第七話「禁術」
轟音とともに、空が震えた。
それは雷鳴でも、爆発でもない。
空そのものが軋み、割れ、次の瞬間――黒雲を引き裂くように、巨大な光の紋様が浮かび上がった。
ザキカメアの冒険者たちが一斉に息を呑む。
空いっぱいに広がるそれは、直径数キロはあろうかという超巨大魔法陣だった。
「な、なんだありゃあ……!」
「バカな……大陸全土を覆うんじゃねぇか!?」
「空に……街ごと、喰われる……!」
誰もが本能で理解した。
それは、人間の手では到底及ばない“何か”だと。
魔王ジュヤン=ゲケツは、笑っていた。
その黒い尾を大地に突き刺したまま、悠然と、天を仰ぐ。
「百年ぶりの祭典にふさわしかろう。 英雄の孫たちよ。 ――貴様らに、古の恐怖を見せてやろう」
◇
「この魔法陣……っ!?」
ニイコタが大斧を構えたまま、空を見上げて叫ぶ。
「まさかっ……!」
ジュリが歯を食いしばる。
「嘘だろ、あんな……!」
ジョリが顔を青ざめさせる。
「知ってるのか!?」と俺は声を荒げた。
二人は同時に頷いた。
「あぁ、あれは……」
「エルフの里に古くから伝わる禁術……」
二人の口が、恐怖に震えながらその名を告げた。
「「――《転移》」」
◇
瞬間、戦場の空気が凍りついた。
俺は知っている。
いや、俺たち誰もが、子供のころに歴史の授業で耳にしている。
この世界において《転移》は――最も恐れられ、最も禁じられた魔法。
理由は単純だ。
転移は、ただの移動魔法ではない。
「次元そのものを歪める」行為だからだ。
一度でも発動すれば、世界の座標は揺らぎ、
空間の結界は穴だらけになり、
場合によっては大地ごと消失する。
千年前。
大陸南方の都市国家群「ナヤゴス同盟」は、たった一人の狂信者が転移を暴走させたせいで、国ごと跡形もなく消えたという。
歴史書に刻まれたその惨劇は、今でも「虚無の三日月」と呼ばれている。
だからこそ、この魔法は神々により封印され、
人間はもちろん、魔族ですら口にすることを禁じられていた。
「なぜだ……なぜ魔族が……あの秘術を……!」
ジュリの声が震える。
「ありえない、ありえない……!」
ジョリは半ば錯乱していた。
◇
「さて――」
ジュヤンが手を広げる。
尾から伸びる黒い魔力が、空に浮かぶ魔法陣をさらに肥大化させていく。
「これより封じられし術を再び呼び起こす。 我こそが原初の魔王、ジュヤン=ゲケツなり!」
空に響く声。
もはや地鳴りのように、ザキカメア全土を覆っていた。
「街ごと、次元の彼方へ――転送してくれる!」
「やめろぉぉぉッ!!!」
俺は必死に魔力を練り上げ、撃ち放つ。
だがその光弾は、魔法陣に触れた瞬間、吸い込まれるように消えた。
まるで大地ごと飲み込む巨大な渦に投げ込んだかのように。
「効かねぇ……ッ!! ニイコタ!」
「永和!」
「ジュリ!」
「ジョリ!」
互いに近くにいた者へと走り寄り、咄嗟に肩を掴む。
それがせめてもの抵抗であり、生存への直感だった。
◇
世界が、光に包まれる。
白。
白。
白。
何も見えず、何も聞こえず、何も感じない。
ほんの一瞬。
それでも永遠のように長い、虚無の時間。
そして――意識は、途切れた。
◇
「………っ」
「……ぅ……」
まぶたを開くと、そこはもう見慣れた街ではなかった。
石造りの建物が立ち並び、中央には奇妙な装飾を施された巨大な塔。
塔の上には、金色の紋章と、祈りを捧げる人々の像。
大通りには白衣を纏った男や女が行き交い、
子供たちですら小さな数珠を手に祈りを唱えていた。
「……どこだ、ここは……?」
俺は呟いた。
空気が違う。
ザキカメアの喧騒とは正反対。
まるで街全体が「信仰」という糸で縛られているような、独特の息苦しさがあった。
隣で、ニイコタが歯を食いしばる。
「永和……ここは……」
「何だ…? どこだここは…」
「ジュリとジョリは……二人はどこだ?」
顔を見合わせるが、二人ともここがどこなのかすら分からない。
ただ一つわかるのは、ここはチィア王国内ではないということ。
こんな街、見たことも聞いたこともない。
俺たちは一瞬にして、どこかの国へとバラバラに転移させられていた。




