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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第十九話 2045


 新東京に未開拓の地はない。全ての場所が人の手に触られた痕跡がある。しかし意外にも新東京は広い。住んだ人なら一度は思うだろう。様々な思想と文化が混在したせいなのか、次々に進歩していく技術の先端を走っているせいか、新鮮さが絶えない。

 しかしそんな新東京でも、唯一手がつけられていないと人々に思わせる場所がある。

 電信柱が続く山には、遺伝子操作され花粉が極端に少ないスギが茂る。その斜面に引っかかるように建てられた建造物。それは街からの角度からは見えない場所に位置しており、外装は優しい白色と、ブラックミラーに覆われている。

 WTO日本支部。入り口は恐らく関係者しか知らない。

 そこへ続く道中、いくつかの山を貫いたトンネルの中を、勘九郎と拓扉は車で進んでいた。本部へ向かうには関係者の許可が必要で、専属の案内人が送迎をする。ここまで人との関わりを厳重に管理するのは機密情報を漏らさない為だという。技術を一つの国が独占しないように、代わりにWTOが独占し世界全体に平等の情報を公開する。あらゆる団体を、世を機能させる歯車とするならば、彼らはかつてないほど巨大なものだろう。

「もうすぐです」

 案内人の女性が耳触りの良い声で言うと、トンネルの空間が一気に広がり、光が車両を包み込んだ。

 壁や天井全体が大きな映像を映し出した。それは映像といえるほどはっきりとしたものではなく、実際の空間を具現化したようなものだった。青空から、曇り、雷、雨。天気をゆっくりと変えながら、日が落ちて沈んでいく太陽の動きと空の変様を鮮やかに模した。やがて夜になり星が輝き、車両のライトが目立つようになると、あまりに静かな空間に、宇宙を浮遊しているような感覚に見舞われた。

 科学の集大成とも言える会社の幻想的なウェルカムパレードは、山の中の空間だということを忘れさせ、希望と期待に夢膨らんだ子供の頃を思い出させる。

 音一つ立てずにゆっくりと停止した車両のドアが開くと、先程とは別の案内人が二人、外で待っていた。

 勘九郎と拓扉は操られるように自然に車を降りて、先に見える大きな白い門を見た。

「招待コードを」

 優しい笑顔と共に案内人は言う。

「あ、ああ」

 壮大な造りの建物に戸惑いながら、タブレットにある招待状の中のコードを見せた。案内人はそのコードをペンのようなものでなぞると、ペンは入構を許可するように青色に発光した。

「こちらへどうぞ」

 招かれるまま、白い大きな門の前までいくと、円形に外側へ渦を巻きながら勘九郎たちが通れる大きさに門は開いた。

 また円形の開けた場所に出ると、中心のインフォメーションカウンターにはまた女性の案内人が一人立っていた。彼女は軽くこちらに会釈をする。

「こちらへ」

 彼女が指したのはカウンターに付いているステンレスの手すりだった。

 なぜここにこんなものが。

 二人はそう思ったが、これまでの接待に気持ちを良くしていて、疑う様子見せずに手すりを掴んだ。

 すると、円形のエントランスはゆっくりと上昇を開始した。

 曲面の壁の中に一定間隔に埋めてあるいくつものLEDライトが、床をすり抜けていく。

 驚きを隠せない勘九郎と拓扉は顔を見合わせる。

 さながら宇宙空間で宇宙船にでも載っているかのよう、階を登っていく半径二十メートルの床に振動など無い。

 床をすり抜けていく無数のライト。下へ動いていたはずだったが、上に登っているような気がした時、曲面の壁は透明なガラスへと変わり、外の景色を見せた。

 青空と海と大陸。

 現れた東京湾には二本の橋がかかっている。その先にある街も山の風景もどんどん小さくなっていく。舗装されてくっきりと見える複雑な道の交わりが、人体の血管のように見えてくる。その中を動く一つ一つの交通車両が、血液のように役割をもって循環している。

 勘九郎は見渡す限りの近代化した世界を眺めた。

「着きました」

 床は上昇をゆっくりとやめて停止した。ガラスだった壁の外には、またフロアが広がる。

 巨大エレベーターを降りて周りを見渡した。外壁はまたガラスで全体を覆っている。社員が数人いるが、皆白色のスポーツウエアのようなものを着ており、個人の所有していると思われる浮遊する画面とともに颯爽と歩く。

 仕事をしている空気感が伝わってくる。どこか冷たいような雰囲気も。

 二人は案内されるまま付いて行き、外壁のガラスに近づいた。そこは自動ドアになっていて、勝手に開いて外の空間へと繋げた。

 一瞬ヒヤッとしたがすぐにまたガラスばりのエレベーターがある事に気付いた。

 全面ガラスのエレベーターに、案内人と二人が乗ると、上下ではなく横に進んでいった。

 山の急斜面が足元に見える。ひょっとすれば、最新の絶叫マシンよりも怖いのではないかと、勘九郎は密かに思った。

 少し進むとすぐに別館の壁は見え、エレベーターは壁の中に入った。

 扉が開くと、机と中に浮く画面が目立つ、また無機質な白い部屋についた。

 体にフィットしそうな社長椅子に座る男の姿を見てやっと目的地へついた事を知った。

「お疲れ様です。伊賀鶴さん、改谷さん。わざわざ足を運んで下さり、ありがとうございます」

 立ち上がってこちらに近づいてくる切島。

「お疲れ様、しかしすごい所ですね。驚きの連続で疲れましたよ」

 勘九郎はいつもどうりラフに接する。

「最先端を走る我らが、技術で他の建造物に劣ってはいけまんせからね」

「いやはや、気圧されましたよ」

「こちらへどうぞ」

 切島が言う方へ歩くと、床から一人用のソファーチェアーが二つ出て来た。桐島が机の画面に触れると、今度は壁からドリンクバーアンドロイドが浮き出てきた。

「見せびらかしてるだろう」

 勘九郎がイタズラっぽい顔をした。

「当然です」

 切島も答えた。

 ソファーに座り、飲み物を片手に三人は向かい合った。

「本題に入りましょうか。ここまでご足労なされたのは、それなりの訳があると考えても? 」

「そうですね、仮想空間の安全性と危険について詳しく知るために参りました」

 改谷はタブレットを取り出した。

「珍しいこともあるんですね。いつも具体的な計画の実行をこちらへ丸投げしているNWSの方々も、本気になれば自分で動くんですね」

「まあ・・・ 独断で始めちゃったからね・・・ 」

 勘九郎は顎髭をかいて言う。

「私は貴方のそういうところ好きですよ」

 シュワシュワと泡立つ飲み物を少し口に入れて机に置いた。

「何が知りたいのですか? 」

 眼鏡を光らせる切島。勘九郎も真面目な顔つきに戻った。

「仮想空間の現状把握の為の監査がいたでしょう? 」

「そりゃそうですね。全部の組織に、別の組織から監査を置くように決まってますから」

「その者から妙なウワサを聞きまして」

「ウワサ、ですか? 」

 勘九郎はソファーの肘掛にあるパネルをタッチして簡易テーブルを出すと、そこにお茶を置いた。

「ええ。なんていえばいいのかわかりませんが。簡単に言うと」

 勘九郎は真っ直ぐに切島を見た。

「バケモノがいると」

 切島は顔色を一切変えることなく少し沈黙した。

「バケモノ。それは見慣れない巨大な動物のことを抽象して言う意味ですか? 」

「いえ、恐らくこの世に存在を確認出来ていない生物の事だと思います」

「そうですか」

 切島は眼鏡を取って拭き始めた。

「結論からいえば、そのようなプログラムはありません。より現実に近い世界を造るという意味で、時折希少な動物が誕生することはありますが、それでも異種交配による交雑種が生まれる程度です。仮にそれをバケモノと呼ぶのであれば理解できるのですが」

「異種交配。例えば、どんな容姿をしているんですか? 」

 拓扉は食い気味で聞く。

「そうですね、クジラとイルカの混血はなんとなくクジラとイルカを混ぜたような体をしていたり、ライオンとトラではネコ科最大の巨体を持つものや、ライオンとクロヒョウが混ざり黒斑点のライオンもいたと言います。ま、ひと昔前に流行った生物学者の遊びみたいなもんですよ。人工的なものがほとんどで、仮に自然に交配して生まれたとしても繁殖能力が著しく低く、遺伝子の設計にも問題が多く長く生き延びた個体はいません」

「生物学の遊びか。恐ろしいな」

 勘九郎のボソッと落とした言葉を、切島は逃さない。

「・・・何を言っているですか。既に私達はその交配された牛肉を食べて、交配された動物をペットとして飼ってるじゃないですか。人間の都合の良いように容姿を変化させて、その結果骨格が曲がり歩くたびに苦痛を強いられ、人の手が無いと生きられない動物。それらのいきさつや命の責任など御構い無しに。もう長いことそうやってきたでしょう」

 熱を帯びた切島は、ドリンクを頬張る。

「すいません。それました。実質私もコンバーターの管理がメインなんです。実行委員でもない為、現場を把握する権利もありません。ですから絶対とは言えません。今言えるのは、そんなプログラムは作成していないという事です」

「そうですか」

 勘九郎は目を落とした。

「では質問を変えます。仮想空間にいる者達の安全についてです」

 拓扉は、タブレットをスライドしページをめくった。

「資料に書いていた通りです。万が一外からの攻撃があった場合の安全性に関しては、私達の右に出る警備隊がいないのはご存知でしょう。現在プログラム受講中の彼らの体は、総合病院地下にあります。二十四時間隙間なく警備しています。なんら問題ないかと」

「では機械や装置、精神的な問題点などの安全性はいかがですか? 」

「あまり専門的な事を話したところでよく解らないでしょう? 意識の移植も、中での身体操作、自我の保持などテストは全て完璧でした。バイタルも問題なく、常に付きっ切りで管理しています。精神的な面はプログラム終了後のリハビリと看護を徹底させます。仮になんらかの問題が起きたとしても、今の私達の技術なら障害が出ることなどありえません」

 切島は強めに言う。

「おお、それならひと安心だ。よかったー」

 勘九郎は背にもたれ、ネクタイを緩める。

「そのシステムには本当になんの欠点もないのですか? 」

 拓扉は表情を変えない。

 切島は鋭い目を拓扉に向ける。

「・・・ 欠点ですか? 強いて言うならば、今あなたにそう心配されている事ですかね。私達のテクノロジーは、これまでの歴史の先頭に立って走っているんです。四十六億年の知識の全てが、私達の手にあるんです。その知徳の全てを持って、様々な問題をこの力で解決してきました。もし、それに欠点があるのならば、それはまだ見ぬ未知の知識が見つかる瞬間です」

 落ち着いた声に籠る熱い想いは、勘九郎と拓扉を椅子に縛り付けた。

「私は、むしろその欠点が見つかる事を望んでいますよ。進化の階段の発見を・・・ まあ、今回の件に関してそれは無いです。絶対に」

「分かりました」

 拓扉はまた表情を変えずに言う。

「回りくどいですよ。何が言いたいのかはっきりしませんね。勘九郎さん、得意の単刀直入していいんですよ? 」

 嘲るように桐島は言う。

「はは。では遠慮なく言わせてもらいます。 ・・・現場を見せて欲しいんです」

 アンドロイドは切島のコップにコーヒーをついだ。

「こんな教育という個々的な問題にいちいちあなたのような国のトップが介入しては、なにかと問題になるんじゃないですか? そうでなくても、一任されていることに許可なくよそ者が関与するのは法律に違反します」

「その許可を得る為に監査の証言が必要なんですがね。彼、先日から行方不明なんですよ」

「・・・ まさか」

「ええ。だからお願いしているんです」

「黙っていろ。と? 」

「ええ」

「この管理社会で隠し事をするのは不可能ですよ! 貴方が一番分かっているでしょう! 」

「私は、自分で見たものしか信じません。故に、私の行動の全ては、信頼と自信によるものです。そうでなくては私の言葉も行動も、なんら意味をなしません」

「そんな正義感の為に、わざわざ厄介事に首を突っ込むんですか。必要性すら疑わしいものを」

「私は部下を信じています。わざわざ人を戸惑わせるような発言を、相原はしません」

「貴方じゃなくてもいいでしょ! 」

「私でなければダメなんです! 」

 勘九郎はマジマジと切島を見つめた。膝に置いた拳は汗を握りしめる。

「確かに、私なら監視系統を操作して貴方の仮想空間閲覧の事実を無かった事にできます。しかし五分五分、いや、上手くいく可能性の方が少ない。もしバレたら、私にも相応のペナルティーが課せられるでしょう」

「責任は全て私に投げていい」

 切島は息を深く吸って、背筋を伸ばした。

「仮想空間における方針の全てはプログラムの実行委員に一任されています。あくまで私たちは技術を提供しているに過ぎません。よってどの組織が、委員会の裏にいるのかはわかってません。そこに詳しいのは計画した貴方方でしょう」

「実行委員を結成したのはアヌだ」

「はい? 」

「実行委員の裏にはアヌがいる」

「 ・・・ 」

 切島は手元のタッチパネルでドリンクサーバーアンドロイドを停止させた。

「・・・ アヌの目を欺く気ですか? 」

 緊迫した空気の中、拓扉は何度も足を組み替えた。

「危険すぎます! もし反感を買い機嫌を損ねれば、どんな報復をしてくるかわかりませんよ? 」

 冷や汗が額を流れる。

「忘れたわけじゃないでしょう? 五年前の事を! 」

 切島の投げるように訴えた言葉が、勘九郎の目に過去を回想した。

「忘れることが出来れば、どれだけ楽か・・・ 」

 ユーラシア大陸の全体像が映る画面に目を泳がせる。

「だったら血迷ったことはすべきではないですよ。それに『信用している』って言ってたじゃないですか」

「確かにアヌの思想や考え方は、人間が到達できるレベルではない。『世界の有るべき姿』という思想を顕在化させることにおいては、彼ほど適任はいないと私は思うだけです」

「でしたら、裏をかくなんて」

「ト、トイレに行ってきますすいません! 」

 唐突に立ち上がった拓扉は急ぎ足でエレベーターに乗った。

 我慢の限界だったらしい。

「・・・ あの秘書は変わっていますね」

 切島は腕を組む。

「ええ。だからこそ私とは違う角度から物事を把握できるんです」

「余裕がありますね貴方は」

 鼻で笑いを混ぜながら言う。

「そうでなくては、この連綿と流れる変革の波に溺れ、何もかもが一瞬で見えなくなってしまう」

 微笑みに悲しみを混ぜた表情。切島は、その黒い瞳の奥に蒼く光るなにかを感じた。

「そうですね。本当に。 ・・・ ではやはり、尚更私は協力する事が出来ません」

 メガネを光らせて感情を隠した。垂れた前髪をかきあげる。

「守るものがありますから」

 切島がパネルを操作すると、白い壁が透けて外の景色が見えた。

「そうですか」

 長く凹凸の激しい斜面を下った先に見える街と東京湾。またその先の陸地を通り過ぎて広大な水平線を描く太平洋。午後四時の太陽の光が水面から直線に反射する。

 景色に魅了され和んだ雰囲気に腰を下ろし、二人はしばらくたわいもない世間話を楽しんだ。

 

 同じく新東京都内の巨大な屋敷。

 書斎にて永田が読んでいるデータ資料。

 

 

 二千四十五年 十月

 巨大テロ組織よる宣戦布告か、神の裁きか。

 ユーラシア大陸東の国々消滅。

 二十八日未明、アメリカの所持している核ミサイル三発が発射された。直撃した中国大陸付近の国々の中枢は消滅し、政治的にも環境的にも全く機能せず回復の見込めない深刻な状態が続いている。交通機関や通信機能に障害、また予測される放射能汚染などの二次災害により、近隣他国による一切の対応が行えなず、正確な被害規模の確認が取れない未曾有の崩壊危機に直面している。

 推定死傷者十億人。

 米大統領は全く根拠と指示の無い唐突なミサイルの発射にショックを受け心臓発作を起こし病院へ運ばれた。

 関係者はテロなどによるハッキングと断定し国を挙げて捜査を開始したが、発射時刻から六十分後、テレビ局のハッキングによって全世界同時に十秒前後の映像と文字が流され、人々をかつてない恐怖に陥れた。

 『so easy 』

 という文字と共に人工衛星から映したであろう地球が無音でゆっくり回るだけの映像であった。

 これは環境を顧みず身勝手な行いを続け神を冒涜した人類に対する罰なのだろうか。

 現在世界各国で起こるクーデターが終わる日が来るのだろうか。

 しかし一部では、秘密裏に完成したと言われている人工知能の仕業であるという噂が後を絶たない。

 

 

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