試作
だらしなく口から垂れた煙から発せられる臭いが窓を開けていない車内に充満する。そして、この咥えたばかりの吸い殻を火も消さない内から既に一杯になったポケットに押し付けて、前方に目を向ける。この前、八十近い婆さんにテナント募集の店をプレゼントしてやってから二ヶ月しか経ってないというのに、またこうやって次の客に手を出そうとしているのだから俺も癖が悪い。
着信メロディーが鳴って震える携帯を尻のポケットから抜き出す。画面には見知った名称が映っていた。
「朝も連絡したけどさぁ、待ち時間やっぱ要らないみたいだわ。『オーダー』帰って来てっからさ」
電話口から不躾に自己紹介もせず用件だけ言って来るのが、自称店長を名乗るこの男の特徴だ。だから、俺も用件だけ聞くと直ぐに切るのが普通になっていた。
平原の広がるこの一本道をずっと行った先に『ONE COIN』という違法の店がある。勿論許可も取っていないので駐車場はなく、いつも店先に車を止める。交通量は少なく、滅多に他に通る車も無ければ、店の客を見掛けたこともない。俺としては、何とも閑散とした雰囲気を好んで通っているわけだ。
しかし、所々厄介なのがこの店だ。三段の階段を踏み、カビは生えるし錆び付いて動きの鈍いドアノブに手を掛け、手持ちバッグを脇に挟み、立て付けの悪いドアを全力で押し出すと、漸く店内に入れたと一息吐く。そこに、その先のカウンターテーブルに肘を付き、下瞼を垂れてほくそ笑んでいる自称店長が、更に憎たらしく手を振って出迎えているのだ。
「電話、切っただろう」
「オーダー」
「レシート」
意味もなく兆発してくるような口調の店長の姿勢で忘れていた。これが素だというのだから、癪に障る。言われるがまま、バッグからクシャクシャになったレシートを取り出して皺を伸ばしてから、招いているその掌に寄越してやると、自称店長はじっくりと眺める。
「良いね。じゃあ、注意事項だけ」
「もう四回目だぞ」
「前任からの義務だからさ、聞いてったげてよ。一つ、リファンド(払い戻し)は出来ない。『オーダー』は全自己責任でお願いします。二つ、見捨て行為も禁止。『オーダー』に住所はない。引き渡された瞬間から『リード』に住所が移行する。つまり、見捨てると『オーダー』が店に帰って来る場合がある。これは一つ目に該当するから」
どうやら、レシートに規約が書かれていようが何回システムを愛用しようが、これだけは変わらないらしい。その内、呪文を聞いている気分になり兼ねないので、近くの丸椅子にどっかりと腰掛けて足を組んだ。
「三つ、借金はしないように。これは二つ目に該当するからねぇ。四つ目は『オーダー』との結婚・養子禁止。あくまでも『オーダー』の自立が目的だ。体目当てや『リード』のヒモ目的が垣間見えた時点でアウトだから気を付けてください。五つ目、システム利用時は月に一回、必ず店長に現状報告を入れること。六つ目ぇ……えっとぉ、あ、最後だね。規約に反することがある場合、今後一切において、システムを利用出来なくなるんでご了承ください。以上っ……って寝るな‼」
案の定、店長の柄に合わず単調に流されるフレーズが脳内を巡って知らぬ間に闇の中だったらしい。店長の怒鳴り声に近いノリツッコミで目が覚めて、俯きがちな角度から睨み付けた。
「っせぇな」
店長も機嫌悪くレシートを丸めてテーブル下の引き出しにしまった。