病気の進行
義兄の部屋が酷いことになっていた。
最初は強盗でも入ったのかと思ったらしいのだが、
違和感を覚えた旭人はデジタルビデオカメラを設置していたらしい。
そのことに彩愛は深く感心をした。
できる義兄は、そういうところにも気が回るらしい――と。
彩愛もその映像を確認した。
――それはまさに衝撃映像。
CGのように本が乱舞する映像がカメラで再生されている。
旭人はポルターガイストと言っていたが、彩愛にしてみればそんなことはどうでもよかった。
――ただ……怖い。
自分の常識の範疇を超えることが、こうして起こっている。
そのことだけが怖くてたまらなかった。
――どうして義兄は平然としていられるのだろう。
自分なら怖くて泣いてしまうだろう。
現に同じ家で起こったというだけで、少し心細い。
ここにこうして家族がそばに居なければ、わめき、家を飛び出していたであろう。
そんな彩愛を尻目に、
これは利用できる――そう考えた旭人と雅人は、動画投稿をしようと二人で盛り上がっていた。
それを見た亜美は二人に説教をした。
「あなたたち! 彩愛が怖がっているのよ!
もう少し考えたらどうなの!!」
「はっ! 彩愛、ごめん。ちょっと舞い上がってしまったよ」
「すまなかったな、彩愛」
「謝ればいいというものはないのよ?
罰として、動画の投稿でしたか? それは禁止にします。いいですね?」
亜美の心遣いは嬉しかったものの、旭人の懐を考えると少し申し訳ない気持ちになった。
「あ、あの、別にそこまでしなくても……」
「いいのよ、彩愛。悪いのは空気も読めない男どもなんですから。
反省は必要です。甘やかせればつけあがるだけ。彩愛もよく覚えておきなさい」
結局、彩愛が怖がる原因となった映像は封印処置をとることになってしまった。
それによってその動画を投稿する――という二人の野望は潰えることになったのだ。
動画の賞金を当てにしていた旭人は、それができないとなり新しいアルバイトを探してきた。
それによって彩愛は、さらに旭人と一緒に居る時間がなくなる。それを当然彩愛は抗議をした。
その結果――
「――――もう仕方ないわね。貴方が面倒を見るのよ?
帰りとか遅くなるのだし、いい? わかった?」
「ああ、それは任せて」
――と、同じ職場で働く……許しを貰うことができた。
確かに、まだ採用されると決まったわけではない。
しかし、義兄が保証してくれた。だから何も心配していない。
「彩愛なら、間違いなく採用されるよ」
その一言は彩愛に自信と活力を与える。
――私は、義兄ちゃんに期待されている。
すでに彩愛は採用されるつもりになってしまっていた。
そして彩愛の面接当日、また義兄に変化が生じた。
――急激な成長。
日を追うごとに身長が伸び、顔も歳相応な容姿へと――そして何よりも、身に纏っている雰囲気が全く違う。
彩愛はその姿を見て、思わず硬直してしまった。
見惚れてしまった。
――それは一目惚れ。
恋した相手に再び恋に堕とされる。
その感情は、彩愛に――もはや義兄というしがらみなど、どうでもよくさせた。
もう押さえきれないのだ。
それに抵抗することなく、思いのまま行動する。
「義兄ちゃんっ!」
声を上げて彩愛は旭人に抱きつく。
「彩愛……どうした?」
彩愛を抱き留め、旭人は静かに尋ねる。
「身体……大丈夫?」
「ん? あぁ、変化しちゃったのか……。
気付かなかったな――なんか服が小さくなった気がしたけど。
そういうことだったんだな」
「それで大丈夫?」
「ああ、問題ない。
心配してくれたんだな彩愛。ありがとう」
旭人は優しく声をかけ、彩愛の頭をなでる。
彩愛はそれを素直に受け入れ、気持ちよさそうにそれを堪能する。ドキドキが止まらない。
以前は頭一つ分しか違わなかった身長が少し高くなり、頼もしさを彩愛に感じさせた。
そしてアルバイトの面接は、問題なく受かった。
そのまま義兄の補助の元、何不自由なく、そして問題も起こらず仕事を終えることができた。
「それじゃ来週からよろしくね」
そう声を掛ける仕事先の店長。
しかしその目線が少しいやらしく感じる。
彩愛はそれを我慢しつつ、しっかりと答えた。
下手に訴えたら、義兄と一緒に働けなくなる――その気持ちで気持ち悪さを被い被せた。
「はい、お願いします」
「彩愛、遅くなる前に帰るぞ。
それじゃ店長、お先失礼します」
「ああ、お疲れ様。
気を付けて帰ってくれ」
こうして彩愛の初めてのアルバイトは終わった。
そしてその日から数日間、旭人は成長を続けている。
――――ドキドキが止まらないよぉ。
その成長は日々旭人を格好よくさせていく。
それが原因か、家の電話が鳴り響くことになっている。
トゥルルルルルル トゥルルルルルル
ガチャッ……ピッ
「もしもし――」
「もしもし久坂さんのお宅でしょうか?」
「はいそうです」
彩愛は受話器を持ち、マニュアル通りの返答をする。
若い――同年代の女性の声。この時点で用件は予想できた。
――――敵だ!
「旭人くん――いますか?」
「いません」
「じゃあいついますか?」
丁寧な言葉遣いが崩れてきたのがわかる。
おそらく、両親ではなかったためだろう。舐められている。そんな気分にさせられた。
「彩愛何の電話だ?」
後ろから義兄の声が聞こえる。
彩愛は受話器を押さえ、こわばっていた顔を緩ませ、振り向き旭人の顔をしっかり見ながら答える。
義兄にこんな顔はみせられない。その一言が全てだった。
「なんか勧誘の電話みたい。
もうすぐ切るから、気にしないで大丈夫だよ」
「そうか……食事できたみたいだから、早く、な」
「はぁ~い」
旭人の対応を終え、彩愛は受話器に向かって話し出す。
「お待たせしました。
たぶん電話がかかってくるといなくなると思います。
食事の時間みたいですので、これで失礼しますね」
「ちょっと、ま・・」
ピッ……ガチャッ
近頃このような電話がひっきりなしにかかってきて、彩愛は困っている。
時間が取られることも問題だが、なによりも……
――敵に情けは無用。
まさにその一言につきる。
電話の主たちは、義兄を虎視眈々と狙う毒婦たち。
旭人は携帯電話を所持していない。
そのため連絡票を頼りに、こうして家の電話へと掛けてくる。
他人の迷惑も気にもしないのだ。
そんな輩に容赦する謂われはない。
近頃ますます美しくなった義兄に吸い寄せられるが如く、
虫が集まってきているのがわかる。
あれだけの美貌。無理はないことだった。
背が伸びれば、制服も合わなくなる。
亜美と急ぎズボンの裾をほどいたのはそれほど前のことではない。
当然他の服も合わなくなっている。
それを理由に旭人と買い物デートにいったのは、
彩愛にとって良い思い出である。
――古着。
ただでさえ出費がかさんでいる現状では、他に選択の余地はなかった。
父の雅人の服を借り――背が伸び着られるようになった――て、着られなくなった服を詰め込み、古着屋へと持ち込んだ。
それの売却資金と合わせた金額で、彩愛は旭人をコーディネートした。旭人はなんでも似合う。
むしろ、服が旭人によって引き立てられている様子さえあった。
旭人もそんな彩愛のチョイスに満更でもない表情をしていた。
――やっぱり……格好いいな。
それを見て彩愛は、そう思ってしまう。
誰が見てもそう答えるだろう。
いや、格好いいというよりも、むしろ美しいと表現するものもいるだろう。
生きた芸術ともいっていい美が、確かにそこにはあったのだから。
義兄の疑似ファッションショーは至福の刻であった。
この古着屋にはレディースがないためそうでもないが、
同じようにカップルで来ている女性は、視線を旭人へと飛ばしていた。
片割れがそれを見て、面白くなさそうにしている。
――義兄ちゃんと比べるのは無理というものだよ。
これがレディースもあるところだとしたら、大変なことになっていただろう。
マナーも守らない盗撮に、逆ナンパ。
空気も読めないやつらがわんさかできてたことだろう。
それを考えても、古着屋でよかったと彩愛は思う。
精算の時、店員に値引きするのでモデルになってくれないか――という提案もされたが、論外である。
義兄のモデル料はそれほど安い訳がない。
釣り合う要求をするべきだと彩愛は思う。
旭人もそう思ったのか、それを拒絶したのだった。
この日も当然毒婦たちの魔の手が義兄に迫ってきた。
それを彩愛は当然打ち払う。
しかしこの日を境に、それがなくなることになる。




