第八話「教国」
……どこだ、ここは……?
俺は呟いた。
空気が違う。
ザキカメアの喧騒とは正反対。
まるで街全体が「信仰」という糸で縛られているような、独特の息苦しさがあった。
隣で、ニイコタが歯を食いしばる。
「永和……ここは……」
「何だ…? どこだここは…」
顔を見合わせるが、二人ともここがどこなのか分からない。
ただ一つわかるのは、ここはチィア王国内ではないということ。
こんな街、見たことも聞いたこともない。
俺たちは一瞬にして、どこかの国へと転移させられていたのだ。
――と。
「大丈夫ですか?」
澄んだ声が、俺たちに降ってきた。
振り向いた瞬間、俺の視線は釘付けになった。
そこに立っていたのは、一人の女神官だった。
桃色の髪を肩まで垂らし、柔らかそうに揺れる。
春の花を思わせる鮮やかな色合いで、街の灰色がかった雰囲気の中でひときわ映えていた。
そして――その格好。
白地の修道服。
だが胸元は大胆に開き、豊満な双丘がこれでもかと強調されている。
腰のラインはきゅっと絞られ、曲線を際立たせていた。
下半身はロングスカートのように見えて、歩くたびに深いスリットから白い太ももがちらりと覗く。
まるで“ムチムチシスター”そのもの。
俺は思わず、ごくりと喉を鳴らした。
「……」
視線を逸らせない。
いや、仕方ないだろ。男なら誰だって――
「永和……」
低い声が横から飛んでくる。
ニイコタだ。
ぎろりと睨んでくるその瞳は、まるで「今どこを見てるのか、分かってるんだから」と言っているようだった。
「ち、違うぞ! 別にやましい意味じゃなくてだな……!」
「ふぅん……」
細い目をさらに細め、鼻を鳴らすニイコタ。
うっ……痛い。視線が痛い。
女神官は俺たちのやりとりなど気づいていないかのように、にこやかに微笑んだ。
その笑みは柔らかく、包み込むようで、しかしどこか掴みどころがない。
「私はマセマ=サーカーズ。この街で神官をしています。……見ない顔ですね? よければ、事情を聞かせてもらえますか」
――マセマ=サーカーズ。
この、桃色の髪の“ムチムチ神官”。
俺とニイコタの、転移先で最初に出会った人物だった。
◇
マセマ=サーカーズは、にこやかに俺たちを見つめながら、手を合わせた。
「まずはご安心を。ここはハダン教国。 神の御加護に包まれた、安全な地です」
「ハダン……教国?」
俺が眉をひそめると、彼女はこくりとうなずいた。
「はい。 神聖なる大地に神殿を築き、神を信じる人々だけで成り立つ国。 外の者を迎えることは珍しいですが……こうして道に迷った旅人には、神の慈悲を持って手を差し伸べるのが我らの掟です」
おお、なんか聞こえは良いけど、逆に怪しさ満点だぞ。
建物の彫刻。
街の人々が掲げる紋章。
さっきから感じていた“息苦しさ”。
全部、信仰で縛られているが故なのだろう。
「でも、街の空気が…なんかピリついてないか?」
思わず口にすると、マセマは一瞬だけ表情を曇らせ、すぐにまた微笑みを作った。
「……きっと気のせいですよ。 皆、神を信じるがゆえに真剣なのです」
気のせい、ねぇ。
隣でニイコタが小声で呟く。
「永和……あの笑顔、作り物だよ。 目が笑ってない」
「おいおい……」
俺は肩を竦めた。
でも確かに、さっき一瞬見せた彼女の目の鋭さは妙に引っかかる。
――表はめちゃくちゃいい人、ってやつか。
◇
「お二人はどこからいらしたのです?」
マセマが問いかけてくる。
俺とニイコタは顔を見合わせた。
「……チィア王国、ザキカメアの街からだ」
そう答えると、マセマは驚いたように口元に手を当てた。
「ザキカメア……? まさか……!」
彼女の瞳が揺れる。
その反応からして、どうやら名の知れた街らしい。
だが、次の言葉はなかった。
「ごめんなさい。詳しいことは分かりません。 ただ……こちらでは、つい最近“北の大地が光に呑まれた”という噂が流れておりまして」
「っ……!」
ニイコタが息を呑む。
北――まさにザキカメアのある方角。
つまり、俺たちが転移させられたあの光景が、この国にまで伝わってきているということか。
「……ジュリとジョリは……無事なんだろうか」
俺の胸の奥に、不安が広がる。
別の場所に飛ばされた仲間。
それぞれが今、どうしているのか。
◇
「まずは神殿へいらしてください」
マセマが柔らかく微笑み、俺たちに手を差し伸べる。
その仕草ひとつにすら妙な色気があるのが、逆に困る。
視線がそっちに吸い込まれそうになる俺を――ニイコタが、容赦なく小突いてきた。
「いてっ! お、おいニイコタ!」
「……あんた、ちょっとでも変な目で見たら、許さないから」
低く囁かれるその声に、俺は慌てて首を振った。
「ち、違うって! 本当だって!」
……でも、さっきの太ももチラリは正直反則だっただろ……。
そうして、俺たちはマセマに導かれ、見知らぬ街を歩き出すのだった。




