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Waves Tones 【ウェイブストーンズ】  作者: 海月 恒


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第一七話  顕現


挿絵(By みてみん)



「はじまったか」

「ええ」

「まずまずには働いているみたいだな」

 明るく真っ白に清潔で家具一つない部屋に照明は見当たらない。壁一面に映る画面には、大きな島が見える。

 だんだんと山のふもとへアップになるカメラは、灰色の大型の生き物を捉えた。

 不気味な笑みを浮かべる男は、画面の光の影に隠れる。

 



 

 弱々しい鳴き声が次第に聞こえなくなっていく。

 いてもたってもいられなくなった空とアンガーは、同時に立ち向かう。

 アンガーは足に噛み付いたが、すぐに蹴り飛ばされた。空は恐怖の支配を解き、アンガーを蹴った隙に背後に回りこんで腕で首を絞めた。

 絶対離すな俺! 離したら死ぬぞ! 

 しかしニョロリと伸びてきた手が、空の頭を鷲掴みにすると、爪で頭を引き裂き始めた。

 死ぬ死ぬ死ぬ! 

 腕を離した途端、そのまま化け物の前に背中から強く叩きつけられた。

「ぐはあ! 」

 やっぱ無理だ。勝てない。死ぬ。

 立ち上がろうとうつ伏せになり、頭皮の痛みをジンジンと感じながら体を持ち上げようとした。すると化け物は空の背中を強く踏み潰した。

 負けじと空も腕の力を振り絞り、押しつぶされないように踏ん張る。額から流れる血が眉毛で止まる。

「おおおおお! 」

 ミシミシと腕の骨が軋む。しかし力の限界などと考える余裕はなく、この背中を押す圧迫が消えるまで耐え抜くしか無い。

 化け物は踏み潰そうと何度も大きな足を叩きつけた。

 チャンスと見たアルたちは化け物の首や軸足に噛みついて攻撃した。しかし効いたような様子なく化け物は空の横腹を蹴り飛ばすと、首に噛み付いているウルを掴み地面に叩きつけ、足元にいたアルをすくい上げるように薙ぎ払った。

 こちらを向いて睨みつけた化け物は、動物でもなければ人間でもないような威嚇の唸り声をあげる。空たちは背筋に寒気を感じる。

「はあ、はあ」

 この一瞬で相当なダメージを受け、膝を立てて地面に伏せた。

 だめだ。勝てる要素がない。

 逃げるしかない! どうやって! 後ろに走る。俺はできる。勝平は? カルたちは誰が抱える? アンガーはどこ? 

 アンガーは化け物の耳を噛み付いてしがみついてた。しかしすぐに掴まれ、引き離そうと引っ張るが、アンガーはなかなか耳を離さない。

 アンガーはまだ、本気でこいつと戦おうとしているのか! 勝つつもりでいるのか!

 無理だ! どうにかして全員で逃げる方法を考えるべきだ! 

 化け物は助走をつけるように肘と上半身を捻ると、アンガーを思い切り引っ張って投げた。

 飛んできたアンガーをイルとウルが身を呈して受け止めた。

「大丈夫かアンガー! 」

「ぺっ! うん」

 アンガーは噛みちぎった耳を吐き出して言った。

「やるわねアンタ」

「グオオオオオオオオ! 」

 化け物は完全に怒り心頭する。

「空! どうしたらいい! 」

 アンガーは急いた様子で聞く。

「どうもこうも、察しのとうりあいつには勝てない! 逃げることが最優先だ! 」

「逃げる? オイラは逃げないぞ! 」

「馬鹿言うな! そんなこといって死んだらもともこうもないだろ! 」

「オイラはもう逃げない! 決めたんだ! 」

「変な意地張ってんじゃないわよ! 」

 アルたちは傷ついた足を引きずる。

「うるせええええええ! 」

 吠えるアンガーは勝平と戦った時とおなじように毛を逆立てている。目には理性を感じられず殺気立つ。

「お前・・・ 」

 アンガーの体は以前にも増して筋肉質に見えた。見てない間に、少し大きくなったようだ。きっと肉を主食に食べるようになったからだろう。

 瞳の奥と尻尾には炎が燃える。

「意地だろうが群れ(プライド)だろうがなんだって守り通す」

 先頭に立つアンガーの背中。その影は大きく伸びる。

「オイラは・・・ オレは、王だから」

 空は何かを思い出したように立ち上がった。

 わかったよ。アンガー。

「イル、ウル、エル! カルたちを連れて先に逃げろ! アル! 隙ができたら勝平を起こして逃げろ! 」

「隙ってどこよ! 」

「俺たちが作る」

 アンガーと空は化け物に向かって走り出した。

 アンガーは電光石火の如く素早いスピードで翻弄しながら化け物の足に着実に引っ掻き傷を負わせた。空はまた後ろに回り込みチョークを仕掛けようと飛びかかったが、気づかれて殴られた。

 同時進行でカルたちのうなじを加えじわじわと森の影に消えるイルたち。

 アルは勝平の頭を蹴って起こそうとしている。

 空は棒切れを拾い中距離から棒で頭をぶん殴った。しかし棒を掴まれ、空もろとも振り回して投げれた。

 投げた瞬間の隙にアンガーは化け物の体を登り、目を引っ掻く。

「グオオオオ! 」

 痛みに呼応して叫ぶ化け物は目を抑えもがいた。

 空とアンガーも叫ぶ。

「今だ! 」

 アルは倒れている勝平の頭を後ろ足で強く蹴るも起きない。

「起きないわよ! 」

「もう引っ張ってつれてけ! 」

 空は叫ぶ。

 アルは勝平のズボンの腰をくわえて引きずって移動を始めたが、アルだけではあまりに遅く、影に隠れる前に見つかってしまうだろう。

「アッシも手伝いやす!」

 遅れてオルが一緒に勝平の服を引っ張った。

「アンタどこにいたのよ! 」

「怖かったんで隠れてたっす」

「殺すわよほんと! 」

 よし! なんとかアイツらだけでも逃げられる可能性は出てきた! 無茶な作戦だけど気合いでなんとかなるかも! 

 あとは俺たちがどれくらいこいつを足止め出来るか。

「空、まだいける? 」

「もう限界超えてるからよくわからん」

「勝てる。オレたちなら」

「わかってる。勝つぞ」

 もうすぐ安静を取り戻しそうな化け物に棒を構えた。

「アンタらも早く逃げな! 」

 アルが遠くで叫ぶ。

「コイツをどうにかできたらな」

 そういって少しアルの方を振り返った時、後ろに上から釣り下がった太い紐のようなものがみえた。

 影にしか見えなかったが、ゆっくりと確かに動いているようだ。

 目を凝らした。

 その紐は勝平の首に届くほど下がってくると、本体らしきものが上から落ちてきた。

「は? 」

 それは一瞬でに勝平に巻きつくと、地面に転がった。

 アルたちはそれに気づくと必死で噛み付く。

「なんだあれ・・・ 」

 すると恐怖に満ちた叫び声が聞こえた。

「うあああおおおおあああおおああおあおあおあおあ」

 勝平だ! 勝平が苦しんでいる! 

「くそ! 何がどうなって・・・ 」

「空! 」

 景色が歪んだ。左頬に伝わる衝撃は痛みを通り越して感触でしかない。

 化け物は右腕の大振りなパンチで空を吹っ飛ばした。そのまま空は飛んで転がり、アルたちがいるところの近くまで届いた。

 やばい。意識が飛びそう。嫌味に心地よくすら感じる。

 でも起きなきゃ。起きて苦痛を受け入れるんだ。

 空は四つん這いになって顔を上げた。視界は血に濡れて真っ赤に見える。

 それでも確かに見えたのは、勝平は白目をむいていて、首に巻かれた太い紐を脈の浮いた腕で掴んでいることだった。その紐は勝平の足までグルグルに巻いていた。

 よく見ると勝平の頭の上にもう一つ頭があることに気づいた。

 でも蛇ではなかった。

「・・・人・・・間? 」

 月明かりが不気味に照らした森の中で空が見たのは、上半身は人間で、下半身は蛇の化け物だった。体長は長すぎて検討もつかない。

「はは・・・ ふざけんじゃねえ・・・ 」

 アンガーも後退を余儀無くされここまで来た。

 前には化け物、後ろにも化け物。絶望だ。なんなんだよこれ。

「アンガー・・・ 」

 背中あわせに声をかけた。

 アルたちは蛇の化け物に噛み付いていたが、その上半身の長い腕で掴まれ、おもちゃを動かすように放り出された。

「次元が違う・・・ 」

「くそおおおおお死んでたまるか! 」

 アンガーは威嚇を続ける。

 死ぬ? あれ? でもこれ現実じゃないんだよな? アンガーと一緒にいるとついつい忘れるけど、これ現実じゃないんだよな?

 じゃあ、ここで死んでも・・・ 大丈夫だよな? 

 絶望して現実逃避する空の思考は、危機が迫るたびに活性化していった。


 ゲームオーバーってこと? 

 全部終わりってこと? 

 ちゃんと現実に戻れるのか? 

 勝平はどうなるんだろう。お金はもらえるの?

 勝平あんなに苦しそうなのに。

 

 

 アンガーは。

 ここで死んだらもう会えないのかな。


 近づいてくる犬型の化け物。

 その大きな拳は、また空の顔面に飛んできた。

 

 これ本当に、現実じゃないんだよな? 


 鼻先から砕いて頬骨に食い込むほど強い一撃。空の首は酷く後ろへし折れ、ひっくり返って仰向けになった。

 頭の血がすごい。顔がボコボコになってる気がする。鼻折れた血もすごい息が苦しい歯も折れたかも体の感覚がない空が明るいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

 全ての思考がぐちゃぐちゃになり始めた。

「諦めるなあああああ! 」

 アンガーは必死に食らいついた。犬型の方の体にしがみつき引っ掻いて回った。蛇の方にも隙をついて引っ掻くが、まるでダメージを負わせること叶わず、犬型の大きな右手に捕まった。

「ア・・・ンガ・・・ 」

 上手く喋れないまま届かぬアンガーに手を伸ばした。視界は血で世界を染めた。

 アンガーは思い切り叩きつけられると、地面に食い込む勢いで踏みつけられた。

 鈍い音が響く。液体を踏んだような音と、大根を折るような音。

 犬型の化け物は用が済んだかのように背を向けると、ゆっくり歩いて行った。

 空の充血した目に入ったのは、あり得ない方向に背中が曲がって倒れているアンガーだった。

 生気の感じられない表情をみて思わず涙を流した。

「ア・・・ 」

 どうしてこんな・・・ ついさっき。さっきまでみんなで一緒に・・・ こんなにも簡単に。一瞬なのか。

 幸せが、崩れるのは。

 動かない拳を握ったつもりになった。

 また奪われた。また俺は—

 ぼやけていく世界と頭の中で流れる走馬灯が重なる。

 この短い間にあった出来事の全てに、中心で笑うアンガーの笑顔が輝いた。

 

 アルたちの騒々しい集団の活気を感じる。

 

 空さん。

 

 勝平が呼ぶ声が聞こえる。

 振動しない声帯にストレスを感じながら、痛みと恐怖にただただ涙した。

 

 その時また轟いた。

 耳鳴りの止まらない耳でもしっかりと聞こえた。


 アンガーはグニャリと曲がった下半身を捨てて、上半身のみで起き上がった。毛は血で濡ている。元が白い毛だとはわからない程に。

「ア・・・ン・・・ もう・・・ 」

 なんでそこまで立ち上がるんだ。

 もういい。楽になれよ。

 お前がそんなことしてたら俺も楽にいけないじゃないか。

 それにこれは現実じゃないんだ。

 痛みに苦しむ必要はもう・・・

 

 空の頭に声が流れる。

 オレは王様。何があろうと王の役目を果たす。

 意識はない。細胞まで染み付いた王のプライドだけが化身となって立っている。

 そうか。お前にとっては仮想ここが世界なんだよな。

 また声が入ってくる。

 空が教えてくれた。俺たちにはチカラがあるって。

 ああ、でももう・・・

「・・・空。そこに・・・いるか? 」

 虫の息で言ったアンガーの声を聞いて、犬型と蛇型の化け物の動きが止まった。

 もう声が出ない空は黙ったまま聞いた。


「最後まで・・・ オレは最後まで王で・・・いたいんだ・・・ 」

 

 ああ。わかってる。


「一緒に・・・ 戦ってよ」


 わかってる。

 

 「王は・・・ 負けちゃ・・・いけないんだよ」 

 

 わかってんだよ!全部、お前のことなら!

 

 守りたいよ。俺も。みんなを。

「もう少し・・・ 力をかしてよ」

 動けよ体。今すぐ立ち上がって、アイツのとなりにいなきゃ。

 アンガーの悲しみに溢れる顔が心を埋め尽くしていく。

 

 生きる事はどうしてこんなにも悲しいの?

 

 優しさじゃ守り切れないよ

 

 死のうなんて思わなかっただけだ

 

 どうして一緒に死んでくれなかったんだ


 寂しそうに揺れる尻尾。

 空はそれを掴む想像を見ていた。


 立派な群れを持つ王様になるんだ


 

 光り輝く渦の中へ、走って行くアンガーを追った。しかしアンガーは足が速く、差が開いていく。

 まてアンガー! その先は危ないんだ!

 教えてあげなきゃ! 追いつきゃなきゃ!

 アンガーの声が響く。

 

 危ない目にあったらオイラがみんなを守るんだ。そんな王様になりたいよ


 立ち止まりこちらを笑って振り返るアンガーの後ろに、化け物の手が伸びる。

 

 くっそおおおおおおおおおお!


 俺がいなきゃダメなんだよ! 

 アイツには俺が必要で、俺にはアイツが必要なんだ!  

 こんなところで一人にしてたまるか!

 

 今すぐ動けなきゃ! 今お前を守れなきゃなんの意味もない! 

 お前が王になって、生きた意味を見つけるまで!

 俺がそばに、いてあげなくちゃ。

 

 ボロボロになった歯の隙間から血を吹き出す。頭をあげようとするも、一ミリも動かない。

 動かぬ現実は、無力な様を突きつけた。

 こめかみを流れる赤い涙は、あらゆる思いが混ざる。

 

 アンガー。俺たちはずっと一緒だぞ? 

 何があっても一緒だ。

 これからもまた隣で一緒に前を向こう。

 お前が戦うなら、俺も戦う。戦い続ける。

 クソみたいな現実とも、この世界でもなんでもいい。

 戦う理由を、お前が教えてくれたんだ。

 真っ赤に輝く月が、無情に空を見下ろす。

 俺のセリフなんだよ。

 力をくれよ。

 お前の力が必要なんだ。


 俺に力を


 王の力を


 張り詰めた空気が冷える夜空に、アンガーの声は飛んでいった。

 しかしその時すでに、空に意識は無かった。

 瞳孔は開き、明かりを失った目は半開きの瞼に隠れる。楽に開いた口は、血が垂れて歯が赤く見える。その隙間は、魂が抜けるには十分だ。

 瀕死のアンガーに留めを刺そうと化け物が近づいてくる。

 アンガーはもう動くことが出来なかった。そのまま近づいてきた犬型化け物は腕を振りかぶり、爪を光らせた。

 

 その時、爪先の空間が激しく振動し、時空が裂けた。

 目の前の空間が乱れ始め、仮想空間であることを裏付けるかのように映像にバグが生じる。

 その原因であると思われる緑色の文字と数式の羅列が煙のように、ある場所から沸き立った。

 強く握られた、空の拳だった。

 そこから映像割れや、空間の亀裂、緑の文字が流れ出ている。

 化け物たちは驚いて荒い唸り声を上げた後、急いで空の腹を爪で切り裂いた。

 しかし切った感覚はなく、切り裂いた傷口も緑の文字と数式に溢れ、それは一気にそこから噴き出した。

 その数式と文字の大群は次第に空の体全てと入れ替わり、体は煙となって宙を舞う。空高く登り、無尽に夜空を漂った。そしてそれはアンガーの体の元へ下った。アンガーもまたダラリと地に着いた下半身から煙へと変化し、空が変化したと思われる煙と一体になった。

 意識を失った勝平を落とし、蛇型の化け物は犬型の近くへ移動した。何かに焦ったように唸り声を上げて荒ぶる。

 そして一点に集まった緑色の煙は、映像割れや空間の亀裂を引き起こしながら、徐々に輪郭の造形をはじめた。

 化け物たちは唾を飛ばして吠え続けた。

 煙は足から実体化させてゆく。

 大きな白い毛の獣脚。鋼のように張る筋肉が浮き彫りになる。

 やがて実体化が終わりそこに出現した巨大な生き物を見て、化け物はまた響めいた。

 アルたちはなんとも言葉に出来ない現実に立ち尽くす。

 月明かりは狙ったようにその生き物を照らす。異形な形のそれは意外にも夜の闇に馴染んだ。

 心地の良い夜風に鬣をなびかせ、産まれたばかりの赤子のように夜空を見上げていた。

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