第二十二話 畑
猛烈な刺激が頬を打った。
「痛っ! 」
目を開けると、上から見下げる柊の顔が薄っすらと見える。
「起きてください。活動開始ですよ」
辺りを見渡すと眠たそうに目をこする勝平と総司も体を起こしていた。
「えー、まだ暗いじゃん」
「早起き早寝が基本です。日が暮れるまでに眠って、日が昇る前から動けば効率がいいんです。どうせ夜は暗くて何も出来ないんですから」
「は、はい・・・ 」
ウトウトしながら体を起こし、ぼーっとした。
何一つコミュニケーションは無くとも、柊を除いた皆の気持ちは繋がってる。
誰かが動くまで、俺は動かんぞ。
突然空の頭皮から首筋にかけて冷水が落ちてきた。
「わーーーっ! 」
ビックリして立ち上がった。柊が水をすくって投げてかけたのだ。
「早く? 」
強くドアを開け、顎で男たちを呼んだ。
目が合った勝平は、ひょっとこのような顔をして肩をすくめた。
どんな感情なんだよ。
早朝の海岸は暗かった。反対方向の山から僅かな陽の光がはみ出ているくらいだ。
星まだまだはっきりと光り、本当に朝なのかどうかわからない。
柊は、黙々と取集に集中している。
昨日あれから会話無く寝てしまったけど、あの様子ならまぁ大丈夫かな。
よくよく考えたら、また余計なことしちゃったな。
そんな事を考えていると、総司の頬が目に入った。
物凄い腫れ様だった。勝平も直ぐに気付いた。
「お前叩かれすぎだろ」
その後特に話すことなく、また流れ着いた服やサンダルを集めると家に帰った。
裸に慣れた勝平。裸足に慣れた空。
一体これらを何に使うのか、もはやわからない。
一方総司は長袖の藍色シャツに、カーキーのカーゴパンツをはいている。
柊は白いTシャツに動きやすそうな伸縮性の黒いパンツ。
見てわかる貧富の差、いやこれは準備の差だろう。
帰って収集物を家に置くと、今度は川へ向かい森に入る。
奇妙な鳥の鳴き声や、風のざわめきが日の出を予兆した。
無言のまま歩き続ける。
勝平と総司はだるそうに磯に向かい、柊と空はまた持ってきた網で、川魚を捕らえる。
「あまり捕まりませんね」
「そうだな。昨日言ってたスポーン? がまだなのかも」
「流石に一日置きに再配置ではないようですね」
網にかかったのは二匹の鮎。他にはもうかかりそうになかった。
俺とアンガーだけなら、これでも十分生活出来たかもしれないけど、人数が増えれば、それなりの生産性が必要になる。
人数に足り得る仕事ぶりを各々が出来ないと、それは食料不足へつながる。争いの種になりかねない。
勝平達を待たずに、空達は帰って食事の準備を始めた。
焚き木を焚べ、水を沸騰させてお湯を作った。
「魚、焼きますか? 」
柊は、険しい顔をして鮎の内臓を取る。
「二匹か。微妙だな」
「ええ」
目の前のお湯を二人は見つめた。
「煮るか」
四当分した魚を入れて塩を入れた。取ってきた少量のセリも一緒に入れた。
すると丁度勝平達が帰ってきた。
手には海藻らしきものしかない。
「なにそれ」
「草です」
「食べれるんですか? 」
「知らねえ」
勝平はまだ眠そうな顔をしている。
総司は外でフェイトを撫でていた。
「もう入れよう」
考えるのがめんどくさくなった空は太めのモズクのような緑色の海藻を鍋に投げ入れた。
不安からか、塩を少し多めに入れて完成させた。
鮎と海藻のお汁。
椰子の実。
あったかくて、落ち着いた気持ちになった。
塩加減が濃い。セリのアクセントと、無味だが海藻の食感と歯ごたえが活きていた。
「ご馳走さまでした」
朝日が登り、鮮やかに世界を染めていく。まだ少しオレンジ色の太陽の光は、肌寒い朝の気温を優しく調節してくれた。
アンガー達。動物はまだ起きない。
いや、起きているのかもしれないが動かない。
「さ、話し合いの時間です」
柊は切り出した。
「これからの生活は、個人でチョコチョコやっていればいいものでもなくなってきました」
「確かに」
総司は黙って頷く。
「安定した食糧確保、そして安全かつ必需品が整った環境。それらを計画的に作りあげて生活をより良いものに昇華しなければなりません」
「ごもっともだぜ」
「頭いいなぁ」
総司は嬉しそうに頬を赤くする。
「なんでお前が喜んでんだよ」
「そこで! 今日中にやりたいことがあります!」
「ドン! 」
重い物が床に落ちた音がした。
積み重なった厚い本がそびえ立つ。
「本格的に、畑を作ります! 」
男たちは雷が走ったような衝撃を受けた。
「うおおおおおお! 」
喜びなのか。嘆きなのか。
外に出て、勝平は約三十キロの大きな麻袋を二つ持ってきた。
「あぁ重かった」
「中身を出してください」
「はぁ、はぁ・・・ へい」
中から計十二個の小さな麻袋を取り出す。口は紐で縛られている。
「さぁ、調べ物の時間です」
袋の中には、それぞれ形と色の違う種が入っていた。
「何が何だかさっぱりだ」
「でしょ。だから花時丸さんにはそれを調べてもらいましょう」
空はダークレッドの革のカバーに覆われた七十ミリ程の厚さの本を渡された。サイズはA4。
「重い・・・ 」
空は袋の近くに座り、本を開いた。
「後の人は別の作業をしてもらいます。付いて来なさい」
三人は隣にある畑に向かうと、発芽している芽を見つけた。
「おお、もう芽が出てるものあるぞ」
勝平は小指より小さな芽を優しく撫でる。
「こんなに雑なやり方で、育つものなのでしょうか」
柊はかがんで芽を見つめ、首を傾げる。
芽よりも大きく、透き通った水滴に移る景色は、魚眼レンズのように丸く歪み、柊と勝平と総司を逆さにする。
「まぁ、思う以上に強いのかもしれないな」
「・・・そうですね」
少し微笑んだ後、立ち上がってあたりを見渡した。
「もう少し畑の形を整えましょう。硬い土はちゃんとほぐして、小石や枝は取り除いて下さい」
「はいよ! 」
三人は活気良く取り掛かった。
誰もやりたくないなどとは思いもしなかった。むしろ生きる為の仕事をすることに自然と歓びを感じていた。
一方、空は本の目次から進んでいなかった。
菌 十ページ〜
羊歯 四十八ページ〜
単子葉 七十六ページ〜
双子葉 百二十ページ〜
離弁花 合弁花 ・・・
なんだこれ。何が書いてあるんだ。野菜の種類。いや、植物全般の事を書いてあるのか?
分かるわけない! 実物があるならまだしも、種しかないんだぞ!
やっべぇ、進まねえ。
ページをパラパラと進ませ、適当なところを開いて探してみると、白黒の挿絵と特徴、食べれるかどうかが書いてある。
流石に種の写真なんか無いし、あっても白黒じゃ判断できない。
・・・
パンッ! 強い音をたてて本を閉じた。
無理だ。やめよう。
家のドアを開けて、アンガーたちがぞろぞろと出てきた
「行ってくる。なにしてんるんだ? 」
「えーっと、なんていうか、野菜を作ろうとね、してたんだけど・・・ 」
「くはっ! 野菜! 食えたもんじゃねえぜ! 」
「草じゃねえか! 旦那の足元に生えてるのと一緒じゃねえか!
「うるさいわよアンタたち! 」
いつものハイエナのノリが炸裂した。
「オイラも吐く時しか食べないからなぁ。ま、頑張って! 」
アンガーたちは颯爽と森に消えて行った。
ザ 肉食・・・
今度はミラがゆるりと近づいて来た。
「なーにそれ食べれるのー? 」
「いやぁ、このままじゃ無理なんだと思うよ」
「ふーん」
ミラは不思議そうに袋を見つめる。
「食べてみる? 」
「いや、いいわよ」
素っ気ない返事をし、ミラも草むらに消えて行った。
置いて行かれたことに一人孤独を感じた。
「あー、何してんだおれ」
なんか腹たってきた。
立ち上がり、次から次へと袋を開けた空。小さな黒い種、それにすこし赤みがかかったような種、半分に割れたような種。
いろいろあったが、なにも理解できず頭をかいた。
しかし最後に開けた種はよく知っている形だった。
これって・・・
本を開き、言葉をひいた。
単子葉植物。
イネ科。
やっぱりだ!
空は袋を持って畑に走る。
「おーい! これは使えるかもしれないぞ! 」
作業を中断し、三人は集まった。空は袋を開けてみせた。
黄土色で長丸の種。
「これ米じゃねえのか! 」
「おお! 流石っすね! 」
柊は持っている濃い緑の革のカバーの本を開き、調べ始めた。
「うん、育て方。書いてあるようです。いけそうですね」
「よっしゃ! 」
「とりあえず、畑の作業を終わらせましょう」
それからしばらく作業をした。今までハイエナと共同で作ったガタガタの土の列は、きちんと山形の畝にした。伸びた爪の中が泥で真っ黒になることに違和感を感じる暇なく、雑草を抜き、硬い土は砕いて、柔らかな土へと変えた。
畑の角に集まり、地べたに座って話はじめる。
「さ、なにからやればいいんだ」
「えー・・・っと」
柊は落ち着いた眼差しで本をを見る。指で小さな文字を辿り、ゆっくりと丁寧に頭にインプットさせる。
「米の栽培は春から秋にかけて行います。今の気温から考えてここは四月くらいでしょうか。まずは種の発芽をさせなければいけないようですね。田んぼつくりと、苗作り、同時に行って行きましょう。季節が変わらないうちにできれば、今年もまだ間に合うかもしれません」
「了解」
四人は頷き、柊の指示に傾聴する。
稲栽培。
フェーズ1〜
種籾から発芽まで。
塩水に籾を入れて、沈んだ中身の詰まった良い種と浮いてくる弱い種を選別する作業。
海水から大量の食塩を析出。
途中で出てくる硫酸ナトリウムは、布切れでろ過して食塩のみを取り出す。が。
「空さん、そもそも海水って塩水っすよね? 」
「あそうか」
あんまり塩要らなかったなぁ。
次は消毒。
六十度程の温水に浸すだけ。
そして選んだ籾を麻袋に入れて真水に浸す。約二週間、発芽まで待つ。
「花時丸さん、選ばれなかった籾はどうしますか? 」
「んー捨てるのもったいないなぁ」
「別に弱くても、ほんの少しでも実をつけてくれるんなら育てたほうが特じゃないっすか? 」
「そうだな」
選別、要らなかったなぁ。
家の中でうなだれる。
「問題は田んぼだよなぁ」
床にうつ伏せになり、ふわふわ揺れる獣の抜け毛を目で追いながら空は言う。
「そうですねー」
柊はよこになり、珍しく疲れを見せる。畑仕事が効いたのだろう。
「どこに・・・ 作りゃ・・・ いいんですかねえ・・・ 」
勝平は逆立ち腕立てをした。
総司は角で足を組んで座っている。
「それもですが、苗を育てる苗箱と、床土も作らなくてはなりません」
「なんだそれ」
「発芽したばかりの芽を育てる専用の土です。そしてそれを入れるための箱」
「ツチィ・・・ 」
息を長く吐き、抜け毛を遠くに飛ばした。
「床土は、田んぼと同じ土をメインに、堆肥、石灰、肥料、燻炭を・・・ 」
「え? え? なんだって? 」
柊は少し黙った後呟いた。
「ハァ・・・ メンドウですね」
「ゴホッ! 」
空は間違えて抜け毛を吸い込んでしまいムセた。
勝平はバランスを崩し倒れる。
「お前が毛嫌うのは珍しいな」
目を瞑ったまま総司は言う。
「ゴホッ・・・ どうしたんだよ」
「この育て方は、機械や道具が揃っていて、尚且つ質の良い物を大量生産する方々のためのものだと思うんです」
額に手を当て仰向けになった。長い髪が床に八方に広がる。
「大量生産できるならいいんじゃねえのか? 」
「私たちには機材も道具も揃っていませんから、この本の通りにやろうとするにはかなりの体力が必要です。しかもそれで必ずしもうまく育つ保証はありません。しかしこのやり方を行える人たちは、様々な道具を使って、選別し、環境を整えて、高い確率で収穫を成し遂げられる人たちだと思うんです」
「なんでそう思うんだ? 」
「ただ育てる為の方法でなく、質の良い物を育てる方法だからです」
「なんかわかってきたぞ」
「ただでさえ育つかわからないのに、質を求めるなんて。まだそんな余裕私たちにないでしょう? だからなんだか、無駄が多い気がして・・・ 」
「農業のプロのやり方が書いてあるってことか」
「私たちがまず参考にすべきは、原始時代の農業作法かもしれません」
「まじかよ。せっかく本があるっていうのに、あんましあてにならねえぜ。携帯があったらすぐ調べるのに」
勝平は逆さまに向いたまま壁にもたれる。
「まぁでも、どんなことが書いてあろうが無かろうが、実際やる事に勝る情報はないさ。俺たちが思うこと、全部試してみよう」
「ええ。参考にできるところだけを都合よく解釈します」
フェーズ中止。
「それでいいさ。でもなんか考えちまうなぁ」
「何をです? 」
空は体を起こす。
「質のいいやつだけを抜粋して育てて行く。強いやつだけをヒイキにする。みたいな。社会に例えたら、そこも弱肉強食なんだなって」
「商品として出すには、質がよく無いと売れないからでしょう」
「そうだよなぁ。買う側からしたらその通りだ。でも食べるのが自分たちだけなら、どうでもいいだろう? 」
「まあ確かに」
「なんかさ『強くないと、生きていけないぞ』って言われてるみたいだ」
「生き物である以上、どう足掻いても弱肉強食の連鎖から逃れられないものだ」
総司は珍しく会話に入ってくる。
「動物も、植物も、そして人間も」
「そう・・・ なのかな」
俯く空の顔色を、総司は片目で覗く。
柊は少し微笑んだ。
「さあ! 休憩終わり! やると決まったらさっさと始めますよ! 」
雑に絡まった髪をハイポジションのポニーテールに結ぶと、好奇心をみせて振り向いた。
家の玄関を正面に、左に五メートル程のところにあるスペースに畑があり、またその隣に田んぼを作ることにした。
作業はいたって簡単。耕して水を馬鹿みたいに入れるだけの純粋な肉体労働だった。
最初は空と柊が耕す側で、深さ三十センチを目安に掘り進めた。面積はだいたい五歩(畳十条程)の範囲に線を描いた。
その間、ポリタンクを二個ずつもって川へ水汲みに行った勝平と総司。要は畳十条の面積の水溜りを作るのに必要な分の水を運ぶ。
一つに約二十リットル。故に重さも約二十キログラム。それを二つ持ったまま百メートル以上の距離の獣道を歩く。
戻ってきた二人は、耕した地面に水を流した。水は瞬く間に土の中へ消えて行く。しかしおかげで柔らかくなり、掘り起こしやすくなっていく。
時間を忘れて、それぞれ自分の仕事に集中した。同じ音と景色が続く最中、作業は早送りで進んだ。
たまには交代して、気分と疲労を和らげる。
流石に柊に計四十キロの荷物は無理があり、一個に入れる水の量を半減させた。
単純明快な作業に頭と体を苛めた四人。
また時計の針はスピードを上げた。
陽が落ちて、またオレンジ色に空を染めた。
田んぼの脇にクタクタになって座り込み、足を泥に突っ込んだまま四人は休憩していた。
服も顔も泥と汗でビショビショで、肩が揺れ動く大きな呼吸が続いた。
「まぁざっと、こんな感じですか」
土の掘り起こしは面積を占めたが、水は、浮き出る程の量は足りていなかった。
まだ土と泥の間の状態。足を入れれば埋まるが、ボロボロの土と共に抜けるような。
「今日はここまでだな」
「疲れやしたね」
そのまま倒れ背を地面につけた。
「着替えもって海か川に直行しよ」
「海はベタつくでしょ? 川がいいです」
「そうか? もう慣れちまった」
満足そうに耕した地面を見つめる総司。
不完全で荒っぽく、子供の落書きのようにグダグダでおぞましい。
これでいいんだ。ここからで。
遠くの空に交じる青とオレンジの境界線に唄う。




