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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第三十九話 九人目


  

 真っ白だったなぁ。あの日の君は。いつにも増して、顔色が悪かった。

 クラウンの高品質な革の座席を倒して、眠っている女性。

 茫然と立ったまま、切島はその女性の青ざめた顔を見つめていた。

 雪がヒラヒラと、花弁のように舞い落ちた真っ白な世界。

 そんな日のことを、静かに思い出していた。

「人に違いが生まれるのは必然です。もし仮に、我々人間が元は動物であるのならば、それ故の差別が生まれる。我々は、生き残る為、役割を果たせないものを容赦なく切り捨てることで生き残ってきた。これがいわば集団意識のひとつの原点です。群れをなすことで、少なからず安心する。だから、人との違いを簡単には受け入れられない。髪が違う。目が違う。肌が違う。服が違う。おかしい。あの人は、普通じゃないと」

 街灯の灯が入り込んだ暗い部屋の中、泣き崩れる女性を抱きしめて、必死で何かを伝えようとした。

 俺は約束したんだ。君に。

 切島はボソボソと続ける。

「ではその理由はなんでしょうか。動物であった時代に、一体なにをもって私たちは差別したのでしょう。毛並みの違い? 性格の問題? 足の速さ? っふ。まるで醜いアヒルのこです。どれもこれも、笑けてくるほどに今と変わらないですよね。どれだけの年月を経ても、我々はいまだに動物のまま」

 懐かしい学生時代。初めてしがみついていた机を離れ、恋を追ったあの日。その運命の人。

 俺は君の為ならなんでもする。

 そう誓った。

「でもね。ちゃんと理由があるんです。毛並みが明るければ、獲物に見つかりやすいから。足が遅ければ、狩りに支障がでるから。協調性がなければ、チームワークが取れないから。全てが、死活問題。その根底にあるものは、餌にありつけるかどうか。つまりは、食事ではないしょうか? 」

 モニターは、切島の発言に合わせて画像や動画を切り替えていく。

 俺が君を、悲しみのない世界に連れて行ってやる。

 顔つきを変え、吹っ切れる。

 「今日を生きれるもの。生きる力を持っているもの。明日の飢えをしのぎ、また明日も、生きていける能力を持ったもの。それができるものと、できないものとで、最初の分かれ道ができた。

 同じ種族でありながらも、その差は大きい。何故か。食事を確保できるものに、雌は集まるからです。例え役割をいくら分け与えたとしても、雌はそもそも、子を育てる為に最適な場所を選ぶ傾向がある。強い雄に、雌は集うのです。そうして、食事が取れないもの。今後は、弱者と言いましょうか。弱者は弱者同士集まり、また弱者を育んでいった。そうして世界は、無二無三、弱肉強食という概念が基盤となった。

 すると今度はどうなったか。我がもの顔で放蕩の限りを尽くす強者同士の、争いが始まったんです。周りの弱者を、使い捨ての道具にしてね」

 補佐であるエリアスが、テーブルに映る画面を操作し出した。

「私が言いたいのはですね? 」

 画面をドラッグし、映像をモニターに飛ばした。

「食事があるから、生き物は争い合うということです」

 モニターには、ある島の映像が流れる。

 ハイエナの群れに追われる少年。

 オオカミとオオアナコンダの決闘。

 異形の化け物が、掴み合い殴り合い、身を削り合う場面。

 拓扉と勘九郎は、静かに視線だけを合わせる。

「これは、一体・・・ 」

 永田は目を見開き驚く。

「そして今、それが体現されたということ」

 切島はいつものように、眼鏡を光らせ、オールバックの髪を整えた。

 

 

 

 

「ところでひとつ良いですか? 」

 柊は挙手した。

「峯呂さん。あなた、私に合体を教えた人じゃないですよね? 」

「え? 違う違う。俺じゃないぜ? ここにいる男の誰かじゃねえの? 」

「なんの話してんだ? 」

 ある夕暮れ、夕飯の支度をする一行のひととき。

「動物と結合して化け物になる裏技。それを教えた男のことです。フードをかぶってて、顔がよく見えなかったんですけど、峯呂さんとはどうも雰囲気から違うので」

「そうだね。峯呂とは別人だと思う」

 慧茉も賛同した。

「なんだよ。俺以外みんな会ったのか? 」

「空さん、俺も会ってませんぜ? 」

「じゃ二人か」

 フードかぶった謎の男。一体どんな奴なんだろう。

「え? おかしくない普通に? 」

「うん、おかしい」

 何かに気づいたルルに、慧茉も賛同する。

「これでいま此処に、八人揃いました」

「あ、そういえば参加者は八人って言ってなかったっけ」

「つまりこの中に、フードの男がいる。もしくは・・・ 九人目がいる」

「九人目・・・ 管理者とかっすかね? 」

「パソコンゲームかよ。でも、俺はこの中に、隠し事をしてる男がいるようには思えないけど」

 あんな裏技知ってるてことは、プログラムの制作に関係のある人物ってことだろう。

 すると相当頭がキレる奴。

 勝平はありえない。総司は? ピンとこない。峯呂は? 隠し事は上手いタイプには見えない。

「リーダー。お前じゃねえの? 」

 峯呂は軽い調子で言う。

「お、おれ? そんなわけねえだろ! あんな技知らなかったんだから。そもそもここに来るまでの記憶がねえっつうの」

 みんなは意外にも、否定もしなければ肯定もしなかった。

「え? 疑ってんのか⁉︎ 」

「だって記憶が無いってのもなんか出来過ぎてね? 普通にやって勝てないはずの慧茉にも勝負で勝ってるしさ。お前がフードの男でなんか裏があるなら、辻褄があうだろ」

「えぇ・・・ そうなのか・・・ 」

 言われてみれば・・・

「ふっ。無いな」

 総司が鼻で笑う。

「花時丸にそういうことはできん」

「なんでだよ」

「化け物になる術を教えるということは、火に油を注ぐようなものだろ。そんな争いを助長するようなこと、花時丸はしない」

 冷静に意見を述べた総司に、峯呂は何も言い返さなかった。

「そうですね。ありえません」

「ないない」

「なしよりのナシ! 」

 女子たちは、いっせいに否定した。

「お、お前ら、ちょっと疑ってただろう! 」

 女子たちは顔を逸らして知らぬ顔をする。

「でもそうか。より過激な戦闘をすること・・・」

「どうしたの? 柊姉さん」

「いえ。あの男は、なんの為にあれを教えたんでしょうか」

「なんやろなぁ・・・ 」


 君たちを殺す為だよ


 背後から聞こえた不気味な声に、ルルは凍りつき、持っていた鮎のスープを落とす。空はルルの手を引っ張り、自身の背後へ回らせた。

「お前が・・・ 」

 ドアに前に立っている男は茶色のパーカーのフードを被り、顔を隠している。

「ひさしぶりだな・・・」

 峯呂は自然と拳を構える。

「確定ですね、九人目」

「タイミングが良すぎたね。僕を探していたんでしょ? 」

 フードの影から見える口角が怪しく上がった。

「殺す為・・・って、どういうこと? 」

 慧茉は冷や汗を垂らす。

 「そのままさ。現実の病院で寝ている君たちの体。脳の活動を停止させる為だよ。

 この仮想世界で単に君らを包丁で刺しても、現実の肉体まで影響する可能性は五分五分ってところなんだ。仮想空間だという認識が強いからね。でも、此処が現実である動物たちと一緒になることで、意識は少なからず影響を受ける。加えて物理的に受けるダメージが、より現実的なものとして君らの脳を刺激するのさ。わかりやすくいうと、動物の意識と結合中に、致命的なダメージを受けると君たちは死ぬ。死ぬ確率を増やす」

 男はフードを上げて、顔を見せる。

 想像より若く、自分たちと同じくらいの年の優男だった。

 髪は黒髪のアシンメトリーで、サイドの外ハネと斜めの前髪に、行動とに似つかわしくない童顔の甘いマスク。襟のついた白シャツの上から、長めのパーカーを羽織っていた。

「君たちに教えたのは生き残る術じゃない。此処で死ぬ為の術だ」

 男は腕を前に突き出し構えると、データの様な数式が沸くように現れ、形を成していく。それは徐々に人の影を形成し、実態として女の子の体を出現させた。

「伊都! 」

 現れた伊都は何がなんだか分かっていない顔だった。しかし男がゆっくりと首に腕を回すと、表情は怯え始め、呼吸を乱した。

「計算外だったよ。まさか全員が生き残るなんて。でもここにきて理解した。そりゃそうだ。花時丸くん。君がいるんだもん」

「は、はあ? お前さっきから何言ってんだよ・・・ いいから伊都を離してくれ」

「因みに、君の記憶を奪ったのは僕だ」

「・・・? 」

「てめえ空さんに何しやがった! 」

「殺そうとした。現実で。でも失敗した。・・・あの時、眠っている君の、頭に埋め込まれていた電極を引き抜いて、コンバーターの電源を強制的に切った。でも直ぐに運営の巡回が来て、死を確認する時間は無く逃げたんだ。きっと運営は直ぐ異変に気付き、君を処置したんだろう。だけど、僕が回線を切って、直してもらうまでのその数分間、君の意識と肉体の繋がりは、完全に無くなったんだ。植物状態って奴さ。それで脳になんらかの障害が出たんだろうね。プログラムに関する記憶だけ、都合よくすっぽりと抜けちゃったみたいだ。

 驚いたよ。此処が現実だと思い込んでいた君が、一番最初に死ぬと思っていたから。でも、やっぱり運命ってのは、わかんないものだね」

「な、なんでそんなこと・・・ お前何者なんだよ! 」

 次々と述べられていくことに、疑念を持つ余裕はなかった。ざっくりとした話の辻褄が、一行の頭の中で歯痒くも噛み合っていく。

「な、何が目的なんですか? 」

「話すぎかな。もういいや」

 男は腕を前に伸ばし、指を鉄砲の形にした。

「ここから先の話には、なにか代償を貰おう。そうだな・・・ 四人・・・」

「は? 」

「四人殺して、残りに四人になったら教えてあげるよ」

 空は青筋を立てる。

「するわけねえだろ。そんなこと」

「安心しなよ。君らが何もしなくても、一人は確実に消えるからさ」

 男は伊都の首を強く絞めて自身に寄せる。

「お前・・・ 」

 空の拳が、硬く握られた時、伊都は声を出した。

「大丈夫! 」

 何事もないような平気な顔をして笑んで見せる。空は胸が苦しくなり、言葉を詰まらせた。

「空。私、大丈夫だよ」

 灰色の瞳に、涙が揺れる。涙は家の中にある様々な色を吸収して、複雑な色味を目に宿した。

 空にはそれが、伊都の心そのものに見えた。

「なんで・・・ なんでそこまで・・・ 」

「可哀想だね、三月さん。こんなところに来なきゃ、君には全てが与えられたのに。世界的にトップクラスの産業開発グループの元締めの一人娘が、こんな泥だらけの世界に一体何しにきたんだ。こんな奴らと調子合わせる必要ないのにさ、無駄に傷ついて、無駄に苦しんで、死んでいくなんて」

「わ、私は・・・ 」

「喋らなくていいんだよ。誰も君の言葉なんか聞いちゃいないんだから」

 首を強く揺さぶり、黙らせる。

「結局ここに来ても自由になんてなれなかったんでしょ? 幼い頃から君に植え付けられた『弱さをみせない』教育は、外そうとすればするほど、君を、強かで、凛とした、美しい女性へと調教していく。どこの金持ちから見ても、恥ずかしくない人間になるようにね」

 伊都は俯き、目を前髪に隠した。揺れる髪で見え隠れする耳元に、男は易しく呟いた。


「君は一体、何に期待してたんだ? 」


 空は飛び出し、男に殴りかかった。

「うるせえええええええ! 」

 大振りの右ストレートは、男の顔面に入ったように思えた。しかし男の顔は歪み、煙の如く腕に纏わり付くと、伊都と共にふわりと消えた。そして男の声だけが、その場にいるものに残された。

(島の反対側に来い。三人でな。三日待ってやる。来なければ、女を殺す)

 空は拳を地面に叩き落とした。岩にヒビが入り、その場が緊迫感に包まれる。

「四人殺さなきゃいけないのか・・・ どうする? やるか? 」

 峯呂は首を鳴らして腕を伸ばす。

「ちょ、ちょっと待ってよ・・・ 」

 恐怖と動揺で、慧茉は、膝を折り座り込んだ。

「で、でも伊都が死んじまうぜ! 」

「四人死ぬか、伊都一人死ぬかってことだろ」

 焦る勝平に、峯呂は冷静に返す。

「ここで争ったって、あいつの思う壺じゃん! 」

「リーダー。どうすんだ。たぶんあの男、まともにやっても勝てねえぞ」

「いきなり現れたり、消えたり。普通の動きじゃありません。こちらの動向も全部筒抜けだったような話でしたし・・・ 分かっている能力の他にも、様々なことができると考えた方がいいでしょう。私たちが束になっても、勝てるかどうか・・・」

「勝てるかどうかなんて関係ない。俺は、行かなきゃいけないんだ」

「流石に無謀だぞ」

「少なくとも、何か策を考えましょう」

「島の反対側なんて三日で辿りつけるか分からないだろ。俺はすぐに出る」

「待ってよ空くん! 今みんなと離れるのは良くないよ! 」

「ねぇ」

 後ろにいたルルが言った言葉に、空は動きを止めた。

「行かなきゃダメ? 」

 その意味を、皆理解していた。

「もしかしたら、伊都、死なないかもしれないじゃん! 五分五分だって・・・言ってた・・・ 」

 感情がゆらゆらと動き回る中、ドアの前に、エールが尋常でない顔つきで飛んできた。荒々しく着地すると、飛び跳ねながら何度も空の名前を呼んだ。

 空は何かを決める。

「・・・ あの男は俺たちを無事に現実へ返すつもりなんか毛頭ない。お前らに結合を教えたのは、要するに、誰がいつ、何処で死んでも良かったからだ。全員死のうが、数人生き残ろうが、どんな結果になっても、後始末できる力を持っているからだ。そしてその目的は、全員殺す確率を上げる為、指定の人数まで減らす為、もしくは、ゲーム。争っていて欲しいとか。このどれかだ。どれにしても、俺たちが此処でじっとしていたところで、約束された安全なんてない」

「確かに・・・ 四人になったら、もう自由ですよとなる確率は低いかもしれません」

 危機的状況にある時、空の推理は的確に作動する。それはトップクラスの成績を収める柊ですら追いつかない早さで塾考される。

「でも・・・ 怖いよ! 」

 慧茉は震えて訴える。

「ウチも、ど、どうせ消されるなら、もう少しみんなと一緒にいたい・・・なんて・・・」

「・・・俺もだよ」

 誰もが思った。一言、助けに行くと言えたらどれだけ楽なんだろう。しかし状況は変わり、必殺技のように思っていた結合は、むしろ弱点で、怨敵は、此処で戦った誰よりも恐ろしい。立ち向かおうが、ここにいようが、結果は全てあの男は決めるのなら、少しでも長く生きたいとも思った。

 しかしそれでも、皆どこか気づいてた。

「でも行くんだろ? 花時丸」

 総司は腕を組んで言う。

 エールが伊都のアイテムであろうフライパンを空に渡す。

「・・・見ろよ。この新品のフライパン。料理出来ないの知られたくないから、アイテム隠してたんだろうなあいつ。誰も気にしないっていうのにさ。でも持ってこようとしてたんだ。自分の弱いところ、見せようとしてたんじゃないかな」

 空はフライパンを見て続けた。

「俺にできることは、何も変わらない。人の心に寄り添うことだけ」

 不安で一杯の顔をしたエールを優しく撫でて、立ち上がる。

「ここで変わろうとしていたあいつの隣で、一緒に歩いていく事だけだ」

 優しく微笑んで振り返る。

「あいつに、まだ話したいことも、言ってやりたい事も沢山あるんだ。お前らもそうだろ? 」

 沈黙は、思いのほか直ぐに破られる。

「ま、まぁ・・・ あんまり強がってると、私みたいにトゲばかりの女になりますよ? とかですかね」

「トゲしかないの間違いじゃね」

「五月蝿い」

 クスりと笑い声が聞こえた。

「取り戻しに行こう。全部」

 皆の顔に、光が灯る。涙を拭い、慧茉も立ち上がった。

「空さん・・・ 一生ついていきます! 」

「流石リーダー。見直したぜ・・・ ま、まぁ? 俺は最初から行くつもりだったけどな! あっはっはっは! 」

「調子いいやつー」

 ルルは髪を手で靡かせる。

「おい坊主。遅れるなよ」

 先に外に出た総司は、勝平を挑発する。

「っへ。久々に話しかけてくんじゃねーよネクラ黙秘」

 一行は家の外に出て、軽く体を伸ばした。そして家の崖の上にそびえる遠くの山の向こうまで見通し、目的に精神を凝らす。

「エール。上に動物組を集めてくれないか? 」

 エールは目を輝かせる。

「直ちに! 」

 薄暮の大空へ豪快に飛び立つエール。一行の思いも、その夕陽に燃ゆる。

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