第九話「異端者」
白い石畳を踏みしめ、俺とニイコタはマセマに導かれて街を歩いていた。
建物の壁には、どこを見ても同じ模様――太陽と翼の紋章。
まるで街全体が「一つの神の下にある」ということを誇示しているかのようだ。
「なんか、やけに整いすぎてねぇか? どの建物も同じ顔してやがる」
思わず俺が呟くと、マセマはにこりと笑った。
「それは神に対する敬意です。住まいも、衣服も、形を揃えるのは“平等”を示すため。すべての人間は神の御前において同じ存在なのです」
その言葉は美しい。
……が、俺の背筋には寒気が走る。
同じ建物、同じ服、同じ紋章。
まるで個性を消し去って「信仰のためだけに生きろ」と言われているようだった。
「……俺には窮屈に見えるな」
小声でそう漏らすと、横のニイコタがコクリとうなずいた。
「永和、わたしもそう思う。笑っているけど、街の人たちの目が……みんな同じに見える」
「おっと、聞こえてますよ?」
マセマが振り返り、にっこりと笑う。
その笑顔は眩しいほど完璧で、逆に怖い。
◇
やがて、視界を覆うような巨大な建物が姿を現した。
「これが……神殿か」
白亜の大理石でできた、荘厳な宮殿。
天を突くように高い尖塔がいくつも立ち並び、その先端には例の“太陽と翼”のシンボルが輝いている。
入り口には二十人近い兵士が並び、槍を構えていた。
甲冑に刻まれた紋章もやはり同じ。
「すげぇな……」
俺が素直に感嘆すると、兵士たちがこちらをじろりと睨む。
目つきが鋭い。歓迎というより“監視”。
マセマは慣れたように彼らに一礼し、俺たちを堂々と中へ導いた。
◇
神殿の内部はさらに異様だった。
壁一面に描かれた巨大な壁画。
そこには「神に従う人々」と「神に背く異端者たち」の姿が克明に描かれていた。
神に従う者は光に包まれ、豊かに暮らしている。
神に背く者は炎に呑まれ、地獄へと落とされていく。
「……こりゃあ、露骨だな」
俺が呟くと、ニイコタが苦い顔をする。
「子どもが見たら、怖がるどころじゃないよね……洗脳だ」
「ふふ、信仰教育と呼んでください」
マセマがくすりと笑った。
その言い方は冗談めいているのに、目は笑っていない。
◇
長い廊下を抜け、俺たちは広間へ通された。
中央には巨大な祭壇。
天井のステンドグラスから差し込む光が、祭壇に置かれた黄金の聖典を照らしていた。
「こちらが“御言葉の間”。神官である私たちが毎朝祈りを捧げ、戒律を読み上げる場所です」
マセマはそう説明すると、祭壇の前でひざまずき、両手を組んだ。
その姿は清楚そのもの。
……いや、胸の谷間が強調される姿勢だから、目のやり場に困る。
俺がつい視線を落としかけると――
「永和」
隣から低い声。ニイコタだ。
肘で小突かれ、慌てて視線を逸らす。
「ち、違う! ちゃんと真剣に見てた!」
「……真剣って、どこを?」
「そ、それは……」
ごまかす俺をよそに、マセマが立ち上がり、改めてこちらを振り返った。
「さて。お二人は旅の途中で迷い込んだ……そういうことにしておきましょうか」
「そういうことに?」
俺が眉をひそめると、彼女はにこりと微笑んだ。
「この国では、身元の分からぬ者は“異端”とみなされ、厳しい取り調べを受けるのです。……余計な騒ぎを避けるために、私が保証人となりましょう」
「っ……!」
ニイコタがわずかに目を見開いた。
つまり、マセマが庇わなければ、俺たちは捕らえられていた可能性があるということだ。
「……助かるが、どうしてそこまで?」
俺の問いに、マセマは一瞬だけ口元を歪め、すぐに柔らかい笑みに戻した。
「さぁ……どうしてでしょうね。神の導きか、それとも……」
その言葉の続きを言わず、彼女は歩き出す。
その後ろ姿を追いながら、俺は胸の奥に奇妙なざわめきを覚えていた。
この国。
そして、この女。
どうやら一筋縄ではいかなそうだ――。




