第三十三話 モザイク
数日が経ったある日。
午後から川魚と山菜の収集具合に不安だっていた。そこでサバンナにいるアンガーたちに協力を仰ぐと、また狩りの手伝いをさせてもらえることになり、二頭のトムソンガゼルの捕獲に貢献し、成功。
その間、居残り組の女衆は畑と、水や焚き木などの日常品の仕込みを任されていた。
「それなにしてんの? 」
ルルは慧茉が取り出したプラスチックの塊が気になっていた。
「この間、勝平くんが縫い直していってたスウェット。直しとこうかなって」
部屋の角に積まれた服の山。その隣が、慧茉の作業場になっている。
「おお! そんなことできんの? 今時ロボットに任せない人いたんだ! 」
「私の家、殆ど自分たちでやる感じのとこだったから」
「はは! 超古風! 」
コンパクトなミシンを起動すると、ミシンは下側を変形させて、三十年前の基本的なミシンの形に変わった。変形し、くり抜かれた部分はミシンの上側に移動しハサミや、カラフルな巻き糸を出して常備された。
「ちょ、超未来! 」
「ルルさん、口ばかり動かしてないで手を動かしたらどうですか? 」
柊と伊都はタンクに水を組んできており、外から戻ってきた。
「やってるし! この、あれでしょ? あのー、貝に塩入れて、混ぜてから・・・ 洗って・・ 」
「混ぜなくていいですし、洗わなくていいです。塩入れて置いといて下さいと言ったんです」
「ねぇ、水ここでいいの? 」
「お願いします」
伊都は両手で抱えたタンクを優しく下ろした。
「では次に、小屋の整備するので、外へ」
動物組の小屋は、最初の完成時の二倍の広さになり、動物合計十七頭が問題なく寝れるようになっていた。
角には便所があり、それを掃除することや、大きめのツボに入れた飲み水の毎日の取り替えは、人間の役目だった。
便所と言ってもただ穴をほっているだけの場所であるが。
「臭っ! これ以外と大変じゃない? 」
ルルは便処理に使っているお手製の木のスコップで土をえぐる。
「契約したので仕方ありません」
「そんな仕事みたいに」
土ごと持ち上げたスコップを動かすと、便を自身の足に落としてしまった。
「うわ! はああああああ最悪! もおおおお! てかまだウチ腹痛いんですけど! なんで来て早々こんなことやらせれてんの? 意味わかんない! 」
「仕方ないよルルちゃん・・・ 屋根の補強とか、まだ腕高くあげると痛いでしょ? 」
「どっちもあんまし変わんねえよ! 」
柊と慧茉はツルと木の葉を利用して雨漏り防止の作業を行なっていた。
「柊さん、こんな感じ? 」
「おぉ。完璧です。器用なんですね」
「ちょっと自信あるんだこういうの」
伊都が柊から頼まれていたのは、五十センチ程の木の棒を何十本もツルで固定していって板状にしたものだった。
「それは何してんの? 」
「私もわかんない」
「なんで分かんないもの平気で作ってるわけ? 」
「だって頼まれたから・・・ 」
「ちょっとはなんか疑えっての! ねぇ柊、ウチこっちやりたーい」
「それは何個も作ってパネルにして、後から壁とか床に使うものです。あなたどうみても不器用じゃないですか」
「そんなんやってないと分かんないって〜」
スコップを放り投げて、ルルは言う。
「いいよルルちゃん。私そっちやるよ! 」
伊都はスコップを拾うと、積極的に便を拾い上げ外へ出し始めた。
その前向きさが、ルルには自分の幼さを浮き立たせるように感じ、頭をかいた。
「かーっ! なんでそう無駄に真面目なんだ」
伊都は一度動きを止めた。ハッとしたような顔を浮かべた。
「じゃ、じゃあもう手伝ってやんない! バカ」
そういってスコップを地面に刺すと、怒った様子で座り込み、またパネルの作業を行った。
「もー。二人とも揉めないでよ〜」
慧茉は考えていた。
私は基本的に色々と言う方だ。
学校でも、割りかし強い立場にいるし、なんせここに来てロックに生きると決めた私。
空くんたちに叱ってもらって、自由を探すと決めたんだから。
しかし一刻前に、その空から頼まれたことがあったのだ。
(俺らはちょっとサバンナで肉調達手伝ってくるけど、残った女子、絶対モメると思うんだよね。 ・・・仲裁してやってくれない? )
なんで私なのよ!
と、思ったけど、現場をみてやっぱり理解できた。
私しかいない・・・
この女子特有の精神戦を巧みに交わして、尚且つ、なぁなぁに終着させることができるのは・・・
「いいじゃないですか。放って置きましょう。知性の欠けた人型の生物は」
仕事から手を離さないまま言った。
「もぉ姉さんまで〜・・・ 」
人型の生物はワロタ。
「はぁ? 聞いた? 伊都、内心こんなこと思ってんのよこの女」
「流石にムカついた! 」
「ちょっと落ち着いてよみんな! 」
「お前もだよ! 仲良くしようって外面使ってんじゃねーよ! 」
キィィィィイイイイ!
こめかみに脈が浮く。
落ち着け私・・・
落ち着け・・・
「きゃんきゃん吠えるんですよ。知性の少ない生物は特に」
「なになに? なんか調子のってね? 伊都もなんかいってやんなよ! 」
「あ、あたしだって別に頭いいもん! 成績トップだし! 」
「だったら分かりますよね? さっさと手を動かして下さーい。そんな尻軽に構ってたら何も進みませんよ」
「ちょっと姉さん言い過ぎだよ! 」
「マジでムカついてきた! なんなんあいつ」
ルルはスコップを手に取り、柊の方へ向かった。
「ルルちゃん暴力はよくないよ!」
伊都はスコップを掴んでルルを止める。
「お前どっちの味方なんだよ! なんかはっきりしないんだよお前! 」
ルルは片手で強く伊都を押し倒した。そこには、伊都が運んだ便が落ちていた。
「もう最悪! 」
伊都は、激昂し踏み潰した便を掴み、ルルに投げつけた。
便はルルの肩にヒットした。
「は・・・ 殺す・・・ 」
ルルは伊都に乗っかり、顔をビンタした。伊都もビンタ仕返し、便の落ちた地面に転がって取っ組み合いになった。
「ちょっと・・・ 」
「止めなさい! スコップが壊れるでしょうが! 」
柊は作業を止めてスコップをルルから奪おうとした。
「こんなもんいらねえだろ! 」
ルルはそういうと、取っ組み合いから離れて、スコップを膝で折った。
「許せない・・・ それ削ってつくるのにどれだけ時間がかかると思ってるんですか? 」
柊もまた取っ組み合いに参加し、ルルの顔にビンタした。
「ほんとやめてよみんな! 」
慧茉は間に入り込んで、お互いの体を離れさせようとするが、皆自分より体が大きく、全く通用しなかった。
「外面は黙ってろ! 」
ルルは便のついた手で慧茉の顔を押し倒した。
空くん。
私はやっぱり、ロックが好きです。
「Fuck You Bitch!」
女四人、仕事を放棄して取っ組み合いの喧嘩を開始。
使用武器 便
遠くから、揉める人間四人を見ている動物が一頭。
「エマちゃん、一体何してるだ・・・ 」
プレアは、サバンナの狩りには参加せず、一人黙々と餌を探して歩くのが日課だった。
「何してんのあれ」
隣の木の上から、ミラが体を垂らす。
「ミラちゃん、人間って体にウンコつけるくせあるだか? 」
「ないわよ」
「じゃああれ何してるだ・・・ 虫でもあんなことしないだ」
「知らないわよ。でも関わんない方がいいわよ」
プレアは不思議そうに見ていたが、性格上、段々とどうでもよくなってきた。
「ミラちゃん、なんか食べただか? 」
「鳥」
「いいなぁ。オラも欲しいだ。分けてよ〜 」
「無理よ。自分で取って来なさい。まだあっちにいるでしょ」
「ほんと? 行ってくるだ」
「あ、あと帰りにサバンナにいってアンガー呼んできな。そしたら空もくるでしょ」
「えぇ、疲れるだ〜 」
「行ったらぁ・・・ あれよ・・・ 肉、あるから。肉の為に行ってきなさい」
「ほんと? 行ってくるだぁ」
プレアは走って向かった。
ミラもまた木に登り、偶然いた虫をパクリと食べた。
葉の隙間から見える人間の喧嘩の様子を、ミラは横目にみる。
まぁいいか。あれは人間に任せましょ。
ほんと暇よねぇ人間って。
伸びた木の枝から、別の木の枝に移り、にゅるりと移動していくミラ。
じっとその場に留まり、獲物が来るのを待つ。
環境に応じて、気配を消し擬態する。
欲しいものの為に、自分を変えることで、物事をうまく運ぶ。
そのような人間関係の作り方もあることを、四人はまだ知らないのか、むしろそうして来たから、ここでは自由になってしまうのか。
何も知らない小鳥が枝に止まった瞬間、ミラはガブリと一飲みで捕食に成功。
どちらにしても、無駄なことなど、きっとないのだろう。
羽毛を口から溢しながら、ミラはまた木を移動していった。
日は暮れて、動物組と共に戻ってきた一行。
動物組は外の小屋でワイワイやっている時、家の中では不穏な空気と便臭に包まれていた。
「座れ。座れ! 臭っ! いいから座れ! 」
勝平は鼻を摘んで言う。
便まみれの女たちは床に上がろうとする。
「おい! 誰が床に上がれと言った! 汚れるだろうがああ! 土間に座れ! 」
少しの間沈黙が続くと、総司が切り出した。
「おい・・・ これをみろ」
珍しく怒っていた。
勝平が両手で持ち上げているのは、大きなトムソンガゼルの死体だ。
「これはなんだ」
女の子四人は土間に正座させられている。
「ガゼ・・・」
「肉だ。なぁ。肉だ」
柊の言葉を遮り総司は続ける。
「怖かったぞ? 大きくて、角あるし、いっぱいいるし、角あるし? でも獲った。体当たりと、しがみつきと、アルと一緒に、首を絞めて殺した。・・・その間お前ら何してた? 」
「小屋を直してました」
「手伝ってました」
「板作ってました」
「便所掃除してました」
総司の大きな目の視線は、一切動くことはなかった。
「言われた通り仕事をしていた。そういうんだな・・・ 」
総司はゆっくり女たちの前を歩く。
「不思議だな。一体なんだ。俺の目が悪いのか? 鼻が悪いのか? 誰か教えてくれ」
総司は柊の顔に鼻が当たるほど顔を近づけた。
「なんでウンコついてる? 」
女の子は皆、背筋を凍らせた。
怒りで見えなくなっていた現状を、いまやっと把握したかのように。
「臭いな・・・ イマドキ小学生も雪合戦しないのに。泥団子もつくらないのに。お前ら・・・ ウンコ投げて遊んでたのか」
女の子達は今すぐに家を飛び出したいと思ったに違いない。しかし凍てつくような総司の言葉と視線が、正座した足を縛り付けた。
後ろで見ていた空と勝平は、久々の総司の激怒に、若干引いていた。
あいつ、こんな感じだったか?・・・
「相当、溜まってたんだな・・・ かわいそうに・・・ まぁ流石に、ストレスで病気になっても、ウ、ウンコ投げて発散するような解消法はないだろうが」
総司はゆっくり歩き回ると、また柊に近づいて、柊の顎をクイっと指で上に持ち上げた。
「お前はここで一番長いだろう・・・ なぜこんなことになった・・・」
歯を閉じたまま、総司は怒りを堪えるように言う。
「わ、私は仕事してました・・・ けどルルさんと伊都さ・・・ 」
「え? なんだって? ウンコってしか聞こえないな? ウンコウンコウンコ・・・ 」
空と勝平は引いた。
あいつ、こんな奴だったか?・・・
「クソ女だよ・・・ うん、糞女・・・ 比喩じゃないぞ。リアルにそうだから・・・ どいつもこいつも、傲慢に振る舞うから、そうやって腹を立て合って、ウンコ塗り合うんだろう! 少しは『他』を尊重しろ! 」
女の子たちは俯いた顔が上がらない。
「本当の糞になってしまう前に、さっさと洗ってこい! 」
追い払うように手を外へ振ると、女の子たちは逃げるように海へ走っていった。
息を乱して呼吸する総司。段々落ち着いてくると、いつもの目の大きさに戻り、何事もなかったかのように、定位置の隅に座った。
「総司・・・ 」
「良いんだ。これぐらい叱ってやらねば。いつしかもっと大きな問題になるかもしれない」
「そうだけど・・・」
「なんか親父みたいだなお前」
勝平はガゼルを石台に置くいて、手の砂を払った。
「まぁそうかもな。厳格な父親の存在の、限度の教育のようなものだ」
「まぁおれのはろくな親父じゃかったけど、それでも、やっていいことと、やっちゃいけないことの区別くらいは教えてくれたのかもなぁ」
焚き木を焚べて、火を見つめる勝平。
空は手を合わせて、目を瞑る。そしてガゼルの体を、石包丁で叩き切り、足と胴に分けた。
「そうだな。もしあの喧嘩がエスカレートして、この食べ物を取り合うようなことになれば、この共同生活じゃ致命的だ・・・ 」
可能性は低いだろう。でもないとも言えない。
俺でも結構警戒していた方だが、総司はやっぱり、より客観的に判断できるんだろう。
「仲直りするんすかねぇあいつら」
「まぁ、ゆっくりでいいさ」
空は竈門の火を、手に持った木に移すと、外へ持っていき、組んでいた木に火をつけて、もう一つの焚き火を作った。その強火で焼くガゼルの肉の匂いにつられて、アンガーたちは集まってくる。
しっかりと中まで火を通すには、まだ少し、時間がかかるだろう。
ゆっくり、じっくりと、回した。




