第四話「受け継ぐ孫たち」
魔王の尾が宙を払った瞬間、大地が裂け、そこから黒い霧が吹き出した。
霧が形を成し、巨大な獣の姿へと変わる。
四本足に赤い眼、牙は鋼をも噛み砕くほどに長く鋭い。
数も一体ではない。二体、三体、いや五体……。
「魔獣召喚……っ!」
冒険者の誰かが叫んだ。
街を覆うかのように並び立つその魔獣群に、兵たちの顔から血の気が引いていく。
剣を握る手が震え、魔法詠唱の声が掠れていく。
だが魔王は冷ややかに笑った。
「人間を屠るには、獣で十分だ」
◇
激しい戦いが始まった。
矢が放たれ、魔法が飛ぶ。
しかし魔獣の体は分厚い甲殻に覆われ、刃は弾かれ、炎さえも通じない。
咆哮ひとつで兵士が吹き飛び、尾の一撃で十人が同時に地に伏した。
仲間たちが叫びを上げ、そして次々に倒れていく。
戦場は地獄と化し、わずかな希望すら打ち砕かれていった。
……それでも、まだ立っている者がいた。
俺。
そして――三人の影。
「あんた達、なかなかやるじゃないの! 私について来なさい!」
元気いっぱいの声が、戦場に響いた。
緑色の長髪を揺らし、トマホークを両手に構える少女。
「私はニイリス=コタルティス! ニイコタって呼びなさい!」
「……って、お前じゃねぇかよ、ニイコタ……」
思わず返すと、彼女はにやりと笑った。
昔からの顔馴染みだ。
祖母・ニイナ=コタルティスの妹の孫……つまり遠い親戚で、幼馴染。
名前が似てるからか、あだ名も祖母と同じ“ニイコタ”。
俺が祖父と同じ永和を名乗るのと、どこか似ている。
細身なのに両手に巨大な斧――二刀流のスタイルは、コタルティス家の血筋を感じさせた。
「あら、ニイコタと永和じゃないの」
「そうね、ニイコタと永和じゃない」
背後から声が重なる。
振り向くと、よく似た二人の少女が並んで立っていた。
白銀の髪。
同じ顔立ち、同じ細剣の構え。
ハーフエルフの双子――ジュリとジョリ。
「何よ何よ! ジュリとジョリじゃない! みんな知り合いだったのね!」
「せっかく魔王との戦いなのに、結局いつメンかよぉ……」
笑顔で笑うニイコタと、小さく肩を落とす永和。
「私達じゃ不満なの?」
「不満なの?」
短髪のジョリが肩を竦め、長髪のジュリがぷすんと怒って見せた。
彼女たちの祖父母も名高い冒険者であると聞いている。
ガルザンとユーニスと言って、祖父の永和とも関わりの深い人物らしい。
だが、その話にはどうも深い深い闇があるらしく、触れると本気で怒られるので深入りしないのが吉だ。
加えてユーニスさんはエルフと聞くのでまだ生きているだろうが、十七年で一度もこの街に顔を見せたことはない。
一体この町で何があったんだか…。
◇
魔獣の咆哮が再び大地を揺らす。
俺たち四人は自然と背を合わせた。
胸の奥で、何かが燃え上がる。
これがただの仲間意識なのか、それとも――。
「行くわよ、永和!」
「おう……!」
俺は剣を抜き、魔力を練った。
手のひらが光を帯びる。
祖父譲りの、膨大すぎる魔力量。
普通の簡易攻撃魔法ですら、桁外れの威力になる。
魔獣が牙を剥いた瞬間――
「……消えろ!」
放たれた光弾は轟音と共に直進し、魔獣の頭部を正面から打ち抜いた。
爆ぜる閃光。
巨体が揺れ、そして跡形もなく霧散する。
「なっ……」
「魔獣が一撃で……!?」
冒険者たちの間に驚愕が走る。
俺自身も驚いていた。
ただの魔力弾を放っただけなのに……。
だが、そのとき確信した。
俺は、祖父と同じだ。
スキルなんてなくても、この力がある。
◇
「フフ……面白い」
空から、魔王ジュヤン=ゲケツの笑みが降ってきた。
赤い瞳がこちらを射抜き、黒尾が大きく揺れる。
「まだ舞台に立てる者がいたか。
よかろう……お前たち四人の血をもって、この祭を飾るとしよう」
空気が震える。
俺たちは互いに視線を交わした。
恐怖も、迷いもある。
だが――逃げない。
ここからが、本当の戦いだ。




