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第二話「魔王の再来」

 警鐘が鳴り止まない。

 ザキカメアの街全体がざわめき、戸口から顔を出した人々が空を見上げていた。


 鐘の音は低く、重く、胸の奥を殴るように響く。

 まるで世界そのものが警告を発しているかのようだった。


「魔王だって……!? 本当に、魔王が……!」


 通りのあちこちで誰かが叫び、子どもを抱えた母親が泣き出す。

 男たちは武器を取りに走り、冒険者ギルドから次々に戦士が飛び出してくる。


 俺は走っていた。

 剣を腰に差したまま、大門へと向かう。

 周囲の冒険者たちと肩をぶつけ合いながら、ただ前へ。


 心臓は跳ねるように高鳴り、喉は乾いていた。

 それでも足が止まらない。

 祖父が戦ったという魔王。

 その存在を、この目で確かめずにはいられなかった。



 やがて、大門前に着いた。


 そこにはすでに数百の冒険者と兵士が集まり、武器を構えて空を睨んでいた。

 月明かりに照らされるその光景は、壮観でありながらも不安と恐怖に覆われている。


 人々が見上げる先に――いた。


 漆黒。

 夜そのものを纏ったような人影。


 高い空に浮かぶその魔族は、人の形をしていた。

 だが背には翼もなく、ただ重力を無視するように宙に佇んでいる。

 目は赤く、口元には笑みさえ浮かんでいた。


 そして、最も目を引いたのは背後から生えた巨大な尻尾だった。


 太く、異様に長い。

 その表面を覆う黒い毛が、月光を反射してきらめいている。

 ただの毛ではない――ひと目でわかる。

 硬質な輝きは、鋼鉄の刃をも凌駕する。


「……あれが、魔王……」

「なんという力なんだ……っ!?」


 冒険者たちの声が震えている。


「ふん…」


 伝承の中でしか語られなかった存在が、いま現実に目の前にいるのだ。



 その名を、誰かが口にした。


「ジュヤン=ゲケツ……! 古代の魔王だ!」


 ざわめきが広がる。


 古来より存在するとされる“原初の魔王”。

 遥か昔、大陸に最初の戦火をもたらした存在。

 その名を耳にした瞬間、空気そのものが凍りついたように感じられた。


 ジュヤン=ゲケツ。


 黒い尾をゆらりと揺らす。

 その尾の毛一本一本が、最高硬度の魔石の数百倍の硬さを誇るという伝承がある。


 その後、彼はゆっくりと視線を下ろしてきた。

 その目が、大門の下に集まる冒険者たちをひとり残らず射抜く。


 見られただけで、息が詰まる。

 膝が勝手に震えだす。


 声を出そうとしても、喉が固まって言葉にならない。

 隣の冒険者が小さく吐き気をこらえる音が聞こえた。


「人間どもよ……」


 低く、地を這うような声が夜を貫いた。


「百年の眠りの間に、随分と増えたな」


 言葉の意味よりも、その響きそのものに心を握り潰される。

 音の一つ一つが、刃のように鋭く耳へ刺さった。



 誰かが小さく呟いた。


「……あの日の再来だ」


 老いた冒険者の声だった。

 髭を蓄えたその男は、かつて祖父の世代を知る者だろう。


「百年前も、こんな夜だった……。 あのときも、この場所で魔王が立ちはだかっていた……」


 その言葉に、俺の背筋が凍りつく。


 そうだ。

 これは伝説ではない。

 ただの物語ではない。


 俺の祖父が、命を懸けて戦った相手。

 世界を揺るがす存在――魔王。


 いま、目の前にいる。


 冒険者たちが武器を構える音が、耳に集まる。

 震えながらも、誰一人退く者はいなかった。


 空から降り注ぐ漆黒の視線に、ザキカメアの大門が押し潰されそうになる。


 夜風が吹いた。

 その瞬間、魔王の尾がひと振りされた。


 空気が裂けた。

 大門の外の大地が抉れ、石が粉々に砕け散る。


 誰も、声を出せなかった。

 ただ、世界が終わりに向かって動き出したことだけは、全員が悟っていた。


 ――これは、始まりだ。

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