第五話 新東京都
「だから言ってるでしょ。何回同じ事を言えばいいんですか?」
「質問の意味がわかりません。というか質問になってません」
「この文を読んでくださいと言っているんです。矛盾してるでしょ!」
スーツを来て踏ん反り返っている大人達の騒音。
ペンの先を出すカチッという音や、机を叩く音。ざわざわと一括りに聞こえる世間話。マイクを通る大事そうな話は飾りでしかない。
近代化によって走行音がほぼ消えた静かな首都の夜。人間達の笑い声や喚き声、流行りのテクノ音楽が響く。それは生気旺盛な人々の活気に溢れているというには野蛮で、狂気にも近いようにも感じる。
二百メートル以上のビルが立ち並び、壁一面に映像が写り化粧品の広告が流れる。そのビルの間には長い渡り廊下があり、幾つものビルと繋がっている。常に浮いている飛行船からは巨大なスポットライトが、監視するように回っている。建物のほとんどが黒白で統一され、コンクリートは滑らかに綺麗に仕立てている。
球体のようなオブジェクトも、ガラス張りの正立方体の建物も、強い光りを放ち街と空を照らしている。空には星一つ見えない。
バスのような車のドアが、皮が畳まれるように変形し出張洋服屋へと変貌する。所々で同じように靴や化粧品のお店が動いている。
それに入り込む人。ベンチに座り空中に浮いたプロジェクター画面に触る人。発色するスケートボードやローラースケートを乗り回す人。
人知れずビルの間のせまい裏路地で、人型アンドロイドをバットで破壊し嘲笑う数人の若者。
表面だけ見れば、人々の色とりどりの髪の色や服が目立つ、個性豊かな若気溢れる街。
しかし同じこの空の下、身を潜めた影の深さを考える人間は、どれほどいるのだろうか。
深夜十二時を回る新東京都は、まだまだ眠らないらしい。
「改谷。どう思う?」
そんな街を見渡せる壁一面ガラス張りのビルの一部屋。豪勢な机がある席に座る人間。
伊賀鶴勘九郎 現日本支部総理大臣。
短髪でガタイの良い五十代の男。人種も目の色もごちゃ混ぜになった世界でその男の容姿は日本人そのものだ。殺気立つ侍を想起させるギラついて刺すような黒い眼は、折れることのない信念と、尽きることのない向上心に満ちている。
「自分はまだ秘書について日が浅いです。よくわかりません」
勘九郎が座る席から距離を置いてたたずむ若者。
改谷拓扉
身長は勘九郎に劣らず高く、黒髪のいたって普通の二十代。
若くして首相秘書官政務担当に成り上がった大型新人エリート。と言っても伊賀鶴が官僚として働いていた改谷を抜擢した。
「今日の予算議員会も、いつも通りだったな」
「ええ。全くです」
世界が一つになる。そうはいっても実際に大陸が一つという事ではない。それぞれの国のトップ達が、綿密に話し合う事が出来る、より高度でエゴに左右されにくいコミュニティが完成したという事である。ある一人の、一つの巨大な脳みそを中心にして。
五年前、人工知能は人類を超えたと言われた。それは神にも近い智慧と能力を兼ね揃え、森羅万象の答えを生み出したからだ。
医療、労働、農作。人間の衣食住に関わる障害はほぼ消えた。
すなわち人間は絶対である死をも乗り越える事が可能となった。どんな問題も病気も、解決する答えを知っているからだ。
しかしその為増えた問題は多かった。
その恩恵を受けられるのは一部だという事。よって大きな経済格差が生まれたのだ。立て続けに作業が自動化した職業は多く、失業率は日本だけで四割を切った。
しかし完璧と言われた人工知能。余す事なく労働力を活用する方法はすぐに提案され、二年で成人の就職率七割まで回復した。
しかしたいした技術職ではない為、給与の不満は増大。職種も少なく選ぶ余裕もない。もちろん職につけないものも、十分な治療を受けられない者も、これまでの時代と同じく存在する。
変わりゆく時代を背景に、最低限生かされる人生、生き方を選べる人生。そしてどこにも属することができなかった、しなかったはぐれ者を分離させた。時代は進んだか。後退したか。それとも変わっていないのか。
(金も無く、働く事もしないのであれば、その人間は、社会にとって必要か。小さな歯車にすらなれない人間は、存在の価値があるか? 少なくとも、私のディナーにはなんの関わりもない。私が生きていく上で、その人間の有無は一ミリたりとも関与しない)
これはある富裕層の言葉であった。
もちろんそれを許さない者がいる。大きな問題として立ち向かい悩み抜く人間がいる。
時代の変化に乗り遅れた人々の不幸が、これから先の未来にあってはならないと。
「時代が進み、より平等を実現しているように見えるが、今でも自己の利益の為にお互い罵り合っているんだ。勘弁してくれよ」
座ったまま社長椅子を回し外の景色を眺めて勘九郎は言った。
「他の国も同じように無意味な話をしているんでしょうか」
「どうだろうな。しかしここまで未だに進歩のない国会は珍しいだろう。理由はまぁ、武力を行使しない戦争に負け、翻弄されたその後遺症とでも言うか」
「は、はぁ」
理解出来ていないような相槌をうった。
「それより例の件はどうだ? 」
改谷の方を向き机に手をついていう。
「はい。順調だと思われます。しかし」
改谷はコソコソと何かを伝えた。
「そうか。相原・・・ 何か嫌な予感がする」
「同感です」
「引き続き注意しろ」
「はい」
外から聞こえる人々のざわめき。一方からはパトカーのサイレン。散光式警光灯の鈍い光が飛び交う、変わったようで変わっていないような夜の街を伊賀鶴はまた見渡す。
このままでいいのか。このまま。何か大事な事を忘れてはいないのか。
これから人は、人では無くなっていくというのに。
そんな思いを募らせる。
灰色の空に、何かを探して。
川の中に一人と一頭はいた。
「ゆっくりだぞ。ゆっくり・・・」
両岸に立っている。
「いま! 」
空の掛け声と共に動き出す。
徐々に川の中央へ近づくアンガーと空。
どうやら網を使って魚を捕まえようとしているらしい。形状は例えるならサッカーゴールのネットを細かい目にして長方形に切り取ったような網だ。
川を跨いで網をかけ、その両端をアンガーと空で持つ。そして魚が集まってくるタイミングで中央まで歩き、網の端を合わせる。もちろんアンガーは泳ぐ。そうすると網が輪のようになりその輪の中に残った魚をゲットする作戦だ。
「どうだ空!」
網を空に渡して岸まで泳いだアンガーはブルブル体を揺さぶって水を飛ばしながらいった。
「二匹や・・・ 」
「なんでだ。うまくいったと思ったのに!」
「なんでだろうなまじで。網をあげるまでは結構いるんだけど、あげたら消えてんだ。こいつらワープでもしてんじゃねーか・・・ 」
ボソボソと屁理屈をこぼしながら岸まで戻ってきた。
「まぁ取れただけでもいいじゃないか」
アンガーが近づいてきて言った。
「ああ。そう思うべきだよな」
そう言って家までの森を歩き始めた。
何度も通っているうちに、搔きわける草は無くなって道が出来ていた。
あれから一週間程たっただろう。助けは来ない。
アンガーはよく一緒に外へ行くようになった。浜へも川へも付いて行きたがる。プライドで抑えていた好奇心を丸出しにして。
家についた。釜戸には常に火を燃やしている。部屋の隅にはポリタンクがあり貯水していて、隣に膝より高い大きなツボがあり、中には今日浜で拾った手のひらサイズを蟹がいる。日をまたいで集めた服はよく乾かして床に引いて寝床になっている。
「よし! 今日の晩飯は蟹のスープと焼き魚とヤシの実だな! 」
「食べよう食べよう! 」
アンガーは飛び跳ねて言った。
「待てアンガー! また床が泥だらけになるからちゃんとそのマットで足を拭くんだ! 」
足を指差して空が言う」
「わかりました! 」
猫がツメを研ぐようにして土間に引いているマット兼布切れに足をこすった。
夕陽が部屋を照らし出す。
調理の開始だ。
蟹と海藻を石の台所に並べる。使うのは石包丁。
これはその辺の大きめの石を家の裏の岩壁に投げ当てて運良く切れ味の良さそうな破片になったことがきっかけで誕生したものだ。形は昔の挿し櫛のようだ。
包丁を蟹へ向ける。
ああ、この瞬間だけは気が参るよ。
「ごめん。そしてありがとう」
一思いに叩く。割れた蟹からよくわからない液体が出る。じわーっと脚が動かなくなっていく。
拾った二つの缶詰の空を鍋代わりに、蟹を入れて水を入れて火に当てる。そこに海藻を包丁で手頃に切って入れる。煮えるのを待つ。
あとは木の枝に刺した川魚を直火で焼くだけ。簡単だ。
「アンガーヤシの実開けたー?」
「うん。開けたよー。これは飲んでいいの? また腹痛くならない? 」
「ありがとう。今回はまだ木から落ちてない奴を落として取ったから大丈夫。と思う」
二つのヤシの実に器用に切れ目を入れている。だいぶ上達したようだ。
二匹の焼き魚を大きな葉っぱの上に置いた。続けて蟹のスープを持ってくる。黒かった蟹は赤くなっていて美味しそうだ。
料理を乗せた葉を床に置いて座った。
焼けた魚の旨味汁が、それに流れ出ている。皮の焦げ目の色と葉の色がとても相性が良くて食欲をそそる。
「頂き・・・」
言い終わる前にアンガーはガブりと食べ始めた。
「まぁいっか」
そう微笑み、空も魚の背中に噛み付いた。心の中で続きをと唱えて。
調味料がないので味の物足りなさを感じるが慣れたものだ。
表に出る味がないぶん、魚自体の旨味がしっかりと分かる。ホクホクとほどける身は少し熱い。しかし野生的な食べ方にしてはとても上品な味で、意外にも綺麗に骨を残して食べられる。蟹のスープは缶詰の器を使っているからか見た目は良くないが、味は出汁がとても優しい味をしていて、海藻についた塩分が丁度いい働きをしている。味だけなら普通の何かのスープに引けを取らないだろう。蟹は大きくないので身は少ないが、鋏を折って殻を割ると多少ある。それもまた十分に料理として成り立つ美味しさだ。しっかりとした歯ごたえがあり、色もまるで市販の蟹と違いない。
至福のひととき。あっという間に食べ終えた。
「足りないなぁ」
アンガーは葉っぱを舐めていた。
「そうだな。やっぱり腹を満たすには何かあと一種類。米か肉か」
「肉だ肉だ肉だ! 」
「落ち着けよ」
蟹スープを置いて一呼吸つく。
欲しいものはあっても、とりあえず今日の食事にありつけた事。俺たちの為に死んでくれた事。今までは当たり前のことだったが、命を奪うことを実践した空は、自然とその事に感謝するようになっていた。
そうするしかない。しなければならない。
俺は命を殺して生きているんだから。
「ご馳走さまでした」
手を合わせて目を瞑った。それ以外の余計なことを考えないように。
アンガーはジッとそれを見ている。何かを感じているのかもしれない。
「明日、肉を取りにいってみるか? 」
目を開けて空が言う。
「でも今のオイラじゃまだ・・・・」
自信なさげにアンガーは答える。
「なんとかなるよ」
微笑んで空は言った。アンガーも笑みを返した。
星の輝きが顔を出す。月はまた大きな目を開けていた。
起きてからの日課は決まりつつあった。
まず一緒に浜へ行って掘り出し物を探す。そこには大きSOSと流木を並べている。
変化がないか確認し、浜で食べられそうな蟹か貝を拾う。
戻る道中で薪になる乾いた木の枝を集める。
一度それらを家に置く。貝や蟹が取れたらツボへ。薪は土間の角に。
次に空き瓶やポリタンク、籠、網を持って川へ。水の確保とできれば魚の捕獲。しかし今日は狩をするので漁は中止。水だけ取って上流の方の岩を登ってサバンナへ向かった。
風の匂いが変わり、揺れ動く草原が目に入る。同時にゆったりと雄大に歩く動物達の存在も。
「いけそうか? 」
空は足元に落ちていた長い棒を拾いながら言った。
「んーー。なんか変な感じ」
アンガーは真っ直ぐ近くの水牛をみて言った。瞬きすらせずじっと様子を伺っているようだ。
「怖いのか? 」
おどけたように軽く挑発した。
「そんな事はない! ていうかなんで空だけ武器を持ってるんだ! 俺にもくれ! 」
「お前持てないじゃねーか! 」
「じゃあいいや」
理解できればアンガーはすぐ納得する。とても素直だ。
「お前は飛びついて噛み付く。俺は棒で叩く。いいな? 」
「おう! 」
草むらに隠れながら群の背後に近づく。しかし四方八方に向いて群がる水牛に死角はほぼなく、そのうちの一頭はどうやらこちらを警戒している事にアンガーはすぐ気づいた。
「だめだ! 多分逃げられる! もう行くしか無い! 」
「そうか、わかった! 」
アンガーは飛び出した。空も続いて走り出す。
やはり水牛は警戒していただけあって既に背を向けて走り出していた。
「おおおおおおおお! 」
棒を高く上げて追いかけるが、アンガーも水牛もとても早い。
アンガーは飛びついて爪で張り付いた。
狙いの水牛は子供。動きを止める程の力と体重はない。
「くっそはえーな! 」
やっと追いついた空が叩こうとする。しかしすぐに巨大な成獣が、怒りの鳴き声とともにこっちを向いた。
「やべぇまたぶっ飛ばされる! 」
「下がれ空! 子供から離れるんだ! 」
アンガーと空はすぐに子牛から距離を取り、アンガーの指示する所まで下がった。
水牛の大人は、子供のとこまで突進し続けて、かばうように間にはいる。怒り心頭で荒い鼻息と鳴き声を散らす。
こちらも棒を向けて威嚇する。この時空は初めて水牛をしっかり見た。
なんだこいつ。よく見たら筋肉ムキムキじゃねーか! あれじゃ全力で叩いても石を殴ってるようなもんだ! こんな棒切れじゃ何年経っても殺せないぞ!
何が草食獣だ。怪物じゃねーか!
「今回は帰ろう。空」
「あ、ああ」
その時のアンガーの水牛を見る目は、自分を怖がった時とは異質なものだった。あれはもはや恐怖という感情では無い。というか感情がない。なんとも言えない胸騒ぎがした。
ていうかこいつこんなに体でかかったっけ?
前足がとても大きく見える。
とても重そうだ。体も一回り大きく見えて、所々筋肉の筋が見える。
そ、そういえばこいつライオンだったな。て事は、アンガーは、あの怪物を、一噛みで殺すようになるのか。
俺がもし敵で今アンガーを前にしてたら、怖いって、思うのかな。
そんな風に動揺しているうちに水牛の群れは空を無視して、去って行った。
「あぁ〜、やっぱ無理だったなぁ〜」
気が抜けたように萎んだアンガーはお座りのポーズで言った。
「つ、強そうだったな」
水牛になのか、アンガーに言ったのか謎である。
「もっと大きくなれば、楽勝さ! 」
危機が去ったのをきっかけにプライドが戻ってきたようだ。
「そうだよね・・・ 君おおきくなっちゃうんだよね・・・」
頬を片手で触って、トホホとうなだれた。
「あれなんだ? 」
アンガーが言う。
そこには高い丘があり、木があった。
「えっ」
その木の隣には人のような影が見える。
「あれは」
空は目を光らせた。
あの時の出会いの予感は的中した。




