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適当にうたうし適当にきく

 翌日の昼下がり、龍司は持参したスティックパンで胃袋を満たしながら星歌の詩を聴いていた。星歌は彼の前で詩の記された紙切れを睨んでは天井を向き、一行ずつ暗誦していく。彼女の詩はあまり技巧に優れたものではなかった。抑揚や調子といった表現はなく、淡々と(そら)んじるだけ。龍司にしてみれば、そもそも詩なんてものに興味がないのだから、欠伸が出るのも仕方のないことだ。


「ねえ、今のちゃんと聴いてた?」

「おう、なんつうか……詩って面白味のねえもんなんだな」

「でしょ? あたしも巫女じゃなかったらこんな古臭いのなんか詠まないし」

「なあ、本当にそんなのでいいのか? 特訓って言ったらもっと気合を入れて――」


 そう、特訓は龍姫がやるように厳しく辛いものじゃないのか。姉を不意に思い出してしまい、龍司は言葉に詰まった。俺もだいぶ龍姫に染められてしまっている。


「気合入れて詠んだりなんかしたら、【萍水】が反応しちゃうでしょうが」

「場が整ってなけりゃ呪文も聖書の一節もただの音だろ」

「私が本気でこの詩を詠むだけで場は整うのよ。それこそ舞台装置なんて人間の為よ」


 星歌は馬鹿を見るような目を龍司に向けると、暗誦する特訓とやらに戻る。龍司は自分がこの特訓の場にいる意義に疑問を持つが、昨日の反省から星歌に意見するのをやめた。


 ――よく考えるんだ龍司。お前がクソ姉以外の女子とこうして一対一でまともに話せる事があったか? 内面こそいけ好かないが、見てくれは随分といいじゃないか。顔立ちは幼くて守備範囲外だが、ロングの黒髪を一本結びって訳で論外。身体つきなんか上も下も起伏なんかなくて、すごいフラットで均整が取れてるから性的意識は皆無で見ていられる。声も俺好みの甘い感じじゃなくて、すごくよく通る声だ。それこそ本人が特訓場所に困るぐらいに。


「…………はぁ、帰りたい」

「土に?」

「還らねえよ。何が悲しくて【萍水】から落ちなきゃいけないんだ」


 本人に悪いところはないが、少なくとも彼の守備範囲ではなかった。せめて、全身を巡る血を一〇〇パーセント西欧産にしてから出直してもらいたいところだ。


 龍司は六本のスティックパンを食べ切り、水分を奪われた口を瓶詰の炭酸飲料で癒す。程よい刺激が喉へ抜けていくのが爽快だ。これでしっかり冷えていたら文句の付けどころがなかった。彼はガラクタの山の一つに空になった瓶を転がし、床に寝転がる。食欲が満たされると、眠気が襲ってくるのが自然であり、龍司も星歌の詩を聞きながら転寝に入った。


 彼女が何度も何度も暗誦を繰り返すのを適当に聞き流していると、いつの間にか星歌の声が止んでいた。星歌の事が気になって辺りを見回してみると、欄干の根本に寄り掛かってだれている彼女がいた。横になっていた龍司と視線が合うなり、星歌は人を見下すような表情を作る。


「何もしない人は眠れていいですねえ。あたしもう飽きてきた」

「人を付き合わせておいて、よくも……」

「よし、帰ろう」

「まだ三十分も経ってないのにか?」

「え? あたしの特訓にそんなに付き合いたいの? 気持ちは嬉しいけど、あたしも暇じゃないし」

「俺も暇じゃねえよ……」


 緩くない龍姫との特訓をわざわざ脱け出して来てるんだよ、俺の社会的名誉の為に。そのせいで龍姫の担当している分の家事も押し付けられているというのに、この鵤家の巫女様ときたら。


 愚痴が喉元まで来たが、飲み込む。


「じゃあまた明日ね。来なかったらある事ない事を(でっ)ち上げるんでよろしく」

「お前がそこまで心の曲がった奴じゃないと信じてるよ」

「うん、ちゃんと言った事は守るから安心してね」




 二週間。それは龍姫の担当していた家事を、龍司が引き受けることが当たり前になるのに十分な期間だった。結果として、彼は掃除から炊事、洗濯まで全般をやることになり、龍姫からの蟲使いとしての指導と土赤家の家事で一日が終わるようになっていた。龍司が星歌に愚痴を零すと、それを「主夫みたい」と星歌は評した。


「あー、めんどくせえ。何処の家でも姉ってのは弟に全部やらせるもんなのか?」


 せめて給料が出ればなぁ、と誰でも考えるような事が頭を過ぎる。よりよく生きるために必要なこととは言え、面倒には変わりない。


 龍司は土赤家の中庭で洗濯物を干していた。航空都市は基本的に雲を避けて航行するために快晴だ。太陽に薄く暈がかかることもあるが、【萍水】の上空に雲が厚く立ち込めていることはない。雨という天気はもはや希少な現象だった。龍司は籠に入っていた洗濯物を干すと、伸びをしてから平屋に戻っていく。既に姉は蟲小屋で龍司を待っているだろう。姉を待たせては機嫌を損ねるだけだ。恐怖心から龍司は心なしか駆け足になっていた。




「なあ、明日から三日間の祭りなわけだけどお前はこんなところにいてもいいのか。打ち合わせだとか、そういったのがあるんじゃねえの?」


 龍司は日常の一部になっている特訓の付き合いが終わるのを少し残念に思いながら、詩を諳んじる星歌に訊く。星歌の言う特訓に付き合っている内に、龍司は彼女の事を憎からず思うようになっていた。変化は龍司だけではなく星歌にもあり、当初のつんけんとした雰囲気が抜けて柔らかい態度を取るようになった。


 星歌は既にカンニングペーパーなど無くても容易に歌いきる程度に詩を覚えていた。やる気を見せないのは変わらないが、彼女の方で詩に対する理解が出てきたのか、龍司は星歌の詩に聞き惚れるようになっていた。


「大丈夫、あたしが歌うのは三日目だし。『織田が()き、羽柴がこねし天下餅、座して食うは徳川家康』っていうじゃない? 徳川なのよ、あたしは」

「いやいや、何も本当に座ってるだけで天下を取ったわけじゃないだろ」

「ん? あたしもこうやって詩の特訓をしてたし何の問題もないでしょ?」


 星歌は、龍司が何を不安に思っているのか慮る様子すら見せない。龍司が祭事に関して無知だから杞憂しているだけなのか。


「あんたさ、あたしが鵤の人間だってことを忘れてない? お祭りなんて毎年の事だし、あたしには姉さんがいるんだから色々と知識はあるのよ」

「そうだな、色々と知識はあるだろうな」


 龍司はそう言って自分の秘密基地跡に視線を向けた。彼の秘蔵のコレクションは既に引っ越しを終えている。男の秘密基地は様々な場所に支所がある。今は星歌が持ってきたクーラーボックスがあるだけだ。中には軽食やら清涼飲料水が申し訳程度に入っている。


「ねえ、やっぱり土に還る?」

「還らねえよ。そんなにからかうのは名前に『(せき)(りゅう)』って入ってるからか? そうなのか?」

「いや、別に。そういうの関係なくヘンタイは土に還れ、って思ってるし」


 やはり性的な話は厳禁らしい。龍司は星歌との距離が縮まっていると思っていたが、流石に節操のない言動や行動は慎むべきと悟る。礼儀を欠いては相手もいい気がしない。


「まあ、とりあえずあたしはお祭りに関しては何も心配いらないわけ」


 星歌はいつものように自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。彼女がネガティブな表情を浮かべる事はない。心配なんて言葉は知っているだけで経験したことが無いだろう。


「ところであんた、お祭りを誰かと回ったりするの?」

「ああ、俺は蟲使いだから祭りの間はお仕事さ。人が集まればそれだけケガレも、な」


 龍司は溜め息を吐く。龍姫に叱られないように、三日間はずっと気を張らなくてはいけないのだ。誰よりも姉は厳しい。


「へぇ、蟲使いねぇ。じゃあ暇な時間とかないの? ずっと動いてるわけでもないでしょ?」

「暇があったら見回りしなきゃならないんだよなぁ……」


 休憩はしっかりと予定に組んであるのだが、だからと言って本当に休んでいたら未熟な龍司は龍姫に叱咤されてしまう。厳格な姉を疎ましく思うのだが、これも家柄である。龍司は、「巫女」でありながら自由に見える星歌を一瞥して自嘲的な笑みをこぼした。


「見回りしながらだったら、お祭り回ってもいいんじゃないの?」

「いや、真面目にやらねえと」

「あれ、あんたってそんな堅物だっけ」


 龍司は師であり姉である龍姫のことを口にしようと思ったが、姉に扱き使われているという情けない家庭事情が喉元から上に出る事はなかった。星歌にこの事を話せば調子づくに決まっている。


「……俺が硬派なの、知らなかったのか?」


 結果として龍司は(おど)けるしかなかった。別に真面目なわけでも堅物なわけでも、ましてや硬派なわけでもない。


「ま、あんたの事情はどうでもいいや。お祭りであんたを見かけたら付いていくから」

「付いて来られても構ってやれないし、もしもの時に困るんだが……」

「どうとでも言いなよ。嫌なら明日から背中に気を付けることね」


 ストーカー宣言をした巫女は龍司を置いて最下層から去って行った。鬱陶しい。そう思いながらも、悪くないとも龍司は思った。


「どうせ駄目だろうけど、龍姫に話しておくか」




「――いいよ、別に。仕事さえしっかりやってくれれば」

「え、本当に?」


 龍司の話は簡単に師に通った。蟲小屋で蟲たちに給餌をしていた手を止め、姉の顔色を窺ってしまう。蟲の一匹が長い図体に備えた幾対もの脚を龍司に絡め、次の餌を催促する。


「手、止まってんだけど。食われるぞ」

「あ、すいません」


 蟲たちは一種ずつ、形態によってケージや檻の中に入れられている。蟲使いが扱うのはあくまで「蟲」であって、昆虫というではない。蟲は鱗を備えたもの、羽を備えたもの、甲殻を備えたもの、毛を備えたもの、と様々だ。ただ、彼らの扱う蟲には共通した事がある。いずれも生命力に満ち溢れているのだ。


 蟲によるケガレの浄化とは、簡単に言ってしまえば生命力に溢れた蟲にケガレを取り込ませて分解をするというだけの事だ。無論、その一つ一つの段階には知識や技術、そして資質が要求されるので簡単な事ではない。


 龍司はゴキブリをケージに放り投げてやる。蟲は後方に投げられたゴキブリが着地して動くと同時に跳びかかって固め、噛み付いて神経毒を注入する。あっという間にゴキブリは抵抗しなくなり、蟲はゆっくりと食事を始めた。


「地下にいる奴等にはもう食わせたから、後はやっといて」

「はい、わかりました」

「あとそこの奴が弱ってきてるから、他の奴に適当に食わせといて」


 大きいケージの置かれている一角に、四肢を備えた毛むくじゃらで胴長の蟲がうずくまっていた。龍姫が言うような衰えは感じさせないが、龍司にもその蟲が最盛期を過ぎているのが分かった。他の蟲のケージと一緒にすればすぐさま食われてしまうだろう。


 龍司は小屋の中を見回して、毛蟲を食わせるのに相応しい蟲を考える。体格も考慮すると、挙げられる候補はだいぶ絞られていた。


「じゃあ適当に食べさせておきます」


 龍姫は「あいよー」という気のない返答を龍司にすると、小屋から出ていった。本当に、祭りで星歌と見回りをしてもいいのか。再度、確認をしたくなるぐらいに円滑に話が進んだ。


 果たしてどんな露店を回ろうか。荷物が増えるような出店は駄目だな。いや、星歌が行きたいのなら、付き合うぐらいはしよう。どうせ、食い物の出店ぐらいしか興味はないのだ。


「とりあえず、明日の話が通った事だし……やるか」


 龍司の視線の先には金の玖番とネームプレートの掛かったケージ。普段、給餌の時にはケージを引っかいたりしてアピールする蟲が、今は雰囲気から窮地を察したのか丸まった体勢を崩さない。毛を逆立ててこちらを威嚇すらしている。


「おとなしく食われてくれよ」


 龍司は弱ってきていると判断された蟲が入っているケージの前に座り込むと、残酷でいて悲しそうに微笑んだ。蟲達への情はあるが、これもまた蟲使いの仕事なのだ。


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