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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第三話 伸長

     

     

 ストレッチをした。体の調子は良さそうだ。何から始めようか。不思議と溢れる好奇心を静かに感じながら、空が切り出す。

「よし! アンガー俺はちょっと出るけどどうする?」

 股を開き、肩入れをしながら言う。

「んーオイラはここにいるよ! 家を守るんだ」

 柱に噛み付くのを止めて、そのままの体制で言う。

「うーん、そっか。わかった!」

 さて、どうしようか。

 とても天気が良い。少し眩しい斜陽に目を渋らせながら、空は歩き始める。

 ここは大陸なのか、島なのか。人がいるのかいないのか。帰る方法はあるのか。

 何から手をつければ良い? 色々動き回って旅するように調べる方が良いのか。しかしその場合、もしなんの成果もなかったら、その後動ける保証がない。

 というのも昨日はほとんどの時間を寝て過ごたから何も思わなかったが、ここで目覚めてからまだ何も食べていない。まだそんなにお腹は減っていないが、空腹感が襲ってくるのも時間の問題だろう。その前になんとしても生活に必要な食料の確保は優先すべきだ。漂流と考えて救援信号を描くのも大事だが、まだ後で良い。生きてさえいれば、何度だって書けるんだから。

 やりたい事は山々だが、家を拠点として、今日は何か食べれそうな物の確保と探索を目当てに動こう。誰か人がいるかもしれないし。でもあまり好き勝手に歩いたら体力だけを無駄にしてしまいそうだ。

 家を出てて歩いて行くと、昨日の砂浜が見えてくる。

 そういえば、昨日はあまり気にしてなかったけど、ヤシの木が生えていたような。

「ヤシの実! 」

 ビンゴだ。

 実が落ちている事とヤシの木がポツポツと浜に沿って生えているのを確認した。近くへ駆け寄り、持ち上げる。

 硬い。意外と重い。バレーボールよりは小さいサイズだ。茶色の繊維に包まれている。テレビなんかでこの中にある水分を飲んでいるのをよく見るが、割り方がわからない。

 しかしそれさえ分かれば貴重な水分になってくれるだろう。 

 次に浜を見渡すと、無数の流木や枝が波に運ばれて並んでいる。

 その中には汚れて黒ずんだ子供用の服や、ビニール袋、発泡スチロールも目立って見える。いわゆるゴミというものだ。予想を超える量がある。

 もし何日もここで暮らさなければいけないなら、とても役に立ってくれるだろう。

 手辺りで集め始める。

 布。とても応用の効くものだ。自然界では決して手に入ることはない。当たり前のようにあったものだが、どうやって布が完成しているのかすら分からない。だからこそ空はより一層、改めて時代の進歩の素晴らしさを感じた。豊かさとは間違いではないのだ。

 小さなシャツ。二、三枚落ちている。拾い上げ、広げてパタパタと砂を払った。

 他にも何か無いかと木と砂の色とは違う色を見つけては調べた。しかし物があっても沢山は手に持てない。空はくしゃくしゃのビニール袋を拾った。しかし大きく破れている。近くにもうひとつあったので拾うと破れていない。

 その二つを重ね強度を上げて、拾ったものを次々に入れていった。

 白いハイカットスニーカーの片足。また片足の水色のサンダル。破れた半袖シャツの服。また片足の赤いローカットスニーカー。大きな酒瓶。ポリタンク。オレンジ色の買い物かご。

 なにやら独占して買い物をしているようで楽しくなって来た空は、他にも使えそうなものはガンガン拾えるだけ拾った。

「よし!」

 一区切りついて立ち止まった空はふと我にかえる。

 

 俺は何をしているんだ。


 食料と探索が目的だったのに。無人島生活でも始めるつもりなのか。

 誰かが救助に来て明日には家に帰ってるかもしれないのに。

 まいいや。せっかく集めたんだ。それにもしかしたらこのまま何年も家に帰れなかったりして。冗談きついぜ。

 掘り出し物の入った袋と買い物かごを持って一度家まで戻る事にした。見た目は完全に買い物帰りだ。良い筋トレになるなと、踏ん張りながら歩いた。

 ここまで漂流物があると言う事は、栄えた別の島が割と近くにあるのだろうか。どちらにせよ、この漂流物はここがファンタジーな夢の世界ではなく、俺たちの日常の線上にある事の現れと思っていいだろう。

 スタスタとテンポ良く進み、家の正面に来た。持って来た荷物を地面に置いて、今度は右側の森の探索に出る。

 家の裏はすぐ岩の壁のようになっている。上まで急な斜面になっており、ちょうどその天辺から屋根に飛びうつれそうな高さだ。五メートル位だろうか。頑張れば登れそうだ。

 それを横目に見ながら草むらを歩く。名前もしらない草や花が生い茂っている。

 浜辺に向かう時に比べて、徐々に草木が増し激しい絡み合いを見せ始める。木々の間を脱ぐって先の方に視線を投げるも、まだまだ開けた場所ではなさそうだ。

「いてっ!」

 右足が鋭いなにかを踏んだ。飛び上がって後ろへ下り足を抑えた。血が出ている。

「はぁー痛い。まともに探索できないなぁこれは」

 怪我した辺りを見ると棘の生えた枝が倒れていた。

 靴や服は防御力としていかに優れていたのかを空は思い知った。一度家に戻り、拾ったものを調べ直すことにした。

「アンガーこれ砕けるか?」

 空はヤシの実を床へ置いた。

「なんだこれ!」

 アンガーは飛びつき、転がして遊び始めた。

「硬いぞー?」

 そう言って空は床に座り、拾ってきたものを土間に転がした。

 すぐに使いたいのは靴だ。

 動けない事にはなにも始める事ができない。足の大きさに合いそうなのはやはり目をつけていた白いハイカットと赤いローカット。

 砂でザラザラした感触を我慢して濡れた靴に素足を入れてみた。左足はハイカット、右はローカット。一組にはなる。

 使い古されているが大きな損傷はない。履き心地は最悪だが、紐も十分機能している。

 立ってみた。靴底の高さが若干違うようだが、気にはしなかった。

 これなら先へ進めそうだ。

 ヤシの実処理はアンガーへ託し、空はもう一度棘のあった茂みへ向かった。道中で走ったり、飛んだりしたが問題なさそうだ。痛みという恐怖からしっかり守ってくれているという感覚はまた技術の素晴らしさと物への感謝を募らせた。

 しっかりと足元を確認しながら、できる限り地肌の見えるところを選んで一歩一歩進んでいった。

 中々スムーズには行かない。ジンワリと首元を湿らせた汗は、いつのまにか全身に噴き出していた。腰まで丈のある太い雑草をかき分ける度に、煩わしさと苛立ちを蓄積させた。

 着実に距離を重ね、家から百二百メートル程だろうか、水の流れる音が聞こえてきた。それも膨大な水。進むにつれて、音が大きくなればなるほどその流れの強さと水量を察した。

 草木が消え、ひらけた場所に出ると、無色透明の美しい川が左から流れている。幅は三メートル程だ。深さは大体膝より高いくらいだろう。川底は丸石や土、水草らしきものが見える。崖の上から流れているのだが、崖というより岩の階段のように斜面になっていて、そこを滑るようにジグザグに降りて来ている。

 せせらぎの音が全身を包んで、雑草に感じていた鬱陶しさを川下へ流す。まるで心の中を掃除するように感情を空っぽにした。

 触りたい!

 唐突に現れた欲求に従い、川辺に膝をついた。

「おー冷たい」

 その温度は、音よりも確実に心をリフレッシュさせた。両手を入れてゆすいだ後、水をすくい顔に強めに当てる。跳ね返り、大半が汗や泥の汚れと共に落ちた後、ひたりと頬骨の輪郭を通って顎で留まる。次から次へと流れてくる水が雫となり、やがて張力の限界を超えて肌を剥がれ落ちる。重力を体現したその重みが体の芯まで伝わってくる。とても神聖な瞬間だった。

 両手ですくって口へ運んだ。

「ああおいしい!」

 何度もすくっては口へ。腹がタプタプになるまで飲んだ。水は喉元を滝のように流れ、胸元を濡らした。

 空は立ち上がり、さっきまでとはまるで違う体の重さを感じる。それは疲労を知らせる反面、我という自己意識をくっきりさせた。

 よく見える。色が。流れが。世界が。この動き続ける水の中に揺れる草の葉脈までも。

 そして、馴染みあるフォルムをした少し気持ちの悪いアイツを見つけた。

「魚! 」

 すぐさま飛び込んだ。

 そこからは一瞬だった。

 日が暮れ、川が赤く染まるまで夢中で追い続けた。せめて二匹だけと。しかし無理であった。成果は多少触れた、ような気がするだけだった。卓越した泳ぎのプロ集団にもてあそばされただけ。先程の体の重さが気だるさに変わり、倍以上に重くなったと気付いた空は、肩を落とし諦めて帰ることにした。

「どうだーアンガー」

 目尻をトロンと落として空はドアを開けて言った。

「爪が刺さった!」

 横ばいになり、前足に張り付いて離れないヤシの実をブンブン振り回して、取っ払おうとしている。

「見せて」

 空はアンガーの横に座り、前足とヤシの実を太ももに乗せて抱えた。

「これは」

 閃いた空はそのまま前足を持ち、爪を実の曲線に沿って下へ動かして裂いた。切れ目が入った。

「いてててて!」

「ちょっと我慢して!」

 数回同じところを爪で切り裂く。そして暗い亀裂が見えた。空はそれを頭上へ持ち、傾ける。

「でたー!」

 口を大きく開け、ボトボト統一性なく落ちてくるヤシの実の水を飲んだ。少し甘くて青臭い。そんな味だったが、とくに気にかけることはなかった。初めて自分の手で手に入れた腹に入る物が嬉しくてたまらなかった。

「オイラもオイラも!」

 飛び跳ねて欲しがるアンガーにも上から水をかけるように落とした。顎をガクガク動かして飲んでいるようだ。しかしすぐに水は無くなった。まだまだ欲しがる食欲を無視してあっという間に消え去ってしまった。

「少ないんだな」

 寂しげに空になった実を置いて言う。

「オイラは普通の水の方が好きだぞ」

「明日は持ってくるから」

 そういってもう一つ拾って来たヤシの実を取り出す。そしてアンガーの手を拝借。

「いてててて!」

 アンガーの叫ぶ声は、昨日と変わらない夕陽の温もりと共に、暮れる空に消えた。

 一刻が経ち、夜の静けさが一人と一頭の会話を聴く。

「明日は魚を捕まえたいんだけどアンガー捕まえきれない?」

「オイラ狩りはしないんだ。雄はしないものなのさ」

「それは困ったなぁ。できれば手伝って欲しいんだけど」

「んーできない! やりたくない!」

「でもここで一緒に暮らすなら、助け合わないと」

「んー。雄はしないものなのだ!」

 お互い寝そべったままの会話だった。

 ライオンの生態が詳しくわからない以上、無理にはお願い出来ないことは空にもわかっていた。しかしライオン。生活を助けてくれる動物のパートナーとして申し分無い相手。助けてくれたらもっと豊かに生活ができるのでは無いかと、空は考えていた。

「そっか」

 残念に思いながら、どこか納得できない思いを残して眠った。

 

 二日目。

 迎えには誰もこない。

 少しだが、確かな感覚となった空腹が焦りを生む。籠と袋をもってまずは掘出し物を探して浜へ。

 今日の収穫は鉄のボウルとまたボロボロの服。ヤシの実を二つ。そして家に戻り、ヤシの実をアンガーへ投げる。

 次にやる事には考えがあった。使うのは買い物籠と瓶。

 昨日見つけた川へ向かう。絡んでくる茂みを時々、バカ!と罵りながら。

 たどり着いたら早速瓶の中身をゆすぎ、水を中へ注ぎいれた。水は確保完了。

「さぁ勝負だ。魚類ども」

 数匹のチームで煽ってくる魚達に、バッシャーンと叩く勢いで籠を振り下ろす。水飛沫が高く上がり、全身を濡らす。

 しかし全く当たらない。動きを読まれているようだ。籠を避けた後に股の間をスーッと抜けていったその魚の表情は見下したような表情で、への字の口からぷっと空気を出し、水面で割れる。

 こめかみに脈が浮き出た。

 目を吊り上げて、奮闘した。

 そこからはまた一瞬だった。日が一番高く登り、下りかけるまでバシャバシャ籠を上から水面へ叩きつけた。

 完敗だった。川辺に尻餅ついて乱れた息を整える。怒りを超えて悲しみをさり気なく漂わせながら自然と川上に視線をやっていた。この上はどうなっているのだろう。

 立ち上がった空は、水の流れる岩の斜面へ歩き、両手足を広げ凸凹に掴まり、登り始める。あまり急ではないので怖さはなかったが所々藻で滑る。

 なかなかの高さだ。膝に手をついて立ち上がり前を見ると、また森が広がっていた。しかしすぐ向こうは開けているようだ。掻き分けて進んだ。日差しを遮る高い木が無くなり、一気に光が差し込む。

 そこにあったのは、果てしなく広がるサバンナ。草原地帯だった。

 大地の脈拍が、新たな出会いを予感した。

 

 

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