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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第三十五話   帰路


 日が姿を山へ隠し、赤い空が闇に染まりかける中、いっせいに外へ飛び出したのは、金髪の短髪の男が、小屋の前で黒い動物を連れ仁王立ちしている場面であった。

 黒い動物の威嚇に反応して、そこにいる全ての動物たちが、瞬時に臨戦態勢に入る。

「おぉ、揃ってんな。さ、ここで一番強え奴。俺と勝負しろ」

 金髪の男は余裕のある顔で、平然としている。特に緊張も不安も見せることなく、むしろどこか楽しそうに見えた。

 空が一歩踏み出そうとしたとき、勝平や柊が口を開いた。

「あ? なんだテメェ。調子乗ってんじゃねえぞコラ」

「随分自信があるんですね。でも素直に応じると思いますか? 今なら総員で、貴方たちを袋叩きにできるんですよ」

 先に外へ出ていたルルと空の隣に、一行は並んでみせた。

「ほぉ? まぁ、いいぜ? 全員でかかってこいや」

 首を左右に伸ばし、指の骨を鳴らした。

「何人でこようが、勝つのは俺だ」

 男からは、ほんの少しの揺らぎすら感じない。まるで戦うことや、勝利することが、息をすることと同様に当然であるというようだった。

「空。ウチこいつ知ってる」

「ん? 」

「・・・MMA、バンダム級王者。六弥峯呂むつやねろ

「存じ上げてくださって、あざす。ま、そういうことだから、サクッとヤろうや」

 軽くジャンプして、身体をほぐして行く峯呂。

 格闘技か。強いんだろうなぁ。

 どうにか呑気に受け入れようとしたが、その強さに関連付けられる暴力性への恐れは、動揺の根を深く広げていく。

 しかし勝負を挑まれては、プライドリーダーとして、避けてはいけないという思いもまた、開き直りに似た責任としてむしろ、空の足を安定させた。

「あぁ? 空さんとやる前に俺とやれやコラァ! 」

「お前みてーなチンピラいくらい相手にしてもキリねえんだよ。ほら、リーダー出てこい」

「勝平。いいよ、ありがとう」

 一人前に出ると、アンガーも黙って隣に来た。

「お前か。タッパも肉もねえし、なんか冴えねえ顔してんなぁ。でも相棒はそれ、ライオンだろ? 」

「冴えなくて悪かったな。お前の隣にいるのはなんだ? クロヒョウか? 」

「オレをヒョウと一緒にすんじゃねえよ。オレはトラだ! 」

 自称トラは、敵意剥き出しで怒鳴った。

「黒いトラなんてオイラきいたことないぞ」

「オレは特別なんだよ。お前みたいな真っ白くて弱々しいのとは違って、見た目から強そうなんだ! 」

「なんだと・・・ 侮辱したな! 絶対許さん! 」

 動物同士がヒートアップしていく中、人間同士は、互いの見た目から得られる情報を探し回る。

「いやぁー、黒い虎なんているんだなぁ。俺も知らなかったわぁ」

 峯呂は軽く後頭部をかきながらは言う。

「・・・マルタタイガー。ですね。目撃者はいるものの、実物として記録されたことはない動物です。個体によって虎模様の黒い部分が大きく占めるものがいますが、彼はそれとはまったく異質ですね」

 灰色の下地に、黒い虎模様。

 毛並みは少し青がかり、その他のカラーパーツは、白と黒と黒で形成されている。

 この種は、ブルータイガーとも言われ、南中国のトラの亜種と思われているが、実在の証拠が何一つない為、歴とした未確認生命体である。

「てかさ、今気づいたんだけど、そこの女」

「ウチ? 」

「も、もしかして去年の競泳日本代表の五百蔵ルル? 」

「え? 」

 空は驚いて振り向いた。

「あ、あぁ。はい。そうです」

「え? そんなすごい人だったの? 」

 慧茉は片手で口を覆う。

「え? お前ら知らなかったのかよ! 」

 勝平は知っていたようだ。

「すげぇ! こんなところで会えるとは! 日本の銀メダルに貢献したスーパー高校生が、こんなところでなにしてんだ? てかなんで今年出なかったんだよ! 」

 峯呂は興奮し気持ちを浮つかせる。

 「つかよく見たら、すげぇメンツじゃね!? そこの女は、聖高の双田慧茉だろ? ミサやってたよな?

 お前は、えーっと奈々山・・・ 江戸高一のイケメンがいるって噂あったんだよ! 

 そんで、アンタは六校の八束さん! 本物だ・・・ 六校のアテナ・・・ 八束さん・・・ 生物部での研究と論文で都を代表して表彰された逸材。

 そんでこっちは・・・ 嘘だろ。三月さん。アンタ。アンタは、なんでこんなところにいるんだ・・・ 場違いにも程があるぞ」

 峯呂は感極まり、胸を膨らませる。

「こ、こんな都内の、高校のカーストトップが集まってるなんて・・・ 聞いてねぇぞ」

「なんだ、お前らそんなに凄い奴らだったのか? 」

 高校内の事情に全く興味がなかった空は何も知らなかった。

「なんでお前なんだ? 」

 峯呂は目を見開いて問う。

「なんで、この人たちの上に立ってるのが、お前なんだ? お前、何ができんだ? 」

 余りに自然に訴えてくるその意に、体中を調べられているような気がした。何も入ってない箱を、手で探られているような。

 

 なんで、って。

 

 率直な質問に、空は何も答える事ができなかった。

 何も浮かばなかった。

「やっぱ、俺がリーダーになったほうがいいな」

 峯呂は拳を構え、先程とは桁違いに強い敵意とプレッシャーを向けてきた。

「さっさとやろうや」

 空っぽに見える心に虚しさが詰まって、不安定にぐらついていった。

 しかしそれと裏腹に、また自身も気づかぬ奥底で、何かが騒ぐ。

「空は、弱くないぞ」

 アンガーは凛として、堂々と名言した。

 その姿に、空は異常なスピードで思い出していく。

 

 自分が、自分たらしめる根源。

 俺、なんで戦ってきたんだっけ。

 そうだった。俺は、いつだって。

 

 空は少し微笑み、平常時の顔つきに戻る。

 そしてまた改めて状況を確認すると、鬱憤が込み上げてきた。

「はぁ。面倒くさ」

 蟠りを吐き出して、肩の荷を下ろす。

「あのー、後でいいかな。なんかお前別に悪いやつじゃなさそうだし。今から俺らモリ付きに行かなきゃいけないんだ」

 峯呂に言われた事と言い、室内での先程の会話といい、消化し切れないものが多かったのもある。

 しかし一番は、明日の暮らしの為。

 今やらなければいけないことを、空腹が脳に教えていた。

「食糧すらまともに取れてねぇのかよ。やっぱダメじゃねえかお前」

「うるせえよ。だから取りに行くって言ってんだ。自分一人食うぶんとるのとは訳が違うっつーの。何の為か知らねえが、勝負なら後でしてやるから」

「・・・舐めてんなお前」

 峯呂は歯ぎしりをして、脈を浮き立たせる。

「何の為? そりゃ称号のためだわな。金もあるが、やっぱ一番になりてえんだ俺は。男は強くてなんぼだしな」

「称号。か。そんなもんやれるもんならさっさとやるけどなぁ」

「調子乗んなよ・・・ いいからさっさと合体してみろ! それともビビってんのか? 俺とはやれねえって? 口だけじゃなくて体で示してみろよ! それでもやらねえなら、仲間から一人ずつやってやろうか? 」

 空は揺れる前髪の隙間から、強く睨みつけた。

 その眼光は激昂した獅子の如く、黄土色に鈍く光る。

「調子がいいのはどっちだ・・・ 勝手なことばっか言いやがって。いいから、待てって言ってんだ。聞こえないのか? 」

「ほう・・・ いい目じゃねえか。ただのカスじゃあなさそうだな」

 峯呂は、また興奮気味に奇妙な笑みを見せる。

「空くん。私がやるよ」

 虚な目をして慧茉が歩いてきた。

「慧茉・・・ 」

「この間から、ずっと不満が溜まりっぱなしなの。分かるでしょ? 」

 慧茉の言葉を聞いてゾッとした。

 頼まれていた仲介のストレスが、今のやりとりで限界に達したのだろう。

「冗談だろ。双田さん、流石に女の子相手に手は出せねえよ」

「そう? いいじゃない。戦いたくて仕方ないんでしょ? 」

「お、おいおいリーダーさんいいのか? 女の子に戦ってもらうのかよ。それは情けないんじゃねえか? 」

「俺は一応はリーダーだけど、仲間が選んだ行動をああだこうだ言える程えらくない。俺はただ、帰ってくる場所であり続けるだけだ」

 慧茉は表情一つ変えず、空の前に出た。

「慧茉、もしキツかったら・・・ 」

「大丈夫。任せて」

 そういうと慧茉は振り返り様にウインクをした。

 根拠はないが、安心した。そして納得もした。

「言っとくけど、俺の仲間は強いからな。特に慧茉は」

「どうなっても知らねえぜ? 」

 峯呂は相棒のマルタタイガーと、迫る女の子一人に身構えた。

「プレア」

 いつもとは違う声のトーンも呼びかけに、ヒグマは駄々をこねることなく、影から姿を現した。

 分厚い毛皮に、分厚い筋肉を装甲にした巨体は、戦車のように、見るからに厄介なものだった。

 峯呂とマルタタイガーは、少なからず動揺を見せる。

「本気でこないと、君が死ぬことになるよ」

 黙して歩くヒグマの目には、近づけば近づく程、闇が敷き詰められていることが分かる。

 実に無慈悲に、享楽的に。

 動かなくなれば、巣に持ち帰って、保存食として。生きたままジワジワと一口ずつ、足から食べてあげるよ。

 ヒグマにとってそんな当然の生態が、わざとらしく頭に入ってくる。そして、それほど恐ろしい生き物の頭を優しく撫でる女の子の笑顔もまた、不気味に思えた。

「自惚れに幸あらんこと」

 発光する数字や文字の行列が慧茉とプレアから煙のように立ち昇る。

 そしてそれが形成する化け物の全長が、背後にある家の屋根に並んだとき、その場にいる全ての生き物が確信した。

 あぁ、こんな巨人に勝てるわけない。

 戦わずして勝つとは、この事である。

 

 

 

 

 拓扉が配布した資料の詳細な説明の音読が終わってもなお、重苦しい空気の中で、唯一、勘九郎は気楽だった。

 いつもにように、ブラックコーヒーを手に取り、ゆっくりと一口含んで椅子にもたれた。

「さぁて、各国の大半が決定を下し始めてますが、ウチはまだまだ時間がかかりそうですねぇ」

「そもそも他の国はもうSSTP参加者は帰ってきてるのかね」

 永田もまたいつものように腕を組んだまま言う。

「それがねぇ、おかしな事にみーんな途中でリタイアしてしまってるんですよ」

「リタイア? 一年間は行ったままじゃないのか? 」

「なぜか殺し合いを始めたらしいですよ? 仮想空間の中で激しく損傷した身体に反応して、半壊した意識が電子空間にバラけたと。外部からの適切な処置ができなかった為に彼らの肉体は今、植物状態です。残念」

 部屋の中は動揺に包まれた。

 国のトップである者の口から、あまりに軽率な言葉が出たこと。

 これからの対応や、世間や保護者への説明。一体どうするのか、何を考えているのか。

 様々な疑念が、それぞれの脳を駆け回った。

「それは、一体誰が責任を取るのかね? 」

「さぁ? アヌが何かやってくれるんじゃないですか? 」

「勘九郎さん。自分が何言ってるかわかってます? 」

 切島は冷たい声で言う。

「そんなに軽く発言して良い問題じゃないでしょう! 」

「なーに。運営委員が早急に意識の復元と再移植に取りかかってますからご心配なく。回復も時間の問題でしょう。そのことに関してですが、先日のNWSの会議でアヌが明言したことがありましてね」

 勘九郎は、態度をガラリと変えて、その場の全員に疑いの視線を叩きつけた。

「これはテロだ」

 永田と切島の視線が合い、室内の空気は極限まで張り詰める。

「これは、何者かが意図的に引き起こした、事件であると言った。言っておくが、アヌは絶対に、間違わない」

 人類の叡智が生み出した、人類を超えた超知能。

 シンギュラリティを起こし、知能爆発をした瞬間は、宇宙の始まりを思い出し、また終わりを思い出す瞬間である。

 不可能などない。絶対はない。

 故に有る。

 全てが一つの輪に、連なるように。

 全てに答えがあり、全てに答えなど無い。

「SSTPに関する詳細は、参加者と身内、そして我々しか知らない。ましてやその中で、実際そのプログラムに関与できる程の距離にいるものなど、数える程しかいない」

 浮遊する球体のモニターの明かりが、チラチラと部屋内の人間の顔を照らしては過ぎていく。

「ストレートに聞きますが、皆さん、なんかしましたか? いや、質問を変えましょう」

 重厚な勘九郎の威圧が、部屋内の空気を澱ませる。

「どっちがやった? 」

 永田と切島に鋭い疑念が降りかかる。

 まるで銃口を向けられたように、危機を感じざるを得なかった。

 固唾を飲み、何か言おうと口を開いた永田より先に、切島が声を出した。

「アヌが、言ったんですね? 」

 モニターの光を反射するメガネの奥で、静かに何かを見通した切島は、椅子に背を持たれ上を向いた。

「じゃあもう、そろそろいいか」

 発言に目を細める勘九郎。

 拓人が持つタブレットの空白のページに、その全貌の一節が記されようとしていた。

 

 

 

 

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