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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第三十一話 人魚と天使


「問題だな・・・ 」

「大問題です・・・ 」

 野原に仰向けで横たわる五人。慧茉の額に、汗がふつふつと沸いていた。

「あー、」

 視界を覆う快晴の空。その無限の広がりに虚しさを覚える一行。遠くから響く、鷹の笛のような声が、生ぬるい風を連れてきた。

「・・・腹減った・・・ 」

 全然なんとかならないんですけど。

 三日を待たずして食料難なんですけど。

 増えた人口は確実に生活を困窮させていった。

 拠点を中心とした生活の難点。

 想像した通り、資源は枯渇して行き、川魚と山菜ではまかないきれなくなっていた。

 サバイバルのポイントの一つとして、食べれるものがあれば、次々に口に入れて行くことも挙げられる。

 サワガニであったり、木の中の幼虫であったり、ミミズであったり。見つけ次第栄養を補給すること。小さなタンパク源でも、積み重なれば、体を動かし続けることができる程の栄養にはなる。

 それらは確かに怠っていた。でも全然生活できた。

 一人ならば。

 だから動物達はよく食べるんだろう。

 昔の飼い猫は、餌を与え続ければ食べ続けたという。腹が膨れるほど食べ続け、きたる空腹に備えた。

 そしてすぐ眠る。これも余計なエネルギーを使わない為だ。

 ただただ堕落した人間のそれと同様に思えるあの行動には、そういった根拠があり、未だにその名残があるのだ。

 同じ生き方。同じ条件といえば、原生林に住んでいた太古の人類も、コミュニケーションや技術がまだまだ発展していなかったにもかかわらず、農作をして、狩りをして、貯蔵して、衣服を作り、料理をし、役割を分担して共存していたらしい。

 皆が食事にありつけるように、きちんと計算をしていた。だから太古の歴史の真実は、争いがなかったと言われている。争った形跡は一つもないのだと。

 それ以降の歴史は、人間同士の争いは絶えないが、その原点は、自然と調和した、バランスの良い、確かな平和が築き上げられていたという。

 俺たちにそれができなかったわけじゃない。十分にやっていたつもりだった。

 朝は海岸。昼は川、磯。帰りに山菜。二手に分かれて仕事をした。運が良ければ、動物組のおこぼれをもらい受ける。

 ・・・甘かった。

 十七歳の食欲旺盛な時期の若者五人が生活していくのに、それでは足りないということはよくよく考えれば明白だった。

 というか薄々気づいていたはずだけど、なにも実行しなかった。動物組の小屋建設に夢中で。

 もちろん、己の能力次第の世界に住む動物組に、特に変わった様子はない。

 いつもと変わらず元気にサバンナへ出かけた。

 気になったのは、昨夜のプレアに対しての皆の反応だ。

 新たに加わったプレアに対する皆の対応は、以外にもあっさりとしていた。

 体長が一番デカイからなのか、あのカル兄弟でさえ、「なんだおまえ! ヨロシクな! 」の一言だった。置物とでも思われているのだろうか。

 アンガーは相変わらず堂々と名乗っていたが、プレアは気怠そうにしてた。

 どうりで暑いわけだ。

「どうするよ〜 」

 勝平の頭に日光が反射する。

「このままでは、イケませんね・・・ でもなんか体がだるくて・・・ 」

「昨日から何も食べてないからだよぉ」

「そうだな・・・ 」

 エネルギー不足による倦怠感が、体を土に縛り付ける。

「動かなければ・・・ くそ・・・ 」

 空は少しずつイラついた。

「はあああああああああ動かなければああああああ! 」  

 叫んでみても、体は一切動かない。

 声は青空に吸収された。

「もう・・・ 無理! お腹紙になる! 」

 慧茉は、顔を両手で隠したまま、立ちがって走り去った。

「こんなんだったら一人の方がまだ食べれたもおおおおおん! わああああああああああ! 」

 前が見えず、すぐに木にぶつかって倒れた。しかしまた起き上がり、浜に向かって走っていった。

「あの小娘、やっぱり体が小さいから精神も弱いんですよ」

 表情変えることなく、無機質に柊は言った。

「お前って、ほんとたまにトゲあるよな」

「ヒイラギだからな」

「ぶっはっはっはっは! 」

 勝平と総司の可笑しなテンションの会話は、何故か今なら笑えた。

 土を蹴る足音が聞こえて来た。

「戻ってきたぞ」

 息を切らして帰ってきた慧茉。

「ぶねがあっだあああ! 」

「え? 」

 呼吸を整えて、もう一度言葉にする。

「船が! あった! 」

 静かに驚きと疑問を抱いた一行。

 風の呼ぶままに、浜へ向かった。

 着くと、渚から百メートル程先で揺れて傾く、木製の小舟が見えた。

「確かに船だ・・・ 」

「すげぇっすね」

 船からは一本の帆柱が伸びているが、張られてはない。

「どうする? 」

「どうするって・・・ 行って何になるんですか。食料でも積んであるんですか? 」

「わかんないから確かめに行くんだよ! 」

 波の音は大きく、浜に並んで話す声が少し聞き取りづらい。

「船があったぁ(^ ^)って。動物園行ったこどもみたいに跳ね上がっちゃって」

「何よ! プンプンしちゃって! 私に不満でもあるの? 」

「別にぃ? ないですけど? 子供じみてるなぁと思いまして」

 腕を組んで顔を反らす柊。

 慧茉のこめかみに怒りマークが浮き出る。

「あーそ。貴方本当に愛想悪いよね、可愛くない。将来シワだらけになるわよ」

「はぁあ? できませんけどぉ? 目が悪いんじゃないですか? ニンジンでも食べてビタミンA摂取した方がいいじゃない? ピーマンでも良いですよ。あ、子供はピーマン嫌いですよねぇ? 」

「うっざ! ちょっと背が高くて頭いいからって調子乗ってさ! 私がもしあんたほどの身長があれば・・・ 」

 どっちもうぜぇ・・・

 でも入れない・・・

 男子三人は、黙って海面に渋い顔をした。

「もういい! らちがあかない! 一つ言わせてもらうけど、あんた遊び心ないし、そんなずっと堅苦しく怒ってたら、絶対モテないよ! 」

 柊は頭を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。

「も、モテるし・・・ 現実だったら、私だって・・・ ももモテるし」

 俯いて、ゆっくりと海に入っていった。胸まで浸かるところまでいくと、こちらをチラリと振りかえると、

「モテるし・・・」

 そう言い残しクロールで泳いで行った。

「お、おい柊・・・ 」

 勝平は一本踏み出して足を海に入れる。

「慧茉、ああ見えて柊は繊細なんだ」

「知らないよそんなこと。いいのよ。これで私が行く手間が省けたもの。計画通りよ」

 悪巧み顔を浮かべて、静かに笑い声が漏れる。

「はぁ、仕方ない。総司、ついてこい。勝平は慧茉と残ってて」

「うぃっす! 」

 造作なく海に浸かっていった。服が水に浮いていく。

 思ったほど冷たくなかった。青かった海水は、触れるほど近づくと透明になり、水の底を屈折させながらみせた。

 海藻や石が揺れて足元を泳ぐ。小さな小さな小魚がいたようにみえたのは、気のせいではない。

 肩まで浸かると底は見えなくなった。波が顎をかすっていく。

「空。俺、あいつに悪いことしただろうか? 」

「えなんで? 」

「冷たいんだ、最近。この間、朝目が覚めたら、柊が俺にまたがってて、思いっきりブン殴ってたんだ」

「そりゃいつものことだ。そうやって君は毎日目を覚ましているのだから」

「・・・とんでもない怨みを持たれている気がする」

 空は鼻で笑った。

「まぁ行けばわかるさ」

 飛ぶように底を蹴って泳ぎはじめた。

 スピードが乗るよう、大きく水を漕いだ。

 沖に進むにつれ、水中の波は急激に温度を下げ、顔色を変えた。

 ここから先は知らないぞ。

 海はそう告げ、一行の濁りない興を突き放したように思えた。

 空はその恐怖を懐かしく感じていた。親が子供をやむ負えなく叱るときの迫真の空気感、指導者の真剣な顔。そんな相貌を浮かべた。

 だから逃げては行けない。

 きちんと受け止めて、進まなきゃ行けないんだ。

 好都合なのは、ゴーグルがないから、水中を見なくて済むことだ。

 足の届かない深くて暗い不気味な底で、トゲの長いウニや攻撃的な雰囲気の貝、毒を持っていると主張するような模様の魚や蛇が巡回する様が見えてしまったら、恐怖はもっと体を凍らせただろう。 

 方向確認の為、最低限見るのは、笑顔振りまく海上の世界だけにした。

 下手くそな息継ぎで、肺の酸素が減っていく。

 苦しさに耐えながら、焦るように泳でいき、やっと船の端に掴まっている柊に追いついた。

 浜からは勝平達がこちらに手を振っている。

 柊は口に人差し指を立てて、静かに。と合図すると、ゆっくりと船上に顔を出した。

 誰もいないことを確認すると、頷いて登っていった。

 空と総司も登り、船内を見渡した。

 小舟は、ギリギリ八人くらいは座って乗れる程の大きさだ。梁のような腰掛けの段が四列あり、船体は四、五メートルで、エンジン等の機械はなく、昔話しに出てくるようなありきたりな小舟だ。

「なんもねえな」

「ええ」

 水分を含んだ服が重く、体に張り付いた。

 シャツを脱いで軽く絞る。

「なんで脱いでこなかったんだろ」

「私は脱げないですよ! 」

「ああそうか」

 ぴったりと肌に張り付いた白いTシャツが女体のラインを浮き立たせる。透けて見えるスポーツ下着の色は黒。スラリと伸びる黒いパンツの裾を上げると白く細いスネを流れる水滴が光った。

 違和感に気づいた。

 普通なら気まずい場面だし、なにかエロい感情が湧き上がってもおかしくないのに。

 俺、全く何も感じない。

「何見てるんですか! 」

 柊は足元にあったオールを総司に投げつけた。

 柊は違ったらしい。

 起き上がった総司の顔には、不当という文字と鼻血が目立つ。

「なぜ俺だけなんだ・・・ 」

「お前には見られたくないんじゃないの? 」

「何故だ・・・ 」

「なんだっていいじゃないですか! 」

 頬を赤らめて背を向ける。

「まぁまぁ・・・ 」

「べ、別についてこなくても良かったんですよ? 」

「総司が話したいことあるってさ」

「え? 」

 柊は驚いて振り返る。

「・・・俺、なんか悪い事したか? 」

 柊はあたふた動揺した。

「い、いいえ? 別に? 一昨日の魚の焼き加減に文句言ったことなんて別に気にしてないですよ? 」

 あ、そういや言ってたな・・・

(魚だって生きてるんだ。もっと大切に料理しろ。大体お前は全部雑すぎる・・・)

 まぁ確かに柊は頭はいいが、作業は全部雑だ。

「そんなことか、お前が焼いたら身が焦げ落ちてるからだ」

「私は料理が苦手なんです! 自分でやればいいじゃないですか! 」

「当番はお前だろ」

「おいまたかよ! 」

「花時丸、そう思うだろ? 」

「例えそうであっても、俺は黙って食う」

「お前・・・ 腹を壊したいのか? 」

「そうじゃねえよ! 」

 小舟に揺られ、傾く水平線にため息を吐いた。

「慧茉じゃないけどさ、柊。もっと素直になったって損はしないんじゃない? 総司はちょっと柊に強く当たりすぎ」

 二人は黙って俯く。

 まぁ、仲が良いからなんだろうけどね。

 ふわりと微笑んだ。

 こればかりはゆっくり時間が解決してくれるだろう。

「さぁて、どうしようか・・・ 」

 空の背後の海面で、激しく水が弾けた。

 柊と総司は空の頭上を見上げる。

 大量の水飛沫にかかりながらゆっくり振り返った。

 二メートル上空に滞空する巨大な影は、尾ビレを形どった。

 少し落ちてくると、尾ビレの外枠は黒色で、内側は白色であることがわかり、大きななんらかの魚である事は理解できた。

 しかし上半身は、頭があり、肩があり、腕があり、胸があり、腹があり、腰があり。

 その影は、人間の上半身を映す。

「空さん敵です! 」

 柊の声に状況を理解した。

「うわあああああおおおおお! 」

 落ちてくるように近づいてきたのは、上半身が人で下半身が魚の、

「人魚だああああ! 」

 新たな化け物は、恐ろしい形相で唸ってくると、噛み付かれたら最期であろうギザギザの歯を見せる。

 伸びてきた手には、水掻きがあり、爪がナイフのように尖っていた。

 間一髪で転び倒れて、一撃を避けた空。

 人魚は、出てきところから弧を描くように船を飛び越え、勢いを殺さぬまま海に潜った。

「やややべええ! 怖ええあいつ! 」

 屈んだまま二人の元へ行き、背を合わせて海を警戒した。

 三百六十度、何処から狙ってくるかわからない。逃げるにしても、海に入れば負け確定。

「これは・・・」

「ええ。間違いなく罠でした」

「クソ! どうする! 」

 穏やかだったはずの情景は、急激に冷酷な緊迫に包まれる。

 完全にハマっちまった。なんで考えなかったんだ! 

 波の音に敏感になり、絶え間なく聞こえる小さな波の飛沫の音を目で追う。

 クソクソどこから・・・

「きた! 」

 後ろの総司が叫んで知らせた。すぐに振り向いたが、もう目と鼻の先に化け物の爪が迫っていた。

「うおおおおおおおお! 」

 左側へ飛んで交わしたが間に合わず、右頬から耳へかけて浅く切りつけられた。

「花時丸! 」

「大丈夫だ! 」

 頬を伝う血は、焦りと、重大な危機をじわじわと感じさせていく。

 やばい。完全に相手のペースだ・・・

「柊! 」

 総司は先程柊が投げたオールを渡した。

 背中合わせで、ゆっくり回転する三人。

 何処だ何処だ何処だ!

「出た! 」

 海面にから飛び出した影。しかしそれは木材の切れ端だった。

「フェイントだ! 総司! 」

 空の上空を超え、背後の総司へ向かって飛んでいく化け物。体をひねりながら、すくい上げるように鋭い爪を伸ばす。

 完全に出遅れた総司はガードの体制を取った。

「ダメだ! 腕ごと切り落とされるぞ! 」

 奇怪な鳴き声をあげて仕掛けた化け物。

 その顔面に、オールが下から振り抜かれていた。

「おおおおおおおおお! 」

 ナイスだ柊! 直撃だ! 

 鈍い音と共に、しっかりと攻撃を当てた柊。手応えを感じ、力を抜いた瞬間、真っ黒な眼光が柊を睨みつけた。

 オールは、大きく避けた口にくわえられてた。

「嘘・・・ 」

 柄に歯が食い込んでおり、化け物はそのまま木を嚙み砕いた。

 さらに折れた柄を掴み、体の捻りと合わせてオールを柊ごとを空中に持ち上げると、船の外まで引っ張り出した。

「柊! 」

 柊は、届くはずのない手を伸ばして、海へ落ちていく。その海面は、もうどうすることもできない、魔の入口に見えた。

 絶望が脳裏を過るより先に、迷わず頭から飛び込んだ総司。

 空は飛び出した総司の足を掴み、船に押さえつけた。

 総司は柊と手を握る。

 総司の足を引っ張り船に引っ張り上げようとするが、重くて動かない。

「くっそ・・・があああああ! 」

 早くあげなきゃ! 柊が引き込まれる!

 その途端、飛沫が上がったと同時に真横から化け物は空をめがけて飛んで来た。

 え? なんでこっちに。

 そうか。

 俺を落とせば、全員終わりだからか。

「空さん逃げて! 」

 海から這って顔を出して柊は叫んだ。

 スローで近づいてくる化け物。見れば見るほど不気味だった。

 瞳は真っ黒で、首にはエラ。髪の毛は昆布のように滑らかで艶やかなオールバック。

 上半身に来ている破れたタンクトップの胸の膨らみから、女であることを考えた。

 しかし何故か手を離せなかった。

 離して回避して、それでどうなる? 俺も飛び込むか?

 恐らく離せば、次に狙うのは落ちた二人のどちらかだろう。

 ダメだ。どうにも。

 終わった・・・

 反射で目を瞑り、顔を反らす。掴んだまま、化け物に背を向けて屈んだ。

「わあああああああ! 」

 また、声は青空に吸収された。

 静かに波と船の軋む音が聞こえる。

 アドレナリンのせいか、全然痛みを感じないぞ。

 ゆっくりと片目を開けて、船の床をみた。

 何度か瞬きをして、現状を把握しようと顔を上げた。

 あれ、化け物がいない。

 どこに・・・

 柊が総司を登り空の肩を掴んで船に戻ってきた。

 息を乱したまま、柊が一点見つめる先は青空だった。

 空も視線の先を追う。

 その上空には、前代未聞のサイズの巨大な鳥が、先程の化け物の尾ビレを鷲掴みにして飛んでいた。

「天使・・・ 」

 神々しい純白の羽は、雄大に大空を扇ぐ。

 ゆらりと舞った一輪の羽根は、優しい風と踊っていた。

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