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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第弐章
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少女の悪戯 其ノ弐

「しかし明月。うぬはまーだ、儂が信じられないのか? もう儂が此処に住み着いて五年目になると言うに」

「は? 何で?」


 神社内の居間で食後のお茶を呑気に啜りながら、三人は炬燵に入り談笑をしていた(寒さという感覚の無い柚月は、特に暖を取るという意味もなく)。

 神社の、その澄んだ和やかな雰囲気や、一姫の、その飄々とした態度が明月に落ち着きを齎したのだろう。


「だって、一々様子を見に来るではないか」

「あー、それは。一姫に会いてぇからだよ」

「そうやっていつも茶化す。」


 一姫は困ったようにため息をつく。


「儂は此処が気にいっとるんじゃ。少なくとも、明月が此処に戻るまでのことは約束すると言っておろうに」

「しかし、気紛れなお姫様は信用ならんからな」


 いじけてそっぽを向く一姫に、柚月が舌を出した。柚月は此処に来る時、いつも機嫌が悪いのである。


「すまんすまん。信用ならねぇわけじゃねぇんだ。寧ろ、お前にしか任せらんねぇよ」

「それならば、何故……」

「祖父さんの大事にしてた神社だからな。ちゃんと俺も管理しねぇと祟られちまう」


 寂しげな笑顔でそう話す明月に、一姫は難解な問題にぶち当たったような顰めっ面をする。むむむ、と。


「人間の心というのは分からないものじゃ。体も魂もこの世に存在しない者を思い続けるとは」


 妖怪は死んでも、成仏も、まして霊になって彷徨うこともない。死の後に来るのは、消滅。無のみである。

 故に死者が何処かで見ているだとか、死者が浮かばれるだとか。人間の、そんな根拠の無い、悪く言えば自己満足のような感情が、不思議に思えてならないのだ。


「自己満足だって良いんだ。だが―――」


 明月はそう言うと、何の前触れも無く、まるでオブジェのように炬燵の上に飾られていた蜜柑を一つとり、窓を開けて外に向かって投げた。まさに剛速球。否、剛速蜜柑。


「―――ぁいたっ!」

「覗き見は良くねぇな。」


 叫び声の主は、渋々草陰から出てきた。

 人間の、少年。


「おや、お客かの」と、一姫は呑気に笑顔を浮かべた。




◇◇◇◇◇



 人間と霊の境とも言える妖怪。

 彼等は実体を持ちつつも、存在が無い。故に、霊のように実体を極限まで薄めることも可能だ。

 つまり、霊感の全く無い人間にとって、妖怪は実体を現したり消したり出来るということになる。


 一姫は普段、そんな風に姿を隠している。幸運を呼ぶ座敷童である一姫にとって、人前に姿を現すことはあまり芳しくないからだ。(悪戯好きな性格故というのも関係するが。)


 一方人間側で考えると、二種類に分類される。霊感が強く、視える人と、霊感が無く、視えない人だ。

 明月のように視える人からすると、幽霊も妖怪も人間と変わらない姿でそこに存在する。ただ、実体が有る妖怪は触れることが出来て、実体の無い幽霊に触れることは出来ない。そして妖怪が力を弱めて実体を消すと、幽霊と同じく触れられなくなってしまう。

 しかし、遊馬のような視えない人からすると、実体の有る妖怪は見えるが、霊は視えない。そして妖怪が故意に姿を消した時には、視えない人にとっては、幽霊と同じように視えなくなってしまうのだ。


―――故に。

 覗き見していた、猫背で不健康に痩身な少年、日日日 日日(たそがれ たちもり)と巫山戯た名前を名乗る少年に見えたのは、明月が一人で百面相している所であった。


「ごめんなさい……。その、此処から声がするのって珍しいから……ついつい興味で……。ごめんなさい……警察とかほんと勘弁してください……」

「あぁ?」


 日日はまるで危ない人と目を合わせてはいけないと言わんばかりに、長い前髪で顔を隠すように俯きながら怯えたような態度で、もごもごと謝罪を繰り返した。

 明らかに悪意を持ち合わせていなさそうなこの少年の態度から、覗き見していたことを咎めるつもりは無かった明月だが、“一人で喋っていた危ない人”という不名誉なレッテルを貼られたことと、不必要なまでにビクビクしている少年に苛立ちを隠せない様子である。


「おいテメェ、此処に何か用なのか?」

「えっ、えっと……」


 明月が乱暴にそう問いかけると、何を言われるかと、日日は一瞬身を強張らせた。

 その様子に、明月は、ち、っと舌打ちをする。


「俺は……、まぁ、一応此処の神主だ」

「えぇ……っ!? ……あっ、ごめんなさい……っ」


 そうは見えないというように日日が驚くと、柚月と一姫は二人して吹き出した。それに向かい、明月は舌打ちをして睨む。しかし日日にこの二人は見えてない為、自分が怒られているのだと思い、猫背を更に丸めて縮こまった。

 その、どうも噛み合わない会話に明月は更に苛々した様子で、「あー、もーっ」と小さく漏らしながら、自らの黒髪をぐしゃぐしゃと乱暴に掻いた。


「んなちょっとしたことで怒んねぇから」

「ひっ、は、はい。えっと」


 日日は、えっと、ともう一度言う。


「僕、体が弱くてですね。お参りに来てるのと、此処の綺麗な空気吸い込んだら、良くなるかなー、なんて……、それと……」


 そこまで言って、日日は口を噤む。何やらおろおろとしながら黙り込んで、話そうとしない。


「かーっ! うぜぇ! しゃきっと話せ!」

「はいぃ! ……えっとっ、」


 と、日日は再び間を空け、


「此処で、袴姿の女の子を見たことがあって……」


 そう言って頬を赤らめた。

 明月は、ちらりと一姫を見やる。一姫はただ、にぱっと笑いながら首を傾げて見せた。


―――こいつは……。


 明月は確実に思い当たるところがある様子の一姫を見ると、諦めたように溜め息を付く。


「……で、惚れたのか……」

「えっ!? いや、そんなっ!」

「ロリコンめ……。」


 顔を真っ赤にして慌てふためく日日だったが、ロリコン、という明月の言葉を聞くと「あれ?」と間の抜けた声を漏らした。


「僕、“小さい”女の子だ、って、言いましたっけ……?」

「……。」

「……知ってるんですか……!?」


 先程の、死んだ魚のような覇気の無い目が一転、爛々と輝かせて身を乗り出す日日に、明月は狼狽えたが、突然にやりと笑った。


「知ってたら、どうして欲しいんだ?」

「………えっ? え……っと、」


 日日は赤くした顔を伏せて、口ごもる。


「……もう一度会いたい、です……」

「乙女か……!」


 細やか過ぎる日日の希望に、明月は思わずツッコミを入れた。


「……まぁ良い。会いたい、か。そりゃ簡単だな。じゃあ……」

「嫌じゃ。」


 ちゃっかり仕事を得ようとした明月に、一姫が笑顔であっさりと断った。


「……え?」

「儂で金儲けしようなぞ、百年早いというもんじゃ」


 ふん、と鼻で笑う一姫に、明月は何も言えずにたじろぐ。

 そんな一連のやり取りが分からない日日は、ぽかんと一人で置いてきぼりになっている。


「あの……、どうしました……?」

「ち……っ。あのなぁ」


 やはり危ない人なのかと引き気味に首を傾げる日日に、明月は顔を顰め、けっ、と荒んだように言い放つ。


「お前の想い人は人間じゃねぇんだよ……、諦めるこったな……!」

「やっぱり!」


 いきなり声を弾ませる日日に、明月は目を丸くし、は?と思わず聞き返した。


「そうじゃないかなぁって思ったんです! 彼女は天使ですね……!? 天使に魅せられるのは普通ですよね……!? それなら僕はロリコンってことにもならない!」


 今までの小さな声が一変し、はきはきと力強く話す日日に唖然とする明月と柚月。


「物好きな餓鬼だ……」


 と、柚月は顔を顰め、横目で一姫を見た。見た目だけは、少女のように無垢で可憐な一姫は、あざとい笑顔を見せている。


「それに天使なら、きっと僕も連れて行ってくれますよね」

「は?」

「……あの、体が弱いってことは言いましたよね……。こんな不自由な体なら、僕、いっそ……」

「巫山戯んじゃねぇ。」


 明月はまるで、お腹の底から捻り出したような、低く重い声で言った。日日の肩が、魚のようにびくりと跳ねる。


「悲劇のヒーローってか? 巫山戯んじゃねぇよ。」


 その鋭い瞳で、日日を睨み付けた。


「死にたいなんて、言うもんじゃねぇ。テメェは生きてんだろうが。」

「……おい明月」


 日日の胸ぐらを掴んで睨み付ける明月に、柚月の場違いな迄に落ち着いた声が制止に入る。明月が誰の為に怒っているか分かっているからこその、制止。

 明月は再び舌打ちをすると、日日から手を離す。


「失せろ。気分が悪ぃ」

「ご、ごめんなさい……」


 日日はあたふたと頭を下げると、逃げるように去って行った。


「大人気ないのぅ、明月」

「るせ……っ。」


 一姫は仏頂面の明月の頬を抓る。


「まぁ、なんだ。ありがとうと言っておこうか」


 子供のような顔で拗ねる明月に、柚月はそう言って微笑んだ。





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