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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第三十四話  船と無神経


「やっばい・・・ 超美味い! 」

 あまりの感動に、一瞬で機嫌を取り戻した女子。

 それもそのはず。今晩の飯はこれまでで一番豪華かもしれないからだ。

 トムソンガゼルの丸焼き。

 ハマグリと海藻のスープ。

 コシアブラの塩揉み。

 ヒラタケの素焼き。

 鮎の塩焼き。

 山菜や貝のスープは、いつも通りとして、大きな肉があるというのは、もはやお祭り気分だ。部族や民族が、盛大に祝って食事をする理由がわかる。

 現に今、ルルと慧茉は目を合わせると、幸せそうな顔で今にも踊りだしそうに揺れている。

 ガゼルの肉は骨ごと焼いた肉を切り分けた。

 中まで火が通るのにはやはりとても時間がかかる。

 表面が焦げていく一方で、中身は赤いままの状態は続き、遂には空腹の限界で、少し赤いまま食べることにした。

 それでも美味しいかった。

 ホロリと骨から取れる肉の柔らかさと、肉汁の滴るジューシーさ。

 味はほとんど牛肉だった。

 柊いわく、ガゼルはウシ科なので当然らしい。

 食べ慣れた牛肉に比べれば、獣臭さがあるが、それでも空腹に勝る調味料はなく、感嘆に溺れそうだ。

「空さん・・・ 」

「ん? 」

「俺、幸せっす! 」

 頬を膨らませ、涙を堪える勝平。

 ここのところ、ろくな食事にありつけなかったから、気持ちは十分理解できた。

「ああ。とりあえず、これだけの人数の食事を確保できたんだ。一安心。今日はたんまり腹に入れとかないとな」

 大小、種類の異なる器。果物の空き缶だったり、木の食器だったり。

 そんな器に入った自然の恵みのスープを一口。

 貝の塩っぱい出汁が、咽頭から食道を温めていく。

「伊都、ちゃん? 」

「ん? 」

 慧茉が異常に気付いて話しかけた。

「ほ、骨まで、食べるんだね・・・ すごい・・・ 」

 伊都は気難しい顔で、太い骨を奥歯で噛み砕こうと奮闘していた。

「あは、あはは。た、食べすぎちゃった・・・」

「ぶっw 超野生! 」

 ルルが笑うと皆つられて笑った。

「問題は、明日からですね」

 柊はヒラタケをポテトチップのように食べる。

「そうだね」

 足を伸ばして姿勢を変える慧茉。

「あ、そうだ。漁はしないの? 」

 ルルは骨を加えたまま言う。

「ろう? どうあってあんだよ」

 口一杯に食べ物を詰めたまま勝平は言った。

「ウチのアイテム船でしょ? それに網のってんだ。あれでいけるっしょ」

 勝平は口の中のものを勢い良く吐き出した。それは総司に直撃する。

「もーきたなーい! 」

 伊都は体を反らせて嫌がる。

「すまんすまん! 」

「まず俺に謝れ馬鹿」

 肩を殴ると、パチンと綺麗な音が鳴った。

「あれもアイテムなのか? 」

「たぶんそーだよ。ウチスポーン地点がさ、海底洞窟だったのね? そんでどうしようもない時にラックと出会って、合体できるようになって初めて外にでたんよ」

「えぇ・・・ それは大変だったね」

 慧茉は心配そうな顔をする。

「ラックってでかい魚の? 」

「そうそう、シャチ! かっこいいっしょ? 」

 自慢げに指を指す。

「しかしちょっとズルいですね。アイテムが、手持ち道具じゃなくて、乗り物なんて・・・ 」

「でもいきなり海底洞窟から始まったんだぜ? 懐中電灯一つ隣に転がっててさ〜 鬼かよまじで」

「そう考えると、その辺の初期ステータスの調整ってことでしょうかね。恐ろしい。もし相棒が海獣でなかったら、終わってましたね」

「たぶん、偶然じゃないんだろうな」

「ああ、恐らく・・・ 」

 静かに総司は共感した。

「じゃあ、動物と私たちのタッグって、誰かが決めてるってこと? 」

 小首を傾げて慧茉は言う。

「可能性は高いでしょうね。皆、目覚めて直ぐに言葉の通じる動物に出会って、まったく自然な流れで一緒にいる。でもこれって確率的にはすごく低いことだと思いませんか? 残酷ですが、隙を突いて殺して食べたり、逆に食い殺されたり、そもそも一緒にいなければいけない理由すらないのに、何故か一緒にいて、それが当たり前だと思ってる」

 外から聞こえる動物組の賑やかな声が、家の中を巡る。子供が騒いで遊んでいるような、純粋で無邪気な温もりが伝わってくる。

「そういえばさ、まだみんなに自己紹介してなかったな」

 豪勢な食事にご馳走さまを言い、協力して片付けをした後、一行は外に出て動物組と交じった。

 自作小屋の下に集まり、それぞれが相棒の隣に座った。

「じゃ、じゃあ改めて、人が増えたから自己紹介します」

 若干の緊張を、息を吐いて落ち着かせた。

「花時丸空。そしてホワイトライオンの、」

「よろしく! オイラアンガー! 立派な王様になるのが夢だ!」

 爽快に表明する。

「オレ、カッペイ・アズマヤ! 」

 親指で胸を指す。

「アタイらハイエナのアル、イル、ウル、エル、オル、カ・・・」

「奈々山総司」

「某、フェイトと申す。気高き狼である。お見知り置きを」

「八束柊と申します」

「アタシ、ミラ。アナコンダ〜」

「私は双田慧茉! 」

「え? 名前? プレアだぁ え? クマ。ヒグマだぁ」

「ウチぁ五百蔵ルルでーすっ! 今いないけど、アイボーはラック! シャチで、他にもマック、ナック! ロックとか仲間いるんだ! 」

「じゃあ最後は私だね。三月伊都と言います。相棒は、ちょっとまってね」

 伊都は甲高い口笛を鳴らした。

 すると、独特な雰囲気が漂いはじめ、何かが空間を切り取っているような感覚が、音よりも、空気感を通して伝わってきた。

 伊都が左手を腕をするりと伸ばすと、そこに真っ白な怪鳥が一瞬で現れた。

「ご機嫌様。私はエール。オウギワシです」

「おぉ〜 かっこいい・・・ 」

 キマった登場に、自然と拍手が沸いた。

「でかっい鳥だなぁ」

「デカすぎて飛べないじゃないの」

 アンガーとアルは、捕まえたことのない大きな鳥に、興味を示す。

「なんと失礼な! 神聖な羽なんですよ! 」

 エールは肩羽を動かして言う。

「鳥なんだか? ちょっとだけ食べていいかなぁ? 」

 プレアがヨダレを垂らして近づいて行く。

「なんだこの品のない木偶の坊は! 」

 エールは羽を広げて戦闘体制に入る。

「ちょっとエール? 」

 伊都が叱ると、エールは細く縦に萎んだ。

「プレア! メッ! ほら! 残りの肉あげるから」

 慧茉は肉をプレアの口に弧を描くように優しく投げた。

「すまないエール殿。プレア殿はあまり礼儀作法がないもので」

 伏せるて言葉をかけるフェイト。

「ぬ。そうですか。まぁ良いのです。皆、それぞれです」

「なーんか固そうな奴ね〜」

 ミラは柊の体に巻きついて遊ぶ。

「でも賢そうじゃないですか。それに比べて伊都さんは、さっき骨食べてましたよ」

「な! 伊都様! 私でも骨は食べませんよ? 」

 エールは驚いて伊都に詰め寄る。

「あはは・・・ お、美味しかったから・・・ 」

 伊都は、頭をかいてはぐらかす。

「なに言ってんのアンタら。骨は喰って当然でしょ」

「そうよ」

「そうだぞ! なに言ってんだお前ら! 」

 アルとカルたちは強く主張した。

「普通人間はそこまで食わねえんだよ」

 勝平がそう言うと、

「なんて勿体無い奴ら・・・ 見損なったわ! 」

 激しく非難しはじめるハイエナたち。

「あなたたちハイエナは、強靭な顎と特殊な胃をもっているから、たとえ成獣の牛の骨であっても噛み砕いて食べることができますが、普通無理なんですよ」

「よかったね。アル褒められてるよ」

 柊の言葉をアンガーが解釈して伝えた。

「ふん。まぁ、最強は私ということね! 」

「よっ姉貴! 最強! 」

「フォオオオオオオ! 」

 ハイエナたちの悦喜の雄叫びが上がった。

「いいのか? アンガー。最強取られちまったぞ? 」

 悪戯な顔をして空は言う。

「ん。いいのだ。なんか、バカっぽい」

「つーか、むしろ優女じゃん」

 ルルは顎を手で支えて言った。

「あ、環境に? 」

 伊都は意味に辿り着く。

「そそ」

 暴君が残した物を掃除するように、余すものなく自分のエネルギーに変換する力。ゴミになってしまうはずのものを明日の糧に昇華する力。

 その一例としてハイエナという動物は存在する。

 もっと大きな視線から見れば、もはや『ゴミ』など存在せず、やがてどこかの、何かとして、形を変えて、我々の目に見える、世界にまた姿を表す。

 大それた言葉で言い表せば、偉大に飛躍するこの暮らしの一ページは、何となくだが、『優しさ』という抽象的な言葉に包まれた。 十代の若者達は、そんな温もりに沸かされるような感覚に、クスクスと笑い合った。

 

 次の日、ヤシの実と海藻で朝食を済ませた一行。

 日課を終えて、船の見える浜辺に集まった。

「つかさぁ、朝飯って一番ダルくない? 」

 ルルは腕を上げて、背伸びをする。

「ああ? 何言ってんだお前」

 勝平は気怠そうに言う。

「いや、何言ってるって何? 」

「準備がって事でしょ? 」

 慧茉は顔を出して入ってくる。

「そそ。なんかもっとさぁー、昨日から準備しとくとかさぁ、できないもんかねえ」

「んー。生ものはすぐ悪くなるし、そもそもこの人数で食事が余る事がないよなぁ」

 腕を組んで聞いていた空は言う。

 夏の日差し強い海岸線。

 そこに並ぶ一行の、ため息と混じった『んー』と考えに耽る声は、打ち寄せる波と交響した。

「まぁ、また考えようぜ。今は漁だ! 」

 この間の襲撃に備え、船に行くメンバーと海岸に残るメンバーを選別した。

 いかに張本人が仲間として隣にいるとしても、あと一人、顔を合わせた事のない参加者がいる。

 注意はして損はないはず。

 ルルは元気に腰に手をかけた。

「じゃあ決まり! 残るのは慧茉と伊都。それ以外は船へゴー! 」

「いやそっち多くない!? 」

 慧茉と伊都を残し、皆颯爽と泳いで行った。

「なんかあったら、伊都と、飛んで来て助けてくれ〜」

「わかったー! 」

 テキトーな言葉を投げテキトーに受け取る伊都。

「もう・・・ 私が泳ぎが下手だとは言え、もうちょっとこっちに人数くれても・・・ しかもプレアも来てくれなかったし」

「いざとなれば、私とエールがいるから大丈夫だよ」

 腕に乗せたエールを撫でながら、伊都は軽い調子で言う。

「うん」

 ・・・だといいけど。

 船に登った五人は早速網を確認した。

「網デカすぎだろ。つかなんだこの網。重た! 」

 総司と勝平は協力して網を抱えると、海に投げ入れた。

 網は重く長く、大量の浮きと重りが並んでついている。

「袋網ですね。底引き網漁・・・ 」

 袋状の網を底まで沈め、船で引っ張り、引っかかる魚をあげる網漁。

 袋状の網の口に、袖網と言われる平面の網を一対つけて、魚を誘導するようになっている。

 その袖網から船に二本のロープが伸びており、それを引っ張ってあげるのだ。

「てかウチあんま知らんのよね」

「知らねぇのかよ! 」

「だってなんか網あったからできるんじゃないかって思って言っただけなんだもん」

 晴れ渡る空の下、誰かが動けばそれだけ揺れる小舟に往生する一行。

 空は、水平の広がる沖合いを見つめた。

「柊。どう思う? 」

「今、本がないですからね。ちょっとわからないです。一応昨日調べたんですが、記憶が曖昧で。でもあながち間違ってないと思います。後は船を動かさないといけません」

「そうか。よし」

 網のロープを帆柱に結び、船尾を降りて海に入った。

「いくぞ! 押せええええええええ! 」

「おおおおおおおお! 」

 五人は船尾に捕まり、一斉に激しいバタ足で泳いだ。

 小舟にはオールが一つしかなく、どうあがいても推進力を得るにはこうするしかなかった。しかし発案した空でさえ、薄々感じていた。

 これ無駄だろうな・・・

「お、おお! 進んでる! 動いてるぞー! 」

 思いのほか船は計算通りに動いた気がした。船の感触が手から離れていき、やる気を漲らせる。

「この調子だあああああ! 」

 普通に泳いだ方が間違いなく早い。そんな思いは片隅に、とにかく船がほんの少しでもスピードをあげてくれることを願った。

 しかしすぐにスタミナと下肢筋肉に限界がくると、ヤケクソになって荒々しいバタ足は、無駄の大きな飛沫をあげた。

「あは、あはは! あっはっはっはっは! 」

 足の疲労が限界を超えたのだろう。ルルは不気味に爆笑しだした。

 それを合図に、一行はバタ足を緩める。

 船は初期位置から十メートルくらいは動いだろうか。

 釈然としない結果に見舞われる中、一行のバタ足が、自然に終わると同時に、船も航行を止めた。

 船に上り、服の袖を軽く絞る。

「ど、どうですかね・・・ 」

「あげてみるか・・・ 」

 勝平と総司はそれぞれ片側づつロープを引っ張り始めた。

「ん、これは」

 総司が何かに気づく。

「空さん! 重いっす! 」

「まじで? 」

 空たちも引っ張るのを手伝い、必死に引き上げようとする。

「ひっぱれええええ! 」

 気合十分、力任せに引っ張った。

「おお動いてる動いてる! 」

「おおおおおおおお! 」

 皆の力む声が漏れる中で、少し雰囲気の違う声が聞こえてきた。

「・・・時丸さん・・・ 花時丸さん・・・ 」

「え? なんか言った? 」

「これ上がってないです」

「何言ってんだ動いているじゃねえか! 」

「いや、動いてんの船じゃね? 」

 網は一向にロープから姿を変えず、その海底深くに沈んだまま帰って来そうになかった。

 単純に考えればそうだった。

 そもそも機械で巻き上げるものであり、人力ならばもう少し規模を落とさなくてはならなかった。

「船の速力がある程度あって、網を引き揚げられる力がないと。これじゃイカリを引っ張ってるのと同じでした」

「そうか・・・ 」

「クソ! 失敗かあああああ! 」

 勝平は頭を抱える。

「なんか〜、ごめんね? 」

 ルルは手を合わせて申し訳ななさそうな顔をした。

「いや、作戦があっただけでもマシな方さ。何もないよりは」

「もっと泳ぎの上手いやつがいれば、船を推せるかな」

「ではなく、そもそもエンジン搭載の船でなければ、船を進める事と、網をあげる事を同時にすることなん・・・ 」

「ああ! いい事思いついた! 」

 ルルは大きい声を出すと、海に向かって、首に下げていた笛を鳴らした。

「なんしてんだルル? 」

「泳ぎ上手い奴いたわ! 」

 沖から海面に現れたのは縦長の背鰭だった。

 それは三つに増えると、かなりのスピードでこちらに向かってきた。

「ラックーーーーー! 」

 水中で爆発したかのように大量の飛沫を弾けさせて、海面から飛び出してきた。

「ヨウベイビー! 今日も可愛いなああ! 」

 例えるなら巨大な戦艦が、空中を飛ぶように。

 それ程までに大きなそのシャチは、悪戯な笑顔と、凶悪で無邪気な尖った歯を見せる。

 しなやかで艶めく黒いボディは、装甲のように力強く、その巨体の持っている馬力を倍増させて見せる。

 アイパッチとお腹の白い部位と相まって、愛着の湧く優しそうさ雰囲気とは裏腹に、どこか危険な風貌を漂わせる。

「あれが相棒の? 」

「そそ! 隣がラックママ! 弟のマック! 」

「近くで見るとほんとに大きいですね・・・ 」

 船にの周りをグルグルと回るラックたち。

「ルルちゃん、全然会いに来てくれねぇんだもん。まーじ悲しみパニック」

「ごめんごめん。今度埋め合わせするから! 」

 ルルは海に飛び込むと、ラックの背中に跨る。

「ルルちゃん。やっぱ今日も可愛いなぁ。・・・なぁ、ママが早く子供作れってうるせぇんだよ」

 結婚するつもりなんだろうか。

 空たちは密かに疑問を抱く。

「えぇ、そうなん? てかほら、新しい友達紹介するよ! みんなきてー! 空とカッペーと総司と・・・ 」

「なんだ? オレッチの嫁横取りしようとしてんだろこのオスども! ソッコー噛み砕いて殺してや・・・ 」

 ラックの目に映ったのは、自身と同じ、艶めいた質感を持った黒髪がなびく、美しい女性だった。

 キリッと突き刺すように冷たく、凛々しい瞳。シャチの頭部の曲線よりも高く滑らかに反る鼻。噛み付いて肉を裂いた獲物から流れる、血の如き妖しさを兼ねる紅い唇。

 そして神が創りし完璧な女性のボディラインが、濡れた服の上から駄々漏れる。

 ゆっくりと瞬きをしてその女性と目が合うと、ラックはビッグウェーブに呑み込まれたような感覚に落ちた。

「柊と申します。よろしくお願いします」

「はあぁっ!」

 その女神から零れ落ちる柔らかな声に、思わず全身が震えた。

「ルルちゃん。話があるんだ」

「なになに? 」

「別れよう。・・・オレッチ、好きな人出来たんだ」

 ああ、付き合ってたんですね?

「シュウさん! オレッチ君に惚れた! 今すぐ結婚しよおおおおああああああ! 」

 ルルを振り落とし、船に飛び乗ってきたラック。

 柊へタックルするように身を寄せる。

「うわっちょっと! なんなんですか! オモッ・・・ 」

 柊は船の隅の壁とラックに挟まれる。

「はああ? まじありえないんですけどあの魚! 三枚下ろすぞコルラァ! 」

 激昂し水面を叩くルル。

 柊は一人もがき、ウネウネと動いていた。

「もおおおおおお! 私、ベタベタしてくる男は嫌いです! 」

「はぁあっ! 」

 また強い衝撃をうけたように体を凍らせるラック。

 背鰭がしんなりと曲がり、精神の凹みを体現したかのように、ゆっくりと回転しながら柊から離れた。

「キ、キライ・・・ キライ・・・ キラ・・・ 」

 頭の中で、柊の声がこだましているのだろう。

 というか、現にこだまを復唱している。

 ルルは船に上がってくると、強い足乗りでラックの元へ向かう。

「ウオィ! コルァ! クソサカナ! テメェ! 女目の前にして勝手にフッてくれてんじゃねえよコラァ! ウチがマジでフラれたみたいになんじゃねーかコラァ! オォイ! 聞いてんのか! 」

 ラックの背中を、激しく踏みつけるルル。

 しかしそんなもはもろともせず、先ほどの心的外傷によるショック状態が続いている。

「空さん。一応言っておきますがルルはヤンキーっす」

「みりゃわかるよ」

「柊。よく無事だったな」

 総司は優しく声をかける。

「え、ええ。まだ子供だったようで。大人だったら、圧死してました。それに船の壁が支えてくれてたので」

 鬼の形相でラックを攻撃するルル。

 それをなんとも感じないラック。

 きっとこれは日常茶飯事なのだろう。空はそう確信した。

「おい! もうラチあかねぇえからさっさとやることやろうぜ? 」

 ラックには海に戻ってもらい、気を取り直して、ルルは説明を始めた。

「ま要は、船を押してもらおうってこと! 」

「なるほど。ざっくりとしかイメージができないけど」

「じゃあこうですね。シャチは三頭いるので、右側面と左側面から、そして真後ろから。がいいでしょうね」

「前はいらないのか? 」

「ロープがあれば、シャチに繋げるかもしれないですが、網しかありませんからね。あらかじめ進行方向は決めておいて、やりながら声かけてしていきましょう」

「よし! やるぞ! 」

 配置についた所で、航行開始。

 スピードはバタ足とは段違いで、グングンと風を切って進んでいくのが分かった。

 シャチは海洋哺乳類の中でも、最も早く泳げる動物であり、最高時速八十キロを有する。

 巨体でありながらも、抵抗を受けにくいボディラインと、強靭な筋肉が産み出すヒレの推進力は、他の追随を許さない。

 尾鰭においては、集団で狩りをする際、北極の氷を砕く程の波を起こす事ができ、そうやって孤立させた流氷に乗ったアザラシやホッキョクグマが、大陸に戻ろうと水中に入った瞬間を捕獲する。

 他にも、ポッド内のコミュニケーションとして、シャチは、特有の言語を使用すること。

 嗅覚が存在しないかわりに、視力、聴力は犬よりも優れていること。

 そういった能力全てにおいて、シャチはとてもスペックの高い生物である。

 ラックママとマックが左右につき、ラックはルルと後ろから押していく。

 勝平と総司はロープをそれぞれ直接持ち、最大限まで網を広げた。

 柊と空はラックママとマックにつき、進行ラインからのズレを指摘していく。

 物凄いスピードだ・・・ 

 小型ボートなんかより速いんじゃないか。

 ただ乗っているだけなのに、船にかかる波力から、シャチたちの力強さをビシビシと感じている。

 何もしていない事が申し訳なく思えるほど、彼らの働きは、称賛すべきものだった。

 これはお礼をしないとな。

 風が髪を叩きつける中、ふと柊と目が合いうと、『上手く行ったね』といったような笑みを見せ合った。

 顔にかかる髪を、柊は耳へかける。

「このまま取舵一杯! 浜へ向かって押せるところまで押して、安全な位置で離れて下さい! 」

 徐々に近づいてきた浜辺に、慧茉と伊都の姿が見えた。

 ラックママとマックが離れて、勢いが落ちていく小舟の底が、砂浜を擦ると同時に、ラックもロープを潜って離れる。

「おりろ! 引っ張るぞ! 」

 船上での引き上げが困難な為、陸地についてから引き上げる。

 もしシャチの推進力に争って網を引っ張ろうとすれば、勝平と総司にかかる力は、恐らく容易に腕を引きちぎるだろう。

 ロープを握っていただけでも、大したものだ。

 ロープをもって陸へ駆け上がる一行。

 慧茉と伊都も参加し、魚との綱引きが始まった。

「引けええええええ! 」

 三人と四人に別れ左右のロープを引っ張っていく。

 見え始めた網が、跳ねるような動きをし、成功を確信した。

「おおおおおおおおお! 」

 気合と勢いだけで終わらせようと、顔を真っ赤にして力む一行。

 網の全体が陸地へ上がったとき、倒れるように座り込んだ。

「はぁ、はぁ、やったぞ・・・ 」

 押し寄せる波に跳ねる小さな大量の魚の鱗が、キラキラと反射する。

 肺が冷たく感じるほどに乱れた呼吸を、ゆっくりと整えた。

 達成感よりも、想像しただけでよだれが出そうな焼き魚の味の記憶が、脳を掻き乱していき、空腹感伴う食欲は、自然と体を動かしていく。

「よっしゃ! ささっと家に運ぼうぜ」

 一番網に近かったルルは袋網の尻の方へ周り、残りは前から引っ張ろうとした時だった。

「あやば。破けてるううううう! めちゃくちゃ魚逃げてるわ! 」

「は! 嘘だろ! 」

 急いでルルの元へ行き、確認すると、袋の部分である最重要部位の尻は、直径三十センチメートルほどの風穴を開けていた。

 先程まで跳ねていた魚たちは、ちょっとばかり腰を着いて休んでいた間に、その大半が穴から大海へ脱出を成功させていて、残ったのは、網の前の方で、エラやヒレが引っかかっている魚数匹だけだった。

「う、嘘だろおおおおおおおお」

 勝平は膝を着いて手の平を表に、太腿に乗せた。

 その手は真っ赤に炎症していて、網にかかかる重量がどれだけあったのかを、容易に想起させる。

 失敗か・・・

 一行は、かつてない程の残念という感情に染められた。

「すみません。作戦前に、ちゃんと道具の確認をすべきでした」

 柊はおでこを軽く指で触り、ふらついて現状に感傷した。

「何言ってんの。ウチが・・・ 」

「いーや、誰も悪くないさ。少しだけでも魚が取れたことは幸運だった。謝らなきゃいけない人がいるならそれは俺だけだ。軽はずみに体力削ってしまった。ほんとにごめん。勝平、総司、手は大丈夫か? 」

「俺たちは大丈夫だ」

「すんません、空さん。俺が不甲斐ないばっかりに・・・ 」

「そんなわけねえだろ! キツイ役目をありがとな」

 またやればいいさ。

 そう言いたかったが、それも軽はずみに思えた。

 遠足に行ったり、山に登ったりした時、動く続けた身体の限界にあるものは、停止することだ。

 サバイバルにおいて、それは命取りである。

 家以外の場所で立ち止まることは、比べようがなく危険なのだ。

 巨大な動植物からの恰好の的である上、夜になってしまえば、位置方向が分からず遭難してしまい、夜行性の動物の餌に成り果てる。

 昼間であっても、家までのいつもの道が、永延に進んでないような感覚に襲われ、山を下山する際には、一段、また一段と不規則な段差を降りる度に、足腰への負担がどうしようもなく嫌になって、細胞がもう無理だと常々訴えてくるような。

 今回、家から直線距離で約七百メートルくらいの場所でそれが起きたことは、救いだろう。

 だがこれが、新天地であったり、だだっ広いサバンナの真ん中であった場合、家路につくこ頃は夜中になり、危険は一層ます。

 足下で蠢くマムシに。木の上からこちらを見ているジャガーに、気づく術がないのだから。

 この致命的なミスは、二度と起こせない。

 空はそう深く再認識した。

 陸地にいて、見張りをしていた慧茉は、あまりにも皆が落ち込んでいる光景を、最初は、そんなに落ち込むことだろうかと疑った。しかしすぐに同情した。

 自分の仕事が終わったということと、その間みんなも責任をもってやり遂げようとしていた事を感じたからだ。

「取り敢えず、皆んな無事でよかったよ。あんまり遠くに行っちゃうもんだから、心配しちゃった」

 慧茉は安堵の表情を浮かべる。

「うん、取れてよかった。少ないけど」

「厳しいなぁ伊都さん」

 そう言ってまた、砂浜に座り込んだ。

 その後、家に戻ると日は暮れて、夕飯の時間はいつも通りやってきた。

 網に引っ掛かった魚は四匹。

 なぜかとてもカラフルで、毒を持っているんじゃないかと皆思っていたが、口に出さなかった。

 他には小さな球体が何個もついた葡萄のような海藻が引っ掛かっていた。これは海ぶどうと言うらしい。

 今朝川から取れた鮎は三匹。

 これで一人一匹にはなるが、いくらかの腹の足しにしかならないだろう。

 磯で取ったウニ、カメノツメの調理を開始するが、なかなか捗らない。

 疲労で集中できないからだ。

 伊都は魚を洗い、空とルルはそれら食材の下ごしらえ、柊はそれを鍋にいれてスープを作る。味見は慧茉が担当し、塩気を足す。

 勝平は釜戸を調整し、総司は薪を持ってくる。

 空腹かつ、憔悴した状況でありながら、意外にも、連携だけは上手くいった。

 余計な会話はせず、自分の仕事を直ぐに理解し、互いに最小限の言葉だけで料理を完成させていった。

「これ焼く。これスープで、こっち刺身で終わり」

「汚れてる。伊都洗ってくれ」

「勝平さんこれ焼いて」

「火たりねぇ、総司」

 と言った感じに。

 そして完成。

 ウニの刺身。

 海ぶどうとカメノツメのスープ。

 カラフルな魚と鮎の塩焼き。

「・・・ 真面目な話、これ食えんの」

 勝平は目を細める。

 柊が本を開き、文字をなぞる。

「食べられます。アカマチ、二匹。イラブチャー一匹にグルクン一匹。どれも暖かい地方の海に住む魚ですね。あれ、じゃあなんでウニとか取れるんだろう・・・ 」

「腹減った! じゃ食べよう! 」

 見た目にそぐわず、味はとても淡白で美味しいかった。

 しかし鮎に比べて身は柔らかく、歯応えと味のコシというものが見当たらなかった。

 空腹で一瞬で魚一匹を腹に収めた後、海葡萄を一口。

「これ好きだなぁ俺」

 塩っぽい味であって、奥深いコクのある水分が、プチッと潰れたぶどうの中から出てくる。

 永遠と食べられる気がした。

「伊都ちゃん・・・ 」

 慧茉がなんとも言えぬ表情をしたのは、伊都が焼き魚を頭からかぶりつき、丸呑みにしてしまう勢いで食べていたからだ。

「でた。超野生・・・」

 ルルは小さく吹いて笑う。

 すると閉めていた窓にいきなりエールが突っ込んできた。

 直撃したが、窓は割れず、平たくなったエールはゆっくりと窓を擦って落ちていく。

(伊都さま・・・ そんな食べ方をしては・・・ いけません・・・)

 そう言葉を残してエール窓枠の下へ消えていった。

 伊都は大きな口で魚を加えたまま、皆んなの目線に気づくと、ゆっくりと魚を手に取った。

「ハ、ハイエナたちの真似しようかなって! 」

「内臓は取ったとはいえ、頭や口の中、全身が漏れなく焼けているとは限りません。寄生虫や細菌などが生きていた場合、下痢になって、発熱して、最悪死にますよ」

 伊都はハッとして固まってしまった。

「大丈夫っしょ。仮想ここじゃ大体悪いもの食ったら下痢になって終わるから」

 ルルは魚の骨を加えたまま言う。

 伊都の個性的な食べ方の話題で、夕飯はすぐに終わってしまった。

 話題が大したことなかったからか、ご飯は少なかっただけなのか。

 それは両方だろう。

「やっぱり可笑しいですよ」

 柊が口を開いて、読んでいた本から顔を上げる。

「どうしたの? 」

「網で取れた魚は南国のものです。磯で取れるものは割りかし寒い地方のものなんですよ。ウニもカメノツメも」

「ほぉ。それで? 」

 勝平は食べ物で頬を膨らませて言う。

「いやいや、おかしくないですか? なんで寒流と暖流の極端に存在するものが、隣同士に存在するのか」

「お、おお」

 何故か熱が入っている柊に一歩引いて見ていた総司が言う。

「俺だけかもしれないが、川を越えたあたりから、なんとなく、寒さを感じるんだが、どうだろう」

「あ、たしかに。それは俺も思ってた」

「えっどゆこと? 」

 慧茉は川を渡ったずっと先の森から来ているが、あまり感じていないようだった。

「家を北に見た時、東に川、南に海がある。磯は川を降って岸についたまたさらに東にある。俺はよく磯に行くが、何度も行ってると温度の違いがよくわかる」

「つまり、どういうことですか? 」

「・・・なんとも言えん」

「あ、そういえばウチも海泳いでる時、明らかに潮の流れの温度差じゃないなって思う場所があったわ! あれも確か川より向こう側の沖だった」

「えっとー、じゃああれか。寒いエリアと暖かいエリアがごっちゃんになってるってことか」

「普通はその両方の性質をもつ生物が環境に応じて生きています。なので確かに、ウニは広い範囲に適応してるとはいえ、アカマチなどは完全に南国の海に生息する生き物です。ウニなどがいる海なら、普通メジナやアジが取れていいはずなのに。つまりエリアがキッパリ分かれてるから、生息地がかけ離れてる動物も隣同士で生きられるということ」

「じゃあさ、極端に言うと、火山と雪山が隣にあったりするってこと? 」

「そうなりますね・・・ 」

「つか、何の為なんそれ? 」

「恐らく、この大陸、いえ、島の面積の都合上じゃないですか? 」

「ほぇ〜・・・ 」

 一行は、その状況が手に掴み用がないことだと理解すると、途方に暮れたような思いを声に漏らしたが、半分は、柊の熱への相槌が混ざっていた。

「んま、いいんじゃね」

 ルルがそう言うと、皆少し笑って見せた。

「あぁー、でもやっぱ足りなかったなぁ」

 勝平は腹を摩って言う。

「そうだねー。昨日は一杯食べれたから、なんとかなるけど、明日は無理だろうなぁ」

 慧茉は仰向けに倒れ項垂れる。



「・・・ていうかさ、今日もサバンナに行ってアンガー達の手伝いすれば良かったじゃん」

 伊都はなに食わぬ顔をして言う。



「んー、そ、そうか? 」

「だってその方が肉が取れるし、お腹に溜まるじゃん。最初からそう思ってたんだよね」

「はー? なにそれ。今更言うなっての」

「だって本当の事じゃん。それかサバンナ組と漁組で別れれば、もっと効率よかったんじゃない? 」

「昨日は運が良かっただけです。簡単に言いますが、彼らだってその日を生きるので精一杯ですし、あの数の動物ですから、腹五分目も食べられれば、良い方なんですよ。私たちが足を引っ張ってしまったら、彼らの生活は崩れてしまう。経験済みです。だから簡単には首を突っ込めないんです」

「でも、エールは自分の食事くらい自分でできるよ? 」

「伊都。アンガー達は群れで行動するのが普通なんだよ。群れでの狩りはなかなか難しいんだ」

 空は、雰囲気を落ち着かせるように、優しく言った。

「ふーん・・・ 大変だね」

 投げやりで他人事のように言い放った言葉は、周りにいるものを不快にしていった。

 繊細な空には、胸の中で妙な苦しさが回ってく。

 人の人間性が見えてくる瞬間に。

「伊都ちゃん。皆それぞれ・・・ 」

「いいんだ慧茉。それより、明日の食糧のことを考えよう」

 目的に集中する姿勢を見せた。しかし本当は、自分の胸に刺さったトゲが疼くのを避けたかった。

「はぁ。ウチが行く。船の案出したのウチだし。なんかテンション下がったし」

「どこ行くんだよ」

「モリ突き。今から」

「え、今から? こんな夜にか? 」

「夜だからだよ。昼間より取れやすいの。大丈夫。ラック起こして行くから」

 ルルは立ち上がり、尻を叩いた。

「俺も行くよ。結局決めたの俺だし」

 空は落ち着いた声でそう言うと、立ち上がった。

「おおさすがリーダー! 」

 ルルがそう言うと、

「んなら俺も行くっすよ! 」

 勝平もすぐに立ち上がった。

「いや、夜の行動は危険だから、皆はここにいてくれ」

「カッペー。あんた泳ぎ下手じゃん。邪魔邪魔! つかランタン一つしかないし」

「ランタン? お前だけなんかアイテム多くね? 」

「じゃ行ってくるわ〜 」

 少し苦い空気を残して、ルルと空は部屋を出た。

 静まりかえる部屋の中。

 薪の爆ぜる音だけが鳴っていた時、


「ここで一番強いやつだれだあああああああ! 」


 家のすぐ外から聞こえた、怒鳴るような聞き慣れぬ声は、部屋の中にいる者たちを、一瞬で凍りつけた。 

 

 

 

 

  

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