第十二話「宇宙崩壊」
空気が張り詰めていた。
広場に沈黙が落ち、永和は少年を背に庇ったまま、桃色の神官を睨んでいた。
――その時だった。
「……ふぅ」
マセマが静かに吐息を漏らしたかと思うと、懐から奇妙な黒い棒を取り出した。
金属のようでありながら、先端には銀色の網。
彼女はそれを唇に近づけると、唐突に声を張り上げた。
「Yo! Yo! 旅人のガキが生意気だなァ!
正義ぶってんじゃねぇぞ、ニセ勇者ァ!」
――ラップ。
信じられないことに、神官マセマは突如マイクを握り、即興の韻を踏みながら永和をディスり始めたのだ。
「な、何を……っ!?」
ニイコタが絶句する。
だが、マセマの声はどんどん広場を満たし、地面が震えるほどに重低音を響かせていく。
「弱ぇ火力で魔族を倒した気になってんじゃねぇ! お前の魔力、所詮は爺の残りカス!!」
「……ッ!?」
永和の眉がぴくりと動く。
まるで心をえぐるような言葉。
「これが……マセマのスキル……!」
神殿騎士が恐怖に震えながら呟いた。
「【DissMC】……! 相手の精神をラップで叩き潰す、神聖にして禁忌の言霊術……!」
空気が裂ける。
マイクの先端から紫電が走り、空へと伸びていった。
次の瞬間――
「……ムラカ↑ミ君」
耳障りなイントネーションの声が、マイクから湧き出る。
「うわぁああああああああ!!!!!」
永和は思わず叫んだ。
そこに姿を現したのは、一人の精霊。
奇妙な笑顔を浮かべ、手に分厚いノートを抱えた男。
「我こそは、イワン=タユキーヒロ」
彼は名乗ると、再び永和へと呼びかける。
「ムラカ↑ミ君……君は、まだ宿題をやっていないだろう?」
「やってるかぁああああああああ!!!!!」
空が裂けた。
イワンの言葉と共に、世界そのものが軋む。
黒雲が逆巻き、紫の雷が街を薙ぎ払う。
人々が悲鳴を上げる中、さらに恐るべき事態が起こる。
――宇宙が割れたのだ。
夜空に走る一条の亀裂。
そこから溢れ出したのは、星々そのものを飲み込む闇。
現実が崩れ、音楽のように歪む。
「おいおい……嘘だろ……」
永和が呟く。
だが止まらない。
「我らが呼ばれたのだ……!」
別の声が響く。
そこに現れたのは、巨大な竹の穴を模した異形。
その名は――
ーーちくわの神。
「人の世に味の無い菓子ばかり広がるを憂い、余は舞い降りた……」
その隣には、畳を叩く音。
黒衣をまとった老人が現れ、座布団を叩き鳴らした。
「座布団奏者・カワシマ参上」
二柱は向かい合い、同時に両手を床に置いた。
「「こっくりさん、こっくりさん……」」
――コックリさん。
世界を越えた禁忌の儀式が発動する。
彼らが呼んだのは、もはや神か悪魔かさえ判別できない何か。
広場を越え、街全体が揺れる。
信者たちが絶叫する。
空は崩れ、海は逆巻き、山は溶ける。
「や、やめろォオオオオ!!」
永和が吠える。
だが、もはや遅い。
マセマはマイクを掲げ、狂気に満ちた笑みで叫んだ。
「Yo! Yo! これが新しい世界の夜明けだ!
異端も勇者も、全部まとめて燃やし尽くす!!」
イワンの声が重なる。
「ムラカ↑ミ君……君は、答えを出すことなく終わるんだ……」
そして。
光も闇も飲み込む終末の渦が、世界全てを覆った。
街も、人も、希望も――何もかも。
◇
宇宙空間は広かった。
広すぎる。
その広さは無限大を超え、言葉をも超越する。
広い、つまり――それはインフィニティなのだった。
……なるほど。
奴が来る。
静寂を切り裂き、漆黒の宇宙に音が響く。
いや、音など存在しないはずだ。だが、響いた。
「……Yo……Yo……」
その声は星々の残骸を震わせ、虚無をリズムに変える。
――現れた。
「座布団奏者・カワシマ・インフィニティ」
両手に無限の座布団を抱え、無重力の舞台に降り立つ。
一枚叩けば銀河が砕け、二枚重ねれば宇宙の果てすら裏返る。
その存在は、終焉そのものだった。
世界は終わった。
ちくわの神は歓喜に震え――そして、嬉しょんした。
だが、その雫すらも星々を干上がらせ、神は脱水により無様に死亡。
「……バカな……俺は神ぞ……」
最期の言葉は虚無に吸い込まれた。
――さらに現れる、新たな刺客。
床屋の永田さん。
手には古代のバリカン《エターナル・シザーズ》。
「俺が……世界を整える……!」
その決意、重かった。
だがインフィニティの一打により、わずか二秒で粉砕された。
髪の毛すら残らず、彼は宇宙に散った。
そして、いつからいたのか。
宇宙の影に潜んでいた一人の戦士。
――ベイブレードプロ、ヴァルキリー吉野。
腰には無限に回転し続ける鋼鉄のコマ。
彼の目は勝利しか見ていなかった。
「Let it……Rip!!!」
銀河をえぐり、虚無を抉るその回転。
だが――インフィニティの拍子に弾かれ、コマは無様に砕け散る。
ヴァルキリー吉野もまた、星屑となった。
無限は無限を許さない。
広さは広さを呑み込み、やがて全てを虚無に溶かす。
座布団奏者・カワシマ・インフィニティ。
その存在は、混沌すら凌駕する混沌。
永和はただ、震える声で呟く。
「……終わった……」
そう、もう全てが――完全に終わったのだ。
◇
虚無の中に、さらに蠢く影。
それは……兎殺しのユッキー。
血に濡れた大鎌を背負いながら、しかし今は戦場に似つかわしくない卓を前に座る。
目の前には――「知らない、ちょっと汚い人」。
誰も名を知らない。どこから来たのかもわからない。
ただ、確かにそこにいた。
二人の間に並ぶのは……麻雀牌。
否、正確には――ドンジャラ。
だが、緊張感は命を賭けた闘牌そのもの。
「……いくぞ……」
「…………」
宇宙に響くのは、兎殺しユッキーの声。
彼が牌を叩きつけた瞬間、空間が揺らいだ。
「ドンジャラァァァァァァァァーー!!!!」
ルールを完全に履き違えた絶叫とともに、兎殺しは暴走。
牌を握り、投げ、投げ、投げまくる!!
マッハで飛来する麻雀牌は光速を超え、衛星を砕き、流星を消し飛ばす。
「ぎゃああああ!!!」
知らないちょっと汚い人は、一瞬で滅殺された。
彼の存在は牌の豪雨により粉々に刻まれ、無へと還った。
これじゃ大会どころじゃねぇ。
静寂。
だが、またしても現れる異形。
――降臨するは、喋るハンドクリーム。
その名も、赤坂さん。
「ほぉ……なかなか面白いことになってるじゃないか」
その声はしっとりとしていて、それでいて妙に艶やか。
全宇宙が乾燥を感じ、ひび割れかける。
「うわ、ハンドクリームじゃん、ラッキー!!」
突如として現れたのは、手がカサカサ過ぎて血が噴き出している男。
指先から滴る血が真空に漂い、赤い彗星のように光っていた。
彼は迷わず赤坂を手に取り――両手に塗り込む。
瞬間。
荒れ果てた掌は奇跡のようにもちもちと蘇り、ひび割れは癒やされ、血は止まった。
だがその代償に――ハンドクリーム赤坂はすべてを使い果たし、カラッカラの容器と化して崩壊。
同時に、赤坂は二度と戦場に立てない「再起不能」となった。
静寂の虚無に、ユッキーの狂気が残響する。
「次は誰だ……次の兎はどこだァ……!!」
◇
宇宙が震えた。
いや、宇宙という概念そのものが震えていた。
天地開闢より在りて、混沌より生まれ、秩序を嘲笑い、光を呑み、闇を産み、時を逆巻かせ、空を砕き、大地を穿ち、海を沸かせ、星を墜とし、万象の理をも超越し、因果律を断ち切り、輪廻をねじ曲げ、聖も魔も神も人も獣も精霊も、あらゆる存在をその爪牙の下に平伏せしめる、絶望にして希望の終焉、無にして有を孕む深淵、幾千万の神殺しを積み重ね、永劫に孤高を歩む者、最終最悪唯一無二にして永遠無限無慈悲無謬の大魔帝王《アーク=ゼノ=ヴァルザーク=インフィニタス=ノクトゥルス=エクス=マギア=ゲヘナ=オブリヴィオン=エターナル=デストラクション=カタストロフィ=ルシフェル=デウス=イグニシオン=ネクロフォビア=アストラル=パンデモニウム=ファルシオン=アポカリプシス=ヴォイド=アルマゲドン=アビス=クロノス=レクイエム=オーバーデス=オメガ=エクシード=アンリミテッド=イモータル=ゼロ=アドミニストレイター=ダークマタリア=ディアボロス=ジェネシス=アフターワールド=ヴェルザード=メギド=サタナエル=エクリプス=テンペスト=グラン=エクスカリヴァリア=ラグナロク=バハムート=アルティメタリア=アナイアレイション》が、降臨する。
天地開闢より在りて、混沌より生まれ、秩序を嘲笑い、光を呑み、闇を産み、時を逆巻かせ、空を砕き、大地を穿ち、海を沸かせ、星を墜とし、万象の理をも超越し、因果律を断ち切り、輪廻をねじ曲げ、聖も魔も神も人も獣も精霊も、あらゆる存在をその爪牙の下に平伏せしめる、絶望にして希望の終焉、無にして有を孕む深淵、幾千万の神殺しを積み重ね、永劫に孤高を歩む者、最終最悪唯一無二にして永遠無限無慈悲無謬の大魔帝王《アーク=ゼノ=ヴァルザーク=インフィニタス=ノクトゥルス=エクス=マギア=ゲヘナ=オブリヴィオン=エターナル=デストラクション=カタストロフィ=ルシフェル=デウス=イグニシオン=ネクロフォビア=アストラル=パンデモニウム=ファルシオン=アポカリプシス=ヴォイド=アルマゲドン=アビス=クロノス=レクイエム=オーバーデス=オメガ=エクシード=アンリミテッド=イモータル=ゼロ=アドミニストレイター=ダークマタリア=ディアボロス=ジェネシス=アフターワールド=ヴェルザード=メギド=サタナエル=エクリプス=テンペスト=グラン=エクスカリヴァリア=ラグナロク=バハムート=アルティメタリア=アナイアレイション》はめちゃ強そうだ。
すると、 天地開闢より在りて、混沌より生まれ、秩序を嘲笑い、光を呑み、闇を産み、時を逆巻かせ、空を砕き、大地を穿ち、海を沸かせ、星を墜とし、万象の理をも超越し、因果律を断ち切り、輪廻をねじ曲げ、聖も魔も神も人も獣も精霊も、あらゆる存在をその爪牙の下に平伏せしめる、絶望にして希望の終焉、無にして有を孕む深淵、幾千万の神殺しを積み重ね、永劫に孤高を歩む者、最終最悪唯一無二にして永遠無限無慈悲無謬の大魔帝王《アーク=ゼノ=ヴァルザーク=インフィニタス=ノクトゥルス=エクス=マギア=ゲヘナ=オブリヴィオン=エターナル=デストラクション=カタストロフィ=ルシフェル=デウス=イグニシオン=ネクロフォビア=アストラル=パンデモニウム=ファルシオン=アポカリプシス=ヴォイド=アルマゲドン=アビス=クロノス=レクイエム=オーバーデス=オメガ=エクシード=アンリミテッド=イモータル=ゼロ=アドミニストレイター=ダークマタリア=ディアボロス=ジェネシス=アフターワールド=ヴェルザード=メギド=サタナエル=エクリプス=テンペスト=グラン=エクスカリヴァリア=ラグナロク=バハムート=アルティメタリア=アナイアレイション》はゆっくりと爪を振り下ろした。
その 天地開闢より在りて、混沌より生まれ、秩序を嘲笑い、光を呑み、闇を産み、時を逆巻かせ、空を砕き、大地を穿ち、海を沸かせ、星を墜とし、万象の理をも超越し、因果律を断ち切り、輪廻をねじ曲げ、聖も魔も神も人も獣も精霊も、あらゆる存在をその爪牙の下に平伏せしめる、絶望にして希望の終焉、無にして有を孕む深淵、幾千万の神殺しを積み重ね、永劫に孤高を歩む者、最終最悪唯一無二にして永遠無限無慈悲無謬の大魔帝王《アーク=ゼノ=ヴァルザーク=インフィニタス=ノクトゥルス=エクス=マギア=ゲヘナ=オブリヴィオン=エターナル=デストラクション=カタストロフィ=ルシフェル=デウス=イグニシオン=ネクロフォビア=アストラル=パンデモニウム=ファルシオン=アポカリプシス=ヴォイド=アルマゲドン=アビス=クロノス=レクイエム=オーバーデス=オメガ=エクシード=アンリミテッド=イモータル=ゼロ=アドミニストレイター=ダークマタリア=ディアボロス=ジェネシス=アフターワールド=ヴェルザード=メギド=サタナエル=エクリプス=テンペスト=グラン=エクスカリヴァリア=ラグナロク=バハムート=アルティメタリア=アナイアレイション》の一撃は、ただの攻撃ではなかった。
天地開闢より在りて、混沌より生まれ、秩序を嘲笑い、光を呑み、闇を産み、時を逆巻かせ、空を砕き、大地を穿ち、海を沸かせ、星を墜とし――つまりは、存在そのものを「なかったことにする」究極のカタストロフィ。
触れた瞬間、時間は崩壊し、歴史が遡り、未来が断絶し、現在が粉々に砕けた。
「……強すぎるッ!!」
DJ三菱が叫ぶが、彼の声は既に音楽ではなく、ただの「悲鳴」と化していた。
バイデンは完全なマニュフェストを提示するも、それすら因果律ごと切り裂かれた。
床屋の永田さんはすでに二秒前に死んでいたが、その死ですら「巻き戻されてもう一度殺される」という二重の死に方をした。
天地開闢より在りて、混沌より生まれ――
無限に反響するその名乗りは、攻撃そのものが「詠唱」であり「破壊」であり「存在否定」であった。
その 天地開闢より在りて、混沌より生まれ、秩序を嘲笑い、光を呑み、闇を産み、時を逆巻かせ、空を砕き、大地を穿ち、海を沸かせ、星を墜とし、万象の理をも超越し、因果律を断ち切り、輪廻をねじ曲げ、聖も魔も神も人も獣も精霊も、あらゆる存在をその爪牙の下に平伏せしめる、絶望にして希望の終焉、無にして有を孕む深淵、幾千万の神殺しを積み重ね、永劫に孤高を歩む者、最終最悪唯一無二にして永遠無限無慈悲無謬の大魔帝王《アーク=ゼノ=ヴァルザーク=インフィニタス=ノクトゥルス=エクス=マギア=ゲヘナ=オブリヴィオン=エターナル=デストラクション=カタストロフィ=ルシフェル=デウス=イグニシオン=ネクロフォビア=アストラル=パンデモニウム=ファルシオン=アポカリプシス=ヴォイド=アルマゲドン=アビス=クロノス=レクイエム=オーバーデス=オメガ=エクシード=アンリミテッド=イモータル=ゼロ=アドミニストレイター=ダークマタリア=ディアボロス=ジェネシス=アフターワールド=ヴェルザード=メギド=サタナエル=エクリプス=テンペスト=グラン=エクスカリヴァリア=ラグナロク=バハムート=アルティメタリア=アナイアレイション》の攻撃は――
もはや、「攻撃」という言葉では形容できない。
それはただ一つ。
存在そのものを滅ぼす“宣告”だった。
◇
宇宙の裂け目がまだ震えている。
無に浮かぶ破片群の中で、名状しがたい存在――《アーク=ゼノ=ヴァルザーク…(長大名略)》は、無限の威容を保とうともがいていた。だが、その巨躯を包む闇の深さは、たちまち別の「何か」に触れられた。
最初に現れたのは、つぶらな目でも牙でもなく、微かな「波」だった。
風でも波動でもない。むしろ「視線の帯」のようなもので、見る者の意識を撫でると同時に、小さな穴が心の中に開くように作用した。
その波の中心に立っていたのは、織田家康――第三のプロベイブレーダー。
彼は何事もなかったように、しかし確固たる冷たさを湛えた目で魔王を見据えていた。
手に握るはベイブレード。だが今振るわれるそれは、刃でも炎でもなく、「寄生の種」を撒き散らす装置だった。
ベイブレードが空を描くたび、そこから無数の点が撒かれる。点は微小で、光る粒、あるいは蝋のように半透明の滴のように見えた。近づくとそれらは、まるで微生物の群れのように蠢き、だが現実のどの生物とも違う構造をしている。意味を帯びた模様を表面に刻み、まるで言葉を纏うかのように微振動する――それが、寄生のシードだった。
ひとつ、またひとつと、シードは魔王の外皮に触れては滑り込み、黒い鱗の合間に入り込む。だがそこに消えるのではない。鱗の下で、シードは自らを展開し、何層にも重なった「記憶と概念の糸」を伸ばし始めた。糸は色を持たず、音も持たず、ただ「所属」と「帰属」を主張する。
やがて、魔王の表面がかすかに揺らぎはじめた。鱗の縁がぼんやりと滲み、境界線が溶けていく。見る者の脳はそこで違和感を覚える。通常の生体侵蝕とは異なり、ここで起きているのは「意味の侵食」だ。魔王の存在を規定する概念――威厳、恐怖、支配の構図――それらが微細な寄生体に啜られていく。
はじめは、口に出す言葉が曖昧になる。
次に、視界の端が「何か」を映すようになる。鏡のように反射する不一致。声がひとつ減り、それに対応する行動が遅れる。世界が、ふとした瞬間に「返事をしない」ようになるのだ。
織田家康は表情を変えない。彼のベイブレードは静かに回り、その刃面から人知れず、無味な粒が弧を描いては落ちていく。ひとつの粒が、魔王の肩に触れた。粒は表面張力のように張り付き、次の瞬間には微弱な脈を打ち始める。脈の振幅は、魔王の呼吸と同期し、呼吸が深まると脈は歌い、浅くなると沈む。
寄生体はただ栄養を吸うのではない。彼らは「概念」を求める。魔王が長年に渡って染み付かせた支配の規範、恐怖の旋律、支配者として振るわれた「語り」のエッセンス。寄生体はそのすべてを結晶化し、それを自らの構造に織り込む。やがて寄生体は増殖し、糸を延ばし、魔王の身体はその糸網で覆われていく。網は生体としての組織ではなく、むしろ「記号の巣」であった。
巣の中では、魔王の「意識」が小刻みに切断される。ひとつの思考が完了する前に、別の思考が割り込む。記憶の断片が入れ替わり、過去の行為が現在に差し込まれる。それは、まるで誰かが悪ふざけでページを抜き取って、順番をめちゃくちゃにした本を読むような苦痛だ。魔王は怒声を上げる。だがその声は、寄生体により抽象化され、ただのノイズの塊に変換されて虚空へ放出される。叫びは形を失い、形を失った叫びは寄生体のエネルギーへと転換される。
次第に、魔王の外形が「確信」を失っていった。鱗はまだそこにあるが、その輪郭は本来あるはずの線を保てず、常に揺れる。手は掴もうとするが掴めない。口は笑おうとするが、笑いは音声として出力されず、周囲に色だけを撒き散らす。不快な色、脳が解析を拒む色。観る者はその色を見るときに、まず心がざわつき、次に胃がすっと冷たくなる。直接的な血の描写はないのに、嫌悪が全身を這う。
寄生は、肉体を乗っ取るのではなく「定義」を食う。魔王が何者であるかを定義する語彙が次々と剥ぎ取られ、代わりに謎めいた符号が刺し込まれていく。織田が放ったシード群は、やがて一つの大きな寄生体群となり、魔王の「自己同定」を置き換え始める。魔王は「自分が自分である」という根拠を失い、次第に「誰か他のものの断片」が差し込まれる。そこには過去の英雄の影、消えた都市の残響、国の記号、ありとあらゆる「名」が一斉に押し寄せる。魔王の内側はたちまち他者の声で満たされ、もはや本人の声は聞き取れない。
織田は静かに語りかける。声は低く、だがその言葉は寄生体の周波数に共鳴して、増幅される。
「ぽまえ、ぶち殺す」――それはもはや命令ではない。宇宙の片隅で成立した「存在消去」の理であった。寄生体はその理を律動へと展開し、魔王の存在を「再編」し始める。
再編の方法は、残酷なまでに理知的だった。寄生体は魔王の歴史を繊維のようにほどき、そこに新しい織りを差し入れる。その結果、魔王はいくつもの「自己」を同時に抱えるようになった。ある瞬間、彼は征服者としての記憶に支配され、次の瞬間には古い農夫の、あるいは幼い子どもの心を帯びる。自己の揺らぎは、形の滲みへと直結する。観る者の脳がこれを解析しようとすると、運動性の錯誤が起こる。目は追いつかず、思考は追いつかない。そこに生まれるのは、生理的な嫌悪――見てはいけないものを見てしまったという感覚だ。
魔王は叫び、音を発する。だが音は寄生体の中で言葉を失い、代わりに「意味の粉塵」として噴出する。粉塵は虚空に漂い、他の寄生体の表面に張り付いては結晶化する。結晶は小さな鏡を生み、鏡はさらなる名状しがたい像を反射する。反射は反射を生み、無限の鏡群が魔王の周囲で回転し始めた。
そのうち、魔王の目とされていた部分が淡く光り、そこから粒子のような「胎」を放った。胎はゆっくりと広がり、胎の表面に小さな幼体が宿る。幼体は生体ではなく、概念の幼形で、まだ形を成してはいない。だが寄生は容赦ない。幼体は一つ、また一つと成長しては別の幼体を産み、まるで有機の群生体の如く増殖していった。
織田家康は最終的にベイブレードを静かに収め、ふと目を細める。彼の顔には薄い微笑が滲んでいた。勝利の微笑。だがそれは冷酷で、感情の表層に過ぎない。真実はもっと怖い――彼は手を差し伸べ、寄生群に触れた。触れた瞬間、寄生体群は一斉に「名前」を求めて叫んだ。名は力。名を与えられた寄生は確たる「法」を帯びる。織田は一語を囁いた。言葉は短く、しかし全宇宙に届く響きだった。
その語が宙空を走ると、魔王の内部で何かが崩れ落ちる。崩れ落ちる音はまるで古書が棚から落ちるようで、その埃は一切の響きと嗅覚を奪う。魔王はもう動けない。動くことの意味を見失った存在は、ただ広がる寄生体のネットワークのなかで、微かな残響を吐き出すのみとなる。
周囲にいた者たち――ユッキーも、赤坂も、吉野も、そして先に倒れた者たちの残影でさえ――皆がその「変化」を見た。だが誰一人、それを止めることはできない。寄生は速い。寄生は沈着冷静に、そして非情に、存在を丸ごと編み替えていったのだ。
最後の瞬間、魔王は一つの「形」を保とうとした。巨大な影が膨らみ、再び攻撃の姿勢をとるかのように見えた。しかしその形はもうそれ自身のものではない。寄生と他者の断片が混ざり合い、新たな模様となって空に浮かんだ。模様は無言の詩であり、世界の終わりを告げる序章でもあった。
そして――その模様は、ゆっくりと、そして確実に解けていった。解けるというよりは「解かれてゆく」のである。寄生体はその過程で自らを肥大させ、最終的にはまるで海の底に溶けるように、魔王の「存在」を吸い尽くした。
残されたのは、「名残り」とでも言うべきものだ。かつて魔王が放っていた威光は、もはや単なる「光の断片」に過ぎない。断片は漂い、やがてそれを包む形もなく、虚無へと溶けていった。織田家康は立ち尽くし、ゆっくりと頭を上げた。空虚な勝利。彼の背後では、寄生体群が無数の糸となって夜を編み、やがて糸は一本の道となって消滅へと伸びていった。
誰もが息をつく間もなく、宇宙の片隅では新たな波紋が立ち上がっていた。寄生は静かに、しかし確実に「次」を求め、蠢きを止めようとはしなかった。だが、この瞬間だけは確かに一つの“終わり”が訪れたのだ――魔王の時代の、終わりが。形としての終わりが。
そして、残ったのは寒々しい静寂と、幾ばくかの恐怖。観る者の心に残ったのは、直接的な血や肉ではなく、もっと深い場所から湧き出る「存在の裂け目」だった。そこに触れた者は、しばらく言葉を失い、世界を見つめる瞳がどこか遠くへ行ってしまうだろう。
◇
宇宙は崩壊した。
世界は混沌に飲まれた。
そして――何も、なくなった。
残ったのは、静寂。
音も、光も、時間すら流れない。
……そのはずだった。
ゆらり。
真空の闇の中、ひとつの影が立ち上がる。
「……ここ、どこだ?」
永和だった。
服はボロボロ。片手には折れたマイク。
マセマのスキル【DissMC】の余韻がまだ脳裏に焼き付いていた。
足元に、ひとつの“光”が転がっている。
それは――あの、ベイブレードプロ三人目、織田家康の残骸だった。
だが、もう、彼に敵意はなかった。
寄生虫に食われ、体は無数の銀の糸に分解され、
いまやそのひとつひとつが、宇宙の“星”として輝いている。
「……星、か」
永和の目に、かつての戦友たちの姿がよぎる。
マセマ。
イワン=タユキーヒロ。
ちくわの神。
DJ三菱。
そして、床屋の永田さん。
全員が、無に還った。
だが――確かに、ここに“いた”のだ。
ふと、空(もう空とは呼べない闇の膜)を見上げる。
そこにあった。
《アーク=ゼノ=ヴァルザーク=インフィニタス=ノクトゥルス=エクス=マギア=ゲヘナ=オブリヴィオン=エターナル=デストラクション=カタストロフィ=ルシフェル=デウス=イグニシオン=ネクロフォビア=アストラル=パンデモニウム=ファルシオン=アポカリプシス=ヴォイド=アルマゲドン=アビス=クロノス=レクイエム=オーバーデス=オメガ=エクシード=アンリミテッド=イモータル=ゼロ=アドミニストレイター=ダークマタリア=ディアボロス=ジェネシス=アフターワールド=ヴェルザード=メギド=サタナエル=エクリプス=テンペスト=グラン=エクスカリヴァリア=ラグナロク=バハムート=アルティメタリア=アナイアレイション》の巨大な骸。
もはや魔王でも神でもなかった。
ただの、ひとつの“星”になっていた。
「……あいつも、綺麗に光るんだな」
永和の頬を、透明な雫が伝う。
それは涙ではなかった。
この世界にもう“水”という概念は存在しない。
けれど、確かに――心が震えた。
「お前らさ、なんかもう、めちゃくちゃだったけどさ……楽しかったよ」
振り返ると、マセマが立っていた。
あのマイクを片手に。
笑っていた。
「永和、あんた最高だったわ」
「……うるせぇ、バカ」
ふたりは、笑った。
音も、言葉も、意味もない。
けれど、確かに“繋がっていた”。
その笑い声が宇宙に溶けていく。
無限の闇を超えて、光へと変わる。
新しい星が、生まれた。
――それが、世界の再生の瞬間だった。
そして、
その中心で永和は小さく呟く。
「また……やろうぜ」
彼の声が、すべての虚無を超えて響く。
新たな宇宙の鼓動が始まる。
誰も知らない。
この“最果ての涙”こそ、次なる世界の始まりだったことを。
終わりです。俺たちの冒険はこれからだ。




