第三十二話 徳
浜に残った二人は飛び跳ねて慌てていた。
「どどどどーなってんだ! 化け物でてきて! 飛んで! 」
「ごめんなさい柊さんんん! 私が行かせたばかりにいいいいいい! 」
大きな鳥と魚の化け物は着々と浜へ近づいてくる。
「おおい! こっちきてんじゃん! やべえよ! 今度は俺ら狙って来やがった! 」
「プレアいないし! 合体できないよ! 襲われたら終わりじゃん! 」
近づくにつれ、ゾッとするほど巨大な羽の全貌は、人間の貧弱さを啓蒙する。
慧茉はふと立ち止まった。
鳥はともかく。
魚の化け物は、一体陸でなにができるんだろう。
「グルじゃ、ないかも」
勝平も冷静を取り戻し、近づいてくる大きな鳥を観察した。
間違いなく猛禽類。でも身体は、鳥っぽくない。
人間のような五体。足は異様に発達した筋肉の膨らみと羽毛が少々。足先は巨大なUFOキャッチャーの三本爪のような鉤爪が禍々しく伸びていて、魚の化け物はそれでがっぽりと胴体を掴まれている。
確かに・・・ グルだとしたら少し乱暴か?
勝平と慧茉は真上に来た大きな鳥から距離を取り、下がって様子を見た。
大きな鳥は魚の化け物を、投げるように浜に叩き落とした。
ぐしゃりと生々しい音がして、動きが鈍くなった魚の化け物。
亀裂が現れて、発光すると、髪の長い女と、シャチに分離した。
シャチはすぐに砂浜を飛び跳ねて海に浸かり、滑り込むように水中に潜っていった。
「痛たぁ・・・・ 折れた、絶対折れたぁ! 痛いもおおおおおお! 」
脇腹を抑えてもがく女は、砂まみれになり転がっていく。
「ん? おまえ! 」
勝平が何かに気づいた時、上空がまた白く発光した。その直後、スーパーヒーロー着地で降りてきた人間は、
「何やってたの? 」
衝撃で砂を巻き上げながら、そう話しかけた。
引いた砂埃の中に見えたのは、ミディアムの髪をそのままになびかせた、清楚な顔立ちの女の子だった。
「な、なにって・・・ お前らこそなんなんだよ! ていうかおまえ! 」
警戒を抜かず、勝平は距離を保つ。
「アイタタタタタ・・・ えっウチ? あ、」
勝平はこの人をよく知っていた。
「おお! やっほーカッペー! 」
「お前もきてたのかよ! 」
「え、知り合いなの? 」
「・・・こいつとは、幼稚園からずっと一緒なんだよ」
突然の幼馴染の登場により、戦いの空気は霞んでいった。
互いの不信感は漂うも、戦闘を始める空気感ではなく、浜辺の四人は言葉の少ない会話を交わす。
やがて空たちが泳いで戻ってくると、会話は再開した。
「えぇ〜っと・・・ 」
突如増えた人物に、なにから手をつけていいのか、空は戸惑った。
「とりあえず、魚の化け物が、この女で、鳥の化け物がこっちの女って事ですね」
柊は冷たい視線で見つめる。
「あぁああああ負けたぁーー。まじ悔しいー。もうちょっとで殺れたのにいいいいぃ! 」
痛みで寝転がったまま、空を指差す。
「空さん、こいつ俺の幼馴染なんです」
「あそうなの? 」
「ウチ、五百蔵ルルっていいまーす! ヨロシクねー。アイタタ・・・ 顔の傷、許してね」
身をよじらせる女の子は、コーラルレッドのショート丈のタンクトップに、三本ラインの入ったスポーツ系の黒いショートパンツをきている。
髪は、ハリウッド女優のようにかきあげて流した前髪から、ナチュラルにカールがかかっていて、暗めのアッシュ系に混じったハイライトが立体感を生み出している。
顔立ちは彫りが深く、鼻が高い。日本人離れした白人の美形に、明るいエメラルドグリーンの瞳が煌めく。
「ルル・・・ そんで君は・・・ 」
「私は三月伊都! よろしくね! やっと人見つかったからちょっと安心した」
安心・・・?
「誰とも合わなかったの? 」
「うん。全然! 八人いるってきいてたから、すぐ会えると思ってたんだけど」
前髪のあるナチュラルミディの髪型に、透明感の強い茶髪が似合う。グレーの瞳が光る目はキリッとしていて、独特の空気感を醸し出だす。
ナイロン生のピンク色のパーカーに、ピンクラインの入ったショートパンツ。黒いスパッツをはいていて、完全に機能性重視であると言える。その事から、ごく普通の真面目な女の子であることが、見た目から想像できた。
「伊都にルル、か。参ったな」
「何がっすか? 」
「いや・・・ 」
飯どうしようかな・・・
「とりあえず、どうするんだ二人。ルルは伊都に負けたわけだが」
「うーん、仕方ないよねぇ。潔く諦めます・・・ 」
「え、何の話? 」
「おお、さすが幼馴染! 素直でいいじゃねえか! 」
「だしょ? 」
軽く咳を払い、空は切り出す。
「伊都。君はこれからどうしたいんだ? 」
「どうって、やっとみんなに会えたから一緒にいたい・・・と思ってたけど・・・ 」
「それはいいけど、お金の事だよ」
慧茉は顔を覗くようにして言う。
「お金? お金って一体なんのこと? 」
やっぱりだ。この人。
空は伊都の表情で確信した。
「何言ってんだよ。プログラム始まる前にあの部屋で言われたじゃねえか」
勝平は首をかく。
「私それ行ってないかも」
「行ってないとはどういう事ですか? 結果が出た後、貴方の個室に大人が来ませんでしたか? 」
「あ、ああえぇっと・・・ 」
言葉に詰まる伊都に視線が集まる。
「じゃあ先に、俺たちの話を聞いてくれるか? 」
空は、生き残りをかけたゲームの事。そこに賭けられた莫大な金の事。
それらの記憶が自分にはない事。
このプログラム自体に何か大きな事件性を感じていることをざっくりと話した。
「・・・ 」
動揺を隠せない伊都。
俺みたいに記憶が消えたわけじゃなさそうだ。でもなんで皆と「始まり」が違うんだろう。
「なんかモヤモヤするなぁ。ちゃんと話してよー」
不満気にルルは言った。
「い、いや! 別にそういうんじゃないよ! ただ、その・・・ あり得ないじゃんそんなこと! 」
伊都は苦笑いをして言う。
「つまりどういうことですか? 貴方はあの大人たちの話を全く知らないということですか? 」
鋭い眼差しを、柊は伊都へ飛ばした。
「知らない。というか・・・いや。そんなこと、よく本気にできるなって思っただけ! 」
「は? どう言う意味? じゃあアンタは騙されないっていうの? 」
ルルは鋭く睨みつける。
「普通そうでしょ? 」
伊都は平然な顔をして言い返す。
空気がピリつくのを感じた。
男たちは思った。
(うーわ、またなんかプライド高そうな女ばっか増えたなぁ)
総司は小さく溜息を溢した。
二十時を過ぎて主な照明が落とされた総理官邸。
壁や天井に線状に設置されている健康的な白い照明は、家具の位置が最低限理解できるほどにしかついていない。大きな窓から差し込む夜の都会の光の影が、窓枠を模して床に伸びていた。
そんな部屋のモニターに映っていた人間と小さな動物は、強く発光し、一度部屋を明るく照らすと、巨大な化け物一体をその場に置き、発光を止めた。
唸る化け物を前に、成す術なく身の毛のよだつ暴力を振るわれる人間。
まるでライオンが。熊が。サメが。時に人が。生命を弄ぶ様と変わらぬものがそこには記録されていた。
また、二体目の化け物が出現すると、木々を薙ぎ倒し、岩山を削り、荒々しく生々しい戦闘を繰り広げる。
聞き慣れない奇怪な威嚇とともに血飛沫をあげ、空気を割くような痛烈な殴打の衝撃は、画面の外にいるものまで、神経を刺激するまでに威力を痛感させた。
冷や汗が髭の伸びた顎から床に数滴落ちた。
額を袖で拭う。
一歩尻込んで、椅子に腰を落とした勘九郎は、驚愕を禁じ得ず、両手で口を覆った。
拓扉は曇った眼鏡を取り、手に持ったまま動かなかった。
「本当に、こ、こんなことが・・・ 」
何も答えられない拓扉。
ある程度予想も、覚悟もしていた。
しかし実際それが現実となった時、想像とは全く別のことが起きたかのように思える。
それほどまでに新鮮で、リアルで、残酷に、常に検討の一歩先で我々の意表を突く。
つまりは、それを望んでいなかったということである。
運命と、進み続ける現実。
今とは、そういうものであることを、二人は改めて思い知った。
「こんなことを・・・ 許していてたまるものか」
勘九郎の目には赤黒い怒りが灯る。
「実行委員に直訴する」
「し、しかし、データを所持していることがバレます」
「構うものか。私は総理大臣だぞ」
「総理大臣といえどもアヌ直属の部下です! 勝手が過ぎると降ろされてしまいます! 」
「私は・・・ 」
拳を握りしめる勘九郎。
「私はこんなことをさせる為にやったのではない! 暗雲が漂い、見せかけの平和が令された時代に、道を切り開く力を与えたかったんだ! 」
「しか・・・ 」
「これではただの殺し合いではないか! あんな化け物になってまで、揚々と殺し合わせている! これで学ぶことがあるならば、殺戮の快楽と暴力で築く一時の恐怖社会の作り方だぞ! 一体なぜだ・・・ 何が起きているんだ! 」
明らかになったプログラムの全貌に、瞋恚する勘九郎。
「何故こんなものをWTOが持っている! 一体何を考えているんだ実行委員。だとしたら・・・ 一体・・・ 」
「まずは落ち着きましょう、勘九郎さん」
大きく息を吐き、壁に背を滑らせながら床に座った。
「整理しましょう」
膝を立てて、軽く口に手をやった。
二体の化け物。これはもう他の人間も化け物に変身すると考えた方がいい。
戦い。何故? 理由を探せ。
食事。生活。個人的な感情?
「仮想空間での傷害罪や殺人罪、過失などが、現実での法律が適応されることは、参加者は知っているんですよね? 」
「勿論だ。事細かな説明まで正確に行ったと報告を受けた」
犯罪になるとわかった上での行為。ならば明確な目的があるはず。
冷静な態度を崩さす、思考を回す拓扉。動悸が治まらない様子の勘九郎に目をやった。
参加者には、戦うなんらかの理由がある。
食事に関しては、自給自足ということもあり、食糧確保の為、他者との協力は欠かせないはず。仮に己が生活の為に他のもを奪う奴もいるかもしれないが・・・どう考えても効率が悪い。衣食住全てに関しても。
ならば個人の動機か?
例えば喧嘩をして、殺してやりたいと思うほど憎しみ合う状況。
仮にそうだとしても、法律が適応されると言われ、改めてその罪と罰について教え込まれれば、誰でも注意を強固にするはず。
加えてAIの精神テストも受けて合格した参加者だ。それなりの人格を備えていると考えてもいいはず。
ならば・・・
「外在的な、理由・・・ 」
「恐らくそうだろう」
「では、『外側』から何かしらの介入があった。ということ・・・ 」
アヌ直結の実行委員のみで機能しているプログラムに、介入できる力をもった人物。
どうやって? 何の為に?
「彼らを戦わせる理由。そしてその結果がもたらすもの・・・ 」
やはり、切島か?
WTOならば、機材の提供等の繋がりが濃ゆい。会議の参加者の中では、一番実行委員と接点があるはず。
「改谷」
「はい」
「前にも行ったかもしれないが、国政というものはいつの時代も、たったひとつの目的の為に行われるようなものはない。たとえどう転んでも、その結果自体が成功だったと言えるように、二重にも三重にも、意味を重ねるものだ」
勘九郎の形相は一変し、たまに見せる本気の威圧感を生んでいた。
煮えたぎる魂に、凍てつくような頭をもっていると、一目でわかるような。
「そしていつの時代も、その意味と首謀者を見つける方法がある」
「誰が、『得』するかということだ」
余りに単純で、簡単な事。少し考えれば誰でもわかる。しかしさらによく考えれば、それ以上に確実な方法もない。イレギュラーが起こらぬ限り、変わらない結果の為、誰かがその道へ誘導しようとしてる姿が、明らかになってくる。
「こちらも覚悟しないといけませんね」
眼鏡に自身の顔を移す拓扉。
何色にも染まらない黒い瞳が反射する。
「犠牲が、出なければいいが・・・ 」
混沌の渦に身を入れた二人。
しかしその一歩は、幾十にも重なる事実の一角に過ぎない。




