▼霧(きり)
▼霧
●概要
いつのころからか、世界へ、滲み出すように進出を始めていた〝現象〟。
過去、数え切れない町村や国家がこの現象によって歴史から存在を消失させたと思われている。しかし、それがどれだけの規模であったのかは、いまだ把握されていない。
見た目が〝霧〟としか言いようがないことからこのような呼称が定着したが、実際は気象現象の霧とはまったくの別物である。
現在のところこの現象に対する根源的な解消策は発見されておらず、物理的な手段による除去も不可能である。唯一、対症処置法として〝綴導術〟によるエンハンス・フォーマライズ(EF)ロジックが有効であるとされており、このことが、世界各国が綴導術師を手厚く寓する理由のひとつとなっている。
●〝霧〟がもたらす影響
〝霧〟という現象がもたらす影響(結果)とは、『存在の消滅』である。
〝霧〟の発生する立地や環境などの条件の解明はほとんど進んでいない状態であるが、もしも村や町などに発生した場合、まず人間や家畜などの動物が消失することになる。
次に草木などの植物(特に草花などの質量の小さいものから)。次に建物や岩や山などが消失し、最後には色、光、重力、方向、時間、空間など――世界を構成する要素『すべて』が、ひとつ余さず消失するものと考えられている。その際は〝霧〟もいっしょになくなると考えられている。なのでかつてそこに〝霧〟と〝霧〟に呑まれた地があったのかどうかさえも、分からないことになる。
消失の順番は〝存在の強度〟が重要であるとされており、この基準如何によっては実際に訪れる消失の順番もセオリーとは異なってくる。以上の理由から存在情報が劣化したり特殊な変成を遂げて残った草木や物品が、綴導術にとっての特別な素材となり得る事例も数多い。
〝それ〟が〝そこ〟に〝あった〟というすべての情報が根源から消失してしまうために、『完全に消滅』してしまった存在は、たとえ国家であろうとも歴史丸ごとが人々の認識そのものから失われてしまうとの説が有力である。
また、後述する理由から、国家規模ほどの歴史に関わる情報は厳密にたどり尽くせばまた別の古代文明や民族につながることが多く、もしも丸ごとひとつの国の情報が『完全に消滅』したと考えた場合、関連してどれほど多くの歴史・世界情報が失われてしまっているのかは計り知れない。だとすれば、失われた歴史の完全な補完は実質上不可能である。
ただし綴導術の観点では<アーキ・スフィア>上において情報クラスターとして個別に扱われるべき情報〝系〟という範囲の概念が存在するため、たとえすべてが最終的に〝情報のひも〟によってつながっていたとしても、それらすべてがひとつながりとして消失させられることもないと考えられている。その範囲や条件というものの定義づけは非常に有機的かつ困難なものであるが、少しずつの解明が進んでいる。
●〝霧〟からの情報の回収と保全活動
しかしながらこの〝存在の情報〟には上記の通り人間の認識といったいわゆる〝外部情報〟も含まれているので、たとえば〝霧〟に飲み込まれて滅んだ国家があったとしても、その国のことを覚えている人間や、記録や伝承などが外部に残っている間は、情報の取得が可能である。
ただし存在の主体が消えてしまえば周辺情報の消失も早いので、放っておけば、たとえ外部に保存された記録や記憶であろうとも消失してしまうことが証明されている。
また、記録の意図的な保護・保全活動によって〝歴史〟の完全な消失を防ぐことも可能である。
ここで言う〝歴史〟というのは教養・学術的意味合いにおける歴史のことではない。
この実領域における時間線上においてそれが存在したという、言わば『存在そのもの』『存在の枠』自体のことであり、〝霧〟による最終的な『完全消滅』は、この〝歴史〟の消滅をも意味する。ゆえに、<アーキ・スフィア>(世界)そのものの消失・縮小と完全に同義である。
ひとつの国家Aがその所在した土地ごと完全な消滅を遂げた場合、たとえば国家Aが世界に残していた外部情報(すなわち、外部に対する大小問わないさまざまな影響や関係)は文書などにとどまらない。相互影響的にもたらされた文化変遷や、国家B、C、D、などと外交をしていた事実などがあった場合、この、周囲の国々にとってのあらゆる『国家A』の存在は〝空白〟として扱われる。その場合、歴史としての整合性も失ってしまうため、周辺の国家や地域の存在強度もあるていど弱められてしまうものと思われている。
たとえば文化風習的に残された影響の場合、それがすでにその国(地域・民族)固有のものと言えるほどに変質や定着を遂げていたならば、影響を受けた文化自体は消えることはないが、どのようにしてたどっても、影響を与える元となった国家Aの存在にたどり着くことはできない。遡りきったある地点で、突然に現れたように映ることになる(あるいはそういった知的違和感に気づくことすらないほどに変質の過程が緩やかであった場合は、気づくこと自体が不可能である)。
このようにある調査の過程やきっかけにおいて、その源泉をどうしてもたどりきれない、どのように考えても発生の順序や整合性を学術的に見出しがたい事物を〝ロスト・パーツ(存在できない出土品/Lost・OOPARTS)〟、〝存在のミッシング・リンク〟などと呼ぶ。人間がサルから進化した特定の段階を発見できない、本来の〝ミッシング・リンク〟がこの〝存在のミッシング・リンク〟によるもの、つまり同義であるのかについては分かっていない。もしもそうだとしても、上記の理由から解明は不可能である。
この変質を遂げているか遂げていないかが『〝情報のひも(外部情報)〟であるかどうか』ということになるが、この線引きは難しく、同時に、完全な定義は最終的には不可能であるとされている。それを知覚するための知性もまた突き詰めるところまで突き詰めればカオスにほかならないからである。
逆に歴史や記憶を含めた〝存在情報〟が少しでも残っている間は、〝霧〟に対してある特殊な綴導術を用いて干渉することで、かつて存在していた情報の限定的〝投影〟が可能であり、〝投影〟を行なった土地から情報を持ち帰ることも不可能ではない。情報とは綴導術概念においては物質とも等価であるので、いくつもの条件は重なるが、そこから物品を持ち帰ることも可能である。
残された記憶をたぐり〝失われた土地〟から絶滅種となった動植物やさらなる歴史の詳細を持ち帰ることで歴史や環境の保全活動を行なうこともできるため、綴導術師が行なう重要な世界保全活動として、綴導術内部では一大学問が成立している。
このように〝失われた歴史〟へとつながる物品、あるいはそこから持ち帰られた物品を〝アーティファクト=フラグメ〟と呼び、後者は特に高値で取引される。
●情報消失の過程と情報保全の有用性(フィルディマイリーズ消失保全文書)
〝霧〟に呑まれた土地や文明が滅んだ際、次には周辺情報の消失が起こるが、それがたとえば文書などの媒体であった場合は、まず人間の認識する意味情報である〝文字〟から消失することが分かっている。
有名なエピソードとして、聖暦410年に保存された〝フィルディマイリーズ文書〟がある。
聖暦410年に『古ルエノク文明』の伝承をたどりにフィールドワークにおもむいた綴導術師のラディア・ファン・フィルディーマイリーズが、長年の研究の末にその末裔である可能性を発見したある村にて、村長のトトルマ・イエルディガス氏宅の歴史書や古い伝承を保管した書庫に入り、三日目の夜に発見した。
それは表紙によれば十何代目かの写本であり、当時の村長の二代から三代前の継承者による写しであった(トトルマ氏の記憶がこの時点でかなりの劣化をしていたと思われるので、具体的な版数は不明である)。
内部のページの文字情報は、ページそのものの汚れや経年劣化はそのままであるというのに、まるでインクだけがきれいに剥がれてどこかに捨て去られてしまったかのように消えうせてしまっていた。
この写本を不自然に思ったラディア氏が実物とともにトトルマ氏へ地道な聞き取りを始めた結果、一ヵ月後にトトルマ氏の〝思い出し〟を得られ、この写本が彼女の求めていた『古ルエノク文明』へとつながる情報を記録した写本であった事実が判明した。
ラディア氏はただちにこの写本の内部の状態を写真機に収め、その本来の来歴や材質の組成、彼女がこの写本に出会った経緯と目的、村長から聞き取った執筆者と村長の関係や家系図まで、考えつく限りのあらゆる情報をまとめて、この『消えかけた』写本の情報保存を試みた。
結果として、そのままでは人知れず書庫と人々の記憶からも消失していただろうと思われるこの写本は持ち帰られることになった。この写本と、彼女が写本の状態を記録した数十枚のレポートを合わせてフィルディマイリーズ消失保全文書と呼ぶ。
〝霧〟による情報消失のプロセスと、情報保全の有用性を示す貴重なサンプルとして、ディングレイズ国立第10歴宝博物館にて現在までも保存されている。
また、周辺情報が死滅する前であれば、人間の記憶などであった場合、周辺情報があるていどまでは修復される可能性までもが示唆された、貴重な一例である。
ただし彼女が残したレポートのどの部分までが写本の存在保持に有用であったのかという点についてはいまだに議論が続いている。
というのも、写本の存在主体である古ルエノク文明の記憶保持者がラディア氏とトトルマ氏のどちらであったのかという点があいまいなためである。
ラディア氏本人が古エルノク文明情報の追跡者であったことから、彼女自身の研究の記憶が写本の存在をつなぎ止めていた可能性も高いし、代々の記録継承者であったのはトトルマ氏の方であるので、写本も含む『書庫』管理者としての彼の記憶の中に『写本の、さらにその周辺情報』が混じっていたという可能性も否定はできない。実際にそうであると捉えられる聴取内容は多々存在するが、そのうちのいくつまでが写本をつなぎ止めていた〝情報のひも〟であるのかの判別が難しいためである。
また認識として個々人がその存在主体へと向ける意識の強度も重要なファクターであると考えられる。実際にラディア氏は自身の研究項目のひとつであったために当該の文明の名と存在を強く覚えていたが、代々の習慣から事務的に書庫を管理していただけのトトルマ氏は、かろうじて写本の存在を覚えていたていどで、内容の大部分は自然に忘却していたものと思われる。
とはいえこのできごとが消失のプロセスのひとつを明確に示唆したことは間違いがなく、当時の聴取や調査過程の内容は、現在も綴導術師たちの間で情報保全の定義を進めるためにいくどとなく話題に挙げられる事例のひとつとなっている。




