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第七話「禁術」

 轟音とともに、空が震えた。


 それは雷鳴でも、爆発でもない。

 空そのものが軋み、割れ、次の瞬間――黒雲を引き裂くように、巨大な光の紋様が浮かび上がった。


 ザキカメアの冒険者たちが一斉に息を呑む。

 空いっぱいに広がるそれは、直径数キロはあろうかという超巨大魔法陣だった。


「な、なんだありゃあ……!」

「バカな……大陸全土を覆うんじゃねぇか!?」

「空に……街ごと、喰われる……!」


 誰もが本能で理解した。

 それは、人間の手では到底及ばない“何か”だと。


 魔王ジュヤン=ゲケツは、笑っていた。

 その黒い尾を大地に突き刺したまま、悠然と、天を仰ぐ。


「百年ぶりの祭典にふさわしかろう。 英雄の孫たちよ。 ――貴様らに、古の恐怖を見せてやろう」



「この魔法陣……っ!?」


 ニイコタが大斧を構えたまま、空を見上げて叫ぶ。


「まさかっ……!」


 ジュリが歯を食いしばる。


「嘘だろ、あんな……!」


 ジョリが顔を青ざめさせる。


「知ってるのか!?」と俺は声を荒げた。


 二人は同時に頷いた。


「あぁ、あれは……」


「エルフの里に古くから伝わる禁術……」


 二人の口が、恐怖に震えながらその名を告げた。


「「――《転移テレポーテーション》」」



 瞬間、戦場の空気が凍りついた。


 俺は知っている。

 いや、俺たち誰もが、子供のころに歴史の授業で耳にしている。


 この世界において《転移》は――最も恐れられ、最も禁じられた魔法。


 理由は単純だ。

 転移は、ただの移動魔法ではない。

 「次元そのものを歪める」行為だからだ。


 一度でも発動すれば、世界の座標は揺らぎ、

 空間の結界は穴だらけになり、

 場合によっては大地ごと消失する。


 千年前。

 大陸南方の都市国家群「ナヤゴス同盟」は、たった一人の狂信者が転移を暴走させたせいで、国ごと跡形もなく消えたという。

 歴史書に刻まれたその惨劇は、今でも「虚無の三日月」と呼ばれている。


 だからこそ、この魔法は神々により封印され、

 人間はもちろん、魔族ですら口にすることを禁じられていた。


「なぜだ……なぜ魔族が……あの秘術を……!」


 ジュリの声が震える。


「ありえない、ありえない……!」


 ジョリは半ば錯乱していた。



「さて――」


 ジュヤンが手を広げる。

 尾から伸びる黒い魔力が、空に浮かぶ魔法陣をさらに肥大化させていく。


「これより封じられし術を再び呼び起こす。 我こそが原初の魔王、ジュヤン=ゲケツなり!」


 空に響く声。

 もはや地鳴りのように、ザキカメア全土を覆っていた。


「街ごと、次元の彼方へ――転送してくれる!」


「やめろぉぉぉッ!!!」


 俺は必死に魔力を練り上げ、撃ち放つ。


 だがその光弾は、魔法陣に触れた瞬間、吸い込まれるように消えた。

 まるで大地ごと飲み込む巨大な渦に投げ込んだかのように。


「効かねぇ……ッ!! ニイコタ!」

「永和!」


「ジュリ!」

「ジョリ!」


 互いに近くにいた者へと走り寄り、咄嗟に肩を掴む。

 それがせめてもの抵抗であり、生存への直感だった。



 世界が、光に包まれる。


 白。

 白。

 白。


 何も見えず、何も聞こえず、何も感じない。


 ほんの一瞬。

 それでも永遠のように長い、虚無の時間。


 そして――意識は、途切れた。



「………っ」

「……ぅ……」


 まぶたを開くと、そこはもう見慣れた街ではなかった。


 石造りの建物が立ち並び、中央には奇妙な装飾を施された巨大な塔。

 塔の上には、金色の紋章と、祈りを捧げる人々の像。


 大通りには白衣を纏った男や女が行き交い、

 子供たちですら小さな数珠を手に祈りを唱えていた。


「……どこだ、ここは……?」


 俺は呟いた。


 空気が違う。

 ザキカメアの喧騒とは正反対。

 まるで街全体が「信仰」という糸で縛られているような、独特の息苦しさがあった。


 隣で、ニイコタが歯を食いしばる。


「永和……ここは……」


「何だ…? どこだここは…」


「ジュリとジョリは……二人はどこだ?」


 顔を見合わせるが、二人ともここがどこなのかすら分からない。

 ただ一つわかるのは、ここはチィア王国内ではないということ。

 こんな街、見たことも聞いたこともない。


 俺たちは一瞬にして、どこかの国へとバラバラに転移させられていた。

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