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第十話「思想」

 マセマに案内され、俺とニイコタは神殿を後にした。


「……ここで一度お別れです」


 石畳の路地で立ち止まったマセマが、柔らかく笑う。


「私はあなた方を“庇護下にある旅人”として扱いますが、ずっと一緒に行動していれば、かえって怪しまれるでしょう。 何かあれば神殿を訪ねなさい。 ――私はそこで祈っていますから」


 そう言って去っていく後ろ姿は清楚で美しい……が、やはり何か引っかかる。

 表情は優しいのに、言葉の奥に計算高さを感じるのだ。



 しばらく街を歩く。


 すれ違う人々は、皆同じ白服に同じ紋章。

 道端に膝をつき、祈りを捧げる人の姿も珍しくない。


「……すごい国だな」


 俺は思わず呟いた。


 広場では、一人の子供が遊んでいた。

 すると大人がすぐに駆け寄り、その手を掴んで叱りつける。


「お祈りの時間を忘れるとは何事だ!」


 子供は泣きじゃくりながら、膝をついて空に向かって手を組む。

 周囲の人々はそれを当たり前のように眺めていた。


「……笑えないな」


 横でニイコタが苦々しく呟く。


「信仰に縛られてる。遊ぶ自由も、考える自由もない。全部、神に支配されてる」


 俺は無言で頷いた。



 昼になり、俺たちは食堂に入った。

 料理は質素だが量はある。だが、食べようとした瞬間――


「――祈りを」


 店主の冷たい声に止められた。

 周囲の客たちも一斉にこちらを見ている。


 ……そうか。祈らなきゃ飯も食えないのか。


 俺とニイコタは仕方なく、周りを真似て手を組み、目を閉じた。


「……これ、芝居しないと生きていけないな」


「……永和の声、でかい」


 隣でニイコタが小声で突っ込み、俺は慌てて口をつぐむ。



 食事を終え、外に出るとざわめきが耳に入った。

 広場の方角から、怒号が響いてくる。


「――異端者だ!」


「神に背く者を許すな!」


 人だかりの中心に、少年が引きずり出されていた。

 十歳ほどだろうか。

 痩せこけた体にぼろ布をまとい、必死に首を振って叫んでいる。


「ち、違うんだ! 俺は祈りを忘れただけで……!」


 だが周囲の大人たちは耳を貸さない。

 石を拾い、少年に投げつけ始めた。


「……っ」


 俺は思わず拳を握りしめた。


 ――こんなの、ただのリンチじゃないか。


 横でニイコタが腕を掴む。


「永和、やめて! ここで目立ったら……!」


「……でも、見過ごせるかよ」


 ニイコタの瞳が揺れる。

 けれど俺は彼女の手をそっと振りほどいた。


 石が飛び、少年が膝をつく。

 その瞬間――俺は群衆の中へ踏み込んでいた。


「――やめろ!」


 怒声が広場に響き渡る。


 人々が一斉に俺を振り返った。

 その視線は冷たく、まるで「異端者がもう一人増えた」とでも言いたげだった。


 背後でニイコタが顔を覆う気配がする。


 ……やっちまったかもしれない。


 だが、引き下がる気はなかった。

 俺の視線は、傷だらけでうずくまる少年の上に注がれていた。

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