ポイントの考察
これは少し前のこと――父親の雅人が帰ってきたときのことだった。
旭人は他の二人の経験からして一悶着を予想していたのだが、それはいい意味で裏切られた。
それは何のことはない、亜美が旭人の買い物に行った時を見計らって雅人に電話を入れていただけに過ぎない。
けれど、それを当然知らない旭人はただ目を丸くするばかり。
事情を知っている雅人は旭人を見るなり、ここまで変わる物なのか、と驚きはしたものの、社会人として鍛えられているため、それを顔に出す様なことはなかった。
そして「そうか、おかえり旭人」と旭人の生還を何気ない言葉で迎えたのだ。
そして現在、布団の中で旭人は――。
父親のあの反応は今もなお、正直理解が出来ない。
あの時、恐る恐る父親の表情を窺ったが、自分の行動をどのように思っているのかは読み取れなかった。
ただ少なくとも『帰ってきて欲しくはない』という感情だけはないように思え、一安心すると共に嬉しくなった。
一部、というか妹が少し可笑しい反応を見せていたが、それでも家族全員、概ね今の自分を受け入れてくれる実感が湧いた。
それにしても――。
和気藹々(わきあいあい)とした食事なんて中学以来だっただなぁ。
……ん? 中学時代と同じ? 俺は何を考えている!
段々と眠くなってきた事に起因するのか、回顧するなどという軟弱な思想が浮かび上がっている。
新たな自分には昔など必要としない、邪魔なだけだ。
確かに、かつての団欒……いや、それよりも良い生活は居心地のいいものだ。
だが、それではいけない!
自分の目的は進化、先を征く者なのだから……。
旭人はこう思っている。
今は歩み続けているから目的を持っていられる。
だが一度でも日和り、よそ見をした場合、自分はきっと立ち止まり、二度と目指すことはできない……と。
ならば――と、これからのことについて考えた。
[頭]を強化し続けるのは依然として変わらない。
しかし、効率を考えたら他に何かあるのではないだろうか。
効率とひとえに言っても、手段が1つとは限らない。
そんな中、誰もが頷いてくれるであろう最適な答えが1つだけあった。
それは――ポイントだ。
これを増やすのは『自己成長アプリケーション』所有者の悲願であろう。
たとえ俗物であろうとも、それに否を唱える者は一人としていないに違いない。
では、どうやってポイントを増やすかが問題だ。
始まりの地での経験からトレーニングで『+1』、アプリケーション起動時のアバターをどつくことで『+1』、そして生きているだけで『+1』されることが判明している。
実家に戻ったことによって、トレーニングにおけるポイントが消失することは予想済みであるが、その解決策は未だ見出せてはいない。
ポイント:3以上の取得が可能かどうかはわからないが、少なくともトレーニング分の代替は何か見つけなくてはいけない。
理想はそれ以上の取得だ。
――明日からは忙しくなるな。
そんな野心にも似た何かを胸に抱きながら、微睡みに身を委ねて旭人は眠りについた。
それから数日後。
計画と言うには杜撰ではあったが、未だ解決策は見つからず既に予定が狂い始めている。
旭人の思惑では喪失分の代替を見つけ、更なるポイントの上昇に向けて動き出している頃であった。
しかし現実は無情であった、楽観視し過ぎていた、と旭人も冷静に認めなければならなかった。
だからこそ、今までとは違った方面から模索、打開するために、前日買ってきた新しい服を身に纏い、早速行動に移そうとしていた。
試着で袖を通してはいたが、やはりいい物だ、と旭人は思う。
昨日は妹の玩具にされてしまったが、その甲斐もあってか、なかなかにセンスの良い服を選べたと感じていた。
自分一人で行ったならば、こうはいかなかっただろう。
そう思うとセンスのある妹に少し嫉妬を覚えたが、経験値が足りないだけだ、傾向が読めれば何となく自分でもチョイス出来る、と自分を慰めた。
もっとも、独自のファッション――着崩しなど――は自分には無理だと早々に諦めたのだが。
さて、何をするか……。
行動するにしても指針を決めなければならない。
むやみに行動していた結果が前日までの結果だ。
それならば以前島で行ったように、消去法で以て、何が駄目だったのかを判明させることが大事だろう。
帰宅初日は……確かポイントは『2』だったな。
これは期待通りだったと言える。
何かをするという時間もなく、船上と同じようにアバターを殴りつけるしか変わった事などしていなかったのだから。
だが問題は昨日のことだ。
色々とメモを取って、何をするか一日中考えていたが、結局何も思いつかなかった。
だから、やはりポイントが2つだろう、と考えていたのだが……『1』しか取得していなかったのだ。
もちろんアバターを毎日ぼろぼろになるまで殴り続けている。
しかしその結果がポイント:1という状況だ。
認めたくはないが、それを冷静に受け止めなければならない。
その時『経験値』という言葉が頭に浮かびあがった。
それにより考えられることが2つ。
・一昨日までで、その動作で得られるポイントがなくなった
・一昨日もその動作でポイントは得られなかったが、別のことでポイントを手に入れた
と、まぁ、このくらいのことだろうか。
少なくとも今の自分には他には思い浮かばないので、ひとまずはこれを念頭に置いておけばいい。
違ったらまた別の方法を模索すればいいのだ、と旭人は考えた。
もちろん船旅をすることは不可能だ。
不可能ではあるが船旅は6日あった。
そしてそれは常に2ポイントであり、帰宅初日もそうだった、ということが肝心だ。
ならば今回試すことでポイントが増えなければ、船旅こそポイントがあがる要因だったことになる。
そして旭人は古書店とスーパーの試食に向かった。
――ポイントは『2』であった。
やはり『経験値』という概念が組み込まれているのだろう。
それも行動ごとの『経験値』制限があるに違いない。
それを幸いと感じるか、理不尽と感じるかはともかくとして、間違いなく旭人の障害として立ち塞がったのは間違いない。
アレクサンドルの目的からして、それを意図してやったとは思えないが……。
どちらにせよ、アバターをどうこうしても貰えるポイントは無くなってしまったのは確かだ。
船旅の頃からそうだったかは不明だが、原因が解明できたことには違いない。
それに同じ2ポイントなのだから問題は無い。
試食で増えた……ということは考えられない。
そんなことであがるならば苦労はしない、あり得ないだろう。
だから読書こそ、増えた理由であろうと旭人は思っていた。
――知識の収集。
その行動が『経験値』として蓄えられたことで、ポイントが増えたのではないかと推測している。
またその時、旭人は自分の能力が上がっていることを実感した。
今までは漠然として考えが纏まらなかった事も、結びつき、形にする事が出来るようになっている。
暗記の精度にしてもそうだ。
間違いなく、前日より、その前日よりも、自分は賢くなっている。
――[頭]の数値の上昇。
日々強化を続けることによって、旭人の思考力は格段と向上していた。
それが進化に向かっているかは定かではないが、[頭]の強化は間違っていないと確信させられた。
色々な経験こそポイントの増える道。
そう確信した旭人は『経験値』の少ない、または皆無の行動を思い浮かべる。
まずは身近な物から……と言うことで家事という行動に。
そして早速行動に移した訳だが――。
母親を見ていると簡単に思えたが、それはやってみると、とても大変な物であった。
掃除や洗濯は『掃除機』と『洗濯機』を使うだけなので――以前も使ったことはあるので――問題はないと思っていた。
もちろんそれは素人考えで、プロからしたらNGであったが。
それゆえに頻繁に駄目出しをされ、注意を受けてしまう。
その甲斐もあってと言うか、旭人はアドバイスをあっという間に血肉とし、師匠と遜色のないレベルへと達していた。
しかし、料理は未知の経験だった。
情けないことに手も足も出ず「一人では無理」と、早速、音を上げてしまう。
掃除や洗濯は口だけ出していればよかったのだが、料理となるとそうもいかない。
邪魔だと分かりつつも、母親に手取り足取りで教えて貰いながらも辿々しい手で、手伝っていく。
息子の好意を嬉しく感じたのか、嫌な顔一つ見せなかった。
けれど、それはそう長いことではなかった。
料理は包丁の持ち方や扱い方を学ぶと、少しずつ様になっていき、やがては手になじむ様子さえ感じられた。
味付けはもっと簡単だった。
一度教えられれば忘れないのだから、当然とも言えるだろう。
端から見れば『才能がある』と感じられるのだろうか、しきりに料理人になってはどうか、と母親に勧められた。
そんな気はない旭人はにべもなく否定し、母親に残念そうな表情をさせてしまったが、これで母の手を煩わせることはないだろうと感じていた――。
が、甘かった。
腰に来たのだ、考えが甘かったと言わざるを得ない。
脱力したことで感じてしまった筋肉疲労は、おそらくではあるが、次の日も母親の助けが必要だと旭人の性能を増した脳が告げていた。
それはさておき、[頭]極振りの欠点が見えてきた。
覚えの速さは[頭]由来によるものだが、筋肉痛は[体]か[腕]が低すぎる事で起こるのだろう。
それとは関係ないが標準値程度のステータスではこの先、出来ない事に直面し、効率的にポイントを稼げないかもしれない。
旭人は悩んだ。
悩みに悩んだ。
そして――、ある程度[体]を上げることに決める。
その夜に得たポイントは『2』であった。
やはり家事は『経験値』が溜まるらしい。
読書をしていないから、この数値なのも頷ける。
端数はなんとなく気に食わないので、玉を1つ使う事で[頭]>30 にする事は既に決めている。
本当ならば『50』まで上げたい所であったが、筋肉痛など行動に制限が掛かってしまうのは本意ではない。
このまま『10』までは[体]に振るつもりだ。
だが予定は未定である。
これまで最初に考えたことで、上手くいった試しなど一つもありはしない。
――柔軟な思考で臨機応変に、そしてより効率的に。
それが旭人の考え、進化への道筋だった。
――次の日。
あれほど腰を酷使したにも拘わらず、筋肉痛に襲われることはなかった。
前日怪しい違和感を覚えていたのだが何故だろうか。
[頭]の影響を受けている脳が判断を間違ったのだろうか。
その時そう言えば……とあることを思い出す。
島でトレーニングをしていても筋肉痛に襲われることはなかったな、と。
軽いトレーニングならばそれに煩わされることはないだろうが、標準値の[体]やそれに近い[腕]ではあり得ないことだろう。
つまり脳内翻訳だけではなく、筋肉痛に関しても緩和、もしくは排除されている可能性はある。
これは『自己成長アプリケーション』によって、身体が作り替えられている事に起因するのかもしれない。
――体を鍛えるには超回復を利用することが最適とされている。
もちろんそれは絶対的な真理ではないと旭人は思う。
だが、少なくとも一部の筋肉においてそれは事実だ。
そもそも超回復とは、高負荷をかけ休息とを繰り返す必要がある。
言ってみればその回復期間が無駄だ。
つまりそれは、――『無駄なこと』と、省かれた可能性がある。
常に鍛え、休むことなく成長を続ける、すなわちノンストップ。
――なるほどな……。
自己成長アプリケーション。
その名に相応しい機能だと旭人は実感した。




