第十話「思想」
マセマに案内され、俺とニイコタは神殿を後にした。
「……ここで一度お別れです」
石畳の路地で立ち止まったマセマが、柔らかく笑う。
「私はあなた方を“庇護下にある旅人”として扱いますが、ずっと一緒に行動していれば、かえって怪しまれるでしょう。 何かあれば神殿を訪ねなさい。 ――私はそこで祈っていますから」
そう言って去っていく後ろ姿は清楚で美しい……が、やはり何か引っかかる。
表情は優しいのに、言葉の奥に計算高さを感じるのだ。
◇
しばらく街を歩く。
すれ違う人々は、皆同じ白服に同じ紋章。
道端に膝をつき、祈りを捧げる人の姿も珍しくない。
「……すごい国だな」
俺は思わず呟いた。
広場では、一人の子供が遊んでいた。
すると大人がすぐに駆け寄り、その手を掴んで叱りつける。
「お祈りの時間を忘れるとは何事だ!」
子供は泣きじゃくりながら、膝をついて空に向かって手を組む。
周囲の人々はそれを当たり前のように眺めていた。
「……笑えないな」
横でニイコタが苦々しく呟く。
「信仰に縛られてる。遊ぶ自由も、考える自由もない。全部、神に支配されてる」
俺は無言で頷いた。
◇
昼になり、俺たちは食堂に入った。
料理は質素だが量はある。だが、食べようとした瞬間――
「――祈りを」
店主の冷たい声に止められた。
周囲の客たちも一斉にこちらを見ている。
……そうか。祈らなきゃ飯も食えないのか。
俺とニイコタは仕方なく、周りを真似て手を組み、目を閉じた。
「……これ、芝居しないと生きていけないな」
「……永和の声、でかい」
隣でニイコタが小声で突っ込み、俺は慌てて口をつぐむ。
◇
食事を終え、外に出るとざわめきが耳に入った。
広場の方角から、怒号が響いてくる。
「――異端者だ!」
「神に背く者を許すな!」
人だかりの中心に、少年が引きずり出されていた。
十歳ほどだろうか。
痩せこけた体にぼろ布をまとい、必死に首を振って叫んでいる。
「ち、違うんだ! 俺は祈りを忘れただけで……!」
だが周囲の大人たちは耳を貸さない。
石を拾い、少年に投げつけ始めた。
「……っ」
俺は思わず拳を握りしめた。
――こんなの、ただのリンチじゃないか。
横でニイコタが腕を掴む。
「永和、やめて! ここで目立ったら……!」
「……でも、見過ごせるかよ」
ニイコタの瞳が揺れる。
けれど俺は彼女の手をそっと振りほどいた。
石が飛び、少年が膝をつく。
その瞬間――俺は群衆の中へ踏み込んでいた。
「――やめろ!」
怒声が広場に響き渡る。
人々が一斉に俺を振り返った。
その視線は冷たく、まるで「異端者がもう一人増えた」とでも言いたげだった。
背後でニイコタが顔を覆う気配がする。
……やっちまったかもしれない。
だが、引き下がる気はなかった。
俺の視線は、傷だらけでうずくまる少年の上に注がれていた。




