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姉という生き物

 星歌に荷物持ちをさせられ、その足で連れて行かれたのはメインストリートに面した広場だった。普段は【萍水】の市民が様々な催し物に利用している憩いの場だ。龍司自身も学校の体育祭でこの場所を訪れた事があった。


 今、その広場には舞台が設営されていた。祭りの時にだけ使う組み立て式の舞台だが、しっかりと威容のある姿だ。緑の布地が壇上に敷かれ、膝丈程度の高さしかない朱い欄干が舞台の四辺を囲っている。


「あ、星歌ちゃんだー!」


 露店の出ている通りを抜けてから、広場を横切って舞台を目指していると広場の管理棟から一人の女性が出てきた。星歌と揃いの浴衣の上から例の羽織を着ている様子から、星歌の姉であると分かる。女性はこちらに手を振ると、浴衣にも関わらず小走りで駆けてくる。


「伊月姉さん、差し入れ持ってきたよー!」


 星歌も姉に向かって小走りをするので、龍司は両手の食べ物を極力揺らさないように後を付いていく。手ぶらの人間のフットワークは軽い。


「おー、流石は星歌ちゃん、気が利くねー。それで、この人はどなたかなー?」

「どうも、土赤龍司と申します」

「どもどもー、星歌ちゃんの姉の伊月です。荷物持ちさせてごめんね、でもどうせだし部屋まで持ってきちゃってもらおうかなー」


 伊月はそう言うと、星歌を挟んで龍司の反対側に並ぶ。


「綾日姉さんは調子いい感じ?」

「祭りに体調を合わせてるしバッチリ。綾日ちゃんは今ね、最終調整やってるとこー」

「バテないようにちゃんと流してるかなぁ」

「真面目だからねー。星歌ちゃんは流しすぎだから本番ちゃんとしてよー?」

「明後日は本気出すし」


 伊月が龍司を先導して管理棟に入ると、中からは乾いた拍子に乗った笛の音が聞こえた。西洋の管楽器で言うとフルートのような音色だ。龍司が耳をすませていると、伊月が得意げに答える。


「これは龍笛だね。曲の入りでソロがあるから龍司君も聞き覚えあるんじゃない?」

「なんか、お正月みたいな感じですね」

「うん、だいたい合ってるかなー」


 履き物を脱いだ伊月と星歌は、龍笛の音が聞こえてくる廊下へと消えていく。星歌の付き合いで来た自分が立ち入っていいものかと逡巡したが、龍司は靴を脱いで上がり込む事にする。伊月だって部屋まで持ってくるように言ったのだ、構わないだろう。


「お邪魔します……」


 伊月と星歌の後を追って部屋に入る。篳篥(ひちりき)(りゅう)(てき)(しょう)の三管を持った少女達が目に入ってくるが、それ以上に龍司の目を引いたのは(しゃく)拍子(びょうし)を持って調子を取っている少女だ。鵤家の家紋を羽織に負った少女、彼女が星歌の二人の姉のもう片方、綾日なのだろう。


 両手に提げたビニール袋を、中身がぐちゃぐちゃにならないよう近くの座卓に置くと、くしゃりと僅かに擦過音が鳴った。


「…………」


 今まで調子を取っていた少女が龍司の方へと顔を向ける。咎めるわけでもなく、怪訝そうな顔で龍司の足元から頭の天辺まで舐めまわすように見る。龍笛を吹いていた少女はどうしたものか分からないようで、龍司と鵤家の少女を交互に見遣る。


 どうやら雑音を立てる事は法度のようで、星歌は首を横に振っていた。どうしろと。


(あや)()ちゃん、星歌とお友達が差し入れを持ってきてくれたから、お腹に入れよー?」


 伊月が鵤家の次女である綾日に柔らかい口調で話す。龍司が今し方置いた袋の中から鯛焼きの紙袋を取り出すと、そのまま綾日に押し付けるように渡した。


「ああ、この人が星歌の。へえ、ほお、なるほどねえ」


 綾日は受け取りながら、改めて龍司の全身を見る。さきほどは不審者を見るような感じだったが、今度はじっとりと粘つくような視線を向ける。目を細めて、まるで何かを見定めるかのようだ。


 がさごそと鯛焼きを取り出し、頭の部分を銜えると綾日は鼻で笑った。


「綾日姉さん、礼儀って知ってる?」

「もちろん。これも私なりの礼儀って事でひとつ」


 綾日は悪びれた様子もなく、龍笛を持っていた少女に袋を渡す。確か、あの中には鯛焼きが五つあったはずだ。全て星歌の好みであるクリーム入りである。露店で売っていた鯛焼きのあんこが粒だったのが駄目とのこと。


「龍司君も何か食べていきなよー」

「俺はこの後見回りがあるんで。気になさらず食べてください」

「それならよけいに食べた方がいいよー。龍司君、ほら、串焼きとかどう?」


 伊月は串焼きの入ったパックを龍司の前に突きだすと、何度もちょいちょいと動かし受け取るように催促する。姉という人種には逆らえないらしいのを、龍司は悲しく思いながらも受け取る。


「では頂きます……」


 流石に受け取ったものを返すわけにはいかないので、龍司は串焼きの中でも安かった鳥皮を取って食べる。特に何の変哲もない鳥皮だ。甘いタレが絡まって普通においしい。


 スタミナをつけるように、と渡されたが流石に牛に手を出すわけにはいかないだろう。他の串には手を付けずに座卓にパックを置く。


「あ、それ全部あげるよー」

「でも差し入れですので、どうぞ食べてください」

「人の親切は素直に受け入れるもんだよ?」


 それなら差し入れを素直に受け取ってくれ、と心中で思う。星歌に援護を頼もうとちらりと見遣るも、持ってきた杏飴を食べるのに執心のようで期待できそうになかった。そうだよな、お前が食べたい奴を中心に選んだもんな。そりゃあ夢中で食べるに決まってるよな。


「俺にはお構いなく……。星歌、俺は行くから」


 龍司にとって、ここは敵地だった。綾日の様子もそうだし、伊月の節介も気になる。これはよくない流れだ。間違いなくこの後は遠慮なく弄られる。龍姫やその友人を相手にしているからこそ、この後の事が予想できた。――そして予想出来たならば逃げればいい。


 龍司はすぐに踵を返して廊下へと、玄関へとそそくさと逃げる。相手に失礼かもしれない、などとは微塵も思わない。相手は食べ物で場に縛り付けようとしたのだ。


「龍司くーん、ゆっくりしていってもいいんだよー? お茶もあるしー」


 座って靴を履いているところで、伊月が玄関にやってきた。他意もないのだろう、妹の男友達が来たからもてなすだけ。こっちが深く考えすぎなのかもしれない、それでも。


「いえ、団欒の場に見知らぬ人間がいてもなんですから」


 そう言って、立ち上がろうとした。


龍姫(たっつん)の弟君とお話したかったのになー」

「……俺の姉さんとお知り合いで?」

「同級生でねー。クラスは一緒になった事ないけど、クラス委員にしょっちゅう指名される仲間だったの。ほら、私は鵤家だし龍姫(たっつん)はしっかりしてるしー」


 龍司の伊月への反抗心は一瞬で折れた。龍姫の知り合いに失礼をして、それが龍姫の耳に入ろうものなら間違いなく躾をされる。具体的に言うと、蟲使いとしての練習メニューに改良を加えられ、対人関係の持論をたっぷりと聞かされるのだ。肉体と精神の両方を同時に責めてくるあの手腕は身内に発揮していいものではない。


 ――姉の知り合いなら仕方がない――そう自分に言い聞かせながら言葉を返す。


「あの、その話を聞きたいなー、なんて……」

「えっ、見回りに行かなくていいのー?」

「はい、まだ交代までは時間があるので」


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