいのだろうが、荒事くらいしかできないそういう輩は別の「仕事」に行ったらしい。
じゃあ断れば良かったのかも知れないが、飽くまでも組織の一員である以上、妥協や我慢も多かれ少なかれ必要である。
(ならばさっさと片付けるべきか。)
粘度が高く、一度着いたらなかなか離れない特殊な油をかけて、着火の魔道具で火をつければそれで終わりだ。多少の水をかけたくらいでは火が消えない油なので、魔法でもなければ消火は難しいだろう。
住人もちゃんと逃げ出せば死ぬことはないだろうが、家とともに財産を焼失してしまえば、生きていくのは相当厳しくなる。
そんなことは知ったことではない。
ここの建物の住人が、自分たちの依頼人のどんな恨みを買ったかなんて知らないし、知りたくもない。失敗してもいい、なんて条件があるところを見ると、逆恨みの嫌がらせの可能性が高い。
思考は短時間で、周囲の空気に動きはない。これ以上無駄に時間をかけても何一つ良いことはない。さぁ、始めよう、と思った。
「夜も遅いので、お帰りになりません?」
振り向くよりも先に、声の主から距離を離すために飛び退った。
「悪趣味とは言われますが、人が驚くのを見るのはやはり面白いですな。」
そこにはいないはずの人――しかも白い服を着ている――にどうして気づかなかったのか、全く分からない。
「今日は日が悪いような気がします。向こうに行った人たちは今頃酷い目に遭っているでしょうし。」
(!)
この目の前の男はなんだ? 何故「向こう」のことまで知ってる? とても荒事に慣れていない風貌に見えるが、突破できそうなイメージが全くわかないのが恐ろしい。
「お伝えしたいことは三つ。手を引いてほしいこと。依頼者には上手い事ハッタリきかせて、手出しする気をなくして欲しいこと。」
指を一本二本と立てる。
「そして最後は、下手な考えを起こしてほしくないこと。
……とても個人的な理由ですが、女性とはあまり事を構えたくないのですよ。」
(!)
三本目の指を立てた男に「彼女」は声を出さないようにするのに大変な努力を要した。覆面で顔を隠しているし、身体もスレンダーといえば聞こえがいいが、凹凸に乏しい方だとしてもラインが出づらい服を着ているので、外見で見破られるのも難しいはずだ。
「この仕事が面白くない、と感じてるようでしたら、転職するいい機会ですよ。
……たぶん、あなたの組織は遠からず無くなります。」
目の前の男は恐ろしい敵だ。手の内が全く読めない。しかも、言葉に全く嘘が感じられない。
まずこの時点で「火付け」の仕事はできないと判断。次に目の前の男を排除すべきか否か。
それ以前に可能かどうか。
(…………)
ここは撤退すべきだ。
この男に害意があるとすれば、すでに自分はどうにかなっているはずだ。となると、この男の言葉を信じてみた方が建設的なような気がする。
そう判断した「彼女」は背中を見せて逃げ出した。
「賢明な方で良かった。」
そう呟いた白衣の男――ジェラードはやれやれと肩を竦めた後、夜の町に消えていった。
ちょっと中途半端になりかけたので、今回はちょっと短いです。




