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第三話「開幕」

 夜が裂けた。

 ザキカメアの大門の前で、空を見上げる数百の視線が、一つの影に釘付けになる。


 魔王ジュヤン=ゲケツ。


 その口元がわずかに動いた。

 笑みとも嘲りともつかない表情で、彼は静かに言葉を落とす。


「……百年ぶりの一神祭。 ナリ=アーツを殺した責は重いぞ? 人間ども」


 その声は低く、重く、耳から脳に突き刺さる。

 冒険者たちは一斉にざわめき、息を呑んだ。


「ナリ=アーツ……? 百年前の魔王……!」

「祖父が戦った、あの戦の……!」

「百年……なるほど…! あれから丁度百年…今回も始まってしまうのか……一神祭が…!」


 俺は胸が掴まれたような感覚に襲われる。

 祖父・永和が命を懸けて戦った相手――そして、この街最悪の名だ。

 そんな魔王の仲間の一人が、今まさに俺たちの前に立っている。


「ふざけるな……!」

 思わず叫んでいた。

 膝が震えても、喉が詰まっても、それでも言わずにはいられなかった。


「俺たちは、祖父や先人たちが命をかけて守った街で……負けるわけにはいかないんだ!」


 自分の声が虚しく夜に吸い込まれていく。

 けれど、その叫びに反応するように、周囲の冒険者たちが次々と武器を掲げた。


「そうだ……! この街を渡すものか!」

「子や孫の未来を守れ!」


 士気が、ほんの少しだけ高まった。



 最初に動いたのは、魔王だった。


 黒い尾がゆらりと振るわれた瞬間、大気が爆ぜる。

 音もなく、だが圧倒的な衝撃波が前方を薙ぎ払った。


「うわああっ!」


 最前列にいた兵士十数名が、一瞬で宙を舞い、大門の石壁に叩きつけられる。

 骨が砕ける音が、戦場全体に響き渡った。


 誰もが息を呑む。

 たった一振りで、これだけの破壊。


「来るぞ!!」


 誰かの叫びを合図に、冒険者たちが一斉に飛び出した。

 矢が放たれ、魔法が放たれる。

 火球が空を駆け、雷光が夜を裂き、氷槍が唸りをあげる。


 だが――


「無駄だ」


 魔王の声と共に、黒尾がうねる。

 その毛が広がり、まるで黒い鎧のように彼の全身を覆った。


 火も、雷も、氷も。

 すべての魔法が、尾の毛に触れた瞬間、音もなく霧散していった。


「……そんな……!」

「魔石の数百倍の硬度……本当だったのか!」


 絶望が広がる。



 それでも、剣を持った戦士たちは突っ込んだ。

 前衛が叫びながら空に跳び、魔王に刃を叩き込む。


「うおおおおっ!」


 剣が、斧が、槍が――黒尾に阻まれる。

 金属同士が打ち合ったような甲高い音を立て、すべて弾き返される。


「ぐっ……!」

「刃が、折れる……!」


 剣が砕け、戦士たちが弾き飛ばされていく。

 尾がひと撫でされるだけで、鎧ごと切り裂かれ、地面に血が散った。


 俺は歯を食いしばる。

 喉の奥から叫びが漏れそうになるのを必死にこらえた。


 勝てるわけがない――そんな考えが脳裏に浮かぶ。

 だが同時に、祖父の姿も浮かぶ。


 あの日、祖父は恐怖に屈せず、立ち向かったはずだ。

 ならば、俺も。


「まだだ……まだ終わってない!」


 声が掠れても構わない。

 自分自身に言い聞かせるように、叫ぶ。



 魔王ジュヤン=ゲケツは、ゆっくりと手を広げた。

 その仕草は舞うように優雅で、しかし死を告げるように冷酷だった。


「百年前、ナリ=アーツはどうしてこんな雑魚どもに敗れたのだ……。 群れて、喚いて、それでも尚、我には指一本と触れることのできない無能どもではないか……」


 赤い瞳が下界を見下ろす。

 その視線が俺と交わった瞬間、全身の血が凍った。


 呼吸が止まる。

 心臓が握り潰されるように苦しい。


 だが、同時に――燃え上がるものもあった。


「……やってやる」


 小さく呟いた声は、誰にも届かなかったかもしれない。

 それでも俺は剣を抜き、前へと踏み出した。


 この瞬間。

 ザキカメアの街を賭けた戦いが、始まったのだ。

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