理想論と暴論
「お前ら何をしている!?」
突然やってきた招かざる客――教師。
その教師はジャージ姿でいかにも体育教師といった服装をしている。
微妙によれたジャージは愛用していることの証だろう。
しかし汚れた様子のないことから、普段着のようにも思える。
授業で生徒と一緒に運動しないにも関わらず、
何故体育教師はジャージなのだろうかと……。
この場において関係のないことを旭人は『一つの意識』で考える。
ようするに暇だったのだ。
仮に教師が来たところで、手間が省けただけのこと。
「何……って。いきなり殴り掛かってきから、避けたんですよ。
随分勢いよく殴ってきたみたいで……そのまま壁に衝突ってところですね。
正直どうしていいか、迷っていたんで先生が来てくれて助かりました」
「避けて……壁を殴る? いったいどういう状況だ……」
「え~っとですね……。
佐久間くんが昔のことで悪口を言ってきたので、
軽~く言い返したら、なんか激高しちゃって」
「……激高するほど酷いことを言ったのか?」
「う~ん、どちらかといえば、こっちが怒りたいですよ。
豚だのゴミだの言われたんですよ?
人間じゃないんですよ? 先生、どうですか?」
「それは……そうなんだが……それにしたってなぁ」
治療する様子も、保健室に運ぶ様子も見受けられない。
けが人の心配をせずに、元凶を探る辺りが……実にゲスい。
いかにも喧嘩を仲裁しにきましたという体裁だ。
確かに喧嘩の最中ならば、この教師ならば止められるだろう。
しかし、事後となっては――……もはや来た意味はない。
そんな無力な教師に、ふと八つ当たりをしたくなってしまう。
そもそもこちらは一切手をだしていないのに、
過剰な防衛と断じられたようで気分が悪くなってしまったからだ。
「先生知ってますか?」
「いきなり何だ?」
「佐久間くんは俺を虐めてた内の一人なんですよ?」
「何ィ!?」
「まぁ、今となっては昔のことです。
……まあそれはいいとしておきましょう」
「いいってお前なぁ……。
養護教員の芦田先生が来るまでどうすることも出来ないから、ちょっと説明しろ」
教師の言葉など聞く気はない。旭人は無視して話を続ける。
「ある人はいいます。虐められるのはその子に原因があると。
ある人はいいます。虐められたら抵抗をしなさいと。
ある人はいいます。助けを呼びなさいと」
「久坂……お前、何を言っている?」
「ある人はいいます。知りませんでしたと。
そしてある人が最期にいいます。生きることに疲れたと。
さて、先生……どこが正せばいいのでしょうか?」
「何の話をしているんだ?」
「先生いいから答えてくださいよ。一応関係のあることなんですから」
「――わかった。後でちゃんと話して貰うからな。
答えは簡単だ。全て間違っている。虐めはあってはいけないことだ!」
模範解答にして偽善、そして理想論。
まさに教師といったところだろう。他に答えようがないともいえる。
しかし――
「ハズレですよ、先生。
答えは、そのどれもでもない。つまり正す必要がないんですよ。
そもそも前提からして違うんですから。
ようは虐めっ子がいなくなればいいんですよ。
虐める人がいなくなれば虐めなんて起きませんからね……。
敢えて正解を言うなら――『問題を正さないといけない』ですか?
どうですか? 間違ってますか?」
旭人の言った事、教師の言った事、ともに虐めが存在しないことという答えではある。
しかし、教師の理想論とは違い、旭人のそれは――
排除する可能性も示唆されている。
虐めはよくないと、虐める者を更生させることも排除といえるだろう。
しかし、その可能性は限りなく低い。
一方、虐める者を排除、つまりいなくしてしまえばいいとも捉えられる。
転校、自宅謹慎、そして収容所。
一般的にとらえるならこちらであろう。
しかし究極的には……殺してしまえばいい――とも捉えられる発言。
旭人の狂気を垣間見たような気がした教師は、
ブルリと……思わず震えてしまう。
「お、おい……久坂、お前……そりゃどういう意味だ?」
「どういう意味もなにも……。
どんなにきれい事を言っても、見せしめって重要じゃありません?
教師だって、体罰とか怒鳴ったりするでしょ?
周りはそれをみて、同じになりたくないって思うでしょ?
それで従順になる。死刑制度だってそうです。
――自分はそうなりたくない。これが全てなんです。
どんなにきれい事を言っても結局なくならないのは、そういうことなんですよ」
「そ、それは……暴論だ!
悲しいぞ。そんな考えを持つなんて。今からそんなんでどうする!?
折角、学校にも来られるようになったというのに!」
どうやら教師は、旭人が社会復帰のために学校に来たと思っているようだ。
確かに普通、不登校児が復学したならば、そのように考えてしまうのも無理はない。
勇気を出して復学、やがて周囲に溶け込む。そして文武両道になる。
まるで教師にとって都合の良いサクセスストーリーを絵に描いた展開。
この体育教師もそんな夢みたいなことを妄想していたのだろう。
流石に、誰もがそう思うだろうなと旭人は笑う。
それにこの教師は、熱血教師モノにも憧れをもっているようだ。そこも面白い。実に滑稽だ。
「何がおかしい! 今真面目な話をしているんだぞ!?」
「いえ、別に高校なんて……。
親に言われたから復学したに過ぎませんよ。
だって……無駄な時間ですから――
それに先生がおかしくて笑ったんじゃありませんよ。
ただ、教師の言うことって代わり映えしないなぁって思っただけです」
旭人のその言いぐさに、体育教師は呆れて言葉も出ない。
使い古された言葉とは、珠玉であり格言でもある。
それだけ深い意味を持った言葉なのである。
それを代わり映えしないと笑う。
教師は今のうちに何とかしなければならないと、熱く心をもえたぎらせる。
「くさ・・」
旭人に声を掛けて過ちを正そうとした、そんなときだった。
慌ただしい足音とともに養護教員の芦田がやってきたのだ。
「ハァハァ・・どういう状況ですか!」
タイミングを逃したと、体育教師はため息をつき、
そして芦田にケガの状況を説明する。
旭人はそれを見るなり、
「そろそろ授業が始まる時間みたいなんで、俺行きますね」
と言い放ち、教師が止める間もなく、
旭人は颯爽とこの場を立ち去った。
その様子に、体育教師は見送るしかなかった。
しかし――いずれは考えを改めさせないといけないと、考えながら。




