第二話 篝火
「オイラの名はアンガー! ライオンだ! 大きくなったら父ちゃんみたいな立派なプライドを持つ王様になるのが夢だ! 」
真っ直ぐに空の顔を見て言った。眩しいくらいに輝いた眼光が目に直射する。
「そ、そうか! よかったな! 」
あまりに透き通った思いをぶつけられ怯んだ空はとっさに愛想笑いして答えた。
落ち着けおれ。まずは一つずつ。
喫驚して今にも叫び出しそうな思いを飲み込み、深呼吸する。しかし抑えた蓋の隙間を抜けて声が飛び出てしまう。
「えっと・・・な、なんで喋れるの!?」
なにから聞いて良いかよくわからなくなった空は、手当たり次第に見つかった言葉を発する。
「んー喋れないものなのか? 」
猫のように前足を伸ばし、腹這いになって尻尾を左右にパタパタさせて言った。
「難しい事はよくわかんないけど、オイラはお前の言ってる事がわかるぞ? 」
キョトンとして頭を傾けて続ける。
よく考えたら知っていることの方が不思議か。
アンガーの答えは舞い上がっていた空の感情を地へつけた。
「そっか。ていうかごめん。尻尾引っ張っちゃって」
首を掻きながら空は言った。
「平気さ! オイラは王様になるのだからな! 」
燃え上がるやる気をオーラにして体外へ放出させると、アンガーは部屋中をバタバタと走り回りはじめた。
二周くらいした後、中央の大黒柱目掛けて体の側面で滑り込み、角をガリガリ噛み付いた。
「変なやつだな」
すこし微笑んで空は言う。まるで幼少期の自分を見ているようだ。俺も全身にワクワクを漲らせて触れるものすべてを口に入れてたっけ。
アンガー、か。どうやら本当にホワイトライオンの子供らしい。子犬くらいの大きさだ。鬣はまだない。
空は犬と猫を飼っていた経験がある。動物の扱いには割りかし慣れている方だが、言葉が通じる以上その扱いはあまり関係性としては良くないと感じた。人間は動物に対して基本的にえらそうだからだ。
なんせライオン。怒らせたらいくら子供といえどこっちが怪我することも十分ある。無邪気にガリガリガリガリ木に噛み付いて遊んじゃいるが、その目は犬や猫とは全く異なるものを感じる。人懐っこさや、安心感が無いというか。まだ慣れていないだけなのかもしれないけど、こいつは危険だと本能が言ってるのを感じる。
しかし話ができると言う点はとてもありがたい事でもあった。それこそ恐ろしい事ではあるのだが、謎で作り上げられているこの世界ではそう目立って気にはしなかった。実際、人工知能搭載の動物型ロボットはいたし、喋る上にネットショッピングや掃除、活躍の場所は数え切れない程だ。
アンガーは見た感じ純粋そうで嘘をつきそうに無い。この場所についての情報を少しでも集められる。
空は床に手をついて、壁に背中をつけて座った。
夕暮れの赤い光が、部屋を暖色に染め上げる。
「アンガー、だよね?」
あぐらをかいて、空が言う。
「違うアンガーだ! 」
ひょこっと起き上がって怒った。
「そう言ったんだけど・・・ 」
呆れ顔をして小声で呟く。
「アンガーはいつからここにいるんだ? 」
「お前が寝てる時からいたぞ? 」
「その前は? 」
「オイラにもよくわらないんだけど、ずっと前からいたような気もする。でもアフリカで父ちゃんと一緒にいたことも覚えてるんだ」
「そっか」
ふつうに考えれば、アフリカで過ごしている時に何者かに拐われてここへ来た。という順序を考えるのが妥当か。空は続けて聞く。
「どうやって来たかとか何か覚えてる? 」
「んーーーーーー」
アンガーはお座りポーズで考えた。
「んーーーーーーーーーー」
しっかり思い出そうとしている。
「んんんんんんんんんん」
なにやら苦しそうだ。眉間によるシワが物語っている。
「いや! 無いなら無理しなくていいんだよ? 」
空は慌てて止めた。
「ぷぅ。わからないや」
空気が抜けて楽になったようだ。
「はは、変わってるなお前」
空が笑いながらいうと、アンガーは凛として言った。
「他と同じではダメなんだ! 」
その言葉に、ハッと何かを思い出せそうな気がした。
またオーラを漂わせて、アンガーは右回りにドタバタ走り出す。
他と同じではダメ。
夢で見た自分の目に映る世界を、酷く、思い返した。
「強いんだなぁ。アンガーは」
俺は、あの場所でそう言えただろうか。
視線を落とし空の目が濁る。
もし、俺が強い人間で、堂々とそう言えてたら、世界は変わって見えたのか。
もし、それが出来たなら、あの夢は違って見えたのかな。
「名前! なんて言うんだ? 」
思考の動線を、アンガーの言葉が切った。
「空・・・ 花時丸空」
戸惑ったように言う。
「へへっ!変な名前だな! 空を食う! ははっ! 」
アンガーは笑い転げるている。
「お前が言うと冗談に聞こえないから止めてくんない? 」
そう冷めた顔をして言った後、空も一緒になって笑った。
ひさしい感じだった。
楽しいような怖いような思いも空とっては嬉しかった。確信はない。まだない。それでもあの現実よりは何倍も何千倍も、濁りない感情だった。この部屋のように暖かいような。
しかしその温もりも冷め始めるのを鳥肌が知らせる。陽が落ちて、もうじき暗くなる。自分の家族も心配するし早く家に帰りたいが、今のところ現実的じゃないし、暗闇を動くのは危険だろう。
「とりあえず俺は今日ここに泊まって明日いろいろ探索してみる。アンガーはどうする?」
落ち着いた後、まじめに空は聞いた。
「オイラもここにいるよ! 夜は危険だから。大丈夫! おしっこは外で出来るんだ!」
自信に満ちた顔でアンガーが言う。
「ああ、頼んだぜ? 」
そう言って空は仰向けに寝転んだ。
アンガーも大黒柱を器用に登り梁の上で休み始めた。
窓から夕暮れ終わりの空を覗く。
やっぱり、ここ最近で一番綺麗な空だ。
眉を上げて一息つき、今日の事を整理しようとする。一体何が起きてるんだろう。驚きの連続にも関わらず、思う以上に落ち着いている。自分でここへ来た記憶がない以上、誰かに連れてこられたという説明がつきそうだが、もっと動揺したり、命の危険を感じるようなシチュエーションがあったりするものだろう。しかしその第三者の存在の影すら見ない。目的も何もわからない。
まぁ今考えても無駄だよね。
情報が少なすぎて、最初からわかっていた結論へたどり着く。
とりあえず、生きてみよう。
空は目を閉じた。疲れていたのか、すぐに意識は消えた。
「・・けて〜 ・・・けてよ〜」
何やら声が聞こえる。しかし意識はまだない。
「ガリガリガリ・・・あ・・けて〜」
夢ではないと気づき、空は目を開いた。驚きで体を起こし、部屋を見回す。
「開けておくれ〜」
アンガーだ。ドアの外にいるようだ。空は立ち上がり、ドアの方へ歩いた。
「ガリガリガリガリ」
ドアを爪で連続で引っ掻いているらしい。この行動を空はよく知っていた。猫の所業だ。
空は目を擦りながら、ドアを押す。
「うわああああん、オイラ出れるけど戻れないんだよ」
泣きじゃくってアンガーはトボトボ入ってきた。
「練習しなきゃな」
微笑んで空は答える。
ドアを閉めようとして、ふと外を見ると景色がはっきり見えることに気づく。昼間の景色と色が違うだけで、くっきりと影が伸びている。
夜だよな?
しっかりみて見ようとドアから半身乗り出してみる。
冷たい空気が肺に流れてくる。肌寒い。夜を照らす明かりの元をたどって、空を見た。
月だ。それも見たことない程大きい。黄色くないけれど、満月に近いものだ。
「うわぁ、でっけぇな」
じっと見ていると、目が慣れるにつれ、その周りを虹色の光が包んでいる事に気づく。光の加減で円状に回っているように見える。月のオーラと言うべきだろうか。目を凝らすとクレーターの凸凹の大きさも、小さいものと区別できるほど程高画質だ。
感動的で、神秘的でちょっとぴり怖い。そんな思いを感じながら釘付けになって乾いた目を潤そうと瞬きをした瞬間に、夜空一面に星の大草原が広がった。
「ア、アンガー、見てみろよ」
かろうじで喋ったあと、もう言葉が出ることはなかった。この星の光たちは、大海、海原、何にたとえても合うようでいて、どれとも違う気がする景色だった。
それでも間違いなく感じたことは、宇宙はそこにあるということだった。見上げた空になんの高層ビルも塔もない。無限に広がる世界の真ん中にただ一人飛び出しているように。今もにそこへ吸い込まれそうに高く、果てしなく遠く、底無しの永遠の闇。
食い入るように見回しているうちなぜか上を向いたまま目が離せなくなった。重力から解放され不安定に浮いている感覚に囚われて、空は段々と恐怖で胸がいっぱいになっていった。
自己意識が保てなくなり、いまにも発狂してしまいそうだが、金縛りのように固まった体が動かない。
全身が張り詰めるような危機を感じ、冷や汗が吹き出した時、アンガーの声が聞こえた。
「父ちゃんが言ってたんだ。オイラたちはこの夜空に比べたら本当に小さな生き物で、きっとだれもオレたちの存在すら知らないだろうって。それでもこの群れ《プライド》と幸せを守り、生きぬく為に必死で戦って来た。その誇り、この牙の輝きは、向こうで地球を見ている者たちにもきっと届いている。恥じる事はない。どんなに強大に見える光にも、何一つ劣ってはいない。この星と共に、命の篝火を燃やして生きていけば良いのだ。って。まだイマイチよくわかんないけど、毎晩夜空をみてオイラ達に話してくれたんだ」
一瞬取り戻した意識の隙に空は目を閉じた。胸に手を当て、心臓の鼓動と暖かさを感じる。
「ありがとうアンガー。見た事ないくらい綺麗な星空だったから、びっくりしてしまった」
笑って空は言う。
「怖がりだなぁ。オイラもう寝るぞ? 」
そう言って颯爽と柱を登り、顎を前足に乗せて寝た。
空も寝ていた場所へ戻り体を横にした。
命の火。
一体なにをやれば命を燃やすに足りるんだろう。
そう考えながら空は目を閉じて、腕を擦りながら眠った。空気が鼓膜にあたり、キーンという音がして一切の雑音の無い空間を意識させた。その微量の不気味さを無視して目を瞑り続けた。明日の陽の温もりと、鳥の歌の目覚ましを待って。




