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飯を食え





 親睦会はファミレス――正式名称ファミリーレストラン――で行われた。

 いや、正しくは一次会と言ったところだろうか。

 腹を膨らませた後は、二次会、三次会……と続きそうだ、と旭人あきとは彼らの会話の中から推測した。

 アルコールが入らない事以外は、社会人のそれと大差の無いように見えた。


 昼時には少し早いためか、旭人たちは固まって座る事が出来ていた。

 そして彼らは思い思いに席に着き、ウェイターおよびウェイトレスに注文している。

 協調性がないとはこの事か。

 テーブルごとにまとめて注文する気配すら見受けられず、ただ自己主張をするばかり。


 ふぅ、短期でもファミレスのバイトはしなくて正解だな……。

 旭人は想像するだけでストレスがまりそうだと感じていた。

 しかし近くのウェイトレスを見ると、嫌な顔一つせず職務に努めているのがうかがえた。

 プロ……だな。いやバイトにプロもないけどな……。

 ただ生き様がプロフェッショナルだと旭人は感心した。

 真似まねをしたいとは思わなかったけれど……。


 そしてドリンクバーを挙げる声が多いだろうか。

 そのことからここに少なからず居座る事が想像出来た。

 そんなとき――。


「あ、わたし、ハンバーグステーキセット1つ。単品でサイコロステーキ、おろしチキンステーキ、あとマルゲリータとアラビアータ。で、食後にパンナコッタをお願いします」


 な、なん……だと……。

 おいおい、そんなに食べられるのかよ。見かけによらず……女って食うんだな……。


「あ、あと小皿3つお願いします」


 小皿? ああ、そうか……そうだよな。

 一人で食うのかと思ってびびったぜ……、そりゃそうだよな……。

 旭人は、自分ならおそらく食べられる、という発想からそのような考えには至らなかった。

 誰かと分け合う事もしたことがない、だから考えつかない。

 という理由もあった。


 また、ある事を思い出す。

 女という生き物はいろんな物を少しずつ食べたがるものだ、と。

 それは目移りしやすいという事だ。

 けれど、それは……男にもある性質だ。

 恋人や妻とは違う女にうつつを抜かすなど良く聞く話。

 だから浮気性は男女関係なく存在していることになる。

 つまり人間という生き物は、欲深い生き物なのだ。

 旭人は改めてそれを実感した。

 彼の――アレクサンドルの嘆きももっともだ、と共感した。


 まあ、何せよ、俺には関係ない話だな。

 さてと、俺の番か。

 多少の時間はあるみたいだし、ここは好きな物を食べる事にするか。

 そう思った旭人はメニューから吟味した物を注文する。


「フッ……」


 旭人は笑みを浮かべ、そして告げた。


「イチゴサンデーを一つ――」




「いやぁ~、それにしても傑作だったな」

「あぁ、あれはウケた」

『うんうん』


 先に食べ終えた者は今さっきの事を話題にしていた。

 まだ食べ終えていない者もその会話に参加したそうだったが、そろそろ食事も冷め切ってしまう事もあり、そうなる前にと、口に運ぶことを優先したようだった。

 何が面白いのか旭人には分からなかったが、どうやら自分のした事が彼らのツボに入った事だけは理解出来た。

 そんな彼らが話し合っているのは、先ほどの旭人の注文と、それを受けたウェイターとのやり取りだった。


「いやぁ、マジ狙ってるとしか思えなかったよな」

「あぁ、思わず店員が『他のご注文は?』と聞き返すくらいだからな」

「それより、あの外見でってことが重要だろ?

 いかにも・・・・にも過ぎてギャグか本気か判断つかねーよ」


 パクッ。

 旭人は食している物を堪能しながらそれを聞く。


「でもよぉ、まさかなぁー」

「あぁ、まさか……だよな」

「ありねぇつーか、今見てても胸焼けするっていうか」


 どうやら男子には、旭人が頼んでいる物はお気に召さないらしい。

 美味うまいのに……。

 この楽しみが分からないとは可哀想かわいそうやつだ、と旭人は彼らを哀れんだ。


可愛かわいくていいじゃないっ!」

『そうよ、そうよっ!』


 対する女子は旭人に肯定的だ、可愛いのは正義だと。

 かといってその理由が少し頂けないが……。

 

「いや、悪いとは言ってねーだろ。ただ俺らからしたら無理つーだけで」


 ……どうやらここのグループも女子のパワーに負けそうだな……。

 旭人は誰がなんと言ったかをしっかりと聞き止め、認識していた。

 だから様々な席で、女性と仲を縮めたい! 付き合いたい! と欲望むき出しにしていた者が窮地に追いやられているのも把握していた。


 それにしても美味いな……。

 旭人はそんな彼らを尻目にパフェに舌鼓を打っていた。

 ――これで5つ目である。


 イチゴサンデー、

 チョコバナナパフェ、

 チョコレートサンデー、

 スリーベリーパフェ――ストロベリー・クランベリー・ラズベリー――と続き、

 そして締めの抹茶パフェ、そのどれもがファミレススイーツとは思えないほどの出来映えだった。

 いや、逆だろうか。

 ファミレスゆえにスイーツにも気合いを入れてるのかもしれない。

 そんなことも旭人は考えていた。

 そしてこれこそが彼らの話題そのものだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 旭人とその店員の出会いは運命などではなく、必然だった。

 それはそうだろう、店員と客との間柄なのだ。

 店に足を運んだ旭人と出会うのは当然の事と言えた。


 そんな会合を果たした店員は、ランチタイムにもかかわらず、デザートしか頼まない旭人に首をかしげていた。

 ここが違うファーストフードならば『○○はどうですか?』などと勧めていただろうが、このファミレスにおいてはその様なマニュアルは存在していない。

 だからそんなんで足りるのか? と思いつつも、「以上でお決まりですね?」と言葉を残しその場を立ち去った。

 ここだけが自分の担当ではなく、さらに客が入り始めていることから旭人ばかりにかまけてはいられなかった。

 随分と子供っぽい高校生だなという印象はあったももの、その時はただ、あまりお金を持ってきていないのかな? 程度にしか思わなかった。


 しかしそれは違っていた。

 お金を持ってないというのは間違いだった。

 チャイムで呼ばれ向かってみると、予想に反して、旭人が追加でデザートを所望してきたのだ。

 この時は忙しい時間帯になっていた事もあり、何かおかしいなと思いつつも、注文された通りチョコバナナパフェを作り配膳するにとどめた。

 けれどこの後も続いた。

 忙しいというのにかかわらず、何度も、何度も呼び出された。

 一度に頼めと言いたい!


 2つ目のデザート――。

 それだけなら物足りなかっただけと言える。

 ただ、節約するために一品で抑えようとしつつも、どうしても我慢出来なかった。

 ああ、いいだろう、それは結構だ。


 3つ目のデザート――。

 よほど好きなんだな……。

 これでセットメニューを頼む程度には店に貢献してくれた、大いに結構だ。

 けど、さっき一緒に頼めよ。俺は忙しいんだよ!


 4つ目のデザート――。

 ……おいおい、まじかよ……。

 デザートって言葉、知ってるか? 食事の最後に食べるのがデザートって言うんだぜ?

 


 そして5つ目――。

 いい加減にしろっ! そんなに腹が減ってるなら、飯を食えっ!!


 叫びたかった、説教したかった……。

 けれど俺は店員、そして奴は客。

 どんなに嫌な客でも、クレーマーでさえにこやかに、そして真摯に接しなければならないのだ。

 だから笑顔で「はい、少々お待ちください……」と対応する他にはなかった。



 ――と考えているのが手に取るように分かってしまった。

 その店員があまりにも思った事を表情に出すため、旭人は忠告してやろうかとすら思ってしまった。

 本来旭人はそのような事きにする性質たちではない。

 けれど、それを見て笑いを堪えてるクラスメイトたちを見ると、何時いつにない親切心が沸いてしまったのである。

 そんな旭人であったが、結局それを言う事はなかった。

 理由はただ一つ、余計なお世話だと思ったからだ。


 そして先ほど店員が奥に引っ込む――おそらく休憩だろう――のを確認すると一人が噴き出した。

 それが呼び水になったのか、ニヤニヤとした笑いが、やがて爆笑へと変わってしまった。

 中には口に入れている物を吹き出してしまう者もいた。

 そんな事をすれば当然、目の前にいた者にそれが掛かってしまう。

 被害を受けた男は「うぉ! おい、汚ねぇーよっ!!」と声を上げ、当事者を批難する。


 うん、確かに汚いな。

 出来れば近づかないで欲しい。

 何にしても席が離れていて良かったと旭人は「ふー」と息を一つ。

 そんな旭人をよそに、あわれな男は周囲の者に「仕方ないだろ」「許してやれよ」などと諭されていた。

 それで許せたら謝罪なんて言葉はいらないよな?

 結局加害者は彼に一品おごる事で話はまとまった。


 そして今の会話に至る。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「『フッ……イチゴサンデー一つ』」

「似てねーよ」


 先ほど喧嘩けんかになりかけてたのに仲の良い事だな……。

 旭人は冷めた目で彼らを眺める。

 旭人の真似をしているらしい被害者に、笑いながらツッコミを入れる加害者。

 これが逆の立場なら「反省しろよ!」と総ツッコミを受けていた事だろう。


 それにしても――。

 ……意外とネタを引っ張っているな。

 よほどツボにまったのか?


 話題のない者やトークに自信のない者が他人のネタを使うと旭人は知っていた。

 きっと彼は普段からオリジナルティがなく、話すことは他人の事ばかりなのだろう。

 それはつまらない男の証明。

 ――と本に書いてあった。


 特に相沢さん――と呼ばれるクラスメイトに向かって過剰にアピールをしていた。いや、今もしている。

 彼女は今日は集まった中でも一番容姿が整っており、クラス全体に視野を広げても1,2を争っていた。

 そんな彼女を狙っている者は、彼の他にも数多くいる。

 この場においては一番人気と言っていいだろう。

 最初からから諦めて、違う女子に狙いを定める者もそれなりにはいるようだったが……。


 しかし、実際に相沢さんと呼ばれる女子は、彼のことを気に掛けている様子はない。

 むしろ話を聞き流しているように見える。

 相手にされていないと分からないのだろうか?

 自分の事を語らない男に誰が興味を抱くというのだ。

 旭人はその男を可哀想に思い始めた。


 旭人は抹茶パフェを堪能しつつ、それらの様子を観察し続けている。

 今もなお食べ続けているのは旭人だけ。

 うん、美味いな……。

 おかわりが欲しいところだったが、状況的にそれはやってはいけないような気がする。

 本当はここまで食べるつもりはなかった。

 けどなぁ……会話に混ざれないと、居心地が悪いんだよな……。

 そう、旭人は対話から逃げるために食べ続けただけだったのだ。


 そして旭人が食べ終わるのを待っていたのか、完食を見届けると場所を移す事になった。

 さあ、次は何処どこに行く? と盛り上がり始めたところで旭人は一人抜ける事にする。 


「ごめん、胃がもたれたから、今日は帰ることにする」


 と、口にした瞬間、周囲は笑いに包まれた。

 もちろん、これは狙ってやったことだ。

 胃などもたれてはいないし、笑いを取れば大概のことは許される、と先ほど学び理解したからだ。

 そしてそれは狙い通りとなり、旭人は一人、皆に別れを告げて帰宅する事を許された。




 それからというもの、旭人はその路線で上手うまく周囲に溶け込むことに成功してた。

 会話に慣れた事もある。

 彼らの会話から参考にし、真似をするように社交性を手に入れていった。

 つまらない男? 笑いたければ笑え!

 そんな精神で旭人は立ち向かい、かつてはいじめられていた存在と周囲に認識させることはなかった。


 もちろん、それとなくそのことに気付いた者もいる。

 だが、彼らは女子に嫌われることを恐れ、それを言うことはしなかった。

 旭人の女子からの人気は留まるところを知らず、反感を買うと理解していたからだ。

 可愛く、そしてお茶目ちゃめ

 同年代ながらも、年下のように感じさせ、まるで可愛い弟のような扱いをされていた。

 中には本気で狙っている者もいたが、それは母性本能が強すぎる人に限られた。


 これは全て旭人の計算通りであり、えてそのように振るまっていた。

 『ビラ配り』から自分の容姿が使えると理解してた。

 だから自分の知る小説やドラマなどから参考にして、そのようなキャラを作りだし、そして演じた。

 これらはその結果だったと言える。



 しかし、気付いた者は何も男子ばかりではない。

 強引だった少女――加藤もその内の一人。

 旭人が虐められていたことを初めから知っていたのだ。

 それゆえやり過ぎだと思いつつも、クラスになじむ様にと強引に誘った……だけの事だった。


 何もこれは善意からではない。

 彼女は推薦入試を考えていたので、内申点のアップのため教師受けが良くなるようにと、そう振る舞っていただけに過ぎない。


 結果それは成功したと言えるだろう。

 旭人はうっとうしくも感じつつも、彼女を邪険には扱わなかったし、教師もその行動を見て、ああ、アイツは頼りになるな、と思わせたのだから……。



 そしてそのまま一月が経過する。







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