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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第三十七話  喧騒


 モリ突きの帰り道、空は落ち込んでいた。

 まるで海中のヘラクレス。たった一つの木槍とナイフだけで、次々と魚を捕らえる様は、まさに百戦錬磨の戦士だった。

 あまりの迫力に気圧され、言われたとうりのことをやるだけで精一杯。

 ランタンを腕にかけ、魚に紐を通して持っているだけ。

 ルルさん。いや、ルル軍隊長。

 私は貴方に一体何ができるのでしょう。

 純粋な尊敬を上回る、女の子に身体能力で圧倒される虚しさ。

 俺、ついてこなくてよかったなぁ。

 大量の魚を引きずって、森を抜ける中、無力さに苛まれていた。

「空、なんか暗くなーい? 」

「な、なにもねえって。・・・まじで何もない」

「ふーん。そっか・・・ 」

 ルルは少しだけ顔を俯かせた。

「泳ぎ本当得意なんだな」

 モリを肩に、ランタンを手に持ち進むルル。何か決心した顔をすると言った。

「と、得意っていうか。まぁウチは早くて当然っていうかさ」

「なんだそれ」

「ちょっと前に流行った、ゲノム編集って知らない? 」

「あぁなんかとちょっとだけ。どうして?」

「・・・ウチはさ、代々、泳ぎに特化した遺伝子組換えばっかしてきた一家なんよ。でも日本にきて、違法になって、ママの代で止めたんだけど、その名残りが、わたしにもあるんだ」

 ルルはそういうと手の平を顔の前に出してきた。

「水掻き、大きいっしょ? 指も空より長いはず。足の指も長いし、抵抗をなくす為太りにくいし、体毛も少ない」

 ルルの目は、少し悲しそうだった。

「水に入ると、関節が緩くなって手足が伸びるのがわかる。肺も強くなってるから、正直、プールなんか往復息継ぎなしでいける。やばくない? 」

 急に足を止めると、俯いたまま呟いた。

「化け物だよ。ウチ」

 ハッとした。本当は言いたくなかったはず。

 ルルは、俺に気を使って・・・

「お、泳ぐのは好きだよ! でも、みんなにそういう目で見られるのは好きじゃない。もう、慣れたけどね・・・ 」

 いても経っていられなかった。

「ごめん! 違うんだよ! さっきから迷惑かけてばっかりで、嫌になってただけで! 」

 勢いでルルの大きな手を握った。

 両手で包んで。

「この手があったから俺、今生きてるんだよ! お前が引っ張って泳いでくれたから! ・・・本当に感謝してるんだ。どこが化け物だよ。こんなに綺麗な手をしてるじゃないか! 」

 瞳がエメラルドグリーンに煌く。

 シミひとつない美白な手の甲を優しく摩って、空は続けた。

「本当の化け物ってのはさ、心に住みつくものだ。でもルルはさ、すごく優しい心を持ってる」

 手を裏返して、包み込む。

「生まれも事情も関係ない。授かったものはきっと意味がある。この手も、心も。全部お前の、チカラなんだ」

 ジンジンと包まれた手が熱くなっていく。

 ウチより小さい手なのに。やろうと思えば、人間離れした形に伸びる手なのに。

 どうしてこんなに、大きく感じるんだろう。

 その温もりが、懐かしくて。

 長らく、出会わなかったなぁ。

 見た目とか、実績とか関係なしで『私』を包んでくれた人。

「もし、それでも辛いなら。もし、自分で自分を愛せないなら、俺が愛し・・・ 」

 顔が赤くなってしまった。

 あれ? な、何言ってんだ俺。熱くなりすぎた!

 え、で、でもここまできたら言い切らなくちゃ・・・

「おお、俺が、アイシテ・・・」

「ぷ! ぷはっはっはっは!」

 ルルは吹き出して爆笑した。

 笑んだ目からほんの少し零れた涙を拭う。

「はぁー。もう、最高だ空っち。・・・ありがとう。ちゃんと伝わったよ」

「そ、そう? 」

 戸惑いながらも、ルルもまた照れ臭そうな顔をしていたので、なんとなく実感した。

「帰ろ? 」

 朗らかな笑顔でそういうと、二人はまた歩いて行った。

 

 


 早速家に着くと、峯呂は深々と頭を下げてきた。

「おっす! 改めまして、俺峯呂って言います! よろしくおねがいしまああああああああああああ」

「うるせぇよ! もう夜中なんだから静かにしろ! 」

 慣れない夜の勤めに、空とルルは体力の限界だった。

「すっげぇ大量っすね・・・ 」

「ほんとー! すっごい! 」

 勝平と慧茉は感激していた。

 柊と総司も、魚を持ち上げては降ろし、どうしようかと考える様子。

「凄かったんだよ・・・ もうルル軍曹は・・・ 」

 もはやなんの魚かよくわからないが、アジや小さめの鯛など、よく目にするものだけは理解できた。

「さ、さっさと焼いて食おうぜ」

 竈門で焼くには困難な為、また外に大きめの焚き火を作り、みんなで焼き始めた。

 香ばしい香りが漂い食欲を唆る。目に染みる煙には、だいぶ慣れた。

 匂いにつられた動物組にもお裾分け。もちろん海を出る際にはラックにもお駄賃としてあげた。それでも十分に余る。こちらでセーブしなければ、しかし、奴らはあるだけ全て食い尽くすのだろうと、一頭に二匹に絞った。

 捌くには数が多すぎた為、そのまま焼いて、皮と鱗を剥ぎながら食べようと話し、焼けた魚から皆に配り食べた。

 それはもう、天にも登る美味しさで、黙々と身を頬張った。

 白身は勿論のこと、新鮮な青魚も油がさっぱりしていて、塩加減が絶妙だった。

 油で手を濡らし、口周りを汚しながら食す自分たちの姿があまりにも原始的だったのか、食べながら可笑しくなった。

「おい! てめえ何当たり前の顔して食ってんだよ! 」

 勝平は頬を膨らませたまま、峯呂の魚を奪う。

「いいじゃねえか、細かいこと気にすんなって! 」

「てめえが言うなっての! 」

「その辺ははっきりさせときましょう。空さん。いいんですか? 峯呂さんが加わっても」

「うん。いいさいいさ。その代わり、決闘は俺だけだからな? じゃなかったら・・・ あのー・・・ あれ。し、死刑」

「漢らしい。気に入った。よかろう」

「上から言うな! 」

 勝平は峯呂によく噛みつく。だが峯呂はもろともせず、堅いこと言うなと笑っていなしている。

 正直言うと、不安だ。たぶんあいつは、俺と反対の人間で。

 明るくて、元気で、強くてさ。

 よっぽど主役らしいと感じていた。しばしば無力感に襲われる空にとって、それは羨ましかった。

 どんな感じなんだろうな。

 実績のある自信って。

 そんな感傷をいきなり打ち消すような発言が出たのは、この後だった。

「もう食べきれない。いらなーい」

 焼けた魚を遠くへ押しやった伊都。

 その様子は、あまりにも無神経で、皆の心に影を生んだ。

「・・・要らないって、何? 」

 特に、役目を負った二人に。

「え? いらないからいらないって言っただけだよ」

「その言い方は無い」

 ルルの顔は、異常に引き攣っていて、見ているこっちまで苛立ちがビンビンと伝わってきた。

「お前がいらないって指で押しやった魚。ウチと空は命がけで取ってきたものなんだけど」

「うん。わかって・・・ 」

「ありえないでしょ普通に。確かに何十匹もあって、腹にたまるくらいになったけど、それってここじゃ凄いことなんじゃないの? 」

「だからわかってるよ」

「じゃなんでそんな言葉が出てくるわけ? 本当に感謝してるんだったら、そんな言葉、馬鹿でも口にしないと思うんですけど」

 静かな緊迫に、誰も口を挟めなかった。

「要らないって言葉の意味わかってる? みんなの為にと思って、冷たくて暗いの海の中、五十メートルまで潜ってさ、ラックにも手伝ってもらって。一歩間違えれば普通に死んでたっておかしくない。現に、空は溺れて死にかけてたんだ! その頑張りに、よくもそんな言葉・・・ 」

「それは努力の仕方なんじゃないの? もうちょっと考えれば、そんな危険な事しなくたってできたんじゃないの? 無理やり空とルルちゃんがいくって言ったから、何も言わなかったけど」

「はぁ? ・・・ふざけんな。この場に及んで結果論。だったら全部お前が決めてやってみろよ。・・・そうだよ。馬鹿だから、ベストな方法なんてわかんないよ。だから馬鹿なりに、頑張ってる。責任を感じてるから、リーダーは、リーダーの務めを果そうとした! その頑張りに、何も思わないのかって聞いてんだ! 」

「おいルル・・・あんま・・・ 」

「だからそれはわかってるって言ってるじゃん! 」

 幼なじみの勝平の言葉は、二人の激情に沈む。

「わかってる奴の態度じゃねえっつうの! 」

「い、伊都ちゃん! 」

 会話に参戦できたのは、同じ周波数を放っている慧茉だった。

「この際だから言うけど、今日、船で皆んなが漁してる間、私たち居残りだったじゃん。その時私たちは、万が一の為の見守りを任されてたよね。なのに伊都ちゃんは、途中でエールと何処かへ離れて行っちゃった。もし、あの時、峯呂が私たちを襲ってきてたらどうしてたの? 私はプレアが居なかったから、戦うことなんて出来なかったんだよ? 凄く怖かったよ? 船の方にも何かあったら、助けに行けるのは、飛べる伊都ちゃんだけなんだよ? 」

 伊都は黙ったまま、何も言わない。

 ルルは伊都を目から放さない。

 少しの間沈黙が続くと、伊都は不意に言葉を落とす。

「・・・別に何もなかったからいいじゃん」

 酷く、寂しい気持ちが、みんなの心に漂った。

 怒りを通り越して、呆れるといった感情が、心を攻撃する。

 その言葉で露わになった、あまりにも自分本意な、人の思いの片付け方に言い返す言葉は見つからなかった。

 まぁ。そりゃ、俺の思いが全員に理解されるとは思っちゃいなかったけど。

 けど。

 やっぱ、傷ついちまうもんだな。

 でも、なんでかな。

 何故かまだ、心が結論付けようとしない。

 まだ、伊都のこと、何にも知らないからかな。

 本当に、根っからそう思っているのか。

 伊都の平然な顔は、どこか揺れているような気がしていた。

 どこか、繕っているような。装っているような。

「お前、人に謝ったことある? 」

 ルルの言葉への返事は、返って来なかった。

 

 それから何日か、伊都とあまり話さない日が続いた。

 避ける程じゃないが、必要なこと以外話さないと言ったような。

 それはなぜか全体に広がり、みんな口数が減った。

 すごく、変な空気。嫌な感じ。

「ってことになってんだよ今。人間は大変だろ? 」

「タイヘンだなぁ。オイラ、昨日のことは忘れちまうぞ」

 日課である夜中の海へ散歩中の空とアンガーは、互いのことを話し合う。

「でも、ありがとうは大事だって父ちゃんは言ってたなぁ」

「そうだろ? ・・・なぁ、ライオンはさ、ありがとうが言えなかったり、嫌なことするような奴とか、馴染めない奴は、どうやって仲直りするんだ? 」

「仲直りなんてしないぞ。オスはどうせ大きくなったら一人になるけど、メスは一人になったらもうそのままだ。母ちゃんが言うには、本当に怖いのはリーダーよりも他のメスに嫌われることだってさ」

「女子高生かよ。・・・やっぱりさ、ちょくちょく思ってたけど、人間も動物も、対して変わんねえんだなぁ」

「オイラもそう思うよ。じゃあなきゃ、こんなにオイラ達、仲良くならないはずだ」

「だよなぁ。そうじゃなきゃ、気持ちが理解できるはずないんだ」

「あれ、空」

「ん? 」

「誰かいるぞ」

「え? ああ、先約がいたみたいだ」

 月明かりに照らされた大きな鳥と女の子の影が、砂浜に伸びていた。

 近づいていくと、エールが首を大きく回転させて振り向いた。

 煌く満点の星空の下、これから始まる二人の会話に、大自然が耳を傾ける。

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