第一話「英雄の孫」
俺の名前は――村上永和。
十七歳。
冒険者見習いをしている、ごく普通の少年だ。
……いや。
“普通”っていうのは、ちょっと嘘になるかもしれない。
なぜなら俺は、かつてこの国を救った英雄、村上永和の孫だからだ。
◇
初代・永和。
彼は百年前、仲間たちと共に魔王ナリ=アーツを倒した。
人族と魔族、すべてを巻き込む大戦を終わらせた、正真正銘の英雄だ。
その隣にいたのが、ニイナ=コタルティス。
皆は愛称で「ニイコタ」と呼んでいたらしい。
彼女は祖母であり、初代の戦友であり……そして妻となった。
二人はその後、ザキカメアの街で暮らし、穏やかに年を取り、数年前に亡くなった。
俺にとっては、話でしか知らない存在だ。
ただ、祖父母の名はあまりにも有名で、街を歩けば「お、英雄の孫だな」と指をさされることもある。
少しだけ、面倒くさい。
◇
父の名は、村上永和Jr。
祖父の名をそのまま継ぎ、二代目として勇敢に生きた男だ。
そして母は、冒険者仲間だった女――ミス=エブーイ。
とびきり明るくて豪快な人で、俺が子供のころか
よく「冒険に行くわよ!」とわめいたものだ。
ただ、二人とも今は隣国オッカワス帝国に滞在している。
どうやら向こうのギルドから依頼された仕事らしい。
数か月前から戻っておらず、俺は一人、祖父母の残した家で暮らしている。
……まぁ、近所の人たちが世話を焼いてくれるので困ってはいない。
むしろ気楽でいいくらいだ。
◇
そんな俺の日常は、驚くほど平和だった。
ザキカメアの街は、あの大戦の中心だったとは思えないほど活気にあふれている。
石畳の通りには商人の声が飛び交い、広場では大道芸人が観客を集め、子どもたちが駆け回っている。
市場には香草と焼きたてのパンの匂いが漂い、路地裏では猫が伸びをしていた。
俺は街の冒険者ギルドに通い、簡単な仕事をこなしながら生活費を稼いでいた。
討伐依頼といっても、大抵は雑草魔獣や逃げ出した家畜の捕獲ばかり。
危険とはほど遠いが、それでも剣を持って外に出ると、少しだけ祖父の背中に近づけた気がした。
「よっ、永和!」
背後から声が飛んでくる。
振り向けば、同い年の冒険者仲間が手を振っていた。
「今日も薬草採りか? 真面目だなぁ」
「しょうがないだろ。俺、金ないんだから」
「ははっ、英雄の孫なのに貧乏暮らしかよ!」
「英雄の孫は腹の足しにならないんだよ!」
軽口を交わして笑い合う。
こんな日常が、俺は好きだった。
◇
夕方。
仕事を終えて帰宅するころ、街の空は茜色に染まっていた。
家の扉を開ければ、まだ祖母の使っていた花瓶が棚に置かれている。
祖父の古びた剣も、壁に掛けられたままだ。
彼らの思い出に囲まれながら、一人の夕食を用意する。
焼いた魚とスープ、それだけの質素な食事。
でも不思議と寂しくはなかった。
――この平和が、ずっと続けばいい。
本気でそう思っていた。
◇
だが、その日の夜。
いつもよりも少し肌寒かっただろうか。
ーー突如、街の中心部に警鐘が鳴り響いた。
低く重い鐘の音が、夜空を切り裂くように響き渡る。
冒険者ギルドから兵士が飛び出し、住民たちがざわめく。
「魔王だッ!!」
「国の外に……魔王が現れたぞーーッ!!」
誰かの絶叫が、街を駆け抜けた。
血の気が引く。
足がすくむ。
それでも、心臓は高鳴り、体は熱を帯びていた。
「……魔王、だと……!?」
ザキカメアの夜は、一瞬で色を失った。
season2です!!
是非続きも読んで頂けると嬉しいです!!




